セールスフォースは、企業と顧客とのコミュニケーションをサポートする顧客関係管理(Customer Relation Management : CRM)システムで世界トップシェアを持つ企業であり、「カスタマーサクセス(顧客の成功)」の考えを世の中に広めたことでも知られています。
本記事では、カスタマーサクセスを重視する背景にあるセールスフォースのビジネスモデルや考え方、カスタマーサクセスを実現する戦略を図を使って解説した後、セールスフォースの企業文化の基礎となるトレイルブレイザーやオハナなどの考え方について解説します。
顧客の成功を軸にした企業戦略を実践したい方はぜひご活用ください。
また、今後も4半期ごとのセールスフォースの動向をチェックし、レポートするので、そちらも情報源として活用頂ければ幸いです。
<参考:Salesforce.com, inc.基本情報>
ティッカーシンボル:CRM
創立年:1999年
ウェブサイト:www.salesforce.com
※Slack買収後の動きなど、セールスフォースの最新情報については以下の4半期レポートで解説しています。
この記事の内容
セールスフォースがカスタマーサクセスを重視する背景には、同社のビジネスモデルがあります。セールスフォースはサブスクリプション(定期購入)型のクラウドサービスを製品として提供しており、顧客は装置などを購入しないので、気に入らなければすぐに他のサービスに乗り換えることができます。
同社は2005年時点で企業としては急成長していたものの、サブスクリプション型の解約しやすさのために「月に8%の顧客が解約する」という状態で、顧客をつなぎとめることには失敗していました。
そこでセールスフォースが企業のコアバリューに据えたのが「カスタマーサクセス」で、顧客が望む価値を顧客が期待する以上の内容で提供し、製品へのロイヤルティを感じてもらうこと(要するにファンになってもらうこと)を第一とする考え方です。図に示したように、顧客の期待も時代の流れに沿って高まりますが、期待を超えるサービスを常に提供した企業の顧客は製品へのロイヤルティを感じ、継続的に利用してくれます。
また、期待する価値は顧客ごとに異なるため、単なる機能改善ではなく、顧客の課題を正しく読み取り、解決する必要があります。
例えば、セールスフォースは2013年に大口顧客のメリルリンチに解約される危機に直面し、製品の改良を迫られましたが、ソフトウェアの細かい修正では根本的な課題の解決にはなりませんでした。そこで同社のメンバーは「そもそも顧客が本当に求めているものは何か」の聞き込みからやり直し、ニーズから逆算してソフトウェアを設計し直すことで、危機を乗り越えることに成功しました(書籍『トレイルブレイザー: 企業が本気で社会を変える10の思考』第4章参照)。
そのような経験を踏まえ、セールスフォースでは顧客を中心に据えた開発体制が根付いています。
企業名・年度 |
関連情報 |
Demandware (2016年買収) |
クラウドベースのeコマースのプラットフォームで、ショッピングの体験を向上し、リピーターを増やすためのサービスを提供。買収の詳細は2016年7月のセールスフォースのプレスリリース参照。 買収後は、セールスフォースのCommerce Cloudとして提供されている。 |
Quip (2016年買収) |
「文書」「スプレッドシート」「スライド」といったドキュメントを参加しているメンバー間でリアルタイムに作成・編集・共有できるオンラインツール。買収については2016年8月のQuipブログなど参照。 買収後もQuipまたはSalesforce Anywhereのサービス名で提供されており、文書へのCRMデータの埋め込みや同期も可能。 |
MuleSoft (2018年買収) |
アプリケーション同士をAPIで接続し、統合するためのプラットフォーム。クラウドサービスと自社運用のサービスを統合する際などに使われており、分散したデータの集約に役立つ。買収についてはセールスフォースの2018年3月ニュースリリース参照。 買収後はセールスフォースのMuleSoft Anypoint Platformとして提供されている。 |
Tableau (2019年買収) |
分散したデータをまとめて分析し、ダッシュボードなどで視覚的に分かりやすくまとめることで、インサイトを効率的に得ることができるプラットフォーム。 買収についてはTableauの2019年1月プレスリリース参照。 買収後はセールスフォースのTableauアナリティクスとして提供されている。 |
Slack (2021年買収) |
