今回は、前回の「特許件数が少ない企業の評価方法① ~グレイステクノロジーの(特許の内容を分類・整理する)」の続きです。
特許件数が少ない企業をどう評価するのか、特許から将来性の目利きや投資判断をする際の着眼点などを、8件しか特許のないグレイステクノロジー(2019年調査当時)を例にお話ししています。前回は企業情報、特許内容の分類など、実際の請求項を読むまでの準備段階のお話でした。今回は、企業をさらに深く知るため請求項を読んでいくところを中心にお話しします。
この記事の内容
まずは用語統一の技術に関する3件の特許を読みます。電子マニュアルに関する特許6件のうちの3件で、マニュアルのようなドキュメントにおいて、用語統一が重要なのは当たり前ですから、ここが1丁目1番地ですね。
発明塾では、発明を理解するには技術の流れを理解する必要があると考えています。発明の連続が技術であり、技術は多数の発明から出来上がっているんですね。
バラバラの人がバラバラにいろいろなことをやっていても、技術や製品にはならない。誰かコアになるメンバーがみっちり発明を続けることで技術になって、それがコア技術になって製品になって、会社の中核になる事業になって、何千万、何億と売れるようになっていく。だから発明を、連続しているものとして読むのがポイントです。会社で技術や製品を開発している過程を想像しながら特許を読むといいですね。すごい発明が一つポーンと出てくる、というイメージではなく、「他の発明と繋がってるんじゃないかな」と「技術の流れ」を意識して特許を読んでいくことが大事です。
「ドキュメント作成支援システム」という特許は、マニュアルの文言や図面がモジュール化されパーツになっていて、パーツごとに管理して、共通するパーツは他のところでも使えるようにする、というもののようです。
そして、マニュアルのあるパーツを変えたい場合、他のマニュアルのどこかで使われていたら「ここでも使われてるぞ」という情報がフィードバックしてもらえる。さらに、自分が担当しているマニュアルのあるパーツの文言を変えたいけど、そのパーツは他でも共通で使ってるものだから、本当に変更していいかどうかを、他のマニュアルの担当者に確認しないといけないんだけど、それもこのシステムが自動でやってくれるわけです。
なかなか気が利いているな、と思いましたね。世の中進歩してるんやな、っていうのを肌で感じた瞬間でした。
特許は、要約部分を読むだけでも結構わかるのですが、自分で「課題」「目的」「解決手段」と整理して「抜き書き」していくと、さらに一歩進んだ、上級者になれますよ(笑)。特許上級者になるための「フォーマット」ですね。今回は、たった8件ですから、ぜひやってほしい。例えばこんな感じです(下図)。
さっき言った、「他でも使われているパーツ」の変更を、具体的にどうやって管理しているか。具体的な解決手段が書いてあります。
書き換えようとしたら、「書き換えたらあっちも変わるから注意してね」みたいなメッセージや、「書き換えていいかどうか、あの人とちょっとやりとりしてください」みたいなメッセージが表示される、というもののようです。
言われてみると、なんやそれだけか、というシンプルなものなんですね。でも、シンプルなものほど、特許になると強いので、この特許はなかなかいい特許かもしれませんね。
僕も川崎重工業時代、自分が設計したバイクだけでなく、他のいろんなバイクで使われている「共通部品」と呼ばれる部品の設計変更は、数多くやりました。めんどくさいんですよ、これがまた。関連するエンジンの担当者全員と、いちいち交渉していました。でも、マニュアルではそういうことはやったことなかった、と思い出しました。
そもそも「共通する文言をモジュールにして使いまわす」みたいなのは、電子マニュアルだから出てくるわけですしね。なので、「あーなるほど、そういう発明もあり得るのか」と、完全に盲点でした。まさにそこが特許発明として認められたんだなと思いました。
これは結構シンプルな発想なので、うまく権利化されていたら回避するのが難しいだろうな、というのが権利の内容を表している「請求項」を読む前の僕の印象です。
そして、今度は請求項を読んでみます。請求項1です。
とにかく、めちゃめちゃ長い(笑)。長いのでわかりづらいのですが、重要なところは先ほどお話しした下線部分です。ドキュメントでパーツが共有されていたら、アクセス許可を得ること。つまり、その共有パーツを改訂するときは他のドキュメント管理者の人と調整しないとだめだよ、ということですね。当たり前のことなんですけどね。よくできた発明です。
特許が権利として強いかどうかは、回避や迂回ができるかどうかを考えてみると分かります。「要素を抜く」「要素を(他の何かと)入れ替える」のいずれかで、同等の「性能」「機能」「目的」は達成されれば回避できたということになります。頭の中で色々考えてやってみると面白いでしょう。
僕は意外と回避できないんじゃないかと思ったのですが、みなさんどう思いますか?
