テーマ別 深掘りコラム 1分で読める!発明塾 塾長の部屋
会社概要 発明塾とは? メンバー
実績 お客様の声
がん治療の最先端_免疫医療、遺伝子治療、ゲノム医療へ

【徹底解説】がん治療技術を開発する企業の最先端 ~免疫療法・遺伝子治療、遺伝子検査によるゲノム医療への進化

「がん」は細胞の遺伝子の変異により生じる病気で、国立がんセンターの統計によると、日本人が一生のうちにがんと診断される確率は男女ともに50%を超えています。がんは日本人の死亡原因のトップとしても知られていますが、最近は免疫医療などの治療技術も進み、発症してからの生存率も改善しています。

本記事ではがん治療の最先端として、代表的な治療技術と関連企業の最新動向を解説します。前半では、発がんのメカニズムと治療法の種類、がんのステージに応じた治療法の使い分けについて解説します。後半では、患者の「個人差」に対応した「ゲノム医療」を可能にする「遺伝子検査技術」の最新動向を紹介します。

がんを「治る病気」にするための取り組みの全体像を把握したい方はぜひご覧ください。

1.発がんのメカニズムと、免疫療法・遺伝子治療など最先端のがん治療技術を開発する企業の動向

1-1. 発がんのメカニズムと治療のポイント

発がんのメカニズムの概要

発がんのメカニズムの概要
※血液がん(血球のがん化)の場合は腫瘍をつくらずに増える場合もある


がんを発症するプロセスの概要を上図にまとめました。
炎症などのストレスにより、細胞の遺伝子の異常(変異)が蓄積した「変異細胞」は、通常は異物として認識され、人のもつ免疫機構によって除去されます。しかし、一部の変異細胞は免疫機構を回避する手段を獲得して増殖し続け、がん細胞の塊(腫瘍)を形成します。

よって、がん治療においては、がん細胞を「除去」することに加え、「免疫機構による攻撃を回避されてしまう」という課題を解決することが重要になります。

1-2. がんの治療法の種類と最新技術をもつ企業

がんの治療法5つと最新技術・代表的な企業の例

がんの治療法5つと最新技術・代表的な企業の例


続いて、代表的ながんの治療法と関連企業を上図に整理しました。それぞれの治療法について、技術の概要と企業の動向を整理します。

①放射線療法

  • 放射線を照射して腫瘍を破壊する治療法
  • 正常な組織も破壊してしまうのが課題だが、深部の組織へのダメージの少ない「陽子線治療」や、高精度なスキャンによる照射位置と量の最適化などの技術が開発されている
  • ベルギーのIon Beam Applications(IBA)がトップ企業
  • 2017年に日立が三菱電機の「粒子線治療装置事業」の買収で合意、2021年にドイツのシーメンスヘルスケア(Siemens Healthineers)が陽子線治療で世界2位のシェアを持つVarian Medical Systemsを買収するなど、企業買収の動きも盛ん
    三菱電機のリリースVarianのリリース参照)

②手術療法

  • 手術によりがんの腫瘍を除去する治療法
  • 手術ロボットを利用した治療が急速に進んでおり、米国のインテュイティブサージカル(Intuitive Surgical)がダントツのトップ企業
  • 腫瘍と正常組織を見分けるためのイメージング技術として蛍光ガイド外科手術(Fluorescence Guided Surgery;FGS)が開発されており、米国企業のStrykerが、FGSのトップ企業であるNovadaq Technologiesを2017年に買収
    Strykerのリリース参照)

③抗がん剤治療(化学療法)

  • 人工的に合成した化学物質などを薬剤として投与する治療法
  • スイスのロシュがこの分野のトップ企業で、2009年に米国のジェネンテック(Genentech)を買収(ロシュのHP参照)。ジェネンテックの開発した薬剤の「トラスツズマブ」はがんを標的とする「抗体」を使った薬剤で、他の化合物を結合させた「抗体薬物複合体」を使った治療が乳がんの治療などで効果をあげている
  • がん細胞の特定の分子(タンパク質など)をターゲットにする「分子標的薬」の開発が進んでおり、例えばファイザーのイブランス(Ibrance)は、がん細胞の分裂に関与する「CDK4/6」と呼ばれる酵素の働きを阻害する新規薬剤として2015年に初めてFDA認証を取得(NIHのリリース参照)

