この記事の内容
最近、IR資料などで企業が投資家に向けて知財情報や知財戦略を開示する例が増えていますよね。また、投資家の方でも、投資先企業の知財戦略や特許情報を詳細に調べる例が増えてきました。それでもまだ、特許を読んでも本当の強みや技術の細かい部分はよく分からない、という声は多いようです。
証券アナリストという投資業界のプロでも「特許は読んでもよくわからない」とおっしゃる方は多いので、個人投資家の方はなおさらですよね。いいんです。分からないことはどんどん企業のIR担当者にヒアリングしていってほしい、と僕は思っています。
実は、それって企業にとっても意味のあることなんですね。だって、投資家が各企業の「知財」つまり「未来」に興味があると言っているわけですから、それに答えることは投資家と企業の対話としてとても大事です。企業と投資家が、協力してよりよい未来を創っていくために、知財や特許についてもっと対話してほしいんですよね。
今回は、僕が過去に日進工具に行ってヒアリングした時のお話をします。日進工具のヒアリング事例から、特許のどこに注目して、どんなヒアリングするのかなど、ポイントやコツをつかんでいただけたらと思います。日進工具は金型や部品を削る工具であるエンドミルのなかでも超小型エンドミドルに特化したメーカーですね。取材は2019年に行った時のものです。
取材前に特許で調べておきたい点は、主に2つあります。コア技術と思しきものが何で、具体的にどんなものか。そしてキーパーソンです。それらを踏まえて「特許を調べたら、XXさんという技術者の方って結構重要な発明に関わられているんじゃないかなと思ったのですが、実際どうなんですか?」みたいなことを、まず聞くんですね。これで、いろいろなことが一瞬で見えてきます。あとは日々のプレスリリースとかニュースも、もちろんチェックしておきましょう。
また、ヒアリングの際に工場を見学させてもらえる場合があります。あらかじめ工場見学を想定して、こういう現場なんじゃないかとか、こういう工夫をしているみたいだけど実際どうか、のようにある程度調べて仮説を立てて、現場に現物を確認しにいけるようにしておきます。そうすると、企業の方から説明を受ける前に「やっぱりこうやっているんか」「特許は出願しているけど、現場では(まだ)やってないんやな」と、説明されないけど大事なことが分かったりします。
もちろん、特許を読んでも分からない部分もあると思います。もちろん僕にもありますが、分からなかったということが一つの質問材料になるので、恥ずかしがらず正直にそう聞けばいいんです。「XXについて特許で勉強しようと思ったんですけど、難しくて理解できませんでした、ちょっとわかりやすく説明していただけませんか」って。これもコミュニケーションですし、ほかの人が得ていない、より深い情報を得るための一つの方法じゃないでしょうか。
この取材では、日進工具の工場の一つを見学させていただけることになっていました。普通は、精密工具の工場のようにノウハウの塊でできている工場って、なかなか見学させてもらえないものなんです。もし見せてくれるとしたら投資家とお得意様だけでしょう。基本的に、工場を見学させていただける機会があったら、皆さん絶対に行くべきなんですよね。そんなの、めったにないチャンスなんですから。
僕はヒアリング前に、工作機械展示会(JIMTOF)の日進工具のブースに足を運んで製品を一通り見ていたので、製品の現物がどんなものかっていうのは、だいたいわかっていました。
精密金型を作るときに、従来はエンドミルという工具で型を掘って、そのあと「磨く」という工程が必要でした。日進工具はそれを、エンドミルだけで鏡面加工まで可能にして、「磨く」を不要にしたすごい企業なんです。そういう特殊なエンドミルを開発したんですね。現物を見て、今後もおそらく、これを強みにしてグイグイ伸びていくんだろうな、と直感しました。
精密金型の需要は無限です。今は携帯電話、その次はウェアラブル、のように、もっと小さくて、ピカピカツルツルした部品がどんどん必要になりますからね。これを支える、特殊エンドミルの製造技術や工作機械について、現場を見てみっちりヒアリングしたいなと思いました。
そこで、まずはどんな特許が出ているのか、さらっと見てみました。
発明塾®動画セミナー「『投資に活かす』特許の調べ方・読み方」資料より抜粋
