特許や知財と投資に関するセミナーをすると、投資機会を探る上で特許情報がどう役に立つんですか?とよく聞かれます。ひとことでいうと特許情報は、多くの人がまだ気づいていないであろう、企業や事業の将来性や競争力に気づくためのネタの一つなんですね。
特許情報について、投資家の方からよくいただく質問に「この分野の基本特許(を持っている企業)を知りたいのですが」とか「基本特許って持っていれば強いのでしょうか」といったものがあります。今日はそれに対する僕の回答と、基本特許と周辺特許、競争力や競争優位を維持するための特許戦略についてお話しします。上場企業を中心に、ある程度の規模の企業を想定したものになりますので、その点はご注意ください。
この記事の内容
そもそも「基本特許」とは何か。
基本特許というのは、いわゆる先行技術(先行例/前例)がない全く新しい発明に関するもので、ある特定の技術や製品を実現するために必ず使わざるをえない特許のことだ、と考えてください。
不正確を承知でめちゃくちゃわかりやすくいうと、「この技術分野でなんかやろうと思ったら、必ず引っかかっちゃう特許」だということです。今日も、知財業界の「言葉にうるさい(失礼!)」方々からは苦情がたくさん来そうですが、それに負けず(笑)できるだけわかりやすく解説しますね。
「基本特許は必ず引っかかっちゃう特許」とかいわれちゃうと、基本特許がどれか、とか、誰が持ってるか、とかってすごく気になりますよね。実際、自分が投資しようとしている企業が主力製品の基本特許を持っているのか、みんな知りたいみたいです。
もっと言うと、それを投資の根拠にしたい。それで僕のところに、「基本特許」についていろんな質問が来る。特許について何も知らない人でも、「うちの会社はXXX技術の基本特許を取りました!」とかIRでいわれちゃうと、なんとなく「強そう」「無敵」「無双」な感じがしますよね(笑)。
でも実は多くの産業や製品分野において、基本特許を持っていても競争力にはあまり寄与しない可能性が高い、というのが僕の結論です。実は、投資という観点からは、基本特許を知ることにはあまり意味がない場合が多いんです。
ただし、例えば化合物など、物質に関する基本特許は強いというのが常識です。ですので、バイオや製薬といった業界は例外です。それ以外の機械とか電機とか特許がごまんと出ている業界に関しては、基本特許がどれかとか、誰が持っているか、は労使においてはあまり重要でない場合が多いんですね。
HPに「○○の基本特許を取りました」書いている企業が、結構ありますよね。でも、それ一つ取得しているだけだったら、ちょっと要注意かなと思っておいてください。特許に詳しくない方であれば、勘違いしたり、騙されたりしないためにも、「基本特許っていてるけど、所詮は一件の特許に過ぎない」ぐらいの認識を持つほうが良いかもしれません。もちろん「基本特許が取れるぐらい技術開発や研究開発で圧倒的に先行している」という可能性はあります。このへんは、権利としての特許の話ではないので、今回は割愛します。
では、なぜ基本特許だけでは競争力に寄与しない可能性が高いのか。みなさんがイメージしやすい「切り餅」の例でお話ししましょう。
実は、特許を出したことがある技術者でも、基本特許を取得すればその範囲では特許侵害が起こらない、自社が自由に事業をして市場を独占できると思っている人が、結構多いんですよね。セミナーで「基本特許」「改良特許」「周辺特許」「強い特許」に関するお話をすると、かならず出る質問の一つに「でも楠浦さん、うちではこの分野に関すると基本特許を持ってまして、これを持っていれば、うちは自由に事業ができますよね、市場が独占できますよね」みたいなのがあります。その回答の際に、よく出す例がこの「切り餅」です。
「スリットが入った切り餅」という、すごく抽象的で、権利範囲が広そうな特許があるとしましょう。切り餅の表面に「スリット」(切れ目)をうまいこと入れると、割りやすいしきれいに焼ける、そんな切り餅を思いついたんですね。それまではスリットがなかった切り餅が一般的だったので、新しい発想の発明として特許が取れました。
このとき、特許を取得した企業は「スリットが入った餅の特許があるから、もううちの独占なんで、他社はどんなスリットでも絶対にできないしダメなはずだよね。だから自分たちはそれについてやりたい放題だ」と言っているとしましょう。
これは正しいんでしょうか?なんとなく正しそうですよね、でも、本当にそうでしょうか。徹底的に疑うのは、投資の基本ですね。「基本特許」を持っているから何でもできるんだ。そう堂々と言われたらそんな感じがして納得してしまいそうですが、これは間違いなんです。え?なんで?と思われた方。あなたは特許について大事なことを、ほとんど何もわかっておられない、ということです。
何が間違いなのでしょうか。
そもそも、特許を取った、特許を持っている、というのは何を意味するんでしょうか。それは、その特許の範囲内では他社は真似できないということです。他社はスリットの入った切り餅は作れないよね、ということで、実はここまでは正しいんです。なんや正しいんやんけ!というツッコミは、ちょっと置いときましょう(笑)。ここからが「特許」についてもっとも重要な知識なんです。
