テーマ別 深掘りコラム 1分で読める!発明塾 塾長の部屋
会社概要 発明塾とは? メンバー
実績 お客様の声
オルガノイドの最前線_メリット、作り方、用途と関連企業

【図解】オルガノイドとは? ~メリットと作り方に加えて臓器チップ(organ-on-chip)など最新技術に取り組む企業の動向を解説

「オルガノイド(organoid)」は、人工的な環境内で、ヒトの臓器(Organ)の一部を再現した構造の総称で、これまでに脳や肝臓、腸など様々な臓器のオルガノイドが開発されています。中でも、チップ上で臓器を再現する「臓器チップ(Organ-on-a-chip)」は、薬の開発を高精度化・効率化するメリットがあり、特に注目されています。

本記事では、オルガノイドの概要とメリット、作り方、具体的な用途と関連企業の最新動向をまとめて紹介します。最先端医療を語るうえで欠かせない技術なので、医療・バイオ分野の最先端に取り組みたい方は是非ご参照ください。

オルガノイドのメリットと作り方の概要

オルガノイドの背景にある考え方とメリット

ヒトの発生のプロセスとオルガノイドの考え方

ヒトの発生のプロセスとオルガノイドの考え方

 

先述のようにオルガノイドは「ヒトの臓器の一部を再現」するものですが、オルガノイドの詳細に入る前に、「そもそもヒトの臓器はどうやってできるか」を簡単に説明します。

図に示したように、ヒトの受精卵は細胞分裂を繰り返し、「内胚葉」「外胚葉」「中胚葉」と呼ばれる細胞のグループを含む初期胚になります。その後、さらに細胞分裂を繰り返して脳や胃などの「臓器」を形成し、胎児になります。

培養プレートやチップなど「微小スケール」の「人工的な環境」で上記の発生のプロセスの「一部」を再現して細胞の構造をつくったものを総称して「オルガノイド」と呼びます。ヒトの発生は長い時間をかけて進みますが、オルガノイドは比較的短期間でヒトの体内に近い環境をつくることができ、例えば「この薬はこの臓器の疾患に効果がありそうか?」といった試験を手軽に行うことができます。

また、ヒトに由来する細胞が使えるため、動物実験よりも「ヒトに効果があるかどうか」を正確に評価でき、動物を殺さなくてよいという倫理的なメリットもあります。

以上まとめると、オルガノイドの主なメリットとして以下のポイントがあげられます。
・実際の臓器より小規模であり、低コスト・短期間で実験できる
・動物を使うよりも精度の高い試験が可能
・動物実験が抱える生命倫理の課題を解決できる

オルガノイドの作り方の概要

オルガノイドの作り方の概要

オルガノイドの作り方の概要

 

では、実際にオルガノイドを作製する際は、どのようなプロセスが必要か、概要を図にまとめました。

まず、「iPS細胞」や「ES細胞」などの「多能性幹細胞(様々な細胞に分化する能力を持つ細胞)」を培地上で培養します。「培地の組成」などの条件により、先述した「内胚葉」「外胚葉」「中胚葉」と同様の性質を持つ細胞の集合体をつくることができます。例えば内胚葉を分化させる培地には「アクチビンA」と呼ばれる成分が入っており、味の素株式会社などがメーカーとして知られています(味の素のHP参照)。

※分化:細胞が発生の過程で皮膚や神経など異なる機能を持つ細胞になる現象

次に、つくりたい臓器に合わせて培養条件を調節します。このプロセスは複雑で、かつ臓器ごとに異なるノウハウがあります。例えば膵島オルガノイドに関するレビュー(Jiangら、2022)では、膵島の機能をもつオルガノイドをつくるために、3種類の細胞を混ぜて培養(共培養)する方法などが紹介されています。

※膵島:すい臓の中にあるインスリンをつくる部位

また、培養する際に細胞の「足場」となる材料も重要で、細胞が臓器の構造をつくりやすいような「三次元構造」が必要な場合があります。例えばカリフォルニア大学の特許US20180264466A1ではオルガノイドを形成する足場として「超疎水性(水を強くはじく性質)のナノ構造」を利用しており、製造方法として「ナノインプリント(ハンコのように型を押し付けて微細な凹凸を作る技術)」などが記載されています。

