本記事では、食品・飲料業界のイノベーション動向を読み解くため、同業界のトップ企業4社(ネスレ、ダノン、ペプシコ、コカ・コーラ)を取り上げ、それぞれの経営戦略を比較します。
財務データから各社の戦略の特徴を解説したのち、特許情報などの分析結果を元に、具体的なイノベーションの事例を紹介します。人々の「食」に関わる分野の未来を読み解きたい方はぜひご一読ください。
※世界最大の食品メーカーであるネスレの戦略については以下の記事で解説しています。
4社の比較グラフから分かるように、売上高トップはネスレで、食品だけでなくコーヒーやペットケアなど幅広い分野でバランスよく収益をあげています。
一方ダノンの事業カテゴリーは「乳製品や植物ベースの食品」「栄養」「水」の3つだけですが、これらの分野ではネスレの類似分野と対抗できる収益を上げています。
特に生鮮乳食品や、植物ベースの代替乳製品でダノンは世界シェアNo.1であり、自社の強みを活かせる分野で強いポジションを築いています。
※ダノンの経営戦略については以下の記事で詳しく解説しています。
ペプシコとコカ・コーラは炭酸飲料などの分野で競合するライバルで、事業カテゴリーを地域ごとに分けています。前出の棒グラフから分かるように、ペプシコは北米が売上の60%を占め、北米だけでコカ・コーラの総額を上回る売上をあげています。
また、円グラフで示したように、営業利益ベースで見るとペプシコは北米の食品事業の利益率が高く、飲料事業の利益率は低い傾向があります。2021年8月のロイターの記事によると、ペプシコはトロピカーナなど北米の飲料ブランドを33億ドルで売却することを発表しており、利益率の高い食品事業に集中する方向で事業再編を進めているようです。
一方、コカ・コーラはペプシコに比べると収益額・利益率ともに海外が好調です。2019年10月のCNBCの記事によると、コカ・コーラがインドネシアで事業を拡大する一方で、ペプシコはインドネシアの卸売業者であるAIBMとのパートナーシップを終了し、同国の市場から撤退することが報じられており、海外展開ではコカ・コーラが優勢のようです。
各社の経営戦略の概要が把握できたので、次項では具体的なイノベーションの事例を紹介します。
まず、4社のイノベーション領域を俯瞰するため、特許出願件数と主な技術分野を表に整理しました。いずれの企業も、食品や飲料の原料が上位の技術分野に含まれています。
ネスレは特許出願件数が圧倒的に多く、研究開発に力を入れていることがわかります。同社は乳製品や栄養関連の分野でダノンと競合していますが、ダノンにはないコーヒー製造などの分野でも多数の特許を出願しており、幅広い技術を保有していることがわかります。
ペプシコとコカ・コーラは飲料の原料やディスペンサーの分野で競合していますが、ペプシコは子会社のFrito-Layに関連したスナック食品の技術を多数出願しているのが特徴的です。
次に、ネスレとダノン、ペプシコとコカ・コーラが競合する分野について、詳しく見ていきます。
ネスレ、ダノンに共通するのはミルクに関する技術で、乳製品の製造技術だけでなく、ミルク由来の栄養成分を利用する技術を開発しています。例えばネスレの記事で乳清(ミルクから乳脂などを除いた溶液)由来の成分による血糖値の改善技術を紹介しました。ダノンも乳清由来の栄養成分を特許出願しており、例えばUS20150157047A1 ”Whey Protein Composition with a Reduced Astringency”では、渋み(astringency)を抑えた乳清由来の栄養補助成分について記載されています。
また、肉や乳製品の代わりになる製品(代替タンパク質)についても競争が加速しており、ネスレはスタートアップと共同で「植物ベースの代替肉を使ったハンバーガー」や「培養肉を原料とする食品」の開発を進めています(詳細はネスレの「プラントベース」ページなど参照)。
ダノンは先述の通り、植物ベースの代替乳製品ですでに世界シェアNo.1ですが、2021年8月のプレスリリースでは、「植物中の化合物の健康改善効果をAIで予測する技術」をもつスタートアップのBrightseedとのパートナーシップ拡大を発表しており、植物ベースの食材開発がさらに加速しそうです。
※代替タンパク質分野の最新動向については以下のコラムで詳しく解説しています。
ペプシコとコカ・コーラは、特に「健康と味に配慮した飲料の成分」に関する技術を積極的に開発しており、例えばペプシコはJP4028376B2「カルシウム補足飲料およびその製造方法」などカルシウム補給飲料の基本技術を、コカ・コーラはJP2013074890A「水分補給用高甘味度甘味料及び甘味料入り水分補給組成物」など低カロリーで甘みの強い飲料に関する基本技術を保有しています。
