金属の立体構造を自由に造形できる「金属3Dプリンタ」は、製造プロセスを革新する技術として期待されています。Research Layer の調査によると、金属3Dプリントの市場は2021 年の41 億ドルから、2030年に約7倍の283億ドルに達すると予測されています。
本記事では、金属3Dプリンタ市場の成長をリードするトップメーカーとして、EOS、GE Additive、ニコンが買収したSLM Solutions の3社を抽出し、比較分析を行います。後半では特許情報を元にSLMとEOSのコア技術を解説するので、金属3Dプリンタの最前線を知りたい方は是非ご参照ください。
この記事の内容
金属3Dプリンタ装置のメーカー別シェア(GlobeNewswireのレポートを元に作成)
まず、世界の金属3Dプリンタ市場におけるメーカー別のシェアを確認します。上図のように、EOS, GE Additive, SLMの3社が上位になっており、3社合計でシェアの44%を占めています。3社の概要を以下に整理します。
3社とも、現在は金属粉末にレーザーを照射して溶解・固形化させる「レーザー溶融」と呼ばれる方式の装置を主力製品としています。この方式は金属を溶かして固めることで、3Dプリントでも強度の高い部品を製造することができ、飛行機や自動車の車体製造などに活用されています。
先述の通りSLMはニコンに買収されていますが、EOSとGE Additiveも買収や提携により事業を拡大しています。以下に2社の買収・提携に関する情報を整理します。
ちなみにGEは2016年のリリースでSLMの買収計画を発表していますが、株主との交渉がうまくいかず頓挫したようです。ニコンが獲得したSLMが、「GEも欲しいと思うレベルの優れた技術」を持っていることがわかります。
また、ニコンはカメラだけでなく、半導体製造装置など、「ナノレベルの位置精度が要求される光学機器」の開発で長年の実績があります。SLMとニコンの技術を組み合わせることで、さらに高精度な3Dプリンタが開発されることが期待できます。
一方、特許出願の動向を分析したところ、3社ともに2017年頃から急速に出願件数を伸ばしていました。ここ5年くらいで、一気に開発競争が激しくなっているようです(特許分析ツールLENS.ORGで分析)。次項では、特許情報の分析結果をもとに、SLMとEOSの開発動向を解説します。
※半導体の露光装置の分野でニコンのシェアを奪ったASMLのEUV露光技術については、以下の記事で解説しています。
複数のレーザーを使うSLM Solutionsの3Dプリント技術(同社の特許出願 US20130064706A1 の図に追記して作成)
SLMは金属3Dプリント用のレーザーに関する技術に強みがあり、関連する特許も多数出願しています。例えば2010年に出願された US20130064706A1 には、上図のようにメインの溶融用レーザー(SLMレーザー)の他に、ダイオードレーザーと呼ばれる別のタイプのレーザーを併用する技術が記載されています。
波長の異なるレーザー光を使い分けることで、細かいニーズに対応した加工が可能になります。上記の特許出願では、ダイオードレーザーを金属粉末の「予熱」に使うことで熱の分布を均一にし、加工の精度を上げる技術が記載されています。
関連する特許として、位置精度を向上するための技術や、金属材料に付着する不純物による不具合を解消する技術などが継続して出願されています。3Dプリンタの精度や、材料の強度を改善するための開発が進んでいることが読み取れます。
2023年10月のMetal AMの記事によると、SLMはドイツの自動車部品サプライヤーであるボッシュとの戦略的提携を発表しています。自動車部品の新たな製造技術としてSLMの3Dプリンタが活用される見込みで、今後の展開が楽しみです。
一方、トップメーカーのEOSは、2023年10月のTCT Magazineの記事で、3Dプリント用の高強度のアルミニウム合金である「Al5X1」の発売を発表しています。この材料により、従来のアルミニウム材料よりも耐久性に優れた部品を製造することができ、特に航空宇宙分野での活用が期待されているようです。
EOSはアルミニウム合金に関する特許も出願しています。例えば2019年に出願された US20220403486A1 では、アルミニウム合金にジルコニウム(Zr)などの金属粉末を混ぜることで、プリントされる金属部品の強度を改善する方法が記載されています。
装置だけでなく、付加価値のある3Dプリンタの材料を開発していることもEOSの強みと考えられます。3Dプリンタの消耗品を高く販売できる仕組みをつくることで、装置が売れなくても継続的に高い収益を上げることができます。
オフィス用のプリンタでは、インクカートリッジで収益をあげる消耗品ビジネスモデルが確立されていますが、金属3Dプリンタでも同様のビジネスモデルが成り立ちそうです。
以上、金属3Dプリンタを開発するトップメーカー3社について、買収・提携などの動向と、特許情報の分析を元にした技術情報をお伝えしました。後半で解説したニコンとSLMは光学系など高度な装置技術を持っていますが、EOSは材料からも収益を上げるビジネスモデルを構築しており、いずれも今後の成長が期待されます。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。その経験を会社の仕事にも活かし、「起業家向け発明塾」では起業に向けた発明の創出と実用化・事業化を支援している。
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