アマゾン・ドット・コムは世界一豊富な品ぞろえの通販システムを構築した巨大企業であり、近年はクラウドサービスのAWSなどIT事業でも確固たる地位を築き、影響力をさらに拡大し続けています。
本記事では、アマゾンのイノベーション創出を支えるキャッシュフロー戦略・ビジネスモデルと、ヘルスケアや金融業界など多方面で次々に生み出されるイノベーションの最新事例を紹介します。また、今後の展開も継続的にウォッチし、レポートしていきます。イノベーション速度を最大化する経営戦略の事例としてご一読下さい。
<参考:アマゾン・ドット・コム基本情報>
ティッカーシンボル:AMZN
創立年月日:1994年7月
ウェブサイト:www.amazon.com
※2021年Q3のアマゾン四半期レポートではAmazon Glow, Astroなどの最新デバイスを紹介しています。こちらも是非ご覧ください。
この記事の内容
アマゾンがイノベーションに投資する資金を生み出すための基本的な戦略として、営業キャッシュフロー(営業CF) を常に最大化する仕組みがあります。代表例として、アマゾンマーケットプレイスの仕組みを紹介します。
営業CFは以下の式で定義され、その会社の事業が生み出す現金の量の指標になります。
営業CF = 売上 ー 仕入れ値
図に示すように、一般的な店舗販売などのビジネスでは、商品が売れるまでは営業CFがマイナスの状態が続きます。
一方、アマゾンマーケットプレイスでは、商品を所持する出品者がアマゾンに出品料を払い、出品された商品をユーザーが購入する際は、まずアマゾンに料金が支払われます。
その後、商品が出荷され、出品者に手数料を差し引いた額が送金されるまでの間、アマゾンは手元に潤沢な資金を置くことができ、高い営業CFを維持します。
また、一般的には事業を拡大すると初期投資が必要になりますが、アマゾンは出品者が増えるほど最初に取得できる金額が大きくなるので、「規模を拡大するほど投資できる額も大きくなる」という状況がつくれます。
加えて、ユーザーが増えると資金が増える仕組みも、アマゾンプライム会員は年会費が先払いとなっていること等で、整備されています。
他にも様々な仕組みがありますが、手元の資金を最大化し、次の事業に投資しながら拡大を続けるキャッシュフロー戦略が、アマゾンがイノベーションを次々に生み出す基礎になっています。
※アマゾンKindleのビジネスモデルについては、以下記事で図解しています。
開始 |
サービス・活動名 |
内容・関連情報 |
---|---|---|
2005 |
アマゾン・プライム |
配送などの特典が得られる有料会員制プログラム。年会費は前払い。 |
2006 |
クラウドコンピューターサービス。β版は2002年に製作されたが、2006年のニュースリリースで公式リリースを発表。 |
|
アマゾン・プライム・ビデオ |
動画などのストリーミングやレンタルサービス |
|
2007 |
アマゾン・キンドル |
電子書籍配信、電子書籍リーダーの販売。 |
2014 |
アマゾン・アレクサ |
音声認識人工知能。2013年にアマゾンが買収したIVONA社の音声技術をベースに開発された。超音波モーションセンサーの機能追加についてはFY2021Q4の分析レポートで紹介 |
アマゾン・エコー |
アレクサを搭載したスマートスピーカー |
|
2018 |
アマゾン・ゴー |
レジなしのコンビニエンスストア |
Amazon Ring |
スマートドアベルメーカーのRingを2018年に買収(Riingのプレスリリース参照) 2022年1月のRing Blogで紹介されたRing Alarm Glass Break Sensorは、泥棒等によるガラスの破壊音を検知する機能をもつ(アマゾンFY2021Q4の分析レポートで紹介) |
|
2019 |
エコー・フレーム |
音声認識人工知能「アレクサ」に対応したスマートグラス |
遠隔と対面を組み合わせた医療サービス。 |
||
2020 |
アマゾン・ゴー・グローサーリー |
レジなしの小売店舗 |
アマゾン・ワン |
非接触決済サービスなどを提供する手のひら認証システム |
|
アマゾン・ダッシュ・カート |
レジでの決済を不要にするスマートショッピングカート |
|
アマゾンストアで薬を購入できるサービス。 |
||
2021
|
Amazon Smbhav Venture Fund |
インドのスタートアップに投資するベンチャーファンド。 |
高齢の家族の世話に役立つ介護サービス。 |
||
家庭用ロボット。カメラモニタリングによる安全管理や音楽再生などの機能を持つ。 |
||
ビデオ通話用ハードウェアに小型プロジェクターとスキャナーを内蔵した子供向けデバイス。アマゾンFY2021Q3の分析レポートで紹介 |
||
寝室などの空気環境を管理するモニターデバイス。 |
表. アマゾンのイノベーション・投資活動の一覧
(近年の新規事業と、過去に立ち上がった事業で特に重要と思われるものを抜粋)
では、具体的にどんな事業が生み出されているのか、過去の代表例と近年の事例を表にまとめてみました。
物品販売のプラットフォーム以外で、現在のアマゾンの収益に最も大きく貢献しているのがクラウドサービスのAWSで、2020年のアマゾンAnnual Reportによると、2020年の売上高の約12%にあたる454億ドル程度がAWSから得られています。
未来に向けた投資として、コア技術の1つである音声認識AI(アレクサ)を使ったサービスや、無人コンビニ(アマゾン・ゴー)など小売店舗を革新するサービスの開発に加え、ヘルスケアや農業分野への進出も進めていることが分かります。
次項では具体的な事例として、ヘルスケア関連のイノベーションと、AWSの最新機能についてご紹介します。
2019年にスタートしたアマゾン・ケアは、当初は社内向けのヘルスケアシステムでしたが、2021年のプレスリリースで全米に展開することを発表しています。
