富士フイルムは、カメラや材料、ヘルスケアなど幅広い事業を手掛けるメーカーです。一時代を築いたフィルム事業の衰退を乗り越え、事業転換を実現したことで知られています。
この記事では、富士フイルムの事業転換が成功した理由を「技術マーケティング」という観点から分析します。技術マーケティングとは、既存技術を市場に適合させ、新たな用途や需要を創出する戦略です。
まず、富士フイルムの事業転換の経緯と具体的な内容を説明します。次に、写真技術の新用途を開拓する技術マーケティングの事例を紹介します。
市場衰退の危機を乗り越えるヒントを探りたい方は、ぜひご一読ください。
<参考:富士フイルムホールディングス基本情報>
証券コード:4901
設立年:1934年
ウェブサイト:https://www.fujifilm.com/jp/ja/
この記事の内容
まず、富士フイルムの事業転換の背景にあった市場の変化を説明します。
かつて富士フイルムは、「フジカラー」などのカメラフィルムや、使い捨てカメラの「写ルンです」などの商品で知られるメーカーでした。しかし、デジタルカメラの普及に従い、それらの商品の売上は急落します。例えばカラーフィルムの需要は2000年をピークとして減少し、2005年以降には1年で20〜30%の下落を記録しています(上図参照)。
デジタル化による市場の変化はフィルムメーカーに大きな打撃を与えました。例えば米国のコダックはかつてフィルム市場のトップメーカーでしたが、2012年に上場廃止し、米連邦破産法の適用を申請しています(2012年1月の日経新聞参照)。
富士フイルムも大きな打撃を受け、2006年に約5000人の人員削減を発表しています(ビジネス+ITの記事参照)。カラーフィルムの市場成長がピークに達してからわずか5年程度で、既存事業にこだわっていては生き残れない状況に追い込まれたことがわかります。
それでは、富士フイルムがどのように既存事業を転換したのか、具体的な内容を解説します。
上のグラフは、2003~2023年の20年間で富士フイルムの事業カテゴリーと収益がどのように変化したかを示しています。カメラ関連の事業カテゴリーである「イメージング」の比率が下がっており、新たな事業カテゴリーの「ヘルスケア」が収益の柱に成長していることが分かります。
事業カテゴリーの変化について、以下に概要を整理します。
医療や半導体など、新たな市場を開拓したことで事業の成長に成功し、既存事業衰退の危機を乗り越えたことがわかります。富士フイルムはもともと材料・機器のメーカーですが、ヘルスケア事業では「医薬品」「細胞培養」など全く違う分野にも進出し、大きな成功をおさめているようです。
次項では、富士フイルムが「一見、既存事業とは関係のない分野の新規事業」で成功できた理由を掘り下げます。
※富士フイルムは2001年に富士ゼロックスを完全子会社化
富士フイルムが医薬品や細胞培養などの分野に進出できたベースには、実は同社の写真技術があります。2015年頃に富士フイルムの再生医療研究所長を務めた吉岡康弘氏は、2011年の論文で自社の写真技術をどのように医療・ヘルスケアの分野に活用したかを紹介しています(上図参照)。
写真技術の医療・ヘルスケア分野への活用について、要点を整理します。
このように整理すると、写真技術はヘルスケア分野と非常に相性が良いことがわかります。富士フイルムの事例のように、既存の強みである技術の用途を開拓し、新たな顧客を開拓するマーケティングは「技術マーケティング」と呼ばれます。富士フイルムの事業転換は、市場の変化に対応した技術マーケティング戦略の事例とも言えます。
ただし、技術マーケティングを実際に進めるのは簡単ではなく、既存の専門分野を飛び出す技術者の挑戦が必要になります。
先ほど紹介した再生医療研究所長(当時)の吉岡氏の特許出願の履歴を追うと、1980年代~2000年代前半にかけては写真のフィルムや感光材料の出願が中心ですが、2016年ごろから細胞培養に関する特許を出願しています。写真技術の開発に長年取り組んだ後、その経験を生かして医療分野の開発に挑戦したことが分かります。
この事例から、既存技術の用途開発は「技術者の努力の結晶を無駄にせず、新たな価値を創出する取り組み」とも言えます。人々を健康にする商品が、過去の蓄積を生かして短期間で生み出せるのであれば、社会貢献にもなります。
単なる「生き残りの戦略」ではなく、「世の中に提供する価値の最大化」にもつながるので、応援したい取り組みと言えます。
以上、富士フイルムの事業転換について、背景にある市場の変化と、20年間でどのように事業構造が変化したかを説明しました。後半で解説したように、既存の写真技術の価値を最大化する技術マーケティング戦略が富士フイルムの事業転換成功の本質であり、それを支えているのが挑戦する技術者です。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
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