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ネスレのSDGs戦略

【詳説】ネスレのSDGs戦略 ~ヘルスケア、リサイクル、酪農関連のイノベーション事例を紹介

ネスレ(Nestle SA)は世界最大の食品会社であり、「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めること」を存在意義として掲げ、持続可能な開発目標(SDGs)の目標達成に向けた取り組みも積極的に行っています(同社HP参照)。

本記事では、SDGs達成に向けたネスレのイノベーション戦略を解説します。まず、同社のビジネスモデルと研究開発体制の概要を解説した後、ヘルスケア、リサイクル、酪農に関連したイノベーションの事例を紹介します。

<参考:Nestle SA 基本情報>
ティッカーシンボル:NSRGF
設立年:1866年
ウェブサイト:https://www.nestle.com/

※ネスレの競合であり、SDGsへの取り組みにおけるリーディングカンパニーのダノンの戦略については以下の記事で紹介しています。

【徹底解説】ダノンのSDGs達成に向けた経営戦略 ~環境再生型農業への転換と、特許から読み解くイノベーション事例の紹介

ネスレのビジネスモデルとSDGs達成に向けたイノベーション戦略

ネスレの事業カテゴリーとビジネスモデル

ネスレの事業カテゴリーと2021年の売上(ネスレのAnnual Review 2021を元に作成)

ネスレの事業カテゴリーと2021年の売上(ネスレのAnnual Review 2021を元に作成)

まず、ネスレの事業カテゴリーと売上の構成比を確認します。表に示したように、コーヒー等を含む「粉末・液体飲料」のカテゴリーがトップで、ペットフード等を含む「ペットケア」、ベビーフード等を含む「栄養・健康科学」が続きます。

各カテゴリーに食品業界の世界トップブランドが多数含まれており、日本でもネスカフェやハーゲンダッツ、キットカットなどが知られています。また、同社の2021年の営業利益率(Total Operating Profit/Total Revenue)は約17.4%であり、食品会社としては非常に利益率の高いビジネスモデルを構築することに成功しています(Morningstarのデータを元に算出)。

矢野経済研究所の調査によると、2019年の日本の食品メーカー(上場)44社の営業利益率は平均値で4.7%

SDGs達成に向けたネスレの取り組みと研究開発体制

名称

概要

Nestle Institute of Health Science:NIHS

・2011年に設立された、健康の維持・向上に関する研究を行う研究所

・消化器系の疾病予防、代謝、脳の健康、高齢者の健康などがテーマ

・パーソナライズされた栄養管理を実現するための診断方法の開発

・消費者と患者の「ヘルスチェック」に活用するためのゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスのプラットフォームづくりなど先端的なテーマを扱う

ネスレ・ヘルス・サイエンス(Nestle Health Science;NHSc)

・2011年に創立された新会社で、NIHSとともに科学に基づいた個人向け健康関連製品の開発を手掛ける。

・「高齢者の健康」「脳の健康」「胃腸の健康」「先天性代謝異常」「健康管理のための栄養療法」などNIHSと近い分野の開発を手掛ける。

・医療・介護向けの栄養食品、一般消費者向け食品、先進的な治療のソリューションに取り組む事業会社

ネスレリサーチセンター

(Nestle Research Center : NRC)

・1987年にローザンヌに設立された、ネスレの最初の研究センター

・栄養と健康の基礎研究から製品開発、応用に至るまで幅広いテーマで研究開発を進める

Nestlé Institute of Packaging Sciences

(包装関連)

・2019年に発足。機能的かつ環境に配慮した包装を開発

・生分解性材料、リサイクル・再利用可能な包装などがテーマ

Nestlé Institute of Food Safety & Analytical Science

(食品安全関連)

・食品安全性の分析手法などをテーマに研究開発

・製品に汚染物質が無いことを保証するための技術を確立し、安全基準を満たすことがミッション

Nestlé Institute of Agricultural Sciences

(農業関連)

・2022年に設立を発表。植物学や酪農、農業システムなどを研究

・CO2排出や廃棄物の少ない生産システム構築などがテーマ

表.ネスレの主な研究開発組織と子会社(ネスレHPの情報を元に作成)

 

SDGsに関連した取り組みについては、ネスレのSustainability Report 2021にまとめられています。安全で健康的な食品を提供すること、炭素排出量ゼロの食品製造システムを構築することなどがネスレのミッションであり、栄養食品や農業技術の革新、食品包装のリサイクルなどバリューチェーン全体でイノベーションを起こしています。

多岐にわたるカテゴリーで技術革新を起こすための研究開発体制として、表に示したようにテーマごとに専門の研究機関が設置されています。特にヘルスケア関連の開発拠点であるNestlé Institute of Health Sciences(NIHS)とグループ会社のNestle Health Science(NHSc)は研究開発の中心になっています。

NHScはヘルスケア関連企業の買収も盛んに行っており、最近の例では、バイオ医薬企業であるAimmune Therapeuticsの買収(2020年8月のプレスリリースで発表)や、機能性水分補給(functional hydration)のリーディングカンパニーであるNuunの買収(2021年3月のプレスリリースで発表)などが知られています。

 

特許は子会社が出願人になるケースが多い

名称

概要

ネステック

(Nestec SA)

・1972年に設立された、研究開発全般をサポートする会社組織

・ネスレの2004年以降の特許出願はNestecが出願人となるケースが多い(特許庁資料参照)

