CO2など温室効果ガスの削減に応じて対価を支払う「脱炭素ビジネス」の普及は、持続可能な世界をつくる上で非常に重要なテーマですが、現時点では様々なハードルがあります。
本記事では、脱炭素ビジネスの基本的な仕組みと現状の課題、課題の解決に向けたマイクロソフトの取り組みを紹介します。後半では、Indigo AgやHeirloom Carbonなど脱炭素ビジネスをリードする海外スタートアップの事例を解説します。脱炭素ビジネスの概要と最先端を一気に把握したい方はぜひご参照ください。
まず、脱炭素ビジネスの基本的な仕組みを解説します。
上図のように、脱炭素ビジネスの基本に4つのステップがあります。
① CO2など温室効果ガス削減の実施者が、そのデータを認証機関(※)に報告
② 認証機関は削減した温室効果ガスの量に応じたカーボンクレジットを実施者に付与
③実施者はカーボンクレジットをクレジットの購入者に販売
④クレジットの購入者が購入費を実施者に支払い
上記の仕組みにより、大気中のCO2削減などの取り組みを実施するほど収益が上がるので、多くの企業が脱炭素化に取り組む動機付けができます。2022年12月のBloombergの記事のグラフによると、1トンのCO2排出削減に対して支払われる炭素クレジットの相場は、50~100ユーロ程度です。
※認証機関は政府だけでなく、独立した民間組織も含まれる。独立した認証機関の例として、例えばスイスに本部を置くGold Standardなどが知られている
上記のカーボンクレジットを使ったビジネスを普及させる上で、現時点では以下の課題があります。
技術の「完成度」の課題を解決する取り組みとして、クラウドファンディングのように「将来、削減できる見込みのCO2」に対する投資が行われています。例えばマイクロソフトは、後述する米国スタートアップの「Heirloom」から、31万5000トンのCO2除去に対して資金提供を行う複数年契約を締結しています(2023年9月のBusiness Wireの記事参照)。この取引は、炭素除去取引としては過去最大の規模です。
また、技術の「信頼性」の課題を解決する取り組みとして、炭素除去技術を評価するための「規格づくり」が進んでいます。例えばマイクロソフトは、炭素管理会社のCarbon Direct と共同で、炭素除去方法の基準を整理しています(規格の詳細は2社の共同レポート参照)。
マイクロソフトは上記の課題を解決する仕組みづくりを主導しており、脱炭素化のリーディングカンパニーとして注目されています。
※マイクロソフトの脱炭素戦略の全体像は以下の記事で解説しています。
マイクロソフトのカーボンネガティブ経営戦略【図解あり】 ~Azure, Climate innovation Fundの最新情報
米国スタートアップのIndigo Agは、持続可能な農業である「リジェネラティブ農業」を普及させるビジネスモデルを構築しています。リジェネラティブ農業は、輪作やカバークロップの利用により土壌の栄養バランスを改善し、土壌中に含まれる炭素や窒素の量を増やすことができる農法です。大気中から吸収したCO2が土壌中に蓄積されるので、炭素除去につながります。
Indigo Agは、リジェネラティブ農業が適切に実施されているかどうかを衛星などを使って評価し、除去される炭素の量を推定する技術を持っています(詳細は同社の特許出願 US20220036483A1 参照)。上図のように、Indigo Agは契約した農家がリジェネラティブ農業を実施したことを評価し、認証機関に報告します。
報告内容が認証されると、カーボンクレジットがIndigo Agに支払われ、購入者に販売されます。この取引からIndigo Agが得た収益の一部は農家に還元されるので、リジェネラティブ農業を実施する農家が儲かる仕組みが実現します。
農研機構の資料によると、世界全体の温室効果ガス排出の10%は農業分野(畜産含む)から排出されていますが、Indigo Agのビジネスが普及することで状況は改善されるかもしれません。
※リジェネラティブ農業の詳細は以下の記事をご参照ください。
【図解】リジェネラティブ農業(環境再生型農業)の本質と企業の事例 ~Indigo Agなど海外スタートアップの戦略を紹介
一方、米国スタートアップのHeirloom Carbonは、装置を使って大気中のCO2を吸着し、回収する「ダイレクト・エア・キャプチャー」技術を開発しています。上図のように、装置に搭載されたファンが内部に空気を送り、装置内の吸着剤がCO2を吸着することで、大気中のCO2を回収します。
人工物である吸着剤による環境への悪影響が課題ですが、Heirloomは自然物である石灰石を用いてCO2を吸着する技術を実用化し、課題の解決に成功しています。また、Heirloomは、CO2をコンクリート内で鉱物化する技術を持つCarbon Directと協業しており、回収したCO2はコンクリートなど建築材料の製造に利用されています(Carbon Directのリリース参照)。
建設業は製造時のCO2排出が多い産業と考えられていますが、炭素除去技術の活用により、持続可能な産業に生まれ変わるかもしれません。
※ダイレクト・エア・キャプチャーの詳細は以下の記事をご参照ください。
【図解】Direct Air Capture(ダイレクト・エア・キャプチャー)とは? ~実用化の課題とHeirloom Carbon・マイクロソフトの成功事例を解説
以上、脱炭素ビジネスについて、基本的な仕組みと現状の課題、課題を解決するマイクロソフトの取り組み、脱炭素ビジネスの普及をリードするスタートアップの事例を紹介しました。農業や建設業など幅広い分野で脱炭素ビジネスが普及し始めており、今後は脱炭素ビジネスで成功する企業が次々に登場しそうです。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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