特許って読みづらいですよね。
これは、普段から特許を読むべき技術者や新規事業部門の方でもみんなそう思っているので、投資家のみなさんはもっとそう感じていると思います。それにしても、どうして特許って読みづらいのでしょう。
ここで、旭化成の吉野彰先生が2019年にノーベル化学賞を受賞された時のコメントを紹介します。
「企業の研究者は『論文』ではなく、まず『特許』で結果を出しますからね。今回の受賞で私が一番自慢したいところなんだけど、選考委員会は『吉野が1985年に発明した』と言っている。でも証拠はなんだと言われたら、いわゆる学術雑誌に出るような論文はないわけ。しかも特許というのは、できるだけ中身がわからんように書くのがコツでね。普通の人だったら全然わからないんです」(「朝日新聞デジタル」より引用)
インタビューの中で、まだ例の少ない、企業の研究が受賞したことについて述べたものですが、吉野先生は、企業という特性上、論文を出したりして世界が認めるようなアプローチができないのに、「わかりにくい特許という文献」のみで自分の発明である証拠とされたことを嬉しく思っている、ということを言っているんですね。僕も企業の技術者でしたし、この受賞がどれだけすごいことかよく分かります。
でも、これを読んだ時、僕は別の意味で「あ、本当のこと言っちゃった」と、ツボに嵌まって大笑いしていました。だって、堂々と「特許は、できるだけ中身がわからんように書くもの」と発言しましたから。
そう、答えは、特許は「わざと」わかりにくく書いている、からなんです。
じゃあ、なんでわざと読みにくくしているのか、という話ですよね。
そもそも特許制度は、公開された発明をもとにさらなる発明を生み出しましょう、という産業振興のための制度であって、「権利をあげるから、発明を公開してね」という仕組みなんです。(ちなみにですが、発明塾が行っている「特許情報をもとに発明を生み出す」という方法は、特許制度の趣旨にのっとった、きわめて王道な手法と言うことができます)
だけど、どこまで権利が取れるかは、審査が終了しないと分かりません。ムダに情報を公開して終わってしまう可能性もあります。ですので、多くの企業では「できるだけ情報を出さずに特許を取る」ように策を講じます。典型的な例としては、実験条件の中の一部を省略したりします。なので、そのまま再現できるものになっていないため、専門家が見ても不親切で分かりづらいというか、このままじゃ実現できないよね、という文書になっています。(分野による部分もあります)。
つまり、「全部書いていないから」。これが理由の一つです。
吉野先生が仰っているのは、おそらくこのあたりのことでしょう。一方、論文というのは、専門家が追試で再現できないといけないものですから、評価しやすいわけです。
また、もう一つ「余計なことが書いてあるから」ということも特許が分かりにくい理由です。
特許公報というのは権利申請書です。したがって「この発明を上手く権利化するために、何をどのように表現すればよいか」知恵を絞って作成されます。肝になる概念の1つは「進歩性」。これを上手く主張できるよう、あの手この手で工夫します。
多くの場合、発明が生まれた経緯や、科学的・客観的事実(だけ)をそのまま書くのではなく、「本当はこれが課題だったけど、こっちを課題にした方がいいよね」などと、権利が取りやすいように一部、課題や効果を言い換えたりします。だからそのまま読んだだけでは、発明の意図が見えてこなかったりするんです。
要するに、「全部書いていない」し「余計なことが書いてある」のが特許です。
この2つの「読みづらい理由」を意識して特許の読み方を勉強する必要があるんですね。投資家の方は、おおよそ事実だけが記載されたIR情報を目にしていると思います。そういった情報を読み慣れている方からは「特許ってウソが書いてあるよね」と言われることがあるのですが、決してウソではないし、特許という制度上、許されている範囲のことなんです。
最初は読むのが難しいかもしれませんが、読めると面白いですし、とっても役に立つものです。特許は戦略ですからね、そこがIRとの違いです。特に3M(スリーエム)の特許などは弊社のセミナーでよく取り上げるほど、めちゃくちゃに面白いです。特許の特性を知ってぜひ企業の戦略を読み解いていきましょう。
技術者の方も特許を理解すると、発明提案も上手く書けるようになりますし、発明提案をもとにした投資家へのヒアリングも、上手くいきますよ。
特許制度や特許公報について基礎知識や、他社の意図を見抜くための特許の読み方など、深掘りコラムやe発明塾®などで取り上げて解説していますので、ぜひご覧ください。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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