知財戦略、特許戦略についての意識は、意外に業界によって差が大きいんです。
たとえば、ビジネスそのものが特許を前提としている製薬業界は、かなり以前から特許意識が高かった。続いて意識が大きく高まったのが電機業界でしょうか。電機業界の発展と共に日本の特許出願も大きく増えました。ここ10年でかなり変わってきたのがIT企業ですね。
そして、知財意識に近年変革が起きているのが、これまで国内で閉じていたようなサービスや食品業界、不動産業などですね。たとえばサービス業や不動産業では、まだまだ多くの人が「どこが特許になるのか、どの部分を特許にすればよいのかというポイントが分からない」と思っているようです。
特許化のポイントは、業界ごとに違ってくる部分があります。分からない場合は、まず業界で強いと言われている特許を、徹底的に分析してみましょう。以前、サービス業の特許のポイントを当コラムで少しお話ししましたが、(「サービス業はどこが特許になる?」)をご参照)今回は、食品業界の特許を一つご紹介します。
花王は、知財戦略に長けていて、強い特許を確実に作ってくる企業として、特許業界・知財業界ではめちゃくちゃ有名です。中でも有名なのが、減塩調味料、いわゆる減塩醤油の特許戦略。花王はトイレタリーのイメージが強いですが、油脂など食品素材も手掛けています。お茶なんかもやってますね。その花王が20年程前から特許を出し始めて話題になったのが減塩醤油です。
どういうものかすごく簡単に説明すると、調味料の成分の割合を権利化したものです。高血圧の原因になるのが塩分、正確にはナトリウムなんですね。なので、ナトリウムを減らし、代わりにカリウムを使う。これが一つ。もう一つは旨み成分を増やす。主にこの二つの点に絞って、特許を次々と出してきました。
これって、みんなが知っていて家で料理する際にもやっていることですよね。塩分を減らすためには、ダシを効かせればいい。旨味を効かせてより複雑な味にしていくと、減塩に非常に効くというのは当たり前なんですよ。
それまでの調味料も、減塩するためには当然そうやってきていたはずなのですが、花王はそこに上手い工夫を見つけて権利化したんです。単なる減塩、単に塩味が減りますということじゃなくて、カリウムと旨み成分を組み合わせて塩味を残しながら減塩できるテクノロジーを見つけた。塩味を徹底的にサイエンスした成果ですね。サイエンスとテクノロジーに基づいたちゃんとした発明です。
この特許が出たとき、醤油や発酵性調味料を製造している業界の知財の人たちが「花王がなんで減塩醤油の特許を出すねん。花王は何をしようとしてるんや」と、結構大騒ぎだったようです。
醤油業界には何百年も歴史があって、そもそもあまり特許を積極的に出す文化ではなかった。職人の世界なので、製造ノウハウとして管理してきたわけです。あるいは、こんなのアタリマエでしょ、という感じでしょうか。装置化したとしても、自社独自のレシピとして秘匿するというようなやり方ですね。だから業界の人も、減塩するためにはダシを効かせればいいということは知っていたけれども、そんなの当り前よねと。それがまさか特許のネタになるとは思わなかった。
花王が権利化したのは、減塩調味料の「味」と「風味」の部分です。ここに集中しています。過去、医薬関連の特許で、味や風味についてしつこく言及しているので、技術の蓄積があるんでしょう。
これら特許の発明者を調べてみると、花王には減塩調味料の専任担当者がいて、味と風味に関する特許を一定期間にめちゃくちゃ固めて出していることが分かります。ある時には、20件以上の特許を次々に出す。何か意図があるわけですね。戦略的な知財活動ですよね、どう考えても。
案の定というか、花王は味の素と健康ソリューションビジネスの業務提携をしていました(※)。先にいろいろ仕掛けてアセットを作っておいて「そういえば御社、アミノ酸のことやってましたね」みたいに、確信犯で業務提携を結んだわけですね。最初から味の素を狙い撃ちだったのかもしれません。旨味を減塩に使うという発想で研究と特許化を粛々と進め、自社の食品事業拡大のために提携に持ち込んだのだ、そういう感じですね。
※現在は提携解消しています。
さすがの花王も、醤油の製造法の細かいノウハウはわからないでしょう。わかってたとしても、その権利はとる必要はない。醤油を作りたいわけじゃないからです。生活者の目線で「減塩」を追及したら、醤油に行きついた。醤油を減塩し、その醤油を広く使ってもらわないと、日本人の日常の食事の減塩は難しいと。それでは高血圧の人は減らない。ではどうするか。
食感や製造法などの特許に食品業界が注目する中、花王は、そこじゃないよね、これからは「おいしくて体に良い」でしょうと。そしてその肝は「味」と「風味」でしょ、という感じです。その特許を武器に、減塩調味料を事業化し広めよう。そういうことです。
減塩調味料のレシピに関する幅広い特許を持っていれば、すごい製造技術を持っている調味料の企業がいたとしても、自社と組まざるを得ないこともわかっていたと思います。「減塩調味料の特許は全部うちが持っているから、うちの許可なしにはできないですよね」「一緒にやりませんか」ということです。まあ、やりすぎるといろいろ波風も立つかもしれないんですけども(笑)、知財を武器にビジネスを自社に有利に進めよう、という考え方です。
特許を武器に食品業界に風穴を開けてきた、いわば「食品業界の黒船」花王ですが、その花王に触発されて今度はサントリーが同じような考え方で特許を出し始めました。それを受けて、食品業界全体も動き出したという状況ですね。
特許はビジネス戦略を持って作っていくもの。それを武器に、自分たちにない技術をうまく補っていく。それが知財戦略です。まだまだ食品業界には特許取得のチャンスはたくさんあるはずですので、ぜひ花王やサントリーの特許を研究して自社の戦略のヒントを探ってみてください。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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