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ASMLの露光技術と今後の戦略

【図解】ASMLのEUV露光技術と半導体微細化に向けた今後の戦略 ~技術の基礎から収益構造まで詳しく解説

半導体の性能向上には、回路の「微細化」が最も重要です。本記事では、半導体の微細化を進める上でキーになる「露光(リソグラフィ)プロセス」の市場で圧倒的なシェアをもつASMLについて、その技術と経営戦略を解説します。まず、露光技術の基礎とASMLの最先端技術(EUV露光技術)を図を使って簡単に説明した後、同社の収益構造と戦略について掘り下げます。

半導体微細化の未来を主導する企業の全体像を把握し、今後の戦略に生かしたい方はぜひご参照ください。

<参考:ASML Holding N.V. 基本情報>
ティッカーシンボル:ASML
創立年:1984年(フィリップスとASMインターナショナルの合弁会社として設立)
ウェブサイト:www.asml.com/en

ASMLの露光プロセス進化の概要(詳細は後述)

ASMLの露光プロセス進化の概要(詳細は後述)

 

半導体の微細化をリードするASMLのEUV露光技術

そもそも露光技術とは?

露光プロセスの概要(光照射された赤の領域が、後のエッチング工程で除去される)

露光プロセスの概要(光照射された赤の領域が、後のエッチング工程で除去される)

 

まず、ASMLのコア技術である「露光技術」について簡単に説明します。

半導体は小さなチップに非常に細かい配線が描かれており、その配線パターンを「光照射」によってつくるのが「露光」プロセスです。光照射によって変化する材料(レジスト)の膜をウェハー上につくった状態で露光した後、光が当たった部分のレジストを除去するエッチングと呼ばれる工程にかけることで、パターンが形成されます。
(逆に、光が当たった部分が残るタイプもあり、ネガ型のレジストと呼ばれます)

光を照射するパターンを規定するのが「マスク(フォトマスク)」と呼ばれる板で、ここに描かれた配線がウェハー上に投影されます。微細なマスクを透過し、細かいパターンをつくるため、照射する光はなるべく「ブレ」が少ない必要があり、具体的には「光の波長が短いこと」が求められます。

物理学的な細かい説明は省きますが、波長の短い光源を使ったシステムを追求した結果、たどりついたのが以下で解説する「ArF液浸露光」と「EUV露光」になります。

※ArFはArgon fluoride(フッ化アルゴン)の略、EUVはextreme ultraviolet(極端紫外線)の略

ASMLの露光技術は「ArF液浸露光」から「EUV露光」へ

ArF液浸技術の概要(実際の構造より簡略化して作成)

ArF液浸技術の概要(実際の構造より簡略化して作成)

 

まず「ArF液浸露光」ですが、光源として波長193nmの「ArF光源」を用い、ウェハーに光を照射する手前で純水などの「液体」を通す(ウェハーを液に浸す)ため、この名前がついています。
図のように、マスクを通過した光が縮小投影レンズを通過して投影されるため、ウェハーにマスクより細かいパターンをつくることが可能です。この技術を用いることで10nm世代(TSMCの呼称でN10などと呼ばれる)の加工精度でパターンを形成でき、2019年ごろまではArF液浸露光が最先端でした。

しかし、ArF光源の波長193nmを大きく下回る「13.5nm」の「EUV光源」を使った「EUV露光」をASMLが確立したことで、5nm世代(TSMCの呼称でN5などと呼ばれる)などさらに微細なパターン形成が可能になりました。

※製造プロセスの世代を表す呼称として「5nm」「10nm」などの用語が使われていますが、実際の最小の線幅とは必ずしも一致しなくなっており、加工精度の目安の呼称として使われているようです(日清紡マイクロデバイス株式会社HPなど参照)

 

EUV露光システムの概要(ASMLのHPを参考に自作)

EUV露光システムの概要(ASMLのHPを参考に自作)

 

ASMLはEUV露光装置の内部構造を自社HPで公開しており、図のようにEUV光源から照射された光が複数の反射鏡を介してレチクル(反射型のマスク)に照射され、レチクルに反射した光がさらに複数の反射鏡を介してウェハーに投影されます。
(実際の動作のイメージはASMLのYouTube動画を見るとよくわかるので、立体的に把握したい方はご参照ください)

ポイントは、ArF液浸露光では「光をマスクに透過」させていたのに対し、EUV露光では「光をレチクルに反射」させている点です。EUV光はレンズをほとんど通過できないため、「反射型の光学システム」を構築する必要があり、このような設計が採用されています。

また、EUV光は空気中の気体微粒子による干渉を受けるため、装置内を真空にする必要があります。

上記の背景を踏まえると、EUV露光システムを新たに構築するには、

・微細なパターンをナノメートルの精度で投影できる反射型システムの構築
・微粒子を排除した真空状態を維持するシステムの構築
・EUVに反応するレジスト材料の開発

など様々な技術的なハードルがあることが分かります。

少しでも傷付いたり汚れると不具合になるので、管理コストも莫大な金額になります。

そのハードルを最初に越えたのがASMLであり、同社がEUV露光の市場を独占している理由です。次項ではASMLの収益構造と、さらなる成長にむけた戦略を解説します。

※EUV露光技術を使った製造プロセスをいち早く確立したTSMCの戦略については、以下の記事で解説しています。

【詳説】TSMCのビジネスモデルと技術戦略とは? ~No.1半導体ファウンドリの強みをIRと特許から読み解く

 

