最近、アーモンドを原料にしたミルクなど、肉や牛乳の代わりに植物を使った商品の市場が広がっています。このように、家畜由来の食品の代替となるタンパク源は「代替タンパク質」と呼ばれ、市場も急成長しています。
本記事では、代替タンパク質の最新動向を理解して頂くために、「なぜ代替タンパク質が必要なのか?」という背景から、関連企業の動向、具体的なイノベーションの事例までまとめて解説します。
食品分野で新規事業を検討する際には避けて通れないトピックなので、担当者の方は是非ご参照ください。
※前回のダノンの記事では、植物由来の製品を含むイノベーション事例を幅広く紹介しています。
この記事の内容
まず、「代替タンパク質」と呼ばれる製品のカテゴリーを図にまとめました。
最近急速に普及しているのが、大豆などの植物や、菌(キノコの菌糸など)を原料にした代替肉で、植物ベースのハンバーガーなどが注目を集めています。また、今後普及が期待されているのが細胞培養によってつくる「培養肉」で、牛肉だけでなく、魚肉やフォアグラなどの製造方法も開発され始めています。
また、上記の代替肉や培養肉ほど盛んではないですが、コオロギなど昆虫ベースや、藻類・酵母など微生物ベースの食品も開発されています。昆虫食への抵抗感は根強くありますが、例えばペットフードの分野ではネスレなどの大企業も参入しています。
代替タンパク質の市場は急速に拡大しており、2022年2月の日経新聞に掲載された矢野経済研究所の試算では、2020年に約3900億円だった市場が、2030年には8倍以上の3兆3100億円程度まで伸びることが予想されています。
※ネスレの戦略の全体像については以下の記事で詳しく解説しています。
では、なぜここまで代替タンパク質が必要とされているのでしょうか?
背景にある食品産業の主な課題として、「環境」に関する課題と、「健康」に関する課題の2つがあげられます。
環境に関しては、Eshelらの論文(2014)で畜産が与える環境への負荷が試算されています。上のグラフに示したように、特に牛肉の生産には広大な土地が必要で、環境負荷も大きいことがわかります。今後も世界の人口が増加することを考慮すると、現状の食品製造システムでは立ち行かなくなることが目に見えています。
健康に関しては、The Food and Land Use Coalition(食糧生産と土地利用の変革に関するコミュニティ)の2019年のレポートが参考になります。同レポート(p13)によると、現在の食品や土地利用システムが「人間の健康に与える負のコスト」は世界全体で6兆6千億ドルと推定されており、原因として「肥満」「栄養不足」「汚染・農薬に関する健康被害」があげられています。
つまり、現状の食品産業は、環境にも健康にも優しくなく、広大な土地が必要、ということになります。
これらの課題を解決する上で、「必要な栄養素を低カロリーで摂取でき、安全でサステナブルに生産できる食品」が必須であり、植物を利用した代替肉や、屋内スペースで生産できる培養肉へのシフトが進むのは自然な流れと言えます。
上記の背景を踏まえ、大企業・スタートアップ共に次々に代替タンパク質市場に参入しています。中でも世界最大の食品企業であるネスレは、冒頭の図に示した代替タンパク質の各カテゴリーでスタートアップと連携して商品化を進めており、例えば2021年7月のニュースリリースによると、培養肉スタートアップのFuture Meat Technologiesと提携し、培養肉を原料とする食品開発を進めています。
また、飲料大手のペプシコは、代替肉スタートアップのBeyond Meatと合弁会社のPlanet Partnership, LLC を立ち上げており、Beyond Meatの2022年3月のプレスリリースによると、最初の製品として植物ベースのジャーキーを発売しています。
次々とスタートアップや新規事業が立ち上がるため、全てはフォローできませんが、代替タンパク質分野で共通して使われる技術を理解すると、全体像が理解しやすくなります。次項では、代替タンパク質分野のイノベーションを支える技術の代表例を紹介します。
※食品大手メーカーの最新動向については以下の記事で分析しています。
【図解】食品・飲料業界 世界トップメーカーの戦略比較 ~ネスレ、ダノン、ペプシコ、コカ・コーラのイノベーション事例と今後の動向
植物ベースの代替肉は、肉のような濃厚な味わいを再現するのが困難です。体に良いと分かっていても、味が肉に劣ると、なかなか普及しません。