    ※FDA:アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration)の略

④免疫療法

  • ヒトが元々もっている免疫機構を利用してがんの治療を行う治療法
  • 「ICI(Immune Checkpoint Inhibitor;免疫チェックポイント阻害剤)」は、先述の「免疫機構の攻撃を回避」する手段としてがん細胞が使う「免疫チェックポイント分子」の働きを弱め、免疫機構による攻撃を可能にする薬剤。代表例がドイツのメルクが販売する「キイトルーダ」で、「PD-1(Programmed death receptor-1)」と呼ばれるチェックポイント分子の阻害剤として2014年にFDA認証を取得(メルクのリリース参照)
  • 上記の「免疫チェックポイント分子」の「PD-1」を発見し、小野薬品の免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」開発への道を拓いたのは日本人の本庶佑 博士で、2018年にノーベル賞を受賞
  • CAR-T(キメラ抗原受容体T細胞療法)は免疫細胞である「T細胞」を、がん細胞を攻撃するよう遺伝子改変し、患者の体内に注入する治療法。スイスのノバルティスが開発したCAR-T製剤の「キムリア」が2017年にFDA認証を取得(ノバルティスのリリース参照)

⑤遺伝子治療

  • がん細胞に遺伝子を導入することで治療を行う治療法
  • 米国企業のアムジェン(Amgen)の子会社であるBioVexが開発した薬剤のT-VECは、がん細胞内で免疫刺激タンパク質をつくるように遺伝子改変したヘルペスウイルスを用いる。2015年に悪性黒色腫(メラノーマ)の治療向けでFDA認証を取得(アムジェンのリリース参照)
  • ウイルスではなくナノ粒子を使った「ナノ粒子製剤」と呼ばれる方法も開発されている。例えば米国のCalando Pharmaceuticals社が開発した製剤の「CALAA-01」は、がん細胞のDNA合成に関わる酵素の働きを阻害するように設計されたRNAをナノ粒子で保護した構造をもつ(CALAA-01の効果に関する論文参照)

上記の①~③は古くからある治療法ですが、ロボット化などにより、正確で患者へのダメージが少ない手法が開発されています。

④の免疫療法がここ10年くらいで一気に進んだ分野で、今後のがん治療で主役になることが期待されています。また、⑤の遺伝子治療はまだ承認された例は少ないですが、ゲノム編集技術が急速に進歩しているため、これから普及が進むと思われます。

③~⑤の治療法ついては、検査によって特定した「がんのタイプ」に応じて適切な処置を選択することが重要です(後半で詳しく解説)。

※免疫療法の最先端であるCAR-Tについては以下の記事で詳しく解説しています。

【詳説】CAR-T細胞療法の原理と企業による開発の最先端 ~ユニバーサルCAR-Tが費用の問題を解決

1-3. がんのステージに応じた治療法の使い分け

大腸がんのステージに応じた治療方法の例(がんプラスの記事を参考に作成)

大腸がんのステージに応じた治療方法の例(がんプラスの記事を参考に作成)
※ステージIで固有筋層に到達、ステージⅢで周囲のリンパ節への転移が起こる


がんには様々な治療法があることがわかりましたが、具体的にどう使い分けるべきか、大腸がんを例に整理します。上図に示したように、大腸には表面の「粘膜」と、その下の「固有筋層」があり、周囲に「リンパ節につながるリンパ管」や血管が通っています。がんの腫瘍がどこまで到達するかにより、ステージが分かれています。

ステージ0~Iでは、大腸の表面の層の中に腫瘍がとどまるため、内視鏡を使った粘膜の切除や、手術による腫瘍の除去が基本的な治療方法になります。ステージⅡ~Ⅲのように、がんがリンパ節やその付近まで到達している場合は、手術に加えて「手術前の放射線療法」や「手術後の抗がん剤治療」(再発防止のため)を組み合わせるケースが多いようです。

ステージⅣでは、がん細胞が血管を通って他の臓器に転移するため、全身に作用する抗がん剤や免疫療法による治療が中心になります。抗がん剤治療や免疫療法を成功させる上で、患者の「がんのタイプ」を見極めることが重要になります。

2.がんのタイプを遺伝子検査で判別するゲノム医療の最先端と企業の動向

2-1. 患者の「がんのタイプ」により治療効果に差が出るケースの例

免疫原性によるがんのタイプ分けの概要(羊土社『もっとよくわかる!腫瘍免疫学』の序章を参考に作成)

