前回のコラム投資家が見る企業の持続可能性は「危機の時にどう乗り越えてきたか①」の続きです。
前回は、金融危機などに企業が実際にどう対応してきたかを、僕がIRや特許情報から調べていた、というお話を、医療機器企業のテルモの分析事例を元に紹介しました。当時実際に、日本中の企業について毎日このような分析をやっていたんですね。
今回は、リーマンショック時でも特許件数や売り上げが伸びていたテルモが、実際に行っていたことは何だったのか? その戦略と現在の状況を見ていきます。
この記事の内容
資料1 テルモの財務諸表の推移
※ https://valuationmatrix.com/ を利用
上記資料1は、2001年から2019年までのテルモのバランスシート(貸借対照表)をグラフにしたものです。この中で目立っているのが2011年からの濃赤色の部分です。リーマンショック後に長期借入金がめちゃくちゃ増えています。
もちろん、この解釈はいろいろありえます。リーマンショックの影響で借り入れを増やしさざるを得なかった企業もあるでしょう。しかしテルモの場合リーマンショック後も財務的には健全でしたので、これは、さらにここから「攻める」ための長期借入だったようです。業績不振が理由ではなく、加速する打ち手のために、攻めの資金調達をしていたわけですね。
特許情報から見るとどうでしょうか? 特許情報からの出願件数などを抜き出した数字データ(下記資料2)でも「攻め」の姿勢が見えます。それまで200~300件台だった出願件数を2010年には400件台にのせていきていますから、リーマンショックの間も研究開発もかなり頑張っていたのではないかと推測できます。研究にも力を入れてきて、さらにここで借り入れをして事業拡大のアクセルを踏もう、という感じなのがなんとなくわかりますよね。テルモは、リーマンショック中も、技術投資でも事業投資でもアクセル全開だったわけです。とっても頼もしいですね。
資料2 特許情報からの出願件数などを抜き出した数字データ
※前回コラム「投資家が見る企業の持続可能性は「危機の時にどう乗り越えてきたか」①」の資料①の再掲
2011年のIR資料を見ると、テルモは2011年を「事業構造改革とM&Aの年」だとしています。具体的には、2020年に売り上げを1兆円にすることを目標にしており、そこに向けて輸血などを扱う血液システム事業を統合・強化する方針を打ち出していたんです。
ちょうどこのタイミングでテルモは、アメリカのカリディアンという企業を買収して、輸血関連事業で世界トップになっています。
また同年、細胞の採取装置などを製造・販売するアメリカのハーベストという企業も買収していました。つまり、借り入れは血液システム事業を強化するための2社の買収資金だったんでしょうね。
こういうことって、昨日今日でできる話ではないので、何年も前から準備してきていたはずです。自分たちでも研究開発を行いながら検討し、特許もしっかり出して、足りない部分は買収で補う、そんなイメージでしょうか。要するにテルモは、リーマンショックがあろうが震災があろうが、それを乗り越えて安定的かつ迅速に、次の手をどんどん打ち出してここにこぎつけてきたんだ、ということですね。特許とIRを丁寧に見れば、そういう姿がなんとなく浮かび上がってきます。
資料3
※2011年テルモIR資料より
資料4
※2012年テルモIR資料より
さらにIR資料を見ると、「ここまでは、カテーテルなど心臓血管系の事業が成長を引っ張ってきた」「2020年に売上1兆円にするには、血液事業、輸血関連の事業を伸ばすことが必須である」と記載されています。
いまだったら「ふーん」って感じなんですが(笑)、これを10年前に言っているところがスゴイんです。僕は前職で細胞培養をやっていたので分かるのですが、10年間にこれを言えるというのは、かなり先見の明があると思うんですよね。
現在テルモは、まさにこの血液事業の一つとして、血液中の細胞を増やしてがんの治療に使うという細胞治療関連の取り組みをここ数年でスタートし強化しています。その布石が、2011年に打たれていたんです。長期投資とは、まさにこういうことですよね。2011年に細胞治療を見据えて研究開発やR&Dに投資していた企業が、他にどれぐらいあったでしょうか?
