特許を読むのは、知財部の方は別として、技術者など仕事で必要な人たちでも、正直面倒だなと思っている人って多いです。ましてや、仕事で活用する機会がない人なら、膨大な数の特許の海の中から投資機会のヒントになりそうな重要な特許を見分けるのは、もっと面倒で大変でしょう。
そこで、今回はそんな投資家のみなさんに向けに、重要な特許の見つけ方や見分け方のヒント、そして、知財戦略に秀でた企業を見つけるためのヒントを一つお話しします。重要な特許というのは、ここでは「読むべき特許」という意味に置き換えてください。
この記事の内容
その一つとは、無効審判のニュースに注目するというものです。無効審判とは、ある企業が出願中の他社の特許に対して、「そんなの特許にしてはダメ」と横やりを入れることですね。
ひとつわかりやすい例を挙げましょう。花王の例です。
花王が、従来より塩分を減らした調味料、いわゆる「減塩調味料」について出願した特許に対し、企業や個人から相次いで「無効にしてくれ!」と無効審判がおこりました。
花王の減塩調味料の特許は、いわゆる減塩醤油を対象にしていました。花王は醤油業界を狙い撃ちしてきたんです。驚いた醤油業界は「こんなのが特許になったら困るじゃないか」ということで騒がしくなったんですね。この無効審判は正式な特許庁に対するアクションなので公開情報しています。調べれば誰でも確認できます。
問題の特許を簡単に説明すると、減塩調味料を作りたい、減塩するには食塩である塩化ナトリウムを減らせばいいよね。その代わりにカリウムを入れます。でもカリウムを入れると、ちょっと味がきつくなるらしいんです。なので、それをマイルドにするためにアミノ酸も入れますよ、というものです。
第4回「知財情報活用」セミナー資料より抜粋
料理をしたことある人ならご存知でしょう、減塩料理を作るコツとして、旨味を入れると塩分を減らせるというのは当たり前の話で、言ってみれば、おばあちゃんの知恵袋、お母さんの知恵袋的なものですよね。それを具体的に成分と数値に落とし込んで、実験データなどの根拠をつけて特許にしてきたのが花王なんです。
だから醤油業界、調味料業界の人は「そんなん当たり前ちゃうんか」「特許になるんか」と思ったんだと想像します。
でもこれが特許制度なのです。過去に同じものが文書として残っていなくて、かつ、非常に効果が高いものなら特許になる。これまで例がなかった、減塩しても味に違和感がない調味料ができました。しかも減塩効果が高い。そうなると、花王が出願したものは特許になりうるわけです。それでこれはヤバいぞ!と、他社が一斉に反対したのでしょう。
最近は、無効審判をリストにして公開しているサイトやサービスもありますし、ツイッターで話題になったりすることもあります。無効審判を請求した企業が「何番の特許について無効審判を請求しました」とプレスリリースを出している場合もあります。特許訴訟が起こされた際、その特許について無効審判を請求する、というのはよくありますね。
いずれにせよ、誰かが「無効だ!」と訴えている特許ほど、もしかしていい特許なのでは?と思ってそちらを見に行った方がいいということです。この事例で言うなら醤油業界から「花王の特許は無効だ」という訴えが出ているなら、花王のその特許を見るべきなんですね。
ただ、そこで見極めが必要なのは「気にするほどでもない特許がたまたま問題になったのか、狙い撃ちにしている特許なのか」です。
たまたま1件だけ出願されていた特許が、運悪く(運良く?)問題視される場合もあるわけです。ある種、もらい事故みたいな感じですね。長い技術開発の歴史の中では、いろいろなことが起こるので、どこかの事業とどこかの特許が衝突することって結構あります。そういうのは、知財戦略の視点からは、あまり注目する必要はないでしょう。
でも、花王の減塩調味料のように、実は関連特許を何十件も出願していたという場合は、話は別です。これはもらい事故ではありません。花王は確実に醤油・調味料を狙い撃ちしているんです。戦略であり、本気なんですね。僕や知財業界の人は、花王がこういう戦略的な特許出願をする企業だとすでに知っているので、醤油業界を狙ってきたなってピンときます。減塩調味料の特許は、完全に戦略的なものです。これこそ知財戦略であり、特許戦略だ。こういう見方が大事なんですね。
花王としてはアミノ酸の技術は持っていないけれど、減塩にアミノ酸が欠かせないぞと分かっちゃった。それで花王はめちゃくちゃ研究開発をやったんです。あの特許はその結果出てきた成果です。いかにしたたかであったかということですね。
アミノ酸といえば味の素ですよね。事業に結びつけるためには味の素の力が必要だ、彼らも特許をたくさん持っている。じゃあ、そこに向けて我々も何か持ってないと対等に勝負できない。手土産が必要ですよね。手土産持っていって、何とか丸く収めて一緒に減塩調味料を作りましょう、というストーリーだったかもしれません。
あくまでも僕の推測ですが、2012年に両社が健康ソリューションビジネスで事業提携しているので、あながち的外れではなさそうです。
(参照:味の素株式会社と花王株式会社、健康ソリューションビジネスにおいて事業提https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/presscenter/press/detail/2012_05_29.html)
無効審判の特許に注目する、というのは重要特許を見つける入り口の一つです。「(誰かが)無効にしたいぐらい重要な特許なんじゃないか」と仮説を立てて、この特許を出願した会社は何がしたいんだ、実際どうなんだろうか、実際のところどうだったのか、を見ていく。そういう「仮説検証」を積み重ねていくことで、企業の知財戦略が見えてきます。知財戦略が見えてくると、企業から出てくる情報一つ一つに踊らされることなく、企業の狙いを読み解けるようになります。
興味ある方はIRに聞いても構わないと思いますので、ぜひ特許分析とヒアリングで企業の知財戦略モデルを見抜く目を養いましょう。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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