免疫原性によるがんのタイプ分けの概要(羊土社『もっとよくわかる!腫瘍免疫学』の序章を参考に作成)


 2-1-1. 免疫原性の違いによるがんの分類

続いて、「がんのタイプの違い」の具体例を紹介します。冒頭で述べたように、がんは「免疫機構を回避するメカニズム」を獲得していますが、その内容に違いがあるため、解決手段も異なります。

代表例として、がんの腫瘍を「免疫原性」(免疫機構に認識される性質)で分ける分類方法が知られています。がん細胞の表面にある「抗原」が免疫機構に認識されにくい腫瘍は「免疫原性が低い腫瘍」に分類され、「認識されない」ことで攻撃を回避しています。

一方、免疫原性が高い腫瘍は、免疫機構から異物として「認識」はされていますが、T細胞や抗体による「攻撃」を抑制する別の機構を獲得することで、攻撃を回避しています。この「攻撃を回避する手段」のひとつが、前出の「免疫チェックポイント分子」で、免疫細胞のT細胞の活性を妨げるPD-1などが知られています。

 2-1-2. 免疫チェックポイント阻害剤は免疫原性の差の影響を受ける

免疫療法の項で紹介した「免疫チェックポイント阻害剤」の「キイトルーダ」は、上記のPD-1を阻害することでT細胞を活性化し、がん細胞を攻撃させることで治療効果を発揮します。しかし、患者のがんが「免疫原性が低い腫瘍」であった場合、T細胞が活性化しても、そもそも認識ができないため、治療効果は低いという結果になります。

同じ免疫療法でも「効く場合と効かない場合がある」ことの背景に、上記のようながんのタイプの違いがあります。上記はあくまで一例で、免疫機構も、それを回避する機構も非常に複雑であり、最適な治療方法を選択するには患者ごとの「がんの特性」を細かく解析する必要があります。

2-2. がんの種類の違いに対応したゲノム医療を可能にする遺伝子検査技術をもつ企業

冒頭で記載したようにがんは「遺伝子の変異」が蓄積することで生じるため、「がんの特性」を把握するにはDNA解析などの「遺伝子検査」が有用です。

DNA配列を読み取る装置の「シーケンサー」については、米国のイルミナ社がトップ企業として知られています。同社のシーケンサーである「MiSeqDx」は、がんなどの診断用にDNAを解析する装置としてFDA認証を受けており、幅広いがんの検査に利用されています(2013年のNIHのリリース参照)。

また、癌細胞の性質をPCR検査するキットも販売されています。例えばオランダのキアゲン社が開発した「therascreen」は、がん組織から抽出したDNAに含まれる変異をPCRを使って検査するキットで、「非小細胞肺がん」と呼ばれるがんの検査薬としてFDA認証を取得しています。「特定の変異をもつがんに有効な薬剤」が使えるかどうかを、シーケンサーよりも短時間で判断できるメリットがあります。

※PCR:ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)の略。DNAを複製して増幅させる方法

2-3. 遺伝子解析技術の進歩により「がんの早期診断」の精度も向上

血液中のDNAから「がんの転移」を検出する技術の概要図(グレイルの出願TW202010845Aの図に追記して作成)

血液中のDNAから「がんの転移」を検出する技術の概要図(グレイルの出願TW202010845Aの図に追記して作成)


上記の例は、既にがんを発症したことがわかっている患者に対する治療方法を判断するための検査技術ですが、がんを「発見」するための検査技術も同時に進化しています。

Natureの記事によると、がん診断技術をもつ米国の「グレイル(Grail)」は、血液中のDNAからがんの早期診断を行う技術を開発しており、「メチル化」と呼ばれるDNAの変化のパターンを解析することで、精度の高い診断に成功しています。また、同社の特許出願TW202010845Aには、同様の血液検査により、がんの「転移」を検査する技術が記載されており(上図参照)、様々な用途で使える診断技術を開発していることがわかります。

グレイルは2016年にイルミナから分離・独立した企業で、アマゾンから出資を受けたことでも知られています。イルミナは再び同社を買収する計画を立てていますが、2021年4月の日経新聞によると、独占禁止法を管轄する米連邦取引委員会(FTC)から、買収差し止めを求める訴訟が起こされており、今後の動向にも注目が集まっています。

