特許は、誰でもネットで調べられて、無料で読むことができる素晴らしい技術情報の一つです。その業界の専門家じゃなくても、企業の未来戦略や、ある技術がどのような方向に向かうのかなどの技術の未来像も分かる、いわば未来予測に役立つすごい情報源なんですよね。今回は、特許・知財を調べたおかげで製品や技術の未来が分かった!という例を、少しだけお話しします。
この記事の内容
発明塾®には、学生向け発明塾のOBOGが主体の活動として、発明塾投資部というのがありました。2016年9月から2019年8月までの3年間でしたが、そこでは、ほとんどの人がまだ気づいていないような技術や投資機会を、分野を問わずに見つけて討議する、ということを定期的にオンラインミーティングで行っていたんですね。
発明創出のきっかけになる情報を発明塾では「エッジ情報®」と呼んでいるのですが、エッジ情報探索は、新規事業のアイデア出しのためだけでなく、投資機会探しの側面もあります。つまり表裏一体なので、このような討議もしていたんです。まぁ、新規事業は、企業にとっては投資ですから、当然のつながりですね。
そこで僕たちは、2016年から2017年にかけて、VR(バーチャルリアリティ)の未来予測や新たな用途探索のために、発明塾のあるOBが特許や論文をずーっと調査していました。
VRがどんなものかは、今はもう説明するまでもありませんね。そのVR(バーチャルリアリティ)の領域で「こういう取り組みが今後伸びそうだ」「まだ自分の世間の人たちも想像もしないような面白いアイデアを書いている特許」を先回りして見つけてみよう!と、「投資機会を探す」という名目でいろんな面白い情報を持ち寄って討議していたんです。
当時、VRは「ゲーム」「教育」などには使われそうだね、という話は出てきました。しかしそれ以上の新しい用途について、みんな何となくは頭に浮かんでいるアイデアはあっても、具体的に「これだ!」という「オモロい」用途は誰もピンときてなかった。だから世の中の捉え方としては、「いずれ広く使われるかもしれないんだけど、今はよくわかんない、まぁ、ゲームマニア向けの技術なんじゃない?」みたいな感じでした。
「そもそも、そんな大きなヘッドセットつけて大変な思いまでして、誰が使うんやろ?」と、そういう時代だった、とも言えます。しかし、当時VRグラスの技術開発と事業化で最先端を行っていたアメリカのマジックリープ社を切り口に特許を調べていくと、違う景色が見えてきました。VR画像を見せたときの目の動きで、脳の状態がわかるとか、脳震盪の重症度診断ができるとか、そういうことをすでに行っている人たちがいる、とわかったんですね。
特許を手掛かりに、「VRヘッドセットはゲーム以外に、精神疾患の治療や脳機能の向上などを目的に、医療の世界で広く使われる可能性があるぞ」とか、「遠隔医療が普及すれば、治療器具として具体的に使われそうだ」なんてことが、具体的な未来として「先読み」できたんです。
特に脳の機能に関する病気を治すのは、従来の医療では非常にハードルが高い。対症療法的な薬しかなかったりしますし、その薬も副作用が問題になったり、そもそも飲んでもらえないとかいう問題もある。そこに一つ、「遠隔医療」と「VR」というソリューションが出てくることによって、今まで治せなかった病気が直せたり、症状が手に取るようにわかるようになる、ということなんですね。
また、さらにそこから調べていくと今度は、VRは「痛み」の分野と結びついて痛みの緩和ケアツールとして伸びていくだろう、という未来まで見えてきました。一つ未来が見えてくると、芋づる式にどんどん未来が見えてくる。これが特許や知財、エッジ情報の威力です。
このVRの用途開発の「先読み」について2018年にセミナーで話をしたら、出席者のある大学の医学部の先生から「楠浦さん、2016年とかによくこんなことに気づきましたね」と言われました。先生曰く「アメリカでも当時そういうことを言う人はごく少数で、日本では皆無でしたから、もし言っていたらきっと馬鹿にされていましたよ」とのことでした。アメリカでも、ここ数年で急に盛り上がってきた流れだったのだそうです。専門家ではないにもかかわらず僕たちは、その盛り上がりの「初動」を特許情報でとらえることができたんですね。なぜなのか、不思議に思いますよね。
ひょっとしたら、医療や医療機器をやっている人は専門家であるがゆえ、VRなんて所詮ゲームでしょ、くらいにしか思えなかったのかも知れません。でも蓋を開けてみれば、VR画像を見ることによって痛みが和らぐという知見が実際に得られていて、医療機器として使えるかもしれないとわかった。僕たちのように、専門家じゃないからこそ、「所詮ゲーム機でしょ」みたいな偏見を排除して、いろいろな視点で考えられることもあるわけです。
丁寧に読めば、別に医学や医療の専門家じゃなくても、「VR」が医療に使えそうやぞ!ぐらいのことはわかっちゃう。それが特許や知財の力なんです。
もう一つ事例をあげておきます。
これは、もう10年以上前、2011年12月のお話しなのですが、僕の母校である京都大学のOB会で自動車メーカーや建設機械メーカー、工作機械メーカーなど有名機械メーカーの方々を交えたパネルディスカッションがあったんです。テーマは、設計法とか設計の新しいやり方とか、そんな感じです。その中で、たまたま新製品や製品開発の新しいやり方に関する話題になりました。僕の出番ですね(笑)。
その中で、機械製品と電機製品は少し違うのですが、そもそも機械自体も大分電気化、電子化していますよね、という前置きをした上で、僕は「今後は自動車も電気自動車(EV)にシフトしますよね」という話をしたんです。