さらに、システムが「共通で使っているところありますよね」と他のマニュアルと文言を照合して、共通のパーツを自動生成してくれるらしいんです(下図特許②)。これもめちゃくちゃ便利ですよね。いろいろ考えて、一つずつ特許化しているんだなと感じた部分です。
考え方としては結構当たり前に見えますが、これまでなかったものなんですね。発明同士の繋がりや、開発の様子がなんとなく見えて、とても面白いです。
特許を出願された順に読むメリットは、前の発明と比べて次の発明がどう発展してどういう発明になったかの流れが見えてくることです。
読んでいくと、「マニュアルの標準化」という考え方が見えてきます。同じような製品のマニュアルのはずなのに、共通部分(共通のパーツ)が少ないのはおかしい。こういうところは 共通化できるんちゃうか、のようにマニュアルの管理も合理化できる仕組みを考えています。
本当はそっちが本丸なんじゃないかなって僕は思いました。共通のパーツを作り出すっていうのは、本当はこことここは一緒でいいんじゃない、というのを探し当てることです。ちょっとした表現の揺らぎで、別のものとして管理されていると、無駄が多いですよね。そこを集約したいのかなと。ここまで読むと、色々なことがわかりますね。
特許③については、僕がぱっと見たところ、発明としては特許②とほぼ同じ内容です。ある程度重要な発明に関しては、権利化する観点を換えて特許を取っていくのは大事なことです。少ない件数ではあるけれど、同じ発明について観点を変えて権利を取るとか、割と手が込んでるし、入念な感じに見えるな、というのが僕の印象ですね。
実は、グレイステクノロジーには企業全体でたった8件の特許しかないのに、そのうちの2件の特許が異議申し立てをされていました。こういうのって珍しいように思います。気になるので見ていきます。
特許①が異議申し立てされています。異議申し立てとは、要するに第三者が「特許になりませんよね」とイチャモンをつけてきた、というものです(笑)。基本的に、特許にされたら困る人が、異議申し立てをしてきます。
「審査経過情報」を見ると、異議申し立てしているのは個人の方です。本当はどこかの企業のはずなんですけど、代理でその個人の方に頼んでいるのでしょうねぇ。邪魔なんだけど名前は明かさない。だからもうこの特許がめちゃくちゃ邪魔な特許なことはバレバレで、つまりグレイステクノロジーにとっては「すごくいい特許」「強い特許」だっていうことですね(笑)。
もう1件は翻訳関係の特許への異議申し立てなのですが、異議申し立てしているのは競合企業のようです。やはりこれも大事な特許なのだな、という感じがしますね。要するに異議申して立ての有無や件数は、「競合他社視点」での評価の一つなんですね。保有する8件の特許のうち2件も異議申し立てされているなんて珍しいので、そもそも電子マニュアルが、かなり熱い分野なのかも知れませんね。
特許内容を把握したら「審査経過情報」をぜひ読んでみてください。J-PlatPatで調査できます。エクストラ情報なので面倒くさいと思うんですけれども、読んでいただくと、このような「非常にお得」な情報を得られる可能性がありますからね(笑)。
次に翻訳関係の特許です。ここも多分重要なところだと思われます。
これは特許①のほぼ改良版のようで、翻訳に置き換えだけの特許っていう感じがします。出願時期も1カ月後ぐらいなので、当初から多分、両方のアイディアがあって、どちらから出すかとか一緒に出せないかとかいろんな議論があった上での、特許①を出して直後に特許④を出すというパターンだったんじゃないかなと。
おそらくマニュアル管理するときに共通部分という考え方と、翻訳版という部分の考え方が課題としてはあったんじゃないかと思います。僕なんかむしろ翻訳版が面倒くさそうだなという感じがしたので、こちらも大事なんだなと思いました。これは翻訳版の管理を自動化するような特許ですね。
特許許⑤、特許⑥は特許④を派生させた特許ですね。④⑤⑥が基本的にほぼ同じ内容の発明で、それぞれ特許としてうまく分けていった感じです。
似たような特許が出ている場合、だいたい意図があります。今後、固めていきたい領域がそこにあるのだろうと思います。発明塾では「固め出し」と呼びます。
ただ、特許の登録時には権利を表す「請求項」が違う形になっていると思うので、出願時点で同じだと判断しても、登録されるまでに「請求項」がどう変化するか、登録された後にどうなっているかをしっかり見るのがいいかなと思います。
あと2件の「Grace Vision」ウエアラブル関連の特許ですが、こちらは次回お話しします。
眼鏡にマニュアルを表示するっていうもので、ここが社長さんが本当にやりたいところなんじゃないかなという気はしました。
特許件数の少ない企業でも、じっくり読んでいくと、どのように開発が進んでいったのか、競合が嫌がるほど強い特許なのか、そこは熱い分野になりそうなのか、目の付け所がよい特許なのか、などが分かってきて評価や判断ができるようになります。ぜひやってみてくださいね。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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