また、飲料ディスペンサーの開発も盛んで、2019年4月のペプシコのプレスリリースによると、同社は消費者にパーソナライズされた飲料(砂糖不使用など)を提供する飲料ディスペンサーを開発しており、スマホアプリと連携してドリンクをカスタマイズできるようです。同様に、コカ・コーラも2022年5月のニュースリリースで、好みに合わせて約40種類の飲料を選択できるコンパクトな飲料ディスペンサーを発表しています。
いずれの装置も再利用可能な容器の使用を考慮しており、健康だけでなくサステナビリティにも配慮したビジネスモデルへの転換が進んでいます。
前出の代替タンパク質に関しては、ペプシコもBeyond Meatとの合弁会社Planet Partnership, LLCを立ち上げており、2022年に植物ベースのジャーキーを商品化しています。代替タンパク質分野に参入する企業は年々増加しており、今後も市場が拡大することが予想されています。
ここまで、食品・飲料メーカーの代表例として、ネスレ、ダノン、ペプシコ、コカ・コーラの4社について、経営戦略とイノベーション事例を紹介しました。各社とも健康や環境対策などで付加価値をつけた製品を積極的に開発し、新たな市場を切り拓いています。
特に、代替タンパク質のコラムで取り上げたように、環境負荷の大きい酪農に依存したシステムは立ち行かなくなってきており、サステナブルな食品・飲料へのシフトが急速に進んでいます。食品・飲料はニーズが急増しにくい分野ですが、これらの流れを先読みしてイノベーションを起こし続ける企業は継続して成長することが予想されます。今後も各社の動きをウォッチしていきます。
本記事で取り上げきれなかった、特許情報分析のデータなどは、秋号のイノベーション四季報で紹介する予定です。また、弊社の無料メールマガジンでは、コラムより深掘りした調査結果を紹介しているので、そちらもぜひご利用ください。
食品・飲料業界で新たなビジネスを立ち上げたい方に、本記事が参考になれば幸いです。
★セミナー動画リリースのご案内
発明塾®動画セミナー:儲かる脱炭素ビジネスはどうつくる?
~カーボンクレジット活用による収益化に成功する海外・国内企業の収益化戦略を特許・IRから分析!~
2024年4月26日(金)に開催したセミナーを収録した動画セミナーです。
脱炭素を収益化につなげるビジネスモデルを具体的な事例から解説します。脱炭素分野で新規事業を立ち上げたい方、特に「脱炭素ビジネスで儲ける」方法を具体例から理解したい方に向けたセミナーです!
自動車分野で脱炭素ビジネスの市場を開拓したテスラに加え、石油化学からの脱却を進める旭化成などの化学メーカー、Indigo Agなど農業・食品分野で脱炭素ビジネスモデルを構築する海外企業の事例を解説します。
既存技術を市場に適合させ、新たな用途や需要を創出する戦略「技術マーケティング」の第一人者である弊社代表の楠浦がわかりやすく解説します。具体的な事例をベースに脱炭素ビジネス立ち上げを検討したい方はぜひご活用ください!
★本記事と関連した弊社サービス
①無料メールマガジン「e発明塾通信」
材料、医療、エネルギー、保険など幅広い業界の企業が取り組む、スジの良い新規事業をわかりやすく解説しています。食品分野のイノベーションについても、代替肉やキッチンOSなど多面的に取り上げています。
「各企業がどんな未来に向かって進んでいるか」を具体例で理解できるので、新規事業のアイデアを出したい技術者の方だけでなく、優れた企業を見極めたい投資家の方にもご利用いただいております。
週2回配信で最新情報をお届けしています。ぜひご活用ください。
②【新規事業・起業・投資の羅針盤 イノベーション四季報™】
食品業界の技術は「フードテック」と呼ばれ、「代替タンパク質」などの分野で今まさに大変革が起きており、流れに乗れるかどうかが企業の盛衰の分かれ目になります。本資料では、代替肉の製造プロセスなど、具体的な技術の詳細を特許情報から「分解」して解説します。
また、技術の提案先や投資先を見つけるツールとして、「関連企業のリスト」も提供します。
本記事で取り上げた4社についても、特許分析結果や投資先リストを整理して提供しているので、ぜひご活用下さい!
★弊社書籍の紹介
弊社の新規事業創出に関するノウハウ・考え方を解説した書籍『新規事業を量産する知財戦略』を絶賛発売中です!新規事業や知財戦略の考え方と、実際に特許になる発明がどう生まれるかを詳しく解説しています。
※KindleはPCやスマートフォンでも閲覧可能です。ツールをお持ちでない方は以下、ご参照ください。
Windows用 Mac用 iPhone, iPad用 Android用
畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略
ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。
・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略