オープンイノベーションの解説記事では、オープンイノベーションのメリットや課題について解説しましたが、本記事では代表的な事例としてプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のオープンイノベーションを取り上げます。
まず、P&Gのオープンイノベーション戦略である「コネクト&デベロップ」について概要を解説します。次に、具体的な取り組みとして、社外アイデアの活用と、社内技術のライセンスについて具体的な事例を交えて紹介します。
この記事の内容
P&Gのオープンイノベーション戦略はコネクト&デベロップと呼ばれ、2000年頃スタートしました。その背景には旧来の開発体制の限界による業績悪化があり、2000年前半で同社の株価が半減するなど、深刻な状態にありました。
2000年にP&GのCEOに指名されたアラン・G・ラフリーは、今までのクローズドな開発体制ではいくら資金を投入しても目標に到達できないと気づき、協業を中心にしたオープンモデルへの転換を決めました。それが、同社のコネクト&デベロップ戦略の始まりとなりました。
上記のように業績悪化を背景に始まったコネクト&デベロップは、「コストを増やさずイノベーション能力を倍にする」というシビアな目標に向けて進められました。
P&Gは社外の技術や人材を積極的に活用する方針で開発を行い、消費者の様々なニーズを満たす新製品を次々に生み出しました。ハーバード・ビジネス・レビュー の記事によると、同社の2007年におけるイノベーションの成功率は2000年と比較して2倍以上に増加したと言われています。
この成果につながった取り組みとして、主に社外のアイデア活用に関するものと、自社技術を他社にライセンスするものの2種類があります。以下、それぞれ順に解説します。
※P&Gのアライアンス戦略については以下記事もご参照ください
社外には無数のアイデアがありますが、何を優先するかの基準を持たないと使いこなすことはできません。P&Gでは、消費者ニーズのデータをもとに顧客課題をランク付けし、より重要な課題を解決するアイデアを採用しています。
また、既に確立されたブランドを強化して横展開するためのアイデアも積極的に採用しています。たとえばオーラル・ケアのブランドであるCrestでは、歯磨き粉など既存製品に加えて、歯の漂白シートなどの技術を取り入れ、製品ラインナップを強化しました。
次に、アイデアを取り込む具体的な仕組みを紹介します。
P&Gのウェブサイト 「コネクト + デベロップ」 では、同社が探索している開発テーマを公開し、広くアイデアを募集しています。具体的なテーマとして、オーラルケアや美容、パッケージなどが提示されています(2021年3月2日現在)。
また、テクノロジー・アントレプレナーと呼ばる技術探索の担当者が世界中で技術シーズの探索を行っています。例えば、P&Gのオープンイノベーションに関する2015年の論文によると、ドイツ企業が開発したスポンジを、日本で活動するテクノロジー・アントレプレナーが発見したことがきっかけでMr. Clean Magic Eraserという商品の共同開発が始まったようです。同商品は、現在では世界中で販売されるブランドに育っています。
他社へのライセンスが重要となる背景に、自社の知的財産の利用率の低さがあります。ヘンリー・チェスブロウ氏の著書『オープンビジネスモデル』によると、P&Gがビジネスで活用できている自社特許は全体の約10%に過ぎなかったとされています。
このような実態を把握したP&Gは、自社技術を他社にライセンスするための社外ネットワーク構築に力を入れるようになりました。
P&Gによる日本企業へのライセンスの事例として、味の素株式への骨粗鬆症治療剤に関する特許・商標ライセンスが知られています。味の素の2009年のプレスリリースによると、同社はそれらの権利をP&Gから約210億円で譲り受ける契約を締結しています。
また、オープンな提携の成功例として、家庭用品メーカーのクロロックスとP&Gとのジョイントベンチャー設立が知られています(前出の『オープンビジネスモデル』にて紹介)。
クロロックスはP&Gの競合企業でしたが、P&Gが技術ライセンス等で協力したことで、ベンチャーは大きな成功を収め、P&Gもストックオプション等により多額の利益を獲得しました。競合企業をも仲間として取り込む、オープンイノベーションを実践した例と言えます。
※スタートアップが大企業と契約する際の考え方は以下記事で解説しています。
ここまで、オープンイノベーションの成功事例として、P&Gのコネクト&デベロップ戦略の概要と、社外を巻き込んで成長するビジネスモデルを解説しました。自社技術を他社にライセンスすることも、自社の仲間を増やし、利益の源泉になることがご理解いただけたのではないかと思います。
ただ、単にオープン化しても、ただ乗りされて終わるリスクもあるので、他社と交渉しながら、お互いに利益の出る関係をつくっていく努力が必要です。関係づくりのコツについては、アライアンス戦略の解説記事で詳しく説明しているので、そちらも是非ご参照下さい。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
発明塾東京一期生。現在は企業内発明塾™における発明創出支援、教材作成に従事。
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