※「三次元培養の足場」をつくる際に活躍する「ナノインプリント技術」については以下の記事で解説しています。

【図解】ナノインプリント実用化の最前線 ~用途ごとの装置メーカーの動向と、打倒EUVに向けて限界を超えるキヤノン・キオクシアの技術

臓器チップ(Organ-on-a-chip)を初めとするオルガノイドの具体的な用途と関連企業の動向

オルガノイドの用途の具体例と関連する企業や研究機関

オルガノイドの用途の具体例と関連する企業や研究機関

 

続いて、オルガノイドの具体的な用途と関連する企業や研究機関を紹介します。

用途1:創薬へのオルガノイドの利用 ~臓器チップ(Organ-on-a-chip)からHuman-on-a-chipへ

TissUseのHuman-on-a-chipの構造(JP6129973B2より)

TissUseのHuman-on-a-chipの構造(JP6129973B2より)

臓器のオルガノイドを培養するチップは「臓器チップ(Organ-on-a-chip)」と呼ばれ、主に薬剤の効果や安全性の評価に使われます。

例えば米国のバイオ系スタートアップであるEmulate Inc.は、脳や肝臓、腸など様々な臓器チップを開発しており、大手製薬企業の武田薬品工業やロシュ(Roche)と研究開発のパートナーシップを結んでいます(2018年2月のEndpointsNews記事参照)

また、ドイツのバイオ系スタートアップであるTissUseは、複数の臓器のオルガノイドを1つのチップに搭載した「多臓器チップ」に関する先進的な技術をもっています。同社の原CEOであるReyk Horland氏を含むベルリン工科大学の研究チームは、2012年の論文でヒトの全身をチップ上で再現する「Human-on-a-chip」の構想を発表しており、関連特許としてJP6129973B2「寿命及び恒常性が改善された多臓器チップ」などが登録されています。

※Human-on-a-chipの原理や技術の詳細については、弊社調査レポートのイノベーション四季報【2023年・春号】で詳しく解説しています

用途2:オルガノイドの再生医療への利用

オルガノイド移植の成功例

一方、オルガノイドをヒトに移植する「再生医療」への利用も進んでいます。安全性などの観点で創薬への利用よりもハードルが高く、実際にヒトに移植された例はわずかですが、国内でもいくつか成功例が発表されています。

例えば、2022年7月の東京医科歯科大のプレスリリースによると、同大学の研究チームは、大腸粘膜のオルガノイドの移植による「潰瘍性大腸炎」の治療を世界で初めて実施しています。潰瘍性大腸炎は大腸に慢性の炎症を起こす疾患で、治療が困難でしたが、患者自身の細胞を元につくったオルガノイドを移植する、という治療が可能になりつつあります。

また、2022年12月の日経新聞の記事によると、神戸市立神戸アイセンターは、iPS細胞から作った網膜のオルガノイドを患者に移植する手術を1例実施しています。この手術は、「網膜色素上皮不全症」と呼ばれる網膜疾患の治療を目的としており、これまで治療が困難だった、疾患による視力の低下を改善できることが期待されています。

臓器を丸ごとつくるのは難しい

余談ですが、筆者がiPS細胞の話を初めて聞いたのは、15年ほど前に大学院でウイルスの研究をしていた頃でした。その時は、「すごい、これからは人工的に臓器を丸ごとつくって移植できる時代になるのか」と思いましたが、実際は臓器を丸ごとつくるのは難しかったようです。血管や神経が張り巡らされた臓器をつくり、かつ全体に養分を供給し続ける必要があることを考えると当然ですが、当時はそこまで考えが及びませんでした。

実際のところ、iPS細胞はまず「臓器チップ」など「創薬」分野での利用が進み、再生医療に関しては上記のように「膜など比較的シンプルな構造の移植」から徐々に実用化されているようです。有望な基礎技術の「一歩目はどこか」を考える事例としても参考になります。

用途3:オルガノイドによる特定の体内環境の再現

上記2つはオルガノイドの代表的な用途ですが、他の用途も多数存在します。

ここ数年で急速に進んだのは、「コロナウイルスの感染メカニズムの解明」にオルガノイドを利用する研究で、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)による気管支オルガノイドを用いた解析(CiRAの2022年5月のリリース参照)や、イギリスのバイオ系スタートアップであるDefiniGENによる腸オルガノイドを用いた実験系の開発(同社の2020年5月のリリース参照)などが知られています。

また、カリフォルニア大学のGay Crooks博士の研究室では、免疫に関連する「T細胞」を分化する場になる「胸腺」という器官のオルガノイドを作成し、人工的に目的に沿ったタイプのT細胞をつくる技術を開発しています。T細胞は「がん」に対する免疫応答を起こすため、人工的につくったT細胞を投与する「がん免疫療法」などへの利用が期待されています。