今、こうして振り返っているから、という部分もありますが、テルモは10年がかりで着実に布石を打って事業展開を行ってきた頼もしい企業だというのが、わかってきました。特許情報を上手く活用しながら企業の歴史を紐解くと、こうやっていろんなことがわかるわけです。
M&Aのようにニュースになって目につく活動、いわゆる「表」の活動もしっかりしていますし、特許を読むと初めてわかるようなあまり目につかないR&Dのような活動、ある種「裏方」ともいえる地道な活動もちゃんとやっている。言っていることとも辻褄が合っているから、これは長期的に成長する企業なんだろうな、ということが見えてくる。IRと特許を読むと、企業活動の「表と裏」が見えてきて、その整合性を見れば長期的に成長しそうな企業かどうかわかる、そんな感じで僕は捉えています。
リーマンショックと震災がたて続けに起きて、そこからの復活、復旧や復興で、この時期多くの会社は手一杯だったように僕は記憶しています。弊社の取引先には倒産した会社もありました。そんな中、僕は経営者として、できるだけ成長力と先見の明がある企業と取引がしたいと考えて特許分析をしていたら、テルモが確実に業績を伸ばして新規分野にガンガン投資していると分かりました。ちょっと珍しい企業だな、と思ったことを記憶しています。この時期に長期借り入れを増やしていて、それがリーマンショックからの復活のため、とかではなく成長の布石を打つためだったからです。経営者として、覚悟というか凄みを感じましたね。僕が座右の銘にしている「確信犯」の姿を見た感じです。
資料5 テルモの株価推移
ここで、テルモに対する投資家の評価がどうだったか、株価の推移などを見てみましょう。株価を伸ばして経済回復を目指した、いわゆるアベノミクスの影響もあるでしょうが、2015年から急に株価は伸びていて、この10年で4倍ぐらいになっています。
しかしそれ以前、特に売り上げは伸びていたけれど利益が伸び悩んでいたリーマンショック後の数年は、株価が上がっていません。2社の企業買収も投資家からはまったく評価されてなかったと言えるでしょう。ということで、多くの投資家はこのテルモの潜伏期間中の活動というか、発明塾で言うところの「確信犯」の度合いを、見抜けなかったのだろうという感じがしますね。この辺が非常に面白いんですよね。世の中の評価が実態に追いついてくるのに、やはり数年はかかるんだなという感じです。
でも、特許情報を見ていたらどうだったか。テルモは先行投資を確実にコツコツやってる企業だ、リーマンショックでもその姿勢がまったくブレない企業だ、ということがわかる。こういうことやってんのか、この会社結構頑張ってるなとか、なかなかスジがいいなとか、ある程度実態というか表に出てこない活動の評価ができる。この期間中にテルモにしっかり投資できていた人がいたとしたら、その方々は知財・特許情報までしっかりと見ていたのかもしれません(笑)。
ここまでの説明には、2012年の分析で分かっていたことがベースになっていますが、その後改めて振り返ってわかったこと、つまり「後知恵」も一部含まれています。その点は注意が必要です。
でも、同じような「危機」って、いつでも起こりうることなんですね。だから後知恵の部分も含め、テルモの例をよく分析してアタマに入れておくことは大事ですよね。
そうすれば今後また新たな危機が起こった時、IRと特許情報との両輪でちゃんと分析が可能になります。そして一見、同じように低迷している感じに見えている企業でも、危機からの復活に時間とお金を取られている企業なのか、危機に左右されず、むしろ今後の先行投資に時間をとかお金をブレることなく投資している企業なのか、正しく見極められるでしょう。特に知財の動向は、両者を峻別する材料の一つになりえる、いうことを皆さんには是非憶えておいていただきたいんです。
2012年に弊社で分析した際のテルモの特許データからは、特許出願が増えている、発明者も増やしている、新規分野も増えている、ということがわかりました。つまり、自社内の研究開発はリーマンショックになってもまったく手を抜いていないし、むしろ、リーマンショックをはさんでもっと力を入れてきている。その上で、将来の事業に向け買収もしている。組織として、将来の飛躍に向けて抜かりがないことがわかりましたね。
もちろん、特許情報についてはもっと細かく分析していく必要はあるのですが、現時点でもかなり「証拠」が揃っていて、とっても分かりやすい例ですよね。さすがにこれだけわかりやすい例は、なかなかないかもしれませんので、アタマに入れておくには良い事例だとおもいませんか? これだけ証拠が揃っているのに「何かある!」「テルモやるじゃん!」と思えなかったら、もう投資には向いてないかもしれないと思うくらいわかりやすい事例です(笑)。
憶えておきやすいですし、とてもキャッチ―なので、特許のことをあまり知らない方への説明もしやすいですよね。特許情報がどう役立つか、説明する際にもぜひ、テルモのこの事例を紹介してあげてください。
ここまで、特許とIR情報を見てきましたが、長期投資家の方の考え方って実際のところどうなんだろう?というのも気になりますね。先行投資していることを評価するのか、それとも、なんだかんだ言って結局いま利益が出ていないと評価しないのか、どっちなんでしょうか?