「がん治療」は医療ビジネスの中でも非常に市場規模の大きい分野ですが、がんの「検査」の分野も競争が激化しており、革新的な技術が次々に生まれそうです。

※がんワクチンで個別化医療に参入するアマゾンの戦略については、以下の記事で解説しています。

【FY2022Q4】アマゾンの医療・AI戦略 ~Amazon ClinicからOmics、癌ワクチンへ、Hugging Face提携によるSageMaker進化

3.「がん」が「治る病気」になる未来に向けた治療技術の進化

ここまで、がん治療の最前線として、5種類の治療技術とステージに応じた使い分け、遺伝子検査によりがんのタイプを診断して治療を進める「ゲノム医療」の最新動向について解説しました。今後もがんの「治療技術」と「検査技術」がそれぞれ急速に発展しそうです。

アマゾンも参入する「ゲノム医療」や「がんワクチン」の最前線については、弊社調査レポートのイノベーション四季報【2023年・春号】でさらに詳しく解説しています。
また、弊社の無料メールマガジンでは、弊社代表の楠浦による調査結果を毎週お届けしております。最近も免疫療法の最前線である「CAR-T」の課題を突破する米国スタートアップの調査結果などを報告しています。コラムの更新情報もメルマガでアナウンスしているので、常に最新情報をキャッチするためのツールとしてご活用頂ければ幸いです。

 

★セミナー開催のお知らせ

【5月24日オンライン開催】発明塾セミナー:富士フイルム・JSRはなぜヘルスケア事業への転換に成功できたのか?
~ 既存の強みを創薬分野の新規事業創出につなげる戦略を特許から分析 ~

フィルム事業衰退の危機を乗り越え、創薬支援の分野で大きく成長することに成功した富士フイルムの戦略を、経営戦略・技術戦略の両面から読み解くセミナーです!
富士フイルムやJSRなど、事業転換に成功した企業のキーパーソンの活躍を特許情報から分析します。既存事業衰退の危機を乗り越えて新規事業を創出したい方、新規事業創出で自身がどんなアクションを取るべきかを知りたい方に特におすすめです。既存技術を市場に適合させ、新たな用途や需要を創出する戦略「技術マーケティング」の第一人者である弊社代表の楠浦が、わかりやすく解説します。

発明塾セミナー:富士フイルム・JSRはなぜヘルスケア事業への転換に成功できたのか?

 

★本記事と関連した弊社サービス

①無料メールマガジン「e発明塾通信」
材料、医療、エネルギー、保険など幅広い業界の企業が取り組む、スジの良い新規事業をわかりやすく解説しています。最先端医療に関する情報も多数発信しています。
「各企業がどんな未来に向かって進んでいるか」を具体例で理解できるので、新規事業のアイデアを出したい技術者の方だけでなく、優れた企業を見極めたい投資家の方にもご利用いただいております。週2回配信で最新情報をお届けしています。ぜひご活用ください。

「e発明塾通信」お申込みはこちら


②イノベーション四季報™【2023年・春号】がんと認知症が治る時代のトップ企業をつくる処方箋
「がん」と「認知症」の治療技術を中心に、医療の最先端をつくる技術と企業の動向を解説します。
がんワクチン、CAR-T細胞療法によるがん治療、認知症のワクチン治療、オルガノイド創薬、手術ロボット、メタバースの医療への活用について、特許情報など具体的なデータを元に詳しく解説します!

 

★弊社書籍の紹介

弊社の新規事業創出に関するノウハウ・考え方を解説した書籍『新規事業を量産する知財戦略』を絶賛発売中です!新規事業や知財戦略の考え方と、実際に特許になる発明がどう生まれるかを詳しく解説しています。

『新規事業を量産する知財戦略』書籍画像

※KindleはPCやスマートフォンでも閲覧可能です。ツールをお持ちでない方は以下、ご参照ください。

Windows用 Mac用 iPhone, iPad用 Android用

畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
東京大学大学院で植物ウイルスの研究に携わったのち、機械系のエンジニアに。半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。現在は企業内発明塾®における発明創出支援、教材作成に従事。個人でも発明を創出し、権利化を行う。発明塾東京一期生。

あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略

 

企業内発明塾バナー

最新記事

資料ダウンロードへ遷移するバナー

5秒で登録完了!無料メール講座

ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。

・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略

無料購読へ
TechnoProducer株式会社
© TechnoProducer Corporation All right reserved