パウダーベッド方式は金属3Dプリンタに使われる工法で、金属のパウダーをレーザーで溶かして固め、立体構造をつくる技術です。ニコンなどのメーカーが開発を進めており、金属3Dプリントの先端技術として注目されています。
本記事では、パウダーベッド方式の金属3Dプリンタの基本的な仕組みと主な用途、現状の課題を詳しく解説します。後半では、ニコンが買収したSLM Solutionsのマルチレーザー技術や、金属3Dプリンタでクルマの製造プロセスを革新するDivergent Technologiesの動向を紹介します。基礎から実用までまとめて理解したい方はぜひご参照ください。
※以下の記事では、金属3Dプリンタ開発でしのぎを削るメーカーの比較分析を紹介しています。
この記事の内容
まず、パウダーベッド方式の仕組みを簡単に解説します。
パウダーベッド方式の金属3Dプリンタの造形スペースには、上図のように積層した金属パウダーの層がつくられており、これがパウダーベッドと呼ばれます。パウダーにレーザーを照射して溶かし、固めることで金属の立体構造がつくられます。
レーザーを照射して固めた後に、ローラーが次の金属パウダーを供給して新たな層をつくり、またレーザー照射を行う、という繰り返しで3D造形が進みます。細いレーザー光の照射により造形できるので、溶かした金属をノズルから出す方法よりも精密な構造をつくることが可能です。
パウダーベッド方式の金属3Dプリンタは、緻密な立体構造を金属で成形でき、かつ形状変更にも柔軟に対応できます。例えば以下の用途で使われています。
一方、要求される精密さが上がるにつれて、技術的な課題も生じます。特に重要なのが「熱」に関する課題で、例えば上図のように「レーザーによる加熱と、その後の冷却により生じる歪み」が不具合の原因になります。他にも、材料コストや加工スピードなど、複数の課題があります。
次項では、これらの課題を解決し、金属3Dプリンタの普及をリードするメーカーの動向を解説します。
SLM (SLM Solutions Group AG)は2006年に設立されたドイツの金属3Dプリンタメーカーです。2014年に上場した後、2023年9月に日本のニコンが買収を完了しています(ニコンのリリース参照)
SLMの強みは複数のレーザーを使う「マルチレーザー技術」で、関連特許も多数出願されています。例えば2010年に出願された US20130064706A1 には、上図のようにメインの溶融用レーザー(SLMレーザー)の他に、ダイオードレーザーと呼ばれる別のタイプのレーザーを併用する技術が記載されています。ダイオードレーザーを金属パウダーの「予熱」に使うことで急激な熱の変化による歪みが防止できるので、前記の歪みの課題を軽減できます。
SLMを買収したニコンも、半導体分野の装置開発で培った光学技術と精密加工技術を保有しています。両社の統合により、これまでよりもさらに高精度な金属3Dプリンタが開発されることが期待できます。
※SLM Solutionsの詳細は以下の記事で解説しています。
一方、金属3Dプリンタの装置開発ではなく、金属3Dプリンタを使って「製造プロセスの革新」に取り組む企業も登場しています。
米国スタートアップのDivergent Technologiesは、「あらゆる製造プロセスのデジタル化」を目標として掲げており、3Dプリンタで製造した部品でつくったスーパーカーを2015年に発表しています(2015年6月の3D Print.com記事参照)。また、2021年10月のMETAL AMの記事によると、同社はSLMの金属3Dプリンタを3台購入し、自動車製造に利用しています。ニコンが買収したSLMの技術が、クルマの製造プロセス革新にも貢献していることがわかります。Divergent TechnologiesのCEOであるKevin Czinger氏は、2019年にSLMの取締役にも就任しており、両社の連携は今後さらに強化されそうです。
車体フレームの製造プロセス革新は、大手自動車メーカーにとっても重要なテーマです。例えばトヨタが2023年6月のリリースで発表した「クルマの未来を変える新技術」にも、車体の一体成型技術が含まれています。軽量化が進むことで消費する燃料や電力の低減にもつながるので、脱炭素化が求められる時代に求められる技術と言えます。
金属3Dプリンタは軽量かつ頑丈な車体フレーム製造に適しているので、今後さらに普及が進むことが予想されます。
※トヨタの全固体電池の開発動向は以下の記事で解説しています。
以上、パウダーベッド方式の金属3Dプリンタについて、技術の概要と主な用途、現状の課題、実用化をリードするメーカーの最新動向を紹介しました。ニコンが買収したSLMの装置は、Divergent Technologiesのように先進的な企業にも導入されており、今後の製造プロセス革新において重要な役割を果たしそうです。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
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