今までの機械系の製品や製造の理屈、要するに、「部品と部品を精密に組み合わせて性能を出す、そのために寸法を測って合うものを組み合わせる」という機械屋の得意な世界から、「電機屋みたいにとりあえずプラグの形が決まってて、差し込んだら動くようになる、組み立てる作業も要らなくなる、そういう世界になっていきます」と、何気なくいったんですね。当時、知財の世界でそういうことが盛んに議論されていたので、僕の中ではそれが「当たり前の未来」「いずれ必ず来る未来」になっていました。
当時すでに、パソコンだって秋葉原などで部品が売っていて、それを購入して家で組み立てている人がたくさんいました。そのほうが、自分の好みのモノが安く作れます。そして組み立ては、マニュアルも必要ないくらい簡単です。ディスプレイとキーボードとCPUなどを買って組み立てて配線したら動きます。モジュラー設計といわれる設計思想です。
電機の世界はとっくの昔に大体そうなっていて、パソコンはその典型でした。パソコンメーカーのDell(デル)がなぜ伸びたかというとBuild to Orderをやったからです。オーダー通りに部品をパパッと組み合わせて、翌日に出荷する、みたいなことをやり始めたのがDell です。それで急成長した企業です。
コンピューターの世界では、すでに何十年も前からモジュラー化は起こっていた。だから僕は自動車もそのうちモジュラー設計になるとお話ししたわけです。「電気自動車(EV)になれば、ちょっと部品買ってきて家で組み立てる、みたいな時代になると思います。少なくともそれが可能になる。そうするともう中国のメーカーとか台湾のメーカーに、DellみたいにBuild to Orderで頼んだらEVが作れて、明日納品されるみたいになるかもしれません。そういう時代に、今までの機械工学の時代のやり方でやっていても勝てないんじゃないかなと思うわけです。日本の自動車メーカーは、そういう時代に今まで通りのやり方で競争力を維持できるでしょうか?」という感じで。
話し終えた途端、その場は騒然としました(笑)。
さらに僕は続けて「携帯電話は今、中国でどんどん作られていますよね。これ、携帯電話向け半導体で世界トップのクアルコムが、うちのチップ使うなら図面差し上げますよって言って、設計図を中国メーカーに渡して作らせてるんです。そして、中国メーカーはその図面をもとに銀行からお金を借りて工場をサッサと建ててガンガン携帯電話を作ってるわけです。クアルコムのチップを使えば、すぐに銀行がお金を貸してくれて60日で工場がたって携帯電話が作れる、とさえ言われています。クアルコムさまさまだと(笑)。もうそういう時代なんです」と言ってしまいました(笑)。
ちなみにこれは、携帯電話や電機産業の方々の間では、よく知られていた話です。でも、その時の機械屋(笑)の皆さんの反応は「携帯電話と自動車は違う」「自動車はもっと複雑やから、そんな簡単にはならない」とか「そもそも電気自動車にはなかなかならないんだよ」ってな具合でした。まぁ、ある種予想通りですね(笑)。
この背後には、携帯電話用半導体で世界第一位のアメリカの半導体メーカー「クアルコム(Qualcomm)」の知財戦略がありました。携帯電話がアナログ通信からデジタル通信になった後、クアルコムは携帯電話端末をとにかく安くして普及させるために「知財戦略」を武器にしてきました。たとえば、クアルコムのチップにもとづいた携帯電話端末の標準的な設計図をつくって、とにかく部品を買ってきて組み立てたらすぐ作れるようにしちゃったんですね。これを「オープンクローズ戦略」と呼びます。
これを知っていたので、クアルコムのような企業が自動車業界に進出してデジタルに安価に作れるようにしちゃったら、これまで通りアナログに自動車を作っていては勝てなくなるなと考えたんです。
でも、そもそも当時、自動車業界の人たちはクアルコムの存在すら知りませんでしたし、そういう文脈が頭の中にないので「いやそれは通信業界の話であって、自動車は違う」とその時はほぼ全員に反論されたんです。
その時から10年以上経ちましたが、今どうでしょう。僕が予想していた未来が着々と近づいてきていると思いませんか?
これって、何も自動車業界の特許を調べていた、とか、自動車業界の未来について日頃から考えていた、とかいうことではありません。クアルコムをはじめとしたいろいろな業界の知財戦略を知っていたから、その場でパッと「このままの思考ではまずいな」とか、このような発想になったんです。たくさん特許を読んでいると、他の業界の未来もわかってくるようになるんですよね。
専門家というのは、意外と他の業界のところまで詳しく調べたりしてない場合が多いと思います。なので、世の中の大きな技術トレンドの変化がわかってないことも、意外に多いような気がします。前述の医療分野の話もしかりですね。医療機器の専門家は従来の医療機器のことしか知らないから、VRとか言われても「VRはゲームだから医療機器に使えない、医療機器の世界でゲーム機器の話をされても困る」とかなっちゃうわけなんです。携帯電話と自動車を一緒にされても困る、っていう話も同じですね。
結局、専門家じゃなくても知財のことを勉強すれば、ある業界にどんな変化が起きるかが結果的にわかってしまう場合があります。しかも、専門家以上にわかってしまう。恐ろしいですね(笑)。
知財を知ると、知財を軸にして広い目でいろいろな業界のことを見るので、「ココもいずれこうなるのでは?」みたいなアナロジー(類比)が自然にできるようになる、ということなんでしょうね。僕が自然とそうなったので、みなさんもたぶん、真面目にコツコツ知財や特許のことを勉強すれば、そうなるんじゃないかなと思ってます。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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