10年後はこんな世の中になっているはず、将来はこんな技術が必要になるだろう、と予測や仮説を立てて「ものをつくる前に特許を取る」。今の時代は先読みによる特許取得がニューノーマルです。当コラムでも少しお話しましたが(「特許戦略のニューノーマルは、モノをつくる前に特許をとる」参照)、みなさんの中には「それってITだとかサービス分野の話でしょ、化学のような分野は関係ないよね」と思っている人もいると思います。でも、ちゃんと化学分野にも該当します。しかも実験データがなくても特許を取得することは可能なんです。
このことは、僕が 世界最大の発明投資ファンド Intellectual Ventures で発明家としてたびたび表彰いただいたことにもつながる結構重要な考え方であり、方法です。
どういうことなのか実際の僕の発明を例に少しお話ししたいと思います。
一つ目は「ナノテクノロジーを、表面処理(コーティング)に応用する」ということで考え出した発明です。(US9926463B2 - Dynamic surfaces - Google Patents)当時の世界トップクラスの発明家と協力して出願にこぎつけた発明ですが、コアになるアイデアは僕が出したものです。
僕は化学の専門家ではありませんし、実験できる環境も持っていません。であれば普通は最初から専門家に相談して進めていけばいいのでしょうが、経験上、「化学」「生物」の分野の専門家は、かなりの頻度で「そんなの、やってみないと何とも言えない」という言葉を連呼します。だからアイデアの段階で相談しても「そんなのできそうにないよ」「できるかどうかわからへん」と言われるのがオチだというのが分かっていました。
でも仮説は立てることができるし、過去データや異分野の理論に、かならず状況証拠はある」と考えていたので、「たぶん、仮説とその確からしさを示せば、動いてくれるだろう」と考えました。
そこで、僕は発明に含まれている化合物について、論文を調べて「たぶん、こういう経路で合成すれば、作れると思うんだけどどうでしょう」と、海外の発明家にメールをしたんです。そうしたら、彼らはさらにいろいろな裏付けになる情報やアイデアを出してくれました。それで出願し権利化にこぎつけることができました。
「発明を生み出すのに、自身が専門家である必要はない」と、僕は思っています。むしろ「自分の専門分野に(だけ)こだわって出た発明は、実はたいしたことない」という感じすらしています。それよりも「いかに専門家の知恵を引き出せるかどうか」が問われるのが、発明です。
もちろん、どんなに専門家が情報と知恵を出しても「足りないピース」や「どうしても埋まらないピース」もありますので、それは、そのピースが無くても、「ギリギリ、言えること」を考え抜き、かつ、実用化した際に必要であろう権利を想定して、明細書をしあげれば権利化は可能ということです。
もう一つは、ナノインプリントに最適なポリマー(≒樹脂)に関する発明です。(JP5244393B2 - Resin for thermal imprint - Google Patents )
技術的なことを少し解説しておくと、ナノインプリントとは、「ナノサイズのはんこ」のようなもので、ものすごく小さな凹凸がついた金型をポリマーやガラスに押しつけて転写パターンを形成する技術です。当時、最先端の研究開発領域で、世界中の研究者がこの技術の実用化にしのぎを削っていました。
この、ナノサイズの凸凹の中に、溶けた樹脂を押し込む必要があるのですが、小さな世界の話ですので、実際に何が起こっているか、誰もわかりません。そんな中でどの物性値が効いているのか仮説を立てながら、それを検証し、効果ありそうなものは片っ端から権利化していく。この特許は、とにかく有望な物性値を早いもの勝ちで抑えよう!という競争の中で、仮説先行、知財先行の取り組みで取ったものです。
こういう状況下では、基本は「ある程度確からしい仮説」が得られた段階で、出願の準備を進めておきます。請求項の表現(権利の取り方)を工夫しながら、検証できている範囲で、いかに良い権利を取れるか、と、もっと良い権利につながるデータが取れないかを、同時並行で考えます。
発明は「保護する」という考え方もありますが、「使わせないこと(保護すること)も、使わせることもできる権利」という側面もあるわけです。この事業だったらどういう権利があればよいのか、権利デザインを常に考え、それに応じて発明を考え直し、変えていくんです。そうやって一刻も早く出願するという競争の中で、権利化を見据えた発明の創出について、独自の方法を産み出しました。
僕は、発明投資ファンドの発明家時代に上記の発明以外にもさまざまな分野の発明を行ってきたのですが、一つ結論が出たことは、「特許は取り方次第で取れる」ってことです。
特許権は事業のツールです。何のための権利で、どの部分が権利が取れればいいのかを考えることが重要です。「取り方次第」と、言ってしまうと身も蓋もありませんが(笑)、その方法はいくらでもある、ということです。実験データがないから権利化はムリだとか、専門分野じゃないと発明はできないし特許も出せないと思っているなら、本当にもったいないですね。
今は、あらゆる企業が異業界に乗り込んで事業を独占しようとしています。みなさんも、分野を問わず挑戦し、特許取得と事業化をめざしてください。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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