これらの例から、様々な臓器のオルガノイドができることで、創薬や再生医療だけでなく、「疾患のメカニズムの解明」や「人工的に細胞を生産する技術の開発」なども進むことがわかります。オルガノイドを使いこなすことが、最先端の医療技術を開発するひとつのカギになりそうです。

オルガノイド活用で広がる医療の未来

以上、オルガノイドについて、ヒトの発生プロセスとの関係など基本的な考え方と、臓器の一部を再現することのメリット、創薬や移植・疾患メカニズムの解明・免疫療法への利用など、具体的な用途を解説しました。

iPS細胞などの多能性幹細胞から臓器を丸ごとつくる技術はまだ確立されていませんが、ミニチュアの臓器であるオルガノイドだけでも、医療技術の進歩にとても大きな貢献を果たしていることがわかります。本記事で取り上げきれなかった企業の動向や、「Human-on-a-chip」の最新情報については、弊社調査レポートのイノベーション四季報【2023年・春号】詳しく解説しています。

また、弊社の無料メールマガジンでは、細胞の3次元培養に関する技術を10年以上前に事業化した経験を持つ、弊社代表の楠浦による調査レポートを毎週お届けしております。本コラムでも紹介した「ナノインプリント」の実体験に基づく知見や、「材料メーカーのJSRがオルガノイドやCAR-Tなどの最先端医療分野でどう活躍しているか」など医療ビジネスの最先端をわかりやすく解説しています。こちらもぜひご活用ください。

 

★セミナー動画リリースのご案内

発明塾®動画セミナー『Web3・デジタルツイン・AI時代のヘルスケアデータビジネス ~ポストGAFAM時代をリードする中外製薬・花王の戦略を紹介~』

2024年2月22日(木)に開催したセミナーを収録した動画セミナーです。Web3時代におけるヘルスケアデータビジネスの最先端を中外製薬や花王などの具体的な企業の戦略を紹介しながら、わかりやすく解説しています。
「Web3時代のヘルスケア」 「花王のデジタルツイン」「住宅メーカーのヘルスケアビジネス」「中外製薬のWeb3・DAO」これらのキーワードにピンときた方におすすめです。既存技術を市場に適合させ、新たな用途や需要を創出する戦略である「技術マーケティング」の第一人者である弊社代表の楠浦が、わかりやすく解説します。効率よく最先端にキャッチアップしたい方はぜひご活用ください!

動画セミナー_ヘルスケアデータビジネスセミナー

 

★本記事と関連した弊社サービス

①無料メールマガジン「e発明塾通信」
材料、医療、エネルギー、保険など幅広い業界の企業が取り組む、スジの良い新規事業をわかりやすく解説しています。最先端医療に関する情報も多数発信しています。
「各企業がどんな未来に向かって進んでいるか」を具体例で理解できるので、新規事業のアイデアを出したい技術者の方だけでなく、優れた企業を見極めたい投資家の方にもご利用いただいております。週2回配信で最新情報をお届けしています。ぜひご活用ください。

「e発明塾通信」お申込みはこちら


②イノベーション四季報™【2023年・春号】がんと認知症が治る時代のトップ企業をつくる処方箋
「がん」と「認知症」の治療技術を中心に、医療の最先端をつくる技術と企業の動向を解説します。
がんワクチン、CAR-T細胞療法によるがん治療、認知症のワクチン治療、オルガノイド創薬、手術ロボット、メタバースの医療への活用について、特許情報など具体的なデータを元に詳しく解説します!


★弊社書籍の紹介

弊社の新規事業創出に関するノウハウ・考え方を解説した書籍『新規事業を量産する知財戦略』を絶賛発売中です!新規事業や知財戦略の考え方と、実際に特許になる発明がどう生まれるかを詳しく解説しています。

『新規事業を量産する知財戦略』書籍画像

※KindleはPCやスマートフォンでも閲覧可能です。ツールをお持ちでない方は以下、ご参照ください。

Windows用 Mac用 iPhone, iPad用 Android用

畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。

あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略

 

企業内発明塾バナー

最新記事

資料ダウンロードへ遷移するバナー

5秒で登録完了!無料メール講座

ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。

・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略

無料購読へ
TechnoProducer株式会社
© TechnoProducer Corporation All right reserved