前回のアマゾン4半期レポート(FY2022Q3)では、OneMedical買収など医療分野の動向と、IoT Fleetwise一般提供などモビリティ分野の動向を紹介しました。本記事ではアマゾンのFY2022Q4(2022会計年度、第4四半期;2022年10月~12月)の動向を中心に、同社の最新のイノベーションを解説します。
医療分野の動向として、オンライン診療サービスAmazon Clinicと癌ワクチン開発を、AI(人工知能)分野の動向として、Amazon SageMakerなどのAIサービスと、AIスタートアップHugging Faceとの提携について解説します。いずれもアマゾンの今後を読み解く上で重要なテーマなので、ぜひご参照ください。
<参考:アマゾン・ドット・コム基本情報>
ティッカーシンボル:AMZN
創立年月日:1994年7月
ウェブサイト:www.amazon.com
※アマゾンの経営戦略の全体像については以下の記事で解説しています。
この記事の内容
FY2022Q4の概況として、図に示したように全体の売上高は8.6%増加していますが、為替レート変動などの影響による営業経費の増加も大きく、粗利益は昨年の約35億ドルから約27億ドルまで減少しています。
一方、AWSは前年同期比で売上が約20.2%増加と顕著に伸びています。また、Eコマースだけだと赤字ですが、AWSを加算すると利益が出ていることから、アマゾンの収益を確保する上でAWSが重要な役割をもつことがわかります。
後述するように、AIを使ったアマゾンのサービスもAWSベースで提供されており、今後もAWSがアマゾンの成長を支えることが予想されます。
アマゾンは2022年11月のニュースリリースで、メッセージベースのオンライン診療サービスであるAmazon Clinicを発表しています。このサービスの利用者は好みの医療プロバイダーを選択し、ヘルスケアに関するアドバイスを受けることができます。
アマゾンは既に遠隔医療サービスのOne Medicalを買収していますが、上記のリリースによると、「一般的な健康上の懸念」について迅速に相談できるサービスが求められていることを背景に、Amazon Clinicを導入したようです。具体的には、にきび、口唇ヘルペス、季節性アレルギーなどの一般的な症状に焦点を当てているようです。
上図に示したようにOne MedicalとAmazon Clinicのいずれを使った場合でも、利用者はAmazon Pharmacyで処方された薬を購入できるので、あらゆる治療をアマゾンのサービスで完結できます。Amazon Clinicにより「病院に行くほどでもないけど、自分で薬を選ぶのは少し不安」といったニーズにも対応し、顧客をアマゾンのプラットフォーム内に囲い込む戦略と考えられます。
※アマゾンのOne Medical買収については前回のレポートで解説しています。
【FY2022 Q3】アマゾン最新動向 ~One Medical買収、Ring・Astro連携、IoT Fleetwise一般提供、Infiniumからの燃料調達
ここまで説明した内容は、大枠として「既存の医療システムをオンライン化」する流れですが、アマゾンはより先進的な医療にも着手しています。例えば2022年11月にリリースされたAmazon Omicsは、ゲノム(DNA配列)やトランスクリプトーム(mRNAなどの転写産物)といったデータを保管・分析できるサービスで、個々人の遺伝的な特性に合わせた医療をターゲットとしています。「パーソナライズド・メディスン(個別化医療)」や精密医療と呼ばれる分野です。
アマゾンは個別化医療に関する特許も出願しており、例えばWO2022170067A1には「パーソナライズされた癌ワクチン」に関する解析技術が記載されています。また、医療研究のデータベースであるclinicaltrials.gov に提出された資料を見ると、アマゾンは米国のがん研究機関であるFred Hutchinson Cancer Centerと共同で癌ワクチンのフェーズ1試験を開始しています(2024年11月に完了予定)。
単に特許を出すだけでなく、臨床試験も開始しており、アマゾンが「パーソナライズされた癌治療」といった先端分野にも本気で取り組んでいることがわかります。
アマゾンはAWS上で多数のAIサービスを提供しています(詳細はAWS AIサービスのページ参照)。代表的なサービスが、顧客のAI開発を支援する「Amazon SageMaker」で、上図の①に示したように、AIの開発サイクルに必要な各プロセスをサポートしています。後述するHugging Faceの製品もSageMaker上でも提供されるようです。
他にも上図②に示したように、Alexaで培った音声分析の技術を活かし、テキストからリアルな音声を生成する「Amazon Polly」や、逆に音声をテキスト変換する「Amazon Transcribe」などのAIサービスがAWS上で提供されています。
また、画像や動画を解析するAIのAmazon Rekognitionは、監視カメラの画像解析や工場における検査などに活用されています。AWSは「物流」や「工場のプロセス自動化」などの分野でも使われているので、リアルな現場の作業を効率化するAIも進化しそうです。
アマゾンはさらにAIサービスの開発を加速する取り組みとして、2023年2月に米国のAIスタートアップ「Hugging Face」との提携を発表しています(Hugging Faceのブログ参照)。この提携により、アマゾンのユーザーはAmazon SageMakerを通じてHugging FaceのAIツールにアクセスできるようになり、Hugging Faceの開発者もAWSのサービスにアクセス可能になるようです。
Hugging Faceは「BLOOM(BigScience Large Open-science Open-access Multilingual Language Model )」と呼ばれる言語モデルを開発しており、最新バージョンのBLOOMはトレーニングに1760億のパラメータ(調節可能な指標)が使われています。マイクロソフトのFY23Q2の記事で紹介した言語モデル「GPT-3」の1750億パラメータと同程度の値で、BLOOMはGPT-3とともに今後のAIサービス進化をリードする言語モデルとなりそうです。
Hugging Faceのブログによると、上記の言語モデル「BLOOM」のトレーニングには、フランス政府が出資したスーパーコンピューターの Jean Zayが利用されています。今後はアマゾンAWSが独自に開発した半導体チップの「AWS Trainium」が活用されることが予定されており、ハードウェアの面からもアマゾンがHugging Faceの開発を支援しています。
ちなみに2022年10月のTSMCのニュースリリースによると、Trainiumの開発においてアマゾンとTSMCは緊密に協力してきたようです。AIの進化には、TSMCなどの企業がもつ「半導体の最先端技術」が欠かせないことがわかります。
Hugging FaceやAmazon AWSは主に「開発者の支援」などBtoB分野で活用されているため、一般に普及し始めた「ChatGPT」などに比べると目立ちませんが、AI時代の主要なプレーヤーとしてさらに成長しそうです。
※最先端の半導体製造を牛耳る存在になったTSMCの戦略は以下の記事で解説しています。
ここまで、アマゾンの最新情報として、Amazon Clinicによる顧客の囲い込み戦略と、ゲノム解析や癌ワクチン開発など先端医療への進出の動向、Hugging Faceとの提携によりAI開発支援などの分野でAWSの影響力が拡大する流れを解説しました。医療とAIは今後急速に進化するので、両方の分野でプラットフォームをつくるアマゾンの役割もさらに拡大しそうです。
また、最後に取り上げたTSMCとアマゾンの共同開発の話からも分かるように、アマゾンの成長は半導体分野など一見関係がなさそうな分野の進化とも密接に関わっています。アマゾンの戦略を深く理解することでイノベーションの大きな流れが見えてくるので、今後もウォッチする予定です。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。現在は企業内発明塾®における発明創出支援、教材作成に従事。個人でも発明を創出し、権利化を行う。発明塾東京一期生。
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