遠隔と対面を組み合わせたシステムがサービスの特徴で、利用者はアプリを使った遠隔医療と、対面の医療サービスの両方を受けることができます。オンラインにとどまらない点が、倉庫のようなアナログのプラットフォームも持つアマゾンらしいサービスと言えます。
また、2021年に音声AIのAlexaを使った高齢者向けケアサービス「Alexa Together」を発表しています。利用者はAlexaを使って助けを求める緊急電話をかけたり、薬の飲み忘れ防止の音声アラートなどを利用できます。
これらの事例から、「便利さ」だけでなく「健康」や「安心」を提供するプラットフォームを整備し、ユーザーを囲い込むアマゾンの戦略が進んでいることがわかります。
AWS関連のアップデートは次々に発表されていますが、2021年に発表された例として、Amazon HealthLakeやAmazon FinSpaceがあります。
HealthLakeは、医療機関向けのデータ管理システムで、米国のHIPAA法(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996 ; 医療保険の携行性と責任に関する法律)など法規制に準拠した形で、安全に医療データを管理できます。例えば、2021年7月のAWS News Blogによると、Rush大学メディカルセンターはHealthLakeを活用し、複数の病院におけるCOVID-19患者の入退院等のデータを統合して解析しているようです。
一方、FinSpaceは金融機関向けの財務データ分析サービスで、アナリストの分析作業の効率化などに利用されます。2021年5月のAWS News Blogによると、アナリストはデータを収集・分析する際に厳しい監査を受けるため、手続きに多くの時間を取られており、FinSpaceの活用によりその時間が解消できるようです。
以上の例から、アマゾンAWSが、業界ごとにカスタマイズした専門性の高い機能を次々にリリースしていることが推測できます。
※クラウドビジネスでAWSに次ぐシェアを持つMicrosoft Azureの戦略を以下の記事で解説しています。
ここまで、キャッシュフローを最大化し、イノベーションに再投資しながら事業を拡大するアマゾンの戦略と、ヘルスケア分野とクラウドサービスにおける具体的な新規事業の事例を紹介しました。紹介できたのはごく一部ですが、次々と事業が生み出されている様子が少しイメージできたのではないかと思います。
アマゾンは4半期ごとのレポートでも新規事業のリリース情報などを常にアップデートしており、アマゾンが構築しつつある未来を垣間見ることができます。
弊社ではアマゾンの4半期レポートをイノベーションの動向に関する重要な情報源と考えており、今後もレポートを分析し、分析結果をコラムとして公開していく予定です。
コラムの更新情報は弊社の無料メールマガジンにてお知らせしますので、アマゾンの進化をリアルタイムで把握したい方はぜひご登録ください。
★アマゾン4半期レポート分析の更新情報
※2021年Q3のレポートを作成しました!
★セミナー動画リリースのご案内
発明塾®動画セミナー:事業転換のための新規事業マーケティング™
~ 既存市場がなくなっても生き残れる事業の生み出し方を富士フイルム・出光興産の事例から解説!
2024年7月26日(金)に開催したセミナーを収録した動画セミナーです。
単なる新商品ではなく「会社の新たな柱となる新規事業」をつくりたい方に向けて、新規事業ならではのマーケティングの進め方を、具体的な企業の事例を元に解説するセミナーです!
技術マーケティングの中でも特にハードルの高い「新規事業マーケティング」にフォーカスします。特に参考になる企業としてフィルム事業の衰退を乗り越えた富士フイルムと、全固体電池開発で石油依存からの脱却を進める出光興産の事例を紹介し、事業創出のプロセスを明らかにします。現状を打破したい方は是非ご活用ください!
★本記事と関連した弊社サービス
①無料メールマガジン「e発明塾通信」
材料、医療、エネルギー、保険など幅広い業界の企業が取り組む、スジの良い新規事業をわかりやすく解説しています。アマゾンの新規事業についても過去に取り上げており、今後もアップデートしていく予定です。
「各企業がどんな未来に向かって進んでいるか」を具体例で理解できるので、新規事業のアイデアを出したい技術者の方だけでなく、優れた企業を見極めたい投資家の方にもご利用いただいております。
週2回配信で最新情報をお届けしています。各社の4半期レポートの更新情報もお伝えしますので、ぜひご活用ください。
②【新規事業・起業・投資の羅針盤 イノベーション四季報™】
イノベーションには「流れ」がありますが、「感覚」では捉えられません。
実際の企業の分析結果を元に「具体的な事例」を読み解いた最新情報を、今後を見通す「羅針盤」として4半期ごとに提供します。創刊号ではGAFAMの分析に正面から取り組みました。巨大企業の戦略を読み解き、その先を攻略したい方はぜひ!
★弊社書籍の紹介
弊社の新規事業創出に関するノウハウ・考え方を解説した書籍『新規事業を量産する知財戦略』を絶賛発売中です!新規事業や知財戦略の考え方と、実際に特許になる発明がどう生まれるかを詳しく解説しています。
※KindleはPCやスマートフォンでも閲覧可能です。ツールをお持ちでない方は以下、ご参照ください。
Windows用 Mac用 iPhone, iPad用 Android用
畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略
ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。
・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略