代替肉を美味しくする技術として特に注目されているのが、肉に含まれる成分を微生物に合成させる技術です。例えば代替肉スタートアップのImpossible Foodsは、組み換え細菌や酵母から精製したヘム(血液に含まれるヘモグロビンを構成する物質)を含む物質を植物に添加することで、より肉に近い色と風味を再現しています(ヘムの製造方法については同社の出願US20170342131A1など参照)。
また、「食感」も重要な要素であり、スタートアップのMotif Food Worksは、植物由来の成分をベースにした「食感向上剤」を開発しています。2021年5月のインタビュー記事によると、同社は代替肉だけでなく、実際のチーズに近い食感を持つ植物ベースのチーズの開発にも成功しています。完成品だけでなく、食品の原料を販売するビジネスモデルで、「Motifの製品を使えば簡単に代替タンパク質製品がつくれる」というポジションを取りに行っているようです。
Motif Food Worksは、合成生物学スタートアップのGinkgo Bioworksからスピンアウトした企業で、GInkgoの開発プラットフォームを活用できることも大きなアドバンテージになっており、今後注目の企業です。
※Ginkgo Bioworksの戦略については以下の記事で詳しく解説しています。
Ginkgo Bioworksの技術と経営戦略【徹底図解】~ワクチンから農業まで革新するDNA・細胞編集プラットフォーム
培養肉の分野では、2015年創業のUpside Foods(元Memphis Meats)が量産化で先行しており、2021年11月のFoodtech Japanの記事によると、カリフォルニアに約4900平方メートルの培養肉工場を開設しています。
培養肉の量産化技術として、JP2019501657A「生体外培養工程中の体細胞の複製能拡張法」のように、遺伝子改変により動物細胞の増殖能を増加させる技術や、US11319520B1 ”Filter cake-based systems and methods for the cultivation of cells and cell biomass” のように、細胞が増殖するための構造(Filter cake)や培養条件を最適化する技術が開発されています。
また、イスラエルの培養肉スタートアップであるMea Tech 3D Ltd.は、培養肉スタートアップとしては初めてNasdaq市場に上場しています。培養細胞を3Dプリントする装置を独自開発しており、2022年の投資家向けプレゼン資料によると、牛肉、豚、鶏、魚肉などあらゆる肉を3Dでつくることができるようです。
細胞の培養技術や3Dプリント技術は、培養肉以外の分野でも使えるため、これらの企業は今後別分野にも進出するかもしれません。ただ、医療分野などで高度な細胞培養技術を持ったプレーヤーが培養肉に参入するケースも考えられます。今後の展開が楽しみです。
以上、代替タンパク質の主なカテゴリーを紹介したのち、背景にある課題や企業の市場参入の状況、微生物利用や培養効率化・3Dプリントなどキーになる技術の具体例を紹介しました。
代替タンパク質へのシフトが必要なのは間違いなさそうですが、普及には消費者の好みに合った味の開発など、単純な「社会課題の解決」以外の要素も含まれるため、様々な切り口で参入できる面白い分野です。また、培養システムや成型システムなど工学的なアプローチの需要も拡大するため、機器メーカーにとってもチャンスが広がっています。
大きな流れを理解しつつ、独自の切り口で新規事業を立ち上げたい方に、本コラムが参考になれば幸いです。また、追加調査から得られたインサイトなど、さらに深掘りした内容は弊社の無料メールマガジンにて紹介するので、そちらも是非ご覧ください。
代替タンパク質関連の企業が多数存在するので一部しか取り上げられませんでしたが、2022年秋の「イノベーション四季報™」では関連企業のリストと、各企業の特許情報なども整理して紹介する予定です。各社のイノベーションをまとめて参照し、構想を練りたい方はぜひご活用ください。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
工場設備エンジニア、スタートアップでの事業開発を経て現職。現在は企業内発明塾®における発明創出支援、教材作成に従事。個人でも発明を創出し、権利化を行う。発明塾東京一期生。
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