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CAR-T細胞療法の最前線とは_費用の課題、企業の最先端の取り組み

【詳説】CAR-T細胞療法の原理と企業による開発の最先端 ~ユニバーサルCAR-Tが費用の問題を解決

CAR-T細胞療法とは、キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor;CAR)T細胞療法の略称です。免疫細胞であるT細胞をがん細胞を攻撃するよう遺伝子改変し、患者の体内に注入することで行われます。特にがん治療における高い効果が認められており、これまで助けられなかった患者を救う技術として注目されていますが、高額の治療費用などの課題も残されています。

本記事では、CAR-T細胞の作成方法など基本的な情報、キムリアなどすでに商品化されたCAR-T細胞の治療プロセス、現状の課題を突破する最先端企業のCRISPR TherapeuticsやGinkgo Bioworksの動向まで一気に紹介します。「がん治療の最前線」を知りたい方はぜひご覧ください。

CAR-T細胞療法の原理と実用化の現状、キムリア等が抱える費用の問題点

CAR-T(キメラ抗原受容体T)細胞療法の原理

CAR-T細胞の構造の概要(『実験医学増刊 Vol.41 No.2 真の実臨床応用をめざした再生医療2023』4-8、4-9を参考に自作)

CAR-T細胞の構造の概要(『実験医学増刊 Vol.41 No.2 真の実臨床応用をめざした再生医療2023』4-8、4-9を参考に自作)


まず、CAR-T細胞療法の原理を解説します。
「CAR-T細胞」は免疫細胞である「T細胞」の遺伝子を改変してつくられ、がんなどの「腫瘍」の表面だけに存在する物質(抗原)を認識する「抗原結合部位」が表面に突き出した構造をもちます。もともと「抗原」とは体内で生産される「抗体」の標的となる物質のことで、抗体のタンパク質の端に抗原に結合する部位があります(上図参照)。
CAR-Tが持つ構造は、上図のように抗体の構造をベースにした「抗原に結合する部位」と、T細胞のもつタンパク質をベースにしたドメインの組み合わせになっていることから「キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor;CAR)」と呼ばれます。「キメラ」は、「由来が異なる複数の部分から構成されている状態」を意味します。

CAR-T細胞が腫瘍を攻撃するイメージ

CAR-T細胞が腫瘍を攻撃するイメージ


CAR-T細胞は患者の血液中に投与され、がん細胞に遭遇すると、がん細胞の表面にある抗原(CD-19、BCMAなど)に結合し、前出の図に示した「シグナル伝達ドメイン」が活性化します。活性化したCAR-T細胞は、がん細胞に対してタンパク質(※)を放出し、腫瘍細胞の細胞死(アポトーシス)を誘導することで攻撃を行います。

※上記のタンパク質は「細胞傷害性蛋白」と呼ばれます

一方、がん細胞がT細胞の活性化の阻害物質を放出することなどが原因で、CAR-T細胞の活性が弱くなる「疲弊(exhaustion)」が生じることが知られています。この課題を解決する手段としてCAR-T細胞に導入されたのが前出の図の「副刺激ドメイン」と呼ばれる部位で、T細胞を活性化する刺激を与える性質をもちます。

以上の原理により、CAR-T細胞は患者の体内で効率よくがん細胞などの腫瘍を認識して攻撃し続けることができます。

キムリア等これまでに承認されたCAR-T製剤のターゲットとがん治療への効果

国内で承認されたCAR-T細胞製剤一覧(NIHS資料等の情報を元に自作、2023年3月16日時点の調査結果に基づく)

国内で承認されたCAR-T細胞製剤一覧(NIHS資料等の情報を元に自作、2023年3月16日時点の調査結果に基づく)


続いて、実際に商品化されたCAR-T細胞療法の例を紹介します。
国立医薬品食品衛生研究所(National Institute of Health Sciences;NIHS)の資料によると、2023年2月時点で国内では5件のCAR-T細胞製剤が承認されています(上図参照)。

いずれも細胞のがん化を原因とする白血病やリンパ腫、多発性骨髄腫などを主な対象疾患としています。標的とする抗原が対象疾患により異なり、白血病やリンパ腫を主な対象疾患とするものは「CD19」という抗原を、多発性骨髄腫を主な対象疾患とするものは「BCMA」という抗原をターゲットにしています。

CAR-Tの治療効果は高く、これまで困難だった、難治性の白血病やB細胞リンパ腫を完全に治療(寛解)することに成功した例も報告されています。デューク大学の論文によると、ノバルティスのCAR-T製剤であるキムリアを投与した難治性の白血病患者の約8割において、治療3か月後に寛解(がん細胞が検出されない状態を達成)しています。

これまで治療できなかった患者を救うことができる技術として期待されており、マッキンゼーのレポートによると、CAR-T細胞療法の市場は2019年の約7億ドルから、2024年には100億ドル以上に成長することが予測されています。

CAR-T細胞療法の治療プロセスと「時間」・「費用」の問題

CAR-T細胞治療の流れの概要(詳細はノバルティスのHPなど参照)

CAR-T細胞治療の流れの概要(詳細はノバルティスのHPなど参照)


続いて、実際にCAR-T細胞治療が行われる流れを紹介します。現在普及しているCAR-T細胞療法は、大枠として以下の流れで進みます(上図も参照)。

①病院で患者からT細胞を採取し、凍結などの処理を行ってから製造施設に輸送
②ウイルスベクターによる遺伝子挿入によりCAR-T細胞を作製
③作製したCAR-T細胞を培養し、増殖させた後、再び病院に輸送
④患者にCAR-T細胞を投与

