オランダのASML(ASML Holding N.V.)は、半導体露光装置のトップ企業であり、近年はEUV(極端紫外線)露光装置の市場を独占しています。
本記事ではASML設立の経緯と、露光装置の市場で圧倒的なシェアを確立する背景にある同社の戦略を解説します。後半では、特許情報の分析を元に、ASMLの技術戦略を読み解きます。ASMLの全体像を把握したい方は是非ご参照ください。
<参考:ASML Holding N.V.基本情報>
ティッカーシンボル:ASML
設立年:1984年
ウェブサイト:https://www.asml.com/
※ASMLの露光技術については以下の記事で詳しく解説しています。そもそも露光技術の仕組みがわからない、という方はご参照ください。
まず、ASMLの成り立ちを把握するため、同社の設立と成長の経緯を簡単に整理します(詳細は同社の歴史のページ参照)。
※EUV露光装置:約13.5nmの波長をもつ極端紫外線を光源とする露光装置。それまで中心だったArF液浸露光よりも微細なパターンを形成できる
小規模の開発組織としてスタートした企業ですが、初期の段階から最先端の装置を開発し、成長しています。フィリップスやASMのように高い技術力と知的財産を保有する企業がバックアップしたことがその背景にあるようです。
現在、ASMLは露光装置市場で80%以上のシェアを持っており、圧倒的なNo.1企業に成長しています(ASMLの資料参照)
※ニコンが金属3Dプリンタ市場への進出に向けて買収した「SLM Solutions」については以下の記事で解説しています。
続いて、ASMLのビジネスモデルを理解するため、同社の収益構造を確認します。
上のグラフに示したように、ArF液浸やEUVなどの露光装置の売上が収益の大半を占めています。以前はArF液浸の露光装置が収益の中心でしたが、2021年にEUV露光装置の売上が最も大きくなっており、露光装置の世代交代が進んでいることがわかります。
露光装置は「半導体チップの微細な回路パターン」を形成する装置で、急速に微細化が進む半導体分野において特に進化のスピードが速いことが知られています。ASMLは露光装置の開発スピードで他社を圧倒することで、独占的な地位を築いた企業と言えます。
次項では、圧倒的な開発スピードの背景にあるASMLの技術戦略を解説します。
※EUV露光装置と対抗する技術として注目されるナノインプリントについては、以下の記事で解説しています。
【図解】ナノインプリント実用化の最前線 ~用途ごとの装置メーカーの動向と、打倒EUVに向けて限界を超えるキヤノン・キオクシアの技術
ASMLは特許網の構築も積極的に行っており、2000年以降に3万件を超える特許出願が行われています(特許分析ツールのLENS.ORGにより調査)。特許の分類(Cooperative Patent Classification;CPC)のトップ5を見ると、いずれも露光装置に関連した「G03F7/70」というカテゴリーに含まれています(上図参照)。ASMLが露光装置に特化した企業であることが、特許出願の傾向からも確認できます。
また、CPCランキングの2~4位を見ると、装置の構造などのハードウェアに関するものではなく、「位置合わせ」や「検査方法」、「シミュレーション」などソフトウェア(制御アルゴリズム)に関する出願が多いことがわかります。ArF液浸とEUVとで、露光装置の構造は大きく異なりますが、位置合わせなどの制御に関しては共通した技術思想が利用できます。ASMLがハードウェアの変化に左右されにくい制御技術を積極的に開発し、特許で押さえていることが推測できます。
一方、2013年5月のニュースリリースによると、ASMLは米国の光源メーカーであるCymerを買収しています。Cymerは2000件以上の特許出願を行っており、EUV光を照射するレーザーに関する技術を広く権利化しています。例えば JP5091243B2「Euv光源のための駆動レーザ送出システム」には、EUV光をターゲットエリアに収束させるための機構が記載されています。
また、ASMLとパートナーシップを結んでいるカールツァイスも、EUVに使う光学系の特許を多数保有しています。例えば US20110235015A1 はEUV露光に使われる反射型光学系の機構に関する出願で、関連特許もカールツァイスが広く押さえています。
2016年11月のEE Timesの記事によると、ASMLはカールツァイス子会社「Carl Zeiss SMT」との共同研究プロジェクトに2億ドル以上を出資しており、両社の連携を強化しています。ASMLが買収やパートナーシップにより、光学系などのハードウェア開発においてもスキのない体制を築いていることがわかります。
以上、ASMLの設立の経緯と、露光装置市場における成長の歴史、開発スピードで他社を圧倒する成長戦略を解説しました。後半で解説したように、特許網の構築や買収・アライアンス戦略でもスキのない体制をつくっており、当面はASMLによる露光装置市場の独占が続きそうです。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
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