ASMLの収益構造と、EUV露光の独占に向けた技術戦略

ASMLの収益構造

製品・サービスカテゴリー毎のASMLの売上(ASML 2021 Annual Reportのデータを元に作成)

製品・サービスカテゴリー毎のASMLの売上(ASML 2021 Annual Reportのデータを元に作成)
※サービス:正式には ”service and field option” というカテゴリー


ASMLの製品・サービスごとの収益の内訳を、2019年と2021年で比較したグラフを上図に示しました。EUVは売上が2倍以上に伸びており、たった2年間でArF液浸からEUVへの切り替えが急速に進んだことがわかります。

また、装置立ち上げ後のサポートなどが含まれる「サービス」のカテゴリーも大きく伸びています。EUV露光プロセスは既存の技術とは大きく異なるため、顧客もノウハウを身につける必要があり、サポートの需要も増加しているようです。

一方、EUV露光システムの普及により関連プロセスも変化するため、新たなビジネスチャンスを掴む企業も増えています。例えば日本企業のレーザーテックは、前記のレチクル(EUV向けの反射型マスク)の欠陥を検査する装置の市場を独占し、大きく売上を伸ばしています。

買収により獲得したCymerとBerliner Glas Groupの技術

2013年5月のASMLのニュースリリースによると、同社はEUV露光プロセスの実用化に向け、米国の光源メーカーであるCymerを買収しています。この買収により、ASMLがEUV露光プロセスのコアになる光源を自社開発できる体制が構築され、その後5年近い開発期間を経てプロセスが実用化されたことになります。

また、2020年11月のASMLのニュースリリースによると、同社はドイツの光学系メーカーであるBerliner Glas Groupを買収しています。BerlinerはEUV露光用の光学系システムをASMLに供給しており、Cymerと同様にEUV露光装置向けのハードウェアのサプライヤーです。

装置に必要なパーツをつくる企業を傘下に収めており、ASMLがEUV露光装置の需要増加に対応できる体制を強化していることがわかります。

ちなみに日本ではコマツの子会社であるギガフォトンもEUV光源を生産しており、ASML子会社のCymer以外では唯一のEUV光源メーカーとして知られています。ASMLが光源技術を保有しているため、今後どのように市場導入するかが注目されています。

EUV技術の独占を支えるASMLの特許網

ASMLは特許網の構築も積極的に行っており、2000年以降に3万件を超える特許出願が行われています(特許分析ツールのLENS.ORGにより調査)。その多くが露光技術に関するもので、例えば US20200089124A1 ”Guiding device and associated system” はEUV光をガイドするシステムに関する出願で、反射鏡の他に、装置内のガスを除去して真空にする機構なども記載されています。

また、買収したCymerもEUV関連の特許を多数保有しており、例えば JP5091243B2「Euv光源のための駆動レーザ送出システム」には、EUV光をターゲットエリアに収束させるための機構が記載されています。

露光装置の機構に関する技術に加え、EUV光源のように重要なパーツの技術の特許も保有しており、EUV露光への参入障壁となる強い特許網が構築されています。

EUV技術で半導体の微細化をリードするASMLの今後

ここまで、ASMLのコア技術である露光技術と、同社の収益構造、買収や特許網による市場独占の戦略について紹介しました。同社は高い技術的なハードルを超えてArF液浸からEUVへの転換を成功させており、ハイリスク・ハイリターンの挑戦を乗り越えたことで、EUV露光プロセスを独占したことがご理解頂けたのではないかと思います。

露光プロセスは半導体の微細化におけるコア領域であり、技術の転換点をリードしたASMLが今後の半導体の進化をリードする状況はしばらく続きそうです。周辺技術も進化しており、例えば東京応化工業、JSR、東洋合成、信越化学などのメーカーがEUV向けのレジスト材料を、ラムリサーチが「ドライレジスト」という新技術を開発しています。詳細はイノベーション四季報2022年冬号で具体的に解説しているので、ぜひご活用下さい。

また、弊社の無料メールマガジンでは弊社代表の楠浦による調査レポートを毎週お届けしております。楠浦は前職でナノインプリント系スタートアップのCTOをつとめた経験があり、半導体技術についても本記事よりさらに踏み込んだ内容を解説しております。こちらもぜひご活用ください。

 

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それぞれの装置の内部構造や、TSMCが2025年リリースを計画する「2nmプロセス」にナノインプリントが与える影響を、特許やIR情報を元に詳しく分析。ナノインプリント関連スタートアップでCTO経験がある弊社代表の楠浦が、実体験も交えてわかりやすく解説しています。効率よく最先端にキャッチアップしたい方はぜひご活用ください!

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畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。

あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略

 

 

 

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