本記事では、「キヤノンのナノインプリント装置」と「ASMLのEUV露光装置」について、よくある疑問と回答を紹介します。
ご紹介する内容は、弊社の「ナノインプリント・EUV比較分析セミナー」(2023年12月22日開催)で参加者の皆様から頂いた質問への回答をまとめたものになります。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
ナノインプリント・EUVに関わる方が広く興味を持つ内容かと思いますので、ぜひご参照下さい。
※セミナーのアーカイブ動画は以下のページからご購入いただけます。
ナノインプリント・EUV関連の事業に取り組む方にとって、コスト試算は重要です。セミナーでも、装置1台当たりのコストや電力に関する参考情報をお伝えしました。図にあるように省コスト・電力の観点ではナノインプリントに優位性があります。ここではさらに掘り下げて、パーツごとのコスト試算の参考になる情報を整理します。
ナノインプリント装置のコストについては、キヤノンが2018年に発表した以下の論文で詳しく解説されています。
2018-01_Nanoimprint-lithography-and-a-perspective-on-cost-of-ownership.pdf (canon.com)
あくまで参考値ですが、論文に記載されたコスト情報を抜粋します。
マスターマスクは高価ですが、マスターマスクを元につくるレプリカマスクが安価に供給できれば、コストダウンが可能です。2017年2月のキヤノンのリリースによると、同社はマスクレプリカの量産に向けた製造装置をリリースしています。
※ランニングコスト:作業・公共料金・メンテナンス費用を含めたコスト。例えば1ロットごとのレプリカマスクの洗浄コストなどが含まれる
一方、EUV露光装置のコアになるパーツとして、フォトマスク(レチクル)が知られています。2021年3月のAnandTechの記事によると、レチクル1個当たりの価格は「約30万ドル」(2024年1月23日のレートで約4500万円)のようです。
実際の販売価格は装置の仕様や顧客により異なると思われます。ただ、ナノインプリントのマスターマスクと、EUVレチクルの価格帯は大きく離れていないようです。
※EUVのレチクルについては以下の記事で詳しく解説しています。
【図解】EUVフォトマスク(レチクル)とは? ~マスクブランクス・検査装置を開発するAGC, HOYA, レーザーテックの動向と合わせて解説
ナノインプリントの用途・装置メーカーについては、弊社のナノインプリント解説記事でまとめています。要点を以下に記載します。
特に細胞培養は熱い分野で、再生医療などの普及に従い市場が拡大しています。この分野をリードする日本企業が「富士フイルム」です。培養の足場材料に限らず、細胞培養に関する幅広い技術を獲得して市場のリーダーになりつつあります。
弊社メルマガでも富士フイルムの最新動向を紹介したので、以下に引用します。メルマガの筆者は弊社代表の楠浦で、ナノインプリントのスタートアップで細胞培養に関する事業創出を経験しています。
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富士フイルムは2015年に、iPS細胞培養に強みを持つ「セルラーダイナミクス」社の買収を発表します。
僕はこのニュースを見て、かなり驚きました。
前職で細胞培養事業をやっていたこともあって、セルラーダイナミクスの技術と特許に注目していたからです。
「え?あのセルラーダイナミクス買うの?富士フイルムが?」という感じですね。
本気で細胞培養事業に進出するんだな、ということがわかりました。
2010年にJ-TEC(ジャパン・ティッシュエンジニアリング)という再生医療で最先端を行く企業に出資し、再生医療に進出しています。
J-TECは、細胞を培養して組織(ティッシュ:tissue)を作る技術、いわゆる「組織培養」の技術を持っています。
セルラーダイナミクスの買収は、それを補強するため、という位置づけですね。
ちなみに再生医療に必要な技術要素は3つある、とされます。
①細胞
②培地
③足場材
僕が前職(2004年-2008年)で手掛けていたのは、「③足場材」ですね。
ナノ構造の足場を持つ培養容器を開発販売していました。
ナノ構造の足場により、単に細胞を増やすのではなく、複数の細胞が集まって組織になるような培養が可能になるんですね。
実は当時から、富士フイルムも「ナノ構造を持つ足場」の研究開発を行っていました。
ある種、競合していたので(笑)、当時のことはよく知っています。
実は富士フイルムは、医薬事業に進出する前から、コラーゲン技術を含め足場に関する色々な技術を研究開発し保有していたんですね。
2015年のセルラーダイナミクス買収で「①細胞」を手に入れました。
後は「②培地」ですね。
これは、2017年の和光純薬買収で手に入ったようです。
ダメ押しなのか、2018年にも培地に強みを持つ「アーバイン・サイエンティフィック」を買収しています。
微生物や細胞を使ってバイオ医薬品を製造するCDMO事業を拡大していく上で、細胞培養関係の要素技術の獲得は欠かせません。
しかし上記の一連の買収は、基本的に「再生医療」を含む「細胞自体を培養して販売する」事業を主目的として行われています
「e発明塾通信 vol.1067(2024年1月22日号)」より
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富士フイルムは、「ナノ構造をもつ足場」について他社に先んじて研究を進め、細胞培養の事業を急速に拡大しています。今後は、再生医療の分野でも、ナノインプリントが活用される場面が増えることが予想されます。
※フイルム市場の衰退を乗り越えてさらに成長した富士フイルムの戦略は、以下の記事で解説しています。
EUVは既に3nmプロセスなどで実用化されています。ただ、例えば以下の点で課題が残っています。
EUV光源は電力消費が大きく、「CO2排出量」の観点では「光源の出力向上」と「CO2排出量の差君源」はトレードオフの関係にあるので、両方の課題を同時に解決できる技術にはニーズがあると考えられます。
以上、ナノインプリントとEUVについて、よくある疑問への回答を紹介しました。改めてポイントを整理します。
ナノインプリント・EUV市場に進出したい方の参考になれば幸いです。
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2023年12月22日(金)にご好評のうちに終了しました「キヤノンのナノインプリント装置」と「ASMLのEUV露光装置」を比較解説するセミナーを収録した動画セミナーです!
それぞれの装置の内部構造や、TSMCが2025年リリースを計画する「2nmプロセス」にナノインプリントが与える影響を、特許やIR情報を元に詳しく分析。ナノインプリント関連スタートアップでCTO経験がある弊社代表の楠浦が、実体験も交えてわかりやすく解説しています。効率よく最先端にキャッチアップしたい方はぜひご活用ください!
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。その経験を会社の仕事にも活かし、「起業家向け発明塾」では起業に向けた発明の創出と実用化・事業化を支援している。
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