複雑なプロセスで治療が進むため、現時点では課題もたくさんあります。特に大きな課題として、以下の点が知られています。
・②~③のプロセスに時間がかかるため、T細胞を採取してから治療を開始するまでに患者の病状が悪化するリスクがある
・特に②のプロセスで品質や安全性の管理に大きなコストがかかるため、治療費用が高額になる
・CAR-T細胞の管理や治療効果の評価に費用と時間がかかるため、開発コストが高い

治療費用については、2019年6月の全日本病院協会のニュースによると、CAR-T細胞療法のキムリアの価格は1件で約3349万円で、患者の過剰な負担や医療財政への影響が懸念されています。

CAR-Tの費用・時間の問題を解決し、固形がん治療への道を拓く企業の最先端技術

上記の問題点を解決するため、各社が新たな技術を開発しています。以下に代表的な事例を紹介します。

ユニバーサルCAR-T細胞の概念と課題

ユニバーサルCAR-T細胞による治療のイメージ(Qasim, 2023を参考に自作)

ユニバーサルCAR-T細胞による治療のイメージ(Qasim, 2023を参考に自作)


先述の課題を解決する技術として期待されているのが、患者のT細胞ではなく「健常者のT細胞」から汎用的(ユニバーサル)なCAR-T細胞をつくる技術です。もし実現できれば、図のように製剤化したCAR-T細胞を「細胞バンク」として保存し、患者にいつでも投与できるので「時間」の課題を解決できます。また、細胞を一括管理できるので「費用」の課題も解決することが可能です。

実現のハードルになるのが、異物を攻撃する免疫反応による「拒絶反応」で、大きく分けて以下2つが課題となります。
① 投与したCAR-T細胞が、患者の臓器などを異物として攻撃する「移植片対宿主病」(graft versus host disease;GVHD)と呼ばれる反応
② 患者の免疫細胞が、CAR-T細胞を異物として認識し、攻撃する拒絶反応

Crispr TherapeuticsのユニバーサルCAR-T細胞

上記の拒絶反応は細胞の表面に存在するタンパク質を異物として「認識」するメカニズムが関わっていますが、遺伝子編集によりそのメカニズムを回避する対策をした「ユニバーサル(汎用的な)CAR-T細胞」が開発され始めています。

例えば、スイスのバイオテクノロジー企業である「Crispr Therapeutics AG」は、上記①の「CAR-T細胞による攻撃対象の認識」に関連した遺伝子の破壊や、上記②の「患者の免疫細胞による攻撃」を抑制する遺伝子を導入したCAR-T細胞を作製する技術を開発しています。関連特許としてJP2021534806A「ユニバーサルドナー細胞」などが出願されています。

CAR-Tの開発・製造コストの課題を解消し、固形がん治療への道を拓くGinkgo Bioworksの戦略

米国のバイオテクノロジー企業である「Ginkgo Bioworks」は、「新たな機能を備えた細胞(スマートセル)」を創出する技術と製造設備のプラットフォームをもっており、コロナワクチンや農業・食品技術などの開発で多くの企業を支援しています。CAR-T細胞は「新たな機能を備えた細胞」の最先端に位置する技術であり、同社は「CAR-Tの開発プラットフォーム構築」についても積極的に取り組んでいます。

例えば2022年12月のForbesの記事によると、Ginkgo Bioworksは既に約1万のCAR-T細胞ライブラリーを構築しており、「有望なCAR-T細胞の候補」を短期間で選別できる体制を整えています。同社の提供する細胞と遺伝子のライブラリーを活用することで、これまでよりも効率よくCAR-T細胞が開発できるため、開発期間と費用の削減が期待できます。

また、Ginkgo bioworksはこれまでのCAR-Tでは治せなかった「固形がんの治療」の実現も目指しており、がん免疫療法学会(Society for Immunotherapy of Cancer;SITC)の年次ミーティングで同社が発表した資料で、有望な細胞株を抽出した実験結果について発表しています。CAR-Tの「低コスト化・ユニバーサル化」にとどまらず、「治療できるがんの種類の拡大」も急速に進みそうです。

がん治療を革新するCAR-T細胞療法の今後

以上、CAR-T細胞療法について、がんに対する治療効果をもたらす原理と、承認されたCAR-T細胞製剤の例、実際の治療プロセスと課題に加え、課題を解決する企業の最新動向を解説しました。高額な費用が問題視されていますが、汎用的なCAR-T細胞の開発や開発プラットフォームの構築も急ピッチで進んでおり、一般に普及する日もそこまで遠くないかもしれません。

最後に紹介したGinkgo Bioworksは、CAR-Tの「低コスト化」にとどまらず、「固形がん治療」の実現も目指しており、CAR-Tの開発を裏側で主導する企業へと進化しつつあります。このあたりの動向も「イノベーション四季報™【2023年・春号】で詳しく解説ています。

また、弊社の無料メールマガジンでは、弊社代表の楠浦による調査レポートを毎週紹介しており、Ginkgo Bioworksなどの最先端企業や、CAR-T・オルガノイドなどの最新技術についても解説しています。コラムと合わせて読むとより理解が深まりますので、ぜひご活用ください。

 

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畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
東京大学大学院で植物ウイルスの研究を行った後、装置エンジニアに。半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。現在は企業内発明塾®における発明創出支援、教材作成に従事。個人でも発明を創出し、権利化を行う。発明塾東京一期生。

あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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