CRISPR Therapeutics AG(クリスパー・セラピューティクス AG)は、スイスのツーク(Zug)に本社を置くバイオテクノロジー企業です。創業者の1人はノーベル賞を受賞したEmmanuelle Charpentier 氏であり、受賞対象になったCRISPR-Cas9が同社のコア技術になっています。
本記事では、CRISPR Therapeuticsの経営戦略に加え、CRISPR-Cas9の原理と具体的な用途を解説し、同社の全体像を明らかにします。
<参考:CRISPR Therapeutics基本情報>
ティッカーシンボル:CRSP
創立年:2013年(2016年にNASDAQ上場)
ウェブサイト:https://crisprtx.com/
この記事の内容
まず、CRISPR Therapeuticsのビジネスモデルを理解するため、2020~2022年の総収益と、R&D(研究開発)投資額をグラフにまとめました。
グラフ左側の収益額を見ると、2020年と2022年はほとんど収益がありませんが、2021年に9億ドル以上の収益を得ています。この収益は主に米国のバイオ医薬品企業「Vertex Phamaceuticals」から得ており、2021年4月のBioSpaceの記事によると、Vertex社はCRISPR社との共同開発契約の前払い金として9億ドルを支払っています。
一方、グラフ右側に示したように、R&D(研究開発)投資は増加し続けています。CRISPR Therapeutics のビジネスモデルが、「契約先にコア技術(CRISPR-Cas9)を提供して対価を得ること」と「得られた対価をコア技術の開発に再投資すること」のサイクルで回っていることがわかります。具体的な開発テーマは、後半で紹介します。
※スタートアップの契約ノウハウについては以下の記事で詳しく解説しています。
続いて、CRISPR Therapeuticsのコア技術、CRISPR-Cas9の原理を解説します。
CRISPR-Cas9は細胞の遺伝子を狙い通りに「編集」できる技術で、以下の流れでDNAの編集を行います(上図参照)。
・「ガイドRNA」がターゲットのDNA配列に結合(※)
・ガイドRNAと複合体を形成する「Cas9ヌクレアーゼ」という酵素がターゲット配列を切断
・切断によりターゲット遺伝子の破壊や削除を行ったり、削除した部分に別の遺伝子を挿入することで遺伝子を「編集」する
※ガイドRNAの、ターゲット配列を認識する部分は「CRISPR RNA」と呼ばれ、CRISPR‐Cas9の名前の由来になっている
旧来の遺伝子組み換え技術では、ターゲット通りに遺伝子編集するのに試行錯誤が必要でした。その後CRISPR‐Cas9が実用化され、遺伝子組み換え細胞の製造が容易になりました。
上記のように、CRISPR-Cas9は「細胞の遺伝子編集」に適した技術で、CRISPR Therapeuticsの開発テーマは「遺伝子組み換え細胞を利用した治療」が中心になります。
具体的には、例えば以下の開発が進んでいます。
・「血中ヘモグロビンの生産に関わる患者の細胞(造血幹細胞)」の遺伝子を編集し、血液関連の疾患を治療する技術(前記のVertex社との共同開発)
・「免疫細胞のT細胞」の遺伝子を編集し、がん治療に活用する「CAR-T細胞療法」の開発。CRISPR Therapeuticsの2022年12月のプレスリリースによると、同社のCAR-T細胞製剤「CTX110」により大細胞型B細胞リンパ腫(LBCL)の患者に対する長期的な治療効果が示されている
また、2023年4月の日経バイオテクの記事によると、CRISPR TherapeuticsとVertex社が「糖尿病の治療」を目的とした細胞医薬の開発に関するライセンス契約を結んでいます。治療のターゲットとなる疾患の種類が増えており、CRISPR‐Cas9は今後さらに普及しそうです。
※CAR-T細胞療法については以下の記事で詳しく解説しています。
【詳説】CAR-T(キメラ抗原受容体T)細胞療法の最先端とは? ~原理と治療効果、費用等の問題点を解決し固形がん治療への道を拓く企業の最新動向を一挙解説
ここまで、CRISPR Therapeuticsのビジネスモデルと、同社のコア技術「CRISPR-Cas9」について原理と用途を解説しました。特に、最後に紹介した「CAR-T細胞療法」はがん治療を革新する技術として注目されており、CRISPR-Cas9はCAR-T細胞をつくる必須技術になっています。
遺伝子組み換え細胞を使った「細胞医療」はまだ普及が始まったばかりであり、CRISPR Therapeutics が今後の技術革新をリードすることが期待されます。
本記事で紹介し切れなかった「CAR-T細胞療法によるがん治療の最前線」については、弊社の調査レポート、イノベーション四季報【2023年・春号】で詳しく解説しています。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
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