以前、当コラムの「特許の読み方にはコツがある ~なぜ特許は『読みづらい』のか」の回で、特許が読みにくい理由をお話ししました。今回は特許の特性についてその続きのお話しになります。どこが分かると読みやすくなるのか、という部分ですね。
この記事の内容
特許は、申請書という一面があるので、必ずしも「こういうすごい実験データが出ました。だから権利ください」っていう明解なものにはなっていません。
特許審査をしてOKの判を押すのは、AIではなく審査官です。もちろん審査官は規定に沿って仕事をしていて、特許の申請書がきたら、こんな風に過去の文献と比べて、こういう差があったらいいとかダメだとか、一応の基準があります。だけど結局のところ、最終判断はそれぞれの審査官の裁量に任されている部分がありますので、いかに審査官を説得するかというのがとても重要です。
審査官を納得させるために必要なものが、「進歩性」という考え方です。進歩性とは一言で言うと「他者があまり思いつきそうにないものであるか」ということですね。どんなに自身が苦労した発明であったとしても、ちょっと頑張ったら他の人でもできるよね、というものは特許にはなりません。
だから、すごい実験結果です、と、こういう権利を下さい、との間を上手につなぐロジックを考えることが、特許を取るうえで極めて重要なんですね。特許には、思想や技術的な飛躍など、いかに進歩性があるかを表現する何らかのジャンプが盛り込まれているんです。
元審査官の方から話を伺ったことがあるのですが、発明のすごさは「目的の意外性」「構成の実現困難性」「効果の顕著性」の三つの要素の足し算で決まるのだそうです。そしてこのうち、容易に思いつかないものが一つでもあれば、進歩性があると判断されるそうです。これは彼が書いた『はじめて知財を担当する人のための大学知財の基礎入門』でも言及されています。
加えてもう一つ彼が教えてくれたのは、例えば、化学分野では「効果の顕著性」の比重を高くしているとか、別の分野では普通の人が思いつかないような組み合わせでもって新しいものを成し遂げた人(構成の実現困難性)に重きを置いて特許を与えるというように、三つの要素の中のどれに重きを置くか、分野ごとに暗黙の基準があるということです。
発明塾®「第6回知財情報活用セミナー」資料より抜粋
元審査官の方に話を聞いてから、僕は進歩性をちゃんと理解できるようになりました。新規事業を目指す企業の方に、進歩性だけで半日話すこともあるくらい、とても大事な要素です。
こういう背景があるので特許を正しく読むのはなかなか一筋縄にはいかない部分がありますが、進歩性が理解できるとかなり特許が読みやすくなります。
もう一つ、特許を読む上で分かっておいた方が良いのが、企業の知財戦略です。
特許の出し方は、大きく以下の二つのタイプに分かれます。企業によって明確な差が出る場合もあって、技術的にはたいしたことはないけれど、これ意外でしょ、っていうアイデアを押す会社、他ではできないような高度な技術を押す会社などがあります。
例えばオムロンとキーエンスは同じようにセンシングを事業領域にしているメーカーでFA(Factory Automation)のセンサーとかを作っています。でも、知財戦略には大きな違いがあります。特許の出し方で言うと、オムロンは明確に技術的に高度なものを押していく戦略、キーエンスは技術的には高度ではないかもしれないけれど、ユーザーにとって使いやすい工夫などのアイディアで押していく戦略なんですね。
特許を出す領域が全く異なるので、むちゃくちゃ綺麗にわかります。まあ、知財戦略というのは、お互いのところをだんだん侵食していくようになっていくものですから、当然キーエンスも、今は技術力を押す特許を出されていると思いますし、オムロンもアイデアを押す特許を出されているはずです。ただ、少なくとも2000年台前半ぐらいまでの出願を見ると明確な差が出ています。
現在、特許が本当に面倒くさいドキュメントになっているのは、特許を通すためのロジックに従って書いている部分があるからです。純粋な技術文書ではないんですね。法律文書の側面があって、しかも申請書なんです。それを人が読んで判断したり修正したりしている。もしAIが審査するようになったら多分もっとシンプルになるでしょうね(笑)。
審査のための作業の一部にAI機能を使いましょう、という取り組みがなされているみたいですけれども、機械で完全にやるという話ではなさそうですので、大きな変化はないでしょう。
ですので、やっぱり進歩性と企業ごとの知財戦略は理解した方がいいと思います。その二つをクリアできれば一気に読みやすくなります。まだこれは特許を読みこなすための入り口のところのお話しですが、なるほどそういうのがあるんや、っていうのを知っていただいて、コツコツと自分の注目している企業や、よく知っている企業の特許を読んでみるといいでしょう。
例えば、あなたが会社勤めであれば、自社の特許を試しに調べて分析してみるのもオススメです。知財の人に、自社の知財戦略を聞いてみるのもよいですね。なるほど自社の戦略が特許から見えるな、いや、意外とそうでもないな、とかすごくわかりやすいと思います。ぜひ身近な特許から読み始めてみてください。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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