この記事の内容
過去20年の間だけでもリーマンショック、コロナ禍を筆頭にチャイナショックなど、小さいものも含め世の中で金融危機や経済危機がいくつも起こりました。
こういった経済危機では、どんな企業でも多少なりとも影響を受けますし、その後業績が低迷してしまうこともよくあります。投資家のみなさんも、不況時の投資判断や企業の評価に迷った経験がおありではないでしょうか?
こういった危機の時こそ、企業で実際どういうことが起きているか、どういう対応をしようとしているか、気になりますね。例えば、企業のIR担当の方は「うちは大丈夫です」「今○○に取り組んでいます」などと言っているけど、それって本当なんかな?とか、何かで裏を取れないかな、などと思っている方もいるでしょう。口頭での説明だけでなく、それを裏付けるものがあれば、誰でも知りたいですよね。そんな方には、特許情報や特許に関する「数値データ」が役に立つかもしれません。
実は弊社は、特許情報分析を自社の事業推進にも生かしていて、毎日のように特許を調べています。例えば2012年ごろまでは、企業ごとに過去10年分の特許分析を行っていました。ここでは、当時のテルモの分析データを取りあげ、見ていきます。テルモは医療機器事業で有名な企業ですね。ちょうどこの分析データには2008年のリーマンショック時のデータが含まれますので、「危機」に関する情報が取れますから好都合です。
テルモがリーマンショックの時、どうしていたのか、気になりますよね? 危機に負けず着々と次の手を打っていたのか、それとも過去の蓄積で危機に堪えていたのか、どちらでしょうか? IR資料からは読み取りにくい、企業活動の実態が特許から見えてきます。
これを知ると、企業として信頼できそうか、ひいては長期で応援したくなる底力のある企業なのか、という一つの評価ができると思います。今回は、特許はこういう見方もできるんだよ、ということを多くの投資家の方に知っていただけたらと思っております。
下記のレポートをご覧ください。これは2012年8月に特許分析をした時のものです。表内の項目を見ていただくと分かると思いますが、テルモの特許から出願件数や発明者の数、特許分類の数などを調べ、年次ごとにまとめたものですね。ちなみにこういったデータをまとめるには、当時はプロ向けの高額なツールを使う必要がありましたが、今はそれこそChatGPT含め無料のツールや安価なツールがあり、誰でも簡単に作成可能ですね。素晴らしい時代です。
資料① テルモの特許情報から出願件数などをまとめた「数字データ」2000年~2011年
※2012年に調査を行っているため、2011年の数字には年度途中までの特許出願しか反映されていません
まず、発明者数を見ましょう。コンスタントに増えていますね。そして新規発明者数を見ると、毎年70から90人ほどあり、2010年には126人に増えています。新しく発明する人が増えていて、発明者全体の数も増えているという状況って、企業の研究開発の状況としては理想的ですね。古い人が辞めていって、その分新しい人が増えているだけだったら単なる新陳代謝ですが、そうではないようです。
つまり、研究開発活動や技術開発が活性化しているようだ、ということが、この数字の推移からなんとなく読み取れますよね。なんとなく期待が持てそうな展開です(笑)。
また、新規のIPCとか、FIやFターム(特許分類記号)の数も増えていますよね。特許分類記号とは、その特許が属する技術分野を表す記号です。つまり、「この特許はどういう技術に関する発明なの?」を示す記号ですね。図書館にいくと「図書分類」というのがありますが、あれと似たようなものです。
この特許分類が増えているということは、特許として出ている「技術の幅」が広がっていることを意味します。つまりここからは、次の新製品の開発が次々に始まっていて、次世代製品のネタがしっかり仕込まれているようだな、ということが何となく読み取れるんですね。うーん、楽しみですね(笑)。
つまりテルモは成長とともに、しっかりとR&D (研究開発)にもリソースを割いているようだな、ということが数字の裏付けをもとに実感できますね。事業の拡大と共に、その稼ぎを、「人」と「技術」両方に対して、しっかりと投資していることがある程度見えてくるということです。もちろん、IRで研究開発投資額を見れば、「お金」を増やしていることはわかるわけですが、それが研究開発の成果につながっていることが、特許という一つの「成果」からも見えてくる、という感じですね。「しっかりと」というのはそういうイメージです。
そして注目は、2009年2010年。リーマンショックのその後ですね。テルモはリーマンショック後に、出願件数も新規発明者の数も増えているんですよね。新規のFターム(特許分類)の数は、リーマンショックが起こった2008年は519で、翌年は多少減っていますが、2010年にまた盛り返しています。
リーマンショックで世の中が不透明になり、業績が落ち込み、これからどうなるかわからない。多くの企業はそういう状況になりました。そこで、研究開発予算を減らそうとか、研究開発の予算を減らさないけれども、特許出願の費用は削減したいから特許の件数を減らそうとした企業は、多いと思います。実際僕も「特許出願の件数減らされまして」みたいな声を聞いていましたし、まあ、そうするのが普通だと思うんですが、テルモはむしろ逆だったわけです。そういう現場の状況が、1年半たてば特許情報から判明するわけですね。ここで1年半と言っているのは、特許は出願から1年半後に公開されるのが通常だからです。
言い方がちょっと極端かもしれませんが、プロの投資家って金融危機の時にはわくわくするそうです。あるファンドマネージャーの方は、「危機の時にはダメな企業がふるい落とされるからね」と仰っていました。口が悪い方は、こういう時に化けの皮が剥がれる、などと表現されます。要するに、ここで脱落する企業は投資先としてはあまりよくないんじゃないか、と投資家は思うようです。危機を乗り越えられる強い企業を選びたい、ということだそうで、その気持ちはわかります。
