前回は、企業の特許を読む際、最終的に読むべきは「請求項」だけれども、いきなり読むのは難しい、だからまず「明細書」を読んでで土地勘をつけましょう、というお話をしました。(「特許の読み方がわかれば、企業の持つ技術が『本当に強いか』がわかる」参照)
今回は、いよいよ本丸の「請求項」の効率的な読み方を紹介します。日本ライフラインのガイドワイヤーに関する特許の事例で見てみます。日本ライフラインは心臓・循環器用医療機器のメーカーです。せっかく読むのですから、「重要な特許」を読まないとダメですよね。ということで、最初は重要な特許であることの確認から入ります。たとえ練習であっても、ヘボい特許を読むのは時間の無駄だと、僕は思っています。そもそも、読む気も起きませんしね。
この記事の内容
図1:特許第4354525号 特許公報より( 第1回知財情報活用セミナー資料より抜粋)
J-PlatPatで、ある特許を表示させたのが上の図です(図1参照)。一つの特許なのですが、表になっていて、いろいろな番号が書いてありますね。
一つの特許について、出願時の番号(受付番号)、公開特許公報として公開になったときの番号、登録時の番号と、それぞれに違う番号が振られているので注意が必要です。ここまでは、よくある一般的なお話です。
さらにこの表をよく見て、「無効xxxxxx」という番号が気になった方もおられるでしょう。しかも2つもある。よく気づきました。これは「この特許邪魔じゃない?」と思った人がいて、「無効だ」と2回訴えられたことを示しています。実は「無効だ」と訴えた人は2回とも朝日インテックという企業です。カテーテル用ガイドワイヤーで世界ナンバーワンの企業です。なんだかきな臭いですね(笑)。この特許は「邪魔」に思われるぐらい大事な特許だということです。特許は周りが邪魔と思うぐらいでないとだめですよね。どうやらこの特許は、読み甲斐がありそうです(笑)。
実はこの特許、日本ライフラインが朝日インテックに、「おたく、うちの特許に触れてんちゃう?」と特許権侵害の訴訟を起こした時に使われた特許です。それに対して朝日インテックが「いや、その特許そもそも無効やで」とやり返した。そういうやりとりが背後にあります。
「そんなん、触れてへんわ」って言う前に、「無効にでけへんか試したろ」って、みんな思うんですね。朝日インテックも当然そう思った。それで、「無効だ」と訴えた。1回目はダメだったけど、もう1回訴えた。そしたら、2回目は無効にできたので、特許権侵害の訴訟自体がなくなった。勝負としては朝日インテックの勝ちというか、まぁ、元の状態に戻っただけですね。特許侵害だ!と訴えたけれど、肝心の特許が無効になって、日本ライフラインは引き下がらざるを得なくなったわけです。
いずれにしても、この特許が朝日インテックと日本ライフラインの「技術の交差点」を示している。つまり、両社ともおそらくこういう技術を使っているはずだということです。
訴訟が起きるということは熱い分野の証拠でもあるので、こういうのを読むと、企業の技術を知るだけでなく、ガイドワイヤーの大きな流れも見えてきます。なんだか重要な特許っぽいですね。俄然やる気が出てきました(笑)。
ではどんな特許なのか見ていきましょう。実際の手順に従って皆さんと一緒に読んでいきます。まずは前回説明した通り、請求項の前に明細書から見ていきます。
図2:特許第43435254343525号 特許公報より(第1回知知財情報活用セミナーより抜粋)
請求項が正しく理解できるように、請求項の前に明細書を読んで技術を理解するところから、今回も始めますね。
ガイドワイヤーを使った手術の細かい手順の話はさておき、この特許の明細書には、ガイドワイヤーを血管の中に通していくにあたって、シェイピングといって、先端にくせをつけてちょっと折り曲げる操作をする、それで血管の別れているところを通しやすくするんだ、と書いてあります。この特許の明細書は、医学の知識ゼロでも、そんなことやるんか、みたいなのが伝わってくるように書かれていて、非常によくできています。わかりやすい。
【課題を解決するための手段】には、どのような工夫で課題を解決しようとしているかが書いてあり、【発明の効果】には、その工夫をすると何がいいのか、が書いてあります。何のために、何を工夫したか、これは前回お話しした「課題ー解決」の話ですね。