ここで、著名な個人投資家「ろくすけ」さんの Twitter(現在は X ですね)でのコメントを、一つご紹介します。僕はいつも、ろくすけさんのTwitterでの発言やBlogで企業分析について勉強させていただいております。投資家の方のモノの見方って、すごく参考になるんですよね。
資料6
ろくすけさんは、アメリカの有名な投資家ピーター・リンチの言葉を引用して「うまくいっている企業はやっぱり5年、6年、7年先まで見据えている。そういう企業は先行投資による一時的な出費によって来年、再来年の業績は停滞するかもしれない、だけど逆にそれは、投資家にとって投資機会なんですよ」とおっしゃっています。
ろくすけさんはもう十分に成功していらっしゃって、惜しげもなく投資の奥義を教えてくださる素晴らしい方なんです(笑)。ちなみに僕も、まったく同感です。実際、テルモのIRと特許情報分析結果を見ると、ホントにその通りになってましたよね。
情報分析において大事なことは、IR情報や特許情報などを見て、現場で実際に何が起きてるんだろうか?こういう風に頑張ってるんじゃないかな?などと想像力を働かせることだと、僕は思います。正しく想像できれば、何となく現場の雰囲気が見えてくる。見えてきたら、本当にそうなっているんだろうか?を、ヒアリングなどで確認しに行く。もし知り合いがその会社に勤めているんだったら、こっそり聞いてみるとかもありですよね。
検証の仕方は、いろいろやり方があると思うんですけど、とにかく何らかの手法で確認することはできますよね。それが、資料で僕が「件数だけを見ているわけじゃありませんよ」ということの意味です。件数や各種数字の推移をヒントに、現場で何が起きているかを想像する。
実はこれ、財務諸表の読み方とまったく同じなんですね。僕はちょうど30歳ぐらいでコマツで新規事業をやり始めました。その時に、「技術」に比べて理解が浅かった「財務」について勉強するため「中小企業診断士」の試験を受けました。みっちり勉強したので一発で合格したんですが、資格うんぬんより、試験勉強で多数のケーススタディをこなして「財務諸表とビジネスモデルの関係」などについて理解が深まったのが、とても役にたっています。数字から実態を読む訓練ですね。これが特許情報分析でも使えるんですね。
資料7
上記資料は、テルモの現時点のIR最新資料です(2023年5月)。今後は、TBCT(テルモBCT)と書かれている「血漿イノベーション事業」が、年率11%で一番伸びる見込みなんですね。やっぱり血液です。テルモとしては、10年前から仕込んできたものがようやく花開くわけです。他の事業もかなり伸びているので、そういう意味ではテルモは絶好調の急成長企業だと言えますよね。
また、テルモBTCには「血液センター」「アフェレシス治療」「細胞処理」と大きく3つの事業エリアがありますが、中でも「細胞処理」は市場成長率が30%ほどと予想されている、現在ものすごく「熱い」分野です。
「細胞処理」事業がどんなものか簡単に説明しておきましょう。例えば、血液から免疫にかかわる特定の細胞を取り出して増やして体内に戻してあげるという治療法があり、テルモはそのための装置を開発販売しています。この治療法は、特にがん治療の一つの方法として非常に注目されているものの一つですね。
免疫って、人体の中にある防御機能で、病気を治すための根源的なパワーなんですね。言ってみれば人体にある「軍隊」みたいなもんです。その根源的なパワーを活用する治療法なので、原理的には、ありとあらゆる病気に効くはずなんですよね。現時点で、さすがに誰も「万病に効く」とまでは言ってないのですが、がん以外の病気でも、免疫を強化してあげることによって、治せる病気ってたくさんあると言われています。そういう装置を開発販売しているわけですから、テルモが「この事業は伸びます」と言っているのも納得ですね。
「細胞治療」を中心とした新しい医療の流れを、「血液」に関する強みをもとに確実に先読みし、捉え、10年前の大型先行投資に対して結果を出しつつあるテルモ。細胞処理に関連する事業は、半端なく伸びるでしょうし、そのための技術開発も加速しているはずですよね。これは実際に知財にも表れてきているはずだと思いますので、みなさんも、ぜひ特許情報を確認してみてはいかがでしょう。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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