企業の規模感の問題もありますが、電機などに比べて、工具って、特許をたくさん出すような業界ではありません。ですので、日進工具も特許件数はそんなに多くはありません。
多くは出せない、出さない中で、それでも出しているものには何か意味があるわけです。例えば、エンドミル工場内の工夫に関する特許が出ています。製品(工具)自体ではなく、工場内、つまり、精密工具の製造現場の工夫に関する特許が出ているので、ちょっと驚いたんですね。
こういう特許を出すのには良い点と悪い点があります。工場内の工夫なんて黙っとけばわからないというのもありますので、出さない企業も多いかもしれません。でも、日進工具はかなり特徴的な工夫をされていて、それを権利化してどうしても守っておきたいんだろうな、と思いました。そして、これが自社の競争力の源泉の一つだと判断しているのだろうなと。
でもまぁ、ぶっちゃけて言うと、「振動及び傾き検知計」という特許を見たときには、さすがにこの会社は特許のことわかってないかも知れないな、ってちょっと思ったんですね。だって、これは見学させなきゃ絶対にわからないし、見学しても多分見えないとこについているだろうから、言わなければ誰にもわからない。特許出す意味ないんとちゃうかって思ったんです、正直なところ。
発明塾®動画セミナー「『投資に活かす』特許の調べ方・読み方」資料より抜粋
僕が注目した「振動及び傾き検知計」の特許がこれです(上図)。出ている特許の中で、内容的にあまりにも毛色が違うので、これは絶対ヒアリングしようと目をつけました。
先ほども言いましたが、これ、別に出さなくていいんじゃね?何でわざわざ出しているんやろ、と思ったんです。でもそれと同時に、これは確かに僕の目から見てもすごい発明で、まぁたしかに特許取りたくもなるね、技術屋としては、と思いました。だから僕は、これが日進工具にとってどれぐらいすごい発明、あるいは、大変な工夫の末に出た発明で、工場や生産に対してどれぐらいインパクトがあるのか、実際のところを知りたかったんです。
この特許は、よく見ると日進工具単独の発明ではなく、アドテックスという会社との共同発明になっています。僕の想像ですが、困っていたときに相談できる会社がアドテックスで、アドテックスと一緒にこの技術を作り上げたから技術的成果として一旦固定しておく必要があるので特許出願してあるといったところかな、と。ノウハウって管理がなかなか難しいんです。だから権利化して保有したかったのかなと思いました。厳密には、ヒアリング時点では権利化の途中でした。
そんなことを踏まえてこの特許発明について質問してみたところ、意外なエピソードが聞けました。
東日本大震災で日進工具の工場はかなりのダメージを受けたそうです。単にモノが壊れるとか落ちるとかのレベルではなくて、高価で貴重な製造設備が多数壊れたそうなんです。
特に研削盤という工具の刃を綺麗に磨き上げる機械は、工具工場の命です。この工程を「刃付け」などと呼んだりします。工具の刃を磨き上げる際、装置には何十トンもの力がかかるんですね。なので、研削盤にはすごく太い軸がついていて、そこに砥石をつけて工具の刃を磨きます。その加工中に地震が起きると、主軸ごとゆがんでしまって研削盤は使い物にならなくなるわけです。日進工具の工場にある研削盤って、普通に買うと一台10億円ぐらいする設備だと思います。それが壊れるのは痛いですよね。
高価な設備なので壊れたら困る、というのは当たり前なのですが、壊れたら修理に何カ月もかかるから生産がストップして、それも困るわけです。顧客にも長期間迷惑がかかるし、もちろん自分たちもものすごく困るということで、研削盤の主軸が絶対に壊れないように、と「振動及び傾き検知計」を開発したとのことでした。
「振動及び傾き検知計」が具体的にどういう原理のものか、簡単に説明しましょう。地震の際、本格的に揺れる前にP波という小さい揺れが来るんですけど、そのP派の時に工具の刃を磨く作業を止めちゃうというものです。原理的にはシンプルなんですね。だから良い発明だと思います。本格的な揺れの前に機械を止めて、磨いている工具と主軸を離しちゃうんですね。そうすれば、どれだけ揺れても主軸に大きな力はかからないので、研削盤は壊れない。
だから地震があっても、すぐにリカバリーができる。大きな地震が起きても、すぐに生産を再開できる仕組みを作ったということです。これはすごく競争力に貢献するはずだから、権利化しておこうということだったようです。