でも、言葉で説明してもわかりづらいモノも多いんですね。特に機械や電機分野の場合は、図を見るのが一番です。下の図中の図4-(A)を見てください。
図3:第1回知財情報活用セミナー資料より抜粋
血管って、枝分かれしてますよね。で、分かれるたびにどんどん細くなっていく。だからそこにガイドワイヤーを通していくのは大変なんですね。先をちょっと折り曲げると、血管の「枝分かれ」のところを通しやすくなります。少し曲げておくことで、枝分かれのところを右に行ったり、左に行ったりしやすくなるんですね。こういう動作を、お医者さんの用語で「枝を取る」と言うそうです。
でも、先端をグッと曲げると折れたりする可能性がありますよね。万が一、血管内で折れたら最悪ですね。それで実は、先端の部分はより曲げやすくするために根元の部分とは材質や形状の違うものが使われているんですね。
でも、今度はその2つの部分を繋ぐところが折れる可能性がある。それは困るので、曲げても折れないような特殊な接合をしますよ、その時に銀・錫・はんだではなくて、金・錫・はんだでするのがポイントですよ、というのが今回の特許です。
一般的に、銀よりも金の方が溶けた時にくっつきやすかったり柔らかかったりするので、金は接合に向いている材料なんですね。
例えば、スペースシャトルとかロケットなどでは、接合部分は金をベースにした接合剤を使っていたりします。金は、もともとそういった特殊な用途で使われていたのですが、おそらく医療器具ではこれまでなかったのでしょうね。たぶん、ここが発明ですね。
先端部分が高い強度で接合できることによって、医者の手技が非常にやりやすくなる、というようなことが書いてありますね。専門用語が多いのでなんとなくのイメージで大丈夫です。
知財業界にいるからかもしれませんが、この特許はひょっとして、日本ライフラインが朝日インテックを訴えるために無理やり作った特許なんじゃないか、と最初はちょっとうがった見方をしていました。でも、そうとは言えないかもしれません。かなりニッチな発明で、かつ、内容も具体的ですからね。
せっかくなので、「重要な特許」かどうかの再確認もしておきましょう。請求項になかなか行けませんね(笑)。でも重要じゃない特許を読んでも仕方がないので、この作業は大事です。今回は、特許出願の経過情報に特徴があるので、それを見ていきます。2009年出願、発明者は河崎さん、特許は登録されています。
みなさんは、ここで何か気づかれたことはありますか?
図4:第1回知財情報活用セミナー資料より抜粋
まず、日付に注目します。出願が平成21年5月20日、審査請求が6月12日。つまり、出願してすぐに審査請求をしています。審査請求とは何か。特許は出すだけでは権利にはならないので、審査してください、と出願後にお願いをする、それが審査請求です。
この場合は、審査をすぐにやってもらいたかったようで、通常より早く審査を開始するための「早期審査請求」という手続きをしています。そして、審査後すぐに特許査定になっています。目的は不明ですが、通常よりも素早く権利化されたものであることがわかりました。
審査請求のタイミングについては、発明の内容や特許化する目的によって、いろんな戦略があります。特許出願してからしばらく寝かしとこう、権利化は後でいいからっていう発明もあれば、とにかく早く権利化して、事業化のためにその権利を積極的に活用しようという発明もあります。
今回の特許が、朝日インテックを訴えるためにを慌てて作ったものかどうかまでは、ここからは読み取れません。ただ一般論としては、通常の手続きではないイレギュラーなこと(例:早期審査請求)をするのは、通常じゃない意図があるか、もしくはその会社自体が特許や知財について通常ではない戦略(例:積極的に訴訟をする戦略)を持っている可能性があります。
今回は「重要な特許」かどうかの再確認のポイントを、もう一つ説明しておきます。特許を読むときは、引用文献も見ましょう。審査の際、審査官から「あなたの発明と似たような発明が書かれた文献が、世の中にすでにありますよ」と、先行技術文献のリストが作成され、出願人に通知され、公開されます(拒絶理由通知書)。それをもって「特許にできません」、あるいは「この部分は特許にならないと思いますよ」みたいなことをやりとりするんです。それに対する出願人からの意見書も公開されます。
