出光興産は主に石油製品の製造・販売を行う大手企業です。新規事業にも力を入れており、最近はトヨタと全固体電池の共同開発を開始したことが注目を集めています(2023年10月のリリース参照)。
この記事では、出光の全固体電池事業を「強みを生かした新規事業創出」という観点から分析します。まず、背景にある出光の事業戦略を解説します。次に、同社がどのように「既存の強み」を生かして全固体電池の事業を創出したかを、特許情報を活用して掘り下げます。
自社の強みを生かして新規事業を創出したい方には広く参考にして頂ける事例ですので、ぜひご一読ください。
<参考:出光興産基本情報>
証券コード:5019
設立年:1940年
ウェブサイト:https://www.idemitsu.com/
※全固体電池に関するトヨタの特許戦略は、以下の記事で分析しています。
この記事の内容
まず、出光が全固体電池の事業に取り組む背景を説明します。
出光の収益構造は、上のグラフに示したように、石油を中心とする燃料油が売上の約8割を占めています。しかし、石油業界もCO2を排出する燃料油からのシフトが求められており、以下のように脱炭素化に向けた動きが進んでいます。
各国で、石油業界の変革が進んでいることが分かります。
上記の背景を踏まえ、出光も化石燃料に依存した事業構造からの変革に取り組んでいます。出光のIR資料によると、上図のように、2030年には非化石燃料事業と、新規事業が収益の50%以上を占める状態になることを目指しています。
全固体電池の事業は、「脱炭素化に向けた新規事業テーマの1つ」という位置づけになります。出光が開発するのは全固体電池そのものではなく、「固体電解質」と呼ばれる部分で、トヨタと共同で固体電解質のサプライチェーンを構築することを目指しています(※)。全固体電池が実用化されれば、電気自動車(EV)のバッテリーの性能が大幅に向上することが見込まれており、出光はEVバッテリー市場で大きな成長を遂げる可能性があります。
しかし、なぜ石油大手の出光が、バッテリー分野で強い事業を立ち上げることができたのでしょうか? 次項では、背景にある出光の強みを、IR資料と特許情報をベースに掘り下げます。
※出光は電池の正極などの材料開発も進めており、固体電解質以外でもサプライヤーとなる可能性があります
出光の統合レポートによると、同社は全固体電池の開発において以下2つの強みを持っています。
①石油精製で得られる硫黄化合物から固体電解質まで一貫で製造できる技術とバリューチェーン
② 全固体電池・固体電解質・硫化リチウムに関する技術と特許網
①のバリューチェーンについて、上図に整理します。全固体電池の構成要素である固体電解質の製造には「硫化リチウム」と呼ばれる材料が必要です。出光は硫化リチウムの原料を調達するために以下2つを押さえています。
出光は硫化リチウムを製造する技術も30年近く前から開発しており、例えば1994年に出願された特許に、硫化リチウムの製造方法が記載されています。つまり、固体電解質の原料供給のバリューチェーンと、製造技術の両方を出光が握っていることになります。
バリューチェーンも含めて握ることは小規模な材料メーカーには難しいので、石油大手の出光ならではの強みが生かされています。
ただ、固体電解質の材料開発は非常に難しく、実用フェーズに至るまでに多くの技術者が尽力されています。上図は、出光の特許の発明者で、固体材料に関する出願件数の上位5名を抽出したものです。
1位の千賀氏と、2位の中川氏は、もともと石油生産の副産物の用途となる「樹脂材料」の開発などで特許を出願していますが、2002年ごろから固体電解質に関する特許を出願しています。
また、3位の宇津野氏と、4位の寺井氏は半導体関連の材料開発に取り組んだ後、固体電解質の開発を進めています。例えば両者を筆頭発明者とする特許JP6679737B2 「硫化物固体電解質」では、複数の材料を粉砕混合してイオン電導度の高い固体電解質をつくる技術が記載されています。
「石油事業で得られる副産物の有効活用」や「半導体分野」で蓄積した技術の価値を最大化できる新たな用途を探索した結果、固体電解質というテーマにたどりついたようです。このように、既存技術を市場のニーズに適合させ、新用途を開拓する戦略を「技術マーケティング」と呼びます。
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以上、出光興産の全固体電池事業について、背景にある事業転換の方針と、自社の強みを生かした戦略を解説しました。
後半で解説したように、既存技術の価値を最大化する技術マーケティングが出光の全固体電池戦略の本質であり、それを支えているのが新分野に挑戦する技術者です。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。その経験を会社の仕事にも活かし、「起業家向け発明塾」では起業に向けた発明の創出と実用化・事業化を支援している。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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