前回のアマゾン4半期レポート(FY2022 Q2)では、アイロボット買収の狙いとAWS Snowconeの宇宙事業の展開について解説しました。本記事ではアマゾンのFY2022 Q3(2022会計年度、第3四半期;2022年7月~9月)の4半期決算報告からイノベーション関連情報を抜粋し、背景にある戦略の考察も含めて簡単に解説します。
まず、FY2022 Q3の概況を解説した後、医療サービスのOne Medical買収の狙いを考察します。次に、イノベーション事例として家庭用ロボットの「Astro」とスマートドアベルの「Ring」の連携機能、モビリティ分野の動向(Iot Fleetwiseリリース、Infiniumからの燃料調達)と関連特許を紹介します。
<参考:アマゾン・ドット・コム基本情報>
ティッカーシンボル:AMZN
創立年月日:1994年7月
ウェブサイト:www.amazon.com
※アマゾンの経営戦略の全体像については以下の記事で解説しています。
この記事の内容
FY2021と比較したFY2022Q3の損益概況(FY2022Q3のリリースを元に作成)
FY2022Q3の概況として、図に示したように全体の売上高は14.7%増加していますが、為替レート変動などの影響による営業経費の増加も大きく、粗利益は昨年の約49億ドルから約25億ドルまで減少しています。一方、AWSは前年同期比で売上が約27.5%増加と顕著に伸びており、利益の源泉となっていることがわかります。
事業を拡大する手段として、アマゾンは買収も積極的に行っています。前回のレポートではアイロボット買収によるスマートホーム戦略の強化について解説しましたが、次項では医療サービスのOne Medical買収の狙いを解説します。
One Medicalの総売上の推移(Morningstarのデータを元に作成)
アマゾンは2022年7月のプレスリリースで、米国で医療サービスを手掛けるOne Medical (NASDAQ:ONEM) の買収に合意したことを発表しました。買収額は約39億ドルのようです。
One Medical は遠隔診療などのテクノロジーを活用した医療サービスを展開しており、グラフに示したように2021年に売上が急上昇しています。
アマゾンは2019年に医療サービスのアマゾン・ケアを立ち上げていますが、2022年8月のウォール・ストリート・ジャーナルの記事などで2022年内に終了することが報じられています。医療サービスから撤退するわけではなく、急拡大するOne Medicalを傘下に納め、一気に医療サービスを拡大する戦略のようです。
FY2021 Q4のレポートで、高齢者ケアサービスのAlexa Togetherの進化について紹介しましたが、One Medicalを取り込むことで、「安心して生活できるプラットフォーム」がさらに拡張することになります。
最初は「本」から事業を始めたアマゾンですが、その後「生活用品全般」「娯楽(Prime Videoなど)」に事業を広げ、現在は「医療」を含む「生活の全体」までプラットフォームを拡大しています。
続いて、具体的なイノベーションの事例として、スマートホームとモビリティ関連の動向を紹介します。
アマゾンの特許に記載された自律移動ロボットとドアベルの通信(US11372408B1の図に追記して作成)
アマゾンは2022年9月のニュースリリースで、ロボットのAstroと、カメラ付きドアベルのRingの連携機能を発表しました。Ringは2021年にVirtual Security Guardという企業向けのサービスを発表しており、監視カメラで検知した異常をリアルタイムで通知することができます。
今回の機能拡張により、Virtual Security Guardが異常が検知した場所にAstroが向かい、何が起きたかを調査することなどが可能になるようです。オフィスの警備員をAstroが代行してくれることになるので、コストダウンにもつながりそうです。
また、Astroに関連した特許のUS11372408B1には、自律移動ロボットと他のデバイスとの通信機能について記載されており、他のデバイスの例としてドアベルのカメラや家電があげられています(上図参照)。今後、他のデバイスとの連携機能がさらに進化しそうです。
※アマゾンのスマートホーム戦略については以下の記事で解説しています。
アマゾン特許に記載されたコネクテッドカーシステムの概要(US11417109B1の図1に追記して作成)
アマゾンは2022年9月のニュースリリースで、車両データのクラウド管理サービスであるAWS Iot FleetWise の一般提供を米国東部と欧州で開始したことを発表しています。Iot FleetwiseについてはFY2021 Q4のレポートでも紹介しましたが、大量の車両データをAWS上で一元管理できるサービスで、自動車メーカーはFleetwiseを使うことで自社のデータ管理システムが無くてもコネクテッド・カーの分野に参入できます。
関連特許として、例えば US11417109B1 ”Network-based vehicle event detection system” では、複数の車両のセンサデータを受信し、異常の検知などを行うシステムが記載されています。分析精度を機械学習により向上させるシステムも発明に含まれており、AIの活用も想定されています。
また、アマゾンは化石燃料に代わるクリーンな燃料を製造するスタートアップのInfiniumに投資しています。Infiniumの2022年9月のニュースリリースによると、同社はアマゾンのトラック輸送車両向けに、クリーン燃料(二酸化炭素を含む廃棄物と再生可能エネルギーから生成する燃料)を供給することで合意しており、2023年から生産を開始する予定です。
アマゾンがコネクテッドカーなどのクラウドシステムに加え、持続可能な配送システムの構築にも積極的に取り組んでいることがわかります。
ここまで、アマゾンのFY2022 Q3の概況と、One Medical買収の狙いについて解説した後、スマートホーム(オフィス)関連のイノベーション事例としてRing・Astroの連携機能を、モビリティ関連の動向としてIot FleetwiseやInfiniumからの燃料調達を紹介しました。
One Medical買収による在宅医療の進化は、「生活の安全」という観点でRingやAstroの話ともつながっており、アマゾンのプラットフォームが分野をまたいで拡大していることがわかります。また、モビリティ関連でも、クラウドサービスに加え、配送システムのクリーン化にも取り組んでおり、持続可能な事業拡大が進んでいます。
Astroの役割が徐々に拡大していることからもわかるように、アマゾンは新規事業立ち上げだけでなく、長期視点で「育てる」ことにも長けています。成長する事業のつくりかたとして非常に参考になるので、今後も4半期ごとに動向をチェックしていきます。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
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