分割出願とは、特許出願(原出願)に含まれる複数の発明の一部を、新たな特許として出願する手続きのことで、特許の数を増やす手段として広く活用されています。
事業で役立つ特許ポートフォリオをつくる際には必須になる知識ですが、基本的な使い方がわからず、本来取れた権利を逃してしまう方も多いようです。せっかくよい発明をしても、役に立たない特許しか取れないのは非常にもったいないことです。
そこで本記事では、分割出願を活用する具体的なイメージをつかんで頂くことを目標に、分割出願の基本テクニックと、分割出願を使いこなして事業を成功させた花王・コマツの事例を紹介します。
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まずは仮想のケースを使って分割出願の基本的な使い方を解説します。
仮に最初の出願(原出願)が様々な用途に使える「フィルム」だった場合、フィルム自体(モノ)に関する発明の他に、例えばフィルムの製造方法や用途に関する発明を権利化できる可能性があります。
分割出願は「何件でも出願できる」という特徴があるので、例えばいったん「モノ」に関する特許を取得してから、分割出願により製造方法や用途ごとの特許を次々に出願し、特許網を築くことが可能です。
また、「分割出願の出願日は原出願の出願日と同じ日とみなされる」という特徴があるため、分割出願しておけば、「後になって重要であることが判明した発明」を後追いで権利化することも可能です。このあたりの考え方については、田所照洋著『オオカミ特許革命』に詳しく書かれており、上記の特徴は分割出願の「タイムマシン機能」と表現されています。
前記の分割出願の特徴を踏まえると、「原出願になるべく多くの発明を盛りこみ、分割出願で後から1つずつ権利化していく」という戦略がリーズナブルであることが分かります。発明が出るたびに新規出願するよりもコストが抑えられるため、資金力のないスタートアップや起業家に適した戦略と言えます。
(スピード勝負で発明が出たらすぐ出願、という戦略にも合理性はあるので、ケースバイケースです。)
具体例として、ダヴィンチなどのロボットで手術用ロボット市場を独占したインテュイティブ・サージカルの特許出願があげられます。例えば、遠隔手術ロボットのユーザー・インターフェースに関する出願(JP2012061351A)を見ると、2005年の原出願を元に、10年以上かけて世界各国で分割出願を行っており、原出願の価値を最大限に高めていることが分かります。
これだけの数が特許登録されてしまうと、特許を回避したり、無効にすることが困難になるため、多くの企業が参入をあきらめ、インテュイティブ・サージカルが独占的な地位を築くことになります。2022年5月のNasdaqの記事によると、同社はロボット手術市場で79.82%と圧倒的なシェアを誇っています。
次項では、周到な出願戦略で新規事業を成功させた日本企業として、花王とコマツの事例を紹介します。
花王の経営戦略に関する記事でも紹介したように、花王は食品業界における特許戦略のトップ企業として知られており、特に健康食品の分野で強い特許網を構築しています。
例えば、肥満防止作用があるマヨネーズ(ダイエットマヨネーズ)に関する出願JP2006115832Aは、1件の分割出願がされており、原出願と分割出願のそれぞれが権利化されています。いずれも、マヨネーズに含まれる成分の種類や含有量(質量%)を工夫した内容になっています。
2件の特許の請求項(権利範囲を記載した項)を見ると、一方は「エルシン酸」という成分の含有量の範囲を広く(50~90%)規定する代わりに別の成分に関する制限を入れており、もう一方はエルシン酸の含有量を狭く(65~82%)規定することで、それぞれ別の権利として登録されています。
このように、発明に関する技術的なパラメータの数値範囲を要件に含む特許は「パラメータ特許」と呼ばれ、花王は成分に関するパラメータ特許を多面的に取ることで、ダイエットマヨネーズの製造に必要な成分比のパターンを網羅的に権利化しています。
花王は他にも、減塩調味料などの分野で特許網を構築しており、「高血圧、肥満防止に関する食品を開発する上で、花王の特許は無視できない」という状況をつくっています。複雑な戦略ですが、詳細は先述した花王のヘルスケア食品知財&新事業戦略セミナーにて丁寧にわかりやすく解説しているので、ご興味のある方はぜひご利用下さい。
※花王の変革に向けた経営戦略については以下の記事で解説しています。
一方、機械分野では、コマツのKomtraxに関する分割出願の出し方が参考になります。新規事業企画書の書き方に関する記事でも取り上げましたが、「KOMTRAX」は2001年からコマツの建設機械の標準装備となった遠隔管理システムで、通信機能により建設機械の稼働状況などを管理できます。
KOMTRAXに関する特許も多数出願されています。中でも、通信技術に関する出願の「特願2000-605983」(WO2000055827A1)は、原出願を含めて国内だけで8件(分割出願7件)が出願され、そのうち7件が登録されており、かなり徹底的に権利化されています。
それぞれの特許の請求項を見ると、「一定の条件で通信をOFFするスリープ機能」など、建設機械が通信に要する電力を節約するための手段が、様々な観点で記載されています。「通信に要する電力によるバッテリー切れ」という課題は、遠隔管理システムにおいて非常に重要であるため、徹底的に権利化したようです。
2022年現在、コマツは売上高で世界2位の建設機械メーカーであり、国内では圧倒的なNo.1企業ですが、分割出願を含めた入念な出願戦略が現在の地位を固めるのに役立ったことは間違いなさそうです。
ここまで、件数の無制限やタイムマシン機能などの分割出願の特徴と、スタートアップや起業家に適した基本的なテクニック、花王やコマツにおける分割出願の活用事例について紹介しました。
インテュイティブ・サージカルの事例から、分割出願がスタートアップや起業家にとって非常に役立つツールになることがわかります。ちなみに、弊社代表の楠浦が支援した日本のスタートアップは、分割出願をうまく活用し、大手企業との協業と特許ライセンスを成功させています。日本でも、分割出願がスタートアップ経営において非常に有用であることを実際に確認する経験になりました。
一方、花王やコマツの例から分かるのは、「経営戦略と合致した特許を多面的に取ること」の重要性です。事業のコアになる特許にターゲットを定めて集中的に権利化することが成功のポイントであり、分割出願は重要なツールになります。
「経営者が勝ち筋を計画して出願を進めないと、基本的に特許で勝ち目はない」というのが楠浦の見解ですが、花王やコマツの事例を見ると、経営戦略を分かっている人間が出願する特許の強さが分かります。
逆にいえば、独自技術をベースに、特許出願の勝ち筋をしっかり計画すれば、No.1の事業をつくることは可能である、とも言えます。皆様が事業に成功するための特許取得に向けて、本記事が参考になれば幸いです。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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