トラクターなど農業機械の分野では、米国のディア・アンド・カンパニー(Deere & Company;略称ディア)がトップ企業ですが、日本企業のクボタも世界3位のシェアを持ち、独自の戦略で成長しています。
本記事では、ディア・アンド・カンパニーとクボタの経営戦略と技術戦略を比較し、それぞれの特徴を明らかにします。後半では、両社の特許情報を分析し、ディアの精密農業やクボタの水管理システムなど独自の強みを掘り下げるので、「スマート農業の最先端」を知りたい方は是非ご一読ください。
※両社の最新技術である「無人トラクター」については以下の記事で解説しています。
この記事の内容
※USDと円のレートは三菱UFJリサーチの2022年の年間平均値(TTB)のデータを利用
まず、両社の経営戦略の概要を把握するため、セグメントごとの売上高を比較します。上のグラフのように売上規模はディアの方が大きく、総売上高でディアは約526億ドル、クボタは約208億ドル(2兆7千億円程度)と、2倍以上の差があります。
両社とも農業機械を中心とする点で、類似した収益構造を持ちますが、農業機械以外の分野にも進出しています。農業機械以外の事業について、以下に簡単に整理します。
水管理システムはクボタの独自技術で、水田に使う水の管理など、水稲の生産システムにも使われています。水田の多い日本で創業したクボタならではの独自技術と言えます。
続いて、両社の買収情報を整理します。
ディアは2017年に、米国スタートアップ「Blue River Technology」を買収しています。Blue Riverは画像データの機械学習(AI)により雑草の位置を特定する技術などを保有しています。また、2023年7月に買収した米国スタートアップ「Smart Apply」は、精度の高い薬剤スプレー技術を保有しています(ディアのリリース参照)。
上記の画像解析とスプレー技術を組み合わせれば「雑草を高精度で認識し、除草剤を正確に散布する」といったきめ細かい作業が可能になります。ディアが買収により、農業機械の高度化を加速させていることがわかります。
一方、クボタは2012年にノルウェーの農業機器メーカー「クバンランド(Kverneland)」を買収しています。その後、2023年2月にクバンランドの子会社を通じて農業機器の製造を行うフランス企業の「B.C. TECHNIQUE AGRO-ORGANIQUE SAS」を買収しています(クボタのリリース参照)。
上記のクバンランドは、「インプルメント」と呼ばれる農業機器の世界トップメーカーです。インプルメントは、トラクターに接続して肥料や種子の散布など様々な作業を行うことができる汎用的な機器で、土壌のセンシング機能の搭載など、高度化が進んでいます。
トラクター開発ではディアが先行していますが、クボタはトラクターと連携する重要な機器であるインプルメントのトップ企業を買収することで、競争力のある技術を獲得しているようです。
続いて、ディアとクボタの技術戦略を詳しく把握するため、特許情報を分析します。
上図は、両社の出願件数と共通特許分類(CPC分類)のトップ5を比較したものです。
特許出願件数では、両社に大きな差は無く、クボタがディアに負けない勢いで特許網の構築を進めていることがわかります。以下、それぞれの企業の開発戦略を読み解きます。
ディアのCPCトップ5を見ると、コンバインなど農業機械の制御や自動運転に関するものが中心であることがわかります。例えば同社の特許 US11381785B2 では、カメラで撮影した画像データを使って播種(種まき)を管理する技術が記載されています。タネが正確に並んでいるかを画像から確認できるので、遠隔でも状況を把握できます。
2023年1月のCar Watchの記事によると、ディアは「より正確かつ高速で種まきや薬剤散布を行う精密農業」の技術確立に向けて、自動運転やAIなど最新技術に積極的に投資する方針を発表しています。特許出願の傾向からも、同社が農業機械の自動化・精密化に注力していることがよくわかります。
一方、クボタのCPCトップ5を見ると、トラクターなど農業機械に関する技術が上位を占めている点ではディアと共通しています。3位の「エンジンの省エネルギー化」はクボタのコア技術の1つで、環境負荷の低減が求められる時代における強みになっています。
また、5位に「水処理」に関する技術がランクインしている点もクボタの特徴です。関連するクボタの製品として、水田の水を遠隔管理できる「WATARAS」(ワタラス)というシステムが知られています。2021年12月のマイナビ農業の記事によると、ワタラスの利用により労働時間を80%削減できるだけでなく、水田に使う水の量も半分ていどに削減できるようです。
水温などのデータもセンサーにより把握できるので、「水稲の生育を最適化する精密農業のシステム」として活用が進んでいます。稲作の盛んな日本の企業ならではの技術を進化させており、ディアとは違う切り口で精密農業をリードしていることが分かります。
ここまで解説したディア・アンド・カンパニーとクボタの比較分析の要点を、以下にまとめます。
共通する部分
ディア・アンド・カンパニーの特徴
クボタの特徴
以上、農業機器のトップメーカーであるディア・アンド・カンパニーとクボタのセグメント毎の売上、買収戦略、特許情報から見える開発動向を解説しました。クボタは「環境負荷の低減」や「水田の精密農業」など独自のコア技術でディアに対抗しており、今後の活躍が楽しみです。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
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