本当はそういうやりとりを丁寧に見ていくと、その特許の重要性がわかってくるんですけども、さすがに1件ずつ見ていくのは大変ですかね。そういう方は、何件ぐらいの数の引用が挙げられているか、あるいはどんな文献が挙げられているのを知るだけでも、理解を深めるにはまずは十分でしょう。ぜひ、チェックしてみてください。
そして、ようやく請求項に入ります(笑)。ここまでの理解を踏まえて請求項を読んでみましょう。ここに本質が書いてありますから、最終的には読まざるを得ないものなんです。でも、いきなり読んでもわからない、読むのは体力が必要です(笑)。だから、へぼい特許の請求項を読むと、いろんな意味でどっと疲れるので(笑)、重要な特許であるかどうかのチェックは、ちゃんとしておきたいんです。僕は「できるだけ効率よく」仕事をしたいタイプなんですよね。
請求項を読み解くポイントの一つは、ズバリ「限定」です。請求項にどういう限定がされているのか、を確認していきます。
日本ライフラインの特許の明細書には、接合する際、「銀」が普通だけど「金」にしたと書かれていました。請求項1には、案の定「Au」(金)と書かれています。接合部の材料の限定ですね。
要するに、どこまでがこれまでの「業界の当たり前」で、それに対してどの範囲が自分たちのオリジナルなのかを示しているのが「限定」なんですね。そして、その「限定」によって、どんな「効果」「意味」「意義」があるかを理解するんです。【発明の効果】と「課題-解決」の部分のお話ですね。そこが特許になる部分なんですよね。では、請求項1を読んでみましょう。
図5:第1回知財情報活用セミナー資料より抜粋
請求項1に、実はかなりの限定があります。赤字の部分が「限定」だと思ってください。先端部の長さとコイルの外径、あと接続部の材質が記載されています。逆に、それ以外の部分は、「業界の当たり前」である可能性が高いんですね。明細書から読み取った内容と照らし合わせると、土地勘がない分野の特許でも、割とハッキリわかります。
ちなみに、企業によっては請求項1には限定があまり記載されていなくて、請求項10とか20とか100とか最後の方になって重要な限定箇所が記載されてあったりと、見つけるのが大変なのもあるので、ここは要注意です。
請求項にわざわざ数字や材質などの「限定」(赤字部分)を書くということは、逆にこの「限定」を書かないとその請求項は権利として認められない、ということを示しています。つまり、これ以外の部分は同業者にとって当たり前ということです。それ理解した上で、請求項でこの数字や材質に限定している意味が何かを読み解くのが大事です。
今回は、特許の読み方の王道に従って、明細書で「課題ー解決」を把握してから、請求項を読みました。でも実は、明細書を読む前の、技術の内容があまりわかってない段階でも、請求項の中の数字や物質の名称が書いてある箇所だけマーカーしておいて、それによってどんな効果が出ているか、を意識して明細書を読み解いていけば、割と効率よく特許は読めるんです。ちょっと上級編ですけどね。
もう一つ付け加えると、特許公報ではたまに下線が引いてあるところがあります。ここに注意してみてください。これは「補正」といって、審査官とのやり取りの中で「修正」した箇所で、多くの場合その「限定」をしないと特許にはならなかったことを示します。つまり、それ以外のところは当たり前のことが書いてあって、「補正」した部分(下線部)に本質的な内容が含まれている可能性が高いのです。
技術内容を知る特許の本丸は、実は請求項にある。今日の結論はこれです。いきなり読んでもわからない場合は、明細書から読んでいくのですけれど、実は請求項を先に読んで、「重要そうな内容」のあたりをつけることもできる。企業の技術内容をもっと深く理解していただくためにも、効率のよい「特許」「請求項」の読み方を、身につけていただきたいんですよね。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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