コミュニケーション用のプラットフォームで、顧客やパートナー、部門間のリアルタイムな交流を安全に行うことができる。 セールスフォースの2021年9月のプレスリリースでは、世界中の組織がセールスフォースとSlack上でデジタル本社(Digital HQ)を構築できるように支援するビジョンが語られている。 |
ただ、クラウドサービスのように急速に進化する分野で、顧客に新たな価値を提供し続けるのは容易ではありません。セールスフォースは表に示したように、次々に大型買収を繰り返しながらプラットフォームを拡張しています。
顧客が必要とする技術を持つ企業を買収し、自社の既存サービスと統合することで、顧客のニーズに合うイノベーションを効率良く生み出す戦略と言えます。
※イノベーション経営の代表的な企業であるアマゾンの戦略については以下の記事で解説しています。セールスフォースとの違いを深く理解したい方は是非ご参照ください。
セールスフォースのサービスは企業の社内システムとして利用されるもので、顧客企業の導入担当者はセールスフォースのサービスを社内に普及し、変革を起こす重要なパートナーとなります。
セールスフォースではそのような顧客を含む、変革に挑戦する人々を「Trailblazer(トレイルブレイザー:先駆者)」と呼び、Trailblazer Communityと呼ばれるコミュニティや、Trailheadというオンライン教育システムなどによってサポートしています。
また、同社はトレイルブレイザーの定義をより広くとらえ、「世界をより良くするために自分の役割があると信じる人々」をトレイルブレイザーと考え、支援しています。
また、世の中の課題に立ち向かうトレイルブレイザーが活躍するには、安心して意見を表明できるコミュニティづくりが重要です。
セールスフォースでは、「Ohana(オハナ:ハワイ語で家族の意味)」と呼ばれる概念を企業文化の中心に据えており、社員だけでなく顧客やステークスホルダー全体を拡大家族としてとらえ、あらゆる人を受け入れながら、エコシステムを広げています。
具体的な取り組みとして、同社は人種による賃金格差や、性的指向に対する差別などの問題に正面から向き合い、給与システムの改訂や、差別を認めることにつながる法案への抗議などを行っています。誰もが平等に働けるコミュニティを育てることで、従業員の心理的安全性が向上し、セールスフォースはフォーチュンの「働きがいのある企業ランキング(2017年)」で1位に選ばれています。
社会課題に正面から向き合うことが企業の魅力を高め、優秀な人材の獲得にもつながる好循環が生まれた事例と言えます。
(より詳細な取り組みの内容については、書籍『トレイルブレイザー: 企業が本気で社会を変える10の思考』をご参照下さい。)
※特にカーボンネガティブ関連分野でイノベーションのエコシステムを築くマイクロソフトの戦略は以下で解説しています。
マイクロソフトのカーボンネガティブ経営戦略【図解あり】 ~Azure, Climate innovation Fundの最新情報
ここまで、カスタマーサクセスを重視する背景にあるセールスフォースのサブスクリプション型ビジネスモデルと、カスタマーサクセスの考え方、カスタマーサクセスを継続的に実現する買収戦略や企業文化について紹介しました。
「トレイルブレイザー」や「オハナ」の考え方など、「技術」より「人」を中心に据えた戦略と企業文化を追求しているところが、セールスフォースの大きな特徴と言えます。また、トレイルブレイザーのマインドは、「社会課題を解決し、世の中を良くする人を支援する」という点で弊社の新規事業創出支援サービス「企業内発明塾」の考えとも合致しており、共感できるビジョンを持つ企業として注目しています。
今後も、Slack買収による機能拡張や社会貢献活動など、セールスフォースの最新動向を4半期ごとにウォッチし、記事として発信していきます。「成長と社会貢献を両立する事業の進め方」について考えを深めたい皆様の参考になれば幸いです。
また、弊社のコラムでは、他にも「イノベーションを最大化する経営」を実践するアマゾン、「カーボンネガティブ(脱炭素)」のトップ企業であるマイクロソフトについて、4半期ごとのレポートを更新していきます。4半期レポートのタグで一覧が表示されるので、是非ご参照ください。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
工場設備エンジニア、スタートアップでの事業開発を経て現職。現在は企業内発明塾®における発明創出支援、教材作成に従事。個人でも発明を創出し、権利化を行う。発明塾東京一期生。
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