この記事の内容
強い特許というのは作っていくものです。
例えば3Mや花王は特許業界・知財業界ではむちゃくちゃ有名で、強い特許を確実に作ってくる会社です。特許業界では特許のことを「玉」と言ったりします。特許の現場は戦争なんですね。知財戦略というぐらいですから。玉を作るのは知財部の仕事ですが、そもそも戦略の優れた会社が玉づくりもうまいようです。そういう会社は、結果として業績も安定して良いんですね。3Mも花王も、連続増配企業、つまり、株主に払う配当金が毎年安定的に増える企業として有名です。投資業界では、配当貴族などと呼ばれたりしますね。
スポーツが上手くなりたいと思ったら一流選手の一流の試合を見るっていうことが大事ですよね。それと同じように、やっぱり特許に明るくなろうと思ったら、へぼい特許を見てもあんまり意味がない。まず、とびきり強い特許として定評があるものを読むことです。特に先述の2社の特許には、しっかり読むべきものが多数あります。
今回は、3Mのめちゃくちゃ強い特許を一つ取りあげます。
発明塾の参加者の方に「この3Mの特許網を突破できたら、金一封あげますよ」と冗談交じりによく話すのですが、それくらい、ここで紹介する3Mの特許網は巧みにできています。何十年も増配を続けている企業だけのことはあるなと思わせます。なので僕は、特に技術者の方には、我々が教材やセミナーで取りあげている3Mの特許は絶対読んでよねって言っています。とても勉強になるし、常にマークしておきたい会社です。
それってどんな特許なのか。簡単に説明すると、クルマの傷つき防止などのために貼る保護フィルムに関する、非常にシンプルなものです。
昔は、フィルム貼るときにどうしても気泡が入ってしまって気泡を残さず貼るのって難しかったのですよね、覚えていますか? でも、今ってそういう心配はないですね。なんとなくシューッと泡が抜けていって、ほとんどが残らない。3Mが特許を持っているのはその技術です。製品は世界シェア90%以上とされます。
ちょっと言い方は悪いですが、技術的にはたいしたものではないんです。日本の企業なら性能的にはもっといいもの作れるかもしれません。けれども、特許網が圧倒的すぎて誰も入る余地がないんです。
もう少し詳しく言うと、この技術はフィルムの粘着面に溝を入れるというもの。(図参照)。本当にただの溝ですよ。はぁー?って思いませんか? 空気抜くために溝を入れるって、誰でも思いつくんです。
実は、過去には似たような特許がめちゃくちゃ出ているんですけど、ドンピシャでこういうのがなかったんですね。3Mがそれをうまく製品化して、非常にうまく権利化したということです。3Mの知財部の人は、やっぱり優秀なんだろうと思いました。僕は3Mと3Mの知財部の方をとても尊敬しています。
発明塾®「3M特許突破網」セミナーより抜粋
実際、この「溝」に関する特許だけで、日本で400件、グローバルだと多分800件以上出しています。しかも分割の数がすごいです。
分割って何?と思った方。一つの特許を分けて、数を増やす。数を増やすだけじゃなくて中身も増やしていく。そうことが特許制度上可能で、業界用語では分割出願といいます。強固な特許網を作り上げたいときに、非常によく使われる手法の一つです。
特に世界各国に出願する前に、その元になる国際出願「WO」をたくさん出すと、かなりお金がかかったりする場合もありますし、国ごとにどこの部分の権利が取得できるのかわからなかったり、WOから各国に移行する際にもいちいち費用がかかる。だから3M は、WO出願を1本にしておいて、各国移行後に分割していくことによって手続きを減らしながら一気に増やすという戦略がとられているんです。そういった部分も非常に長けた企業だということはほぼ間違いないでしょう。「コスパ」よく、強烈な特許網を作る方法を熟知しているんですね。
それで、作り方は簡単!とは言ったものの、粘着剤に溝をつけるのはねちゃねちゃしちゃって難しいですよね。なので、最初に凸が付いた板に粘着剤を塗っておく。そこにフィルムを貼り合わせてぺろっと剥がすことにした。これなら、めっちゃ簡単です。製造コストも従来とほとんど変わらないにもかかわらず、空気がきれいに抜ける。コストは上がらないけど、すごく効果がある。コスパのいい付加価値の上げ方ですね。
簡単ですから当然そんなのは誰でも真似してくる。だから、非常にうまく考えられた強い特許を、徹底的に、これでもかというぐらい出している。これが実際のところでしょう。3Mの製品にはシンプルなものが多いので、こういう知財戦略が得意なのかもしれませんね。
シンプルな製品というのは、だいたい、売れたときにものすごい儲かりますよね。原価があまりかからないからです。それを特許で徹底的に守る事によって、高収益を長く続けさせる術を3Mは持っているということです。
繰り返しますが、配当貴族の企業が配当貴族である続けるための条件もいくつかあると思いますが、そのうちの一つにシンプルな製品を特許でガチガチに守っていることはあるかもしれません。シンプルな製品はみんなが真似したがりますから。そういう例の一つです。
もちろん特許だけで守っているわけじゃなくて、営業とかアフターサービスとかいろいろな要素があると思うので、知財部さんだけの努力じゃないと思いますけどね。そしてそもそも、そのアイデアを思いついた技術者もいるわけですから。でも、知財の人がいい仕事をしたので、儲かった。これは事実でしょうね。これぞ知財戦略、という感じでしょうか。
技術的な話だけでなく権利の話も出てくるので、最初は特許を読み込むのは難しいと思います。でも、今回紹介したような圧倒的に強い特許を読み慣れると、同様のすごい特許がすぐに見抜けるようになります。興味ある方はぜひ読んでいただいて、何がすごいのかというのを自分なりに論じてみてください。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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