僕も、企業を分析する時には基本的には同じような見方をしています。ちょっと景気が悪いからってすぐ研究開発や新規事業を止めるのではなく、多少のことにはびくともせずに「うちは粛々とやっていきますよ」という企業が、底力があって安定的に成長できて、結果的に大きく成長する企業なのかな、と思っています。ブレない企業、というイメージでしょうか。成長は「複利」で効いてきますので、「安定的な成長」も重要な要素だと思っています。安定的に成長できる素地を作るための投資ができているか、を特許情報から探ろう、というのが僕の企業分析における特許情報の使い方なんですね。ちょっとややこしいですね(笑)。
今ブレているのは、過去に「安定成長」のための投資が足りていないからではないか、と経営者は考えるものなんです。これは僕が経営者として20年やってきて学んだことの一つで、最も重要なことかもしれません。なので、ここでまたブレると、将来もまたブレまくるんです。規模が大きくなって、その分ブレ幅が大きくなると収拾がつかなくなります。どこかで腹を据えて、安定成長の基盤を作らないといけないんですね。その意思と行動を、特許情報から読み取りたい、そんなイメージです。
資料② テルモの過去20年の業績(売上高と営業利益)
では、IR資料などから実際にテルモの業績を振り返ってみます(資料②参照)。
売り上げは一貫して右肩上がりですね。リーマンショックの時も売り上げは下がっていません。さすがに利益の方は影響があったようです。多少減っているのですが、でも売り上げが伸びてるから多少利益が減っても将来盛り返せるだろうと予測はできますが、実際、ちゃんと盛り返していますね。2016、2017年あたりでものすごく伸びているので、この辺でリーマン直後の落ち込みを取り返した感じですね。
こうやって現場の企業活動の実態をイメージしながらデータを見ると、業績と知財活動にはある程度相関があるのではないか、という感じがしてきませんか? リーマンショックの年は残念ながら利益は多少減っている。しかし特許データをみると、実はその間も特許出願件数は増えているし、発明者全体数はもちろん、新規発明者も増えていて、R&Dのリソースを増やしていることがわかる。少なくとも、研究開発投資という視点ではブレない経営をしている、実に頼もしい会社だということが、なんとなくわかりますよね。その後の業績が順調な理由が、この辺にあるんじゃないかと僕は思っています。
特許件数のデータと、業績見るだけでも結構いろいろ見えてくるわけで、これってすごく面白いなと思うのは僕だけでしょうか?(笑)
プロの投資家の中には、企業の業績は20~30年も遡って調べると言う人もいます。ある投資ファンドのファンドマネージャーの方は興味を持った企業は最低40年分は遡って調べるそうです。世界的な危機から小さな騒ぎも含めると、金融危機や、通貨危機、コロナ、バブル崩壊だ、何だかんだで危機が5回や10回その間にある。そういう危機をその企業がどう乗り越えてきたかを見て、さらに深くその企業を調べるらしいです。この時点でかなりの企業が弾かれそうですね。
後に知ったことですが、2008年あたりから、プロの投資家たちはテルモについて「堅実で注目すべき企業かも」と思い始めたそうです。僕の特許情報からの分析も、間違っていなかったようですね。
ちなみにですが、今回のコロナ禍の中で投資家からすごく評価が高かった企業の一つに、空調機、化学製品メーカーのダイキンがあります。今のエアコンって、センサーがいくつもついてて、そのデータを元に温度や風の量などを細かく調整しますよね。なので、たくさんのマイクロコンピューター(半導体チップ)が使われているのですが、コロナ禍でその半導体が足りなくなり、安定的に供給されなくなったんです。
そんな大変な時に、ダイキンの設計者や技術者は、いったいどうしたか。IR説明会での説明では、「うちは設計を変えて、出荷しますから大丈夫です」って言っていました。つまり、とりあえず調達できる半導体で動くような設計に、すぐ変えたらしいんです。これはなかなかやるなという感じですね。
その結果、ダイキンのエアコンは「指名買い」でものすごく売れたそうです。売れたというか、本当は売りたくてもモノがなくて売れない状態になるところだったのを、回避できたと言うべきかもしれないですね。もちろん、他社のエアコンが入荷しないので、実際、飛ぶように売れたんだろうと思います。「指名買い」ってすごいですよね。
つまり、今回でいうとコロナ危機の影響として半導体危機があった。でもダイキンは、だからモノが作れません、というのではなく、他社に先駆けて技術的な対応策をすぐに実行したので他社より影響が少なかった。これについて、顧客や投資家の評価は非常に高い。顧客や投資家をすぐに安心させたわけですね。瞬時に対応できる力というのは、究極の強みなんだろうと思います。
テルモの例を知っているから、ダイキンは今後ものすごく伸びるんじゃないかと、僕は個人的に思っています。まだデータがそろわないかもしれないので特許は調べてませんが、もう少ししたら調べたいなと思ってます。
企業の歴史を何十年もさかのぼって、いろんな危機のときに各企業がどうしていたかを調べる。これを踏まえて、新たに目の前で起きている危機にどういう企業がどういう対応しているかを冷静に見ると、今後の注目企業が見えてくるんじゃないですか、ということです。
もちろん調子が悪いからその企業はダメだということじゃなくて、だからこそ応援するんだ、という立場もありますよね。いずれにせよ、危機における企業動向を分析すると、投資家としての目利きは格段にアップしてくると思います。
次は、リーマンショック直後にも特許件数や売り上げを伸ばしていたテルモが、実際のところ何をしていたのか、などをさらに詳しく見ていきたいと思います。
語り:楠浦崇央(弊社代表)
構成:鈴木素子
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