ある企業が特許(基本特許)を持っていても、他社はその「改良特許」を「いくらでも」取れるんですね。
例えば「スリットの入った切り餅」の特許を取ったとして、その改良特許として、「側面にだけスリットの入った切り餅」「スリットを2本以上入れた切り餅」のような、特定の限定を加えた特許を取得できる可能性がある。ほかにも星形のスリットとか、アニメキャラ形のスリットを入れるとか、いろいろな可能性があります。もちろん「進歩性があるか?」など条件はありますが、まぁいろいろ改良した発明の権利が取れる可能性が高いんですね。
極端な例として、基本特許を持っているけれども、それを発展させ改良した特許(改良特許または周辺特許)を一切持っていない場合どうなるか、考えてみましょう。例えば、基本特許を出したときにあまり想定していなかった改良商品や派生商品を作りたいと後で思ったとしても、もし他社がその時点でスリットの入った切り餅に関する周辺特許を多数持っていたら、それが障害となって改良商品や派生商品が事業化できない、ってことがあり得るわけです。
実際のところ、多くの企業は基本特許だけでなく改良特許や周辺特許もちゃんと取得するので、製品や事業について基本特許しか取ってないケースほとんどありません。でも、自社の製品や事業について他社が権利を取得することは防げませんので、そもそも「基本特許」に限らず「特許を取っているから安心」というのは、色々な意味で間違いなんですね。
ということで、少なくとも基本特許だけでは強いとか十分とか言えないので、基本特許にやたらとこだわるのはあまり意味がないし、それだけで強いと判断することもありえないんです。
この「基本特許を持っていれば強い」は、僕の経験上、知財初心者にありがちな誤解のトップ5に入っているでしょう。投資家のみなさんもお気をつけください。
ここまで、基本特許だけではなく、改良特許や周辺特許をたくさん押さえていることが重要だというお話をしました。よく考えると当たり前の結論かもしれません。「特許は結局数」だと、よく言われますしね。特許を読んでいて「こんなの実際には作らないでしょう」みたいな特許を大量に目にすることがありますよね。それらは、改良特許や周辺特許の一環として出ている場合がある、ということです。
要するに、特許の世界では、基本特許だけでは勝負が決まらない。一見くだらないと思われるようなちょっとした改良特許、周辺特許を、関係者(関係企業)が互いに持ち合っているのが、通常なんですね。そうなると、誰かの特許を侵害してしまう可能性が絶対に残ります。全部の特許を調べきれないですし、全部の特許を逃げて製品を作るのが難しい場合もあります。
そうやってある程度の数の特許を出すことによって「オタクうちの特許を踏んで(侵害して)ますよね」と他社が訴えられたとしても、「オタクもうちの特許踏んでますよね」みたいに対抗できる可能性を残すんですね。そういうことを、世の中に製品が出るはるか以前から、コツコツやっているんです。それが特許活動であり、知財活動の現場の実情です。
別の見方をすると、基本特許を取られたら終わりというわけではなく、コツコツ周辺特許を取っていくと、競争力というか、勝負できる武器を作っていけるということでもあります。基本特許に対抗できる「武器」を育てていくイメージですね。
実際、あるセラミックメーカーについての特許分析から、基本特許を取られた後でも、コツコツと大量の「周辺特許」を取ることで、先行他社の基本特許の影響をかわして後発で新規参入が可能になる、ということがわかっています。二番手戦略です。基本特許を持っていても安心はできない。勝負は常に「相手」があることなので「相手に勝てているか」が大事だからです。これを忘れて「基本特許はどれだ?」「基本特許があるから強い」とか言っても、あんま意味がないんじゃないの?というのが、僕の結論です。
こう言ってしまうと、じゃあ特許は実際のところ基本特許じゃなくて件数勝負なのか、件数以外の指標を評価しても意味がないのか、と思う方がいるかもしれません。
件数が少なければしかたない、基本特許を読んでもしかたないということでは決してありません。たくさんの特許を出願する資金のないスタートアップなどは、武器になる選りすぐりの基本特許を取得していることが多いですし、少ない特許を武器に戦う戦略があって、実際そうしている企業も僕は知っていますし、弊社で支援している例もあります。そしてそもそもスタートアップは通常売り上げが少ないので、特許件数は比較的少なくても良いんです。このあたりの話は当コラム内の「特許は『弱者』ほど意味がある~後発・スタートアップの知財戦略~」でお話ししていますので、ぜひご参照ください。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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