Société des Produits Nestlé SA

・近年の特許出願において出願人となっている子会社

・所在地はスイス

表.ネスレ特許出願人となっているグループ会社(特許情報などを元に作成)

ちなみに、特許は主に子会社のNestec SAやSociété des Produits Nestlé SAの名前で出願されており、近年ではSociété des Produits Nestlé SAが出願人になるケースが多いようです。

例えば、ミルク由来の栄養組成物に関する特許US9486004B2(2011年出願)はNestec SAから出願されていますが、その分割出願であるUS20200330589A1(2020年出願)はSociété des Produits Nestlé SAから出願されています。ネスレの特許分析を行う際はご注意ください。

※食品分野の分割出願戦略については、日本では花王がトップランナーです。以下のコラムで詳しく解説しています。

【図解】分割出願テクニックと戦略 ~スタートアップ・起業家向けの戦略と、花王・コマツの事例に学ぶ周到な特許戦略を紹介

SDGs目標達成に向けたネスレのイノベーションの具体的な事例

各SDGs目標に関連したネスレのイノベーションの例

各SDGs目標に関連したネスレのイノベーションの例


続いて、SDGs目標の「3.全ての人に健康と福祉を」、「12.つくる責任、つかう責任」(リサイクルシステム)、「13.気候変動に具体的な対策を」(脱炭素)に関連したネスレのイノベーションの事例を解説します。

健康・福祉関連のイノベーション事例

先述のSustainability Reportによると、ネスレはこれまでの製造プロセスでは廃棄されていたソルガムの副流(side-stream;穀物の搾りカスなど加工で生じる副産物。コムギの加工で生じるふすまなどが該当) の利用に注目し、小麦や大豆などのシリアルにソルガム副流を混合した商品を開発しています。廃棄されていた資源の利用により、低価格と高い栄養価を両立でき、低所得層向けの商品ラインナップの拡充にもつながっているようです。

また、ネスレはミルクに由来する栄養素に関する開発が盛んで、近年は乳清(ミルクから乳脂肪やカゼインを除いた溶液)から抽出した栄養素に関する研究が盛んです。
乳清タンパク質(whey protein)にはインスリンの分泌促進などの生理活性があることが知られており、2021年9月のNestle Health Science(NHSc)のプレスリリースによると、乳清タンパク質を含むマイクロゲルの溶液を食事前に摂取すると、2型糖尿病患者の血糖値コントロールが改善する可能性があるようです。関連特許として、JP6760931B2「インスリン特性を改善するためのホエイタンパク質ミセル及び多糖類の使用」などが出願されています。

パッケージリサイクル関連のイノベーション事例

ネスレのSUSTAINABLE PACKAGING COMMITMENTのスライド資料によると、同社は2025年までに全てのパッケージをリサイクル可能にすることと、再生素材ではないプラスチック(virgin plastics)の利用の1/3を削減することを目標を掲げ、紙ベースの包装材の開発などを進めています。

また、2017年3月のネスレUSAのプレスリリースによると、Nestle Watersとダノンは、材料系スタートアップのOrigin Materialsと協力し、NaturAll Bottle Allianceと呼ばれるアライアンスを結成しています。パートナー3社は協力してバイオベースの材料から作られたプラスチックボトルを商業規模で開発し、発売することを目指しています。

脱炭素に向けた酪農関連のイノベーション事例

ネスレは炭素排出ゼロの酪農を実現することを目指しており、2020年に米国の酪農ネットゼロイニシアチブ(Diary Net Zero Initiative)に参加しています。ネットゼロイニシアチブの資料によると、ネットゼロ農場は、クリーンエネルギー、たい肥の飼料生産への再利用、土壌の改善技術や水のリサイクル技術など、さまざまなテクノロジーを組み合わせて排出量削減を実現するようです。

また、2020年12月のネスレのプレスリリースによると、同社は南アフリカでネットゼロ酪農場の創設プロジェクトを開始しています。この酪農場では排出量削減につながる技術の実用化を進めており、例えば牛糞をプレスにより固形物と液体に分離し、それぞれ別に利用することでメタン発生を抑制する技術が開発されています。

食品の原料生産においても、ネスレが技術革新に本気で取り組んでいることがわかります。

※持続可能な農業の最新動向については以下の記事で詳しく解説しています。

【図解】リジェネラティブ農業(環境再生型農業)の本質と企業の最新動向 ~海外スタートアップの事例を紹介

食品産業の未来をつくるネスレのSDGs戦略の今後

ここまで、ネスレのビジネスモデル・研究開発体制の概要と、SDGs目標達成に関連した具体的なイノベーションとしてヘルスケア、パッケージリサイクル、酪農関連の事例を紹介しました。ネスレが人々の健康だけでなく、持続可能な食品生産のバリューチェーン構築を目指していることがわかります。

このように、これから必要とされる技術を先読みして開発し、付加価値を生み出していることが、同社の高利益率につながっていると考えられます。食品産業の革新をリードするネスレのイノベーション動向を今後もウォッチしていきたいと思います。

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畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
工場設備エンジニア、スタートアップでの事業開発を経て現職。現在は企業内発明塾®における発明創出支援、教材作成に従事。個人でも発明を創出し、権利化を行う。発明塾東京一期生。

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