この特許の発明は、工場を訪問した際にかなり強調して説明しておられたので、やっぱり震災対策は、工具のような超精密加工を行う工場にとって、とても重要な技術なんだろうと思いました。
これ以外にも、工場全体、建屋全体についての地震対策や、地震を含めた揺れに対して工作精度をいかに維持するかということに対する取り組みを、延々と説明いただきました。「地震」「揺れ」からいかに工場や設備を守るか、地震があっても生産を止めない工場作りにものすごく力を入れていることを、繰り返し説明してくださいました。
僕が最初に「これ必要なんかな?」「出さんでもええんとちゃうかな?」と思っていたこの特許ですが、やはり特許だけ読んでいても分からないことが多かったな、というのが工場見学とヒアリングを終えた後の正直な感想でした。
実は、この発明にはすごく深い意味があって、そこにめちゃくちゃすごい「こだわり」が「ぎっしり」詰まっていた。振動が工具作りにどれほど悪影響を及ぼすかっていうことを、彼らは東日本大震災という極限状態で身を持って体験しているので、この発明は絶対に特許を出しておきたい、そういうことだったんですよね。
そういう想いというか、背景や「地震でも絶対に工場を止めない」という思想や企業としてのとしての決意は、取材しないとわからないことでした。僕はまだまだ特許の読み方が甘いなぁと、帰り道に何度も思いました。
また、日進工具のキーマンについても事前に特許で調査していました。
特許を分析すると渡辺健志さんという方がトップ発明者になっていたのですが、実はヒアリングの日に工場をご案内いただいた技術者の方の上司だったんです。案内いただいた方の名前は伏せておきますけど、その方は非常に誠実な技術者っていう感じで、しかも当たり前ですけど、技術について熟知されていたので、多分渡辺さんの弟子のような方なんでしょうね。そういう人間関係も見えてきて、日進工具にも技術者の方々にも、ものすごく好感を持ちました。
発明塾®動画セミナー「『投資に活かす』特許の調べ方・読み方」資料より抜粋
帰り際に「さっきの特許みたいに、こういう工夫をいろいろ考えるアイディアマンの方って、社内におられたりするんですかね?ひょっとしてそういう方は、偉くなっておられたりするんですかね?」と質問したところ、「副社長になってます!」と返ってきました。副社長の後藤さんという方は(図中参照)、先述の地震対策の特許でも発明者でした。色々調べると、トップ発明者の渡辺さんの上司だったんじゃないかなという感じでした。
こんな風に、「人の流れ」「組織の風土」みたいなのも特許とインタビューでうまく引き出せたりします。今回のヒアリングで、日進工具はちゃんと後継者育成をしていて、人数はそんなに多くはないけれども、技術者を育てる仕組みもきっちりできていそうだ、ということが分かりました。こういう企業なら安心して投資できそうだな、という感じですよね。もちろん、取引先としても安心ですよね。だって地震でも止まらない工場と、信頼できる技術者がいるんだから、文句なしです。
さらに、後藤さんは実は今でもキーマンのようだ、ということもヒアリングで分かりました。多忙らしいので、あれこれアイディアを出しながら部下がそれをこなしていっている、という感じのようでした。こういうことは、やはり実際にヒアリングしないとわからないですね。もちろん、手ぶらでヒアリングしてもそんな深い話にはならないので、キーマンを突き止めておいて、いいタイミングで質問する、というのが大事だなと改めて痛感しました。
これは僕のヒアリング事例の一つでしかないのですが、こうやって事前に特許をきちんと調べていったことで、やはりなかなか普通は聞けない話が聞けたかなという気がしますし、日進工具の技術や組織、経営思想についてものすごく理解が深まりました。実際、「特許を調べました」と言っただけでもIRの方はとても喜んでくださいました。企業にとっても、自分の会社に興味を持っていることが分かるっていうのは、嬉しいことじゃないかなと思います。
みなさんも工場見学の機会があればぜひ行っていただきたいですし、特許を調べた上でヒアリングを積極的に行って、投資先企業の理解に役立てていただきたいですね。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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