ビジネスセンスとは、ビジネスのチャンスとリスクを理解し、良い結果につながる判断を迅速に行う能力を示す言葉です。イノベーションが加速する時代において、特に「ビジネセンスのある技術者」のニーズが高まっています。
本記事では、特に事業の拡大や創出に取り組む技術者の方に向けて、ビジネスセンスの本質と、センスを磨く方法を紹介します。後半では、儲かる製品を次々に生み出すキーエンスや、独自技術の収益化に成功したナノテクスタートアップの事例を紹介するので、事業成功を目指す技術者の方はぜひご一読ください。
まず、ビジネスセンスの概要を解説します。
ビジネスセンスは広い概念で、様々な解釈がされていますが、とくに有名なのは米国の経営者であるKevin Cope氏が提唱した「Business Acumen」という概念で、日本語では「ビジネスセンス」「ビジネス洞察力」などと訳されています(詳細は Kevin Cope氏の解説記事参照)。
ビジネスセンスを構成する能力は多岐にわたりますが、重要な要素として以下が知られています(上図参照)。
(1)金融リテラシー
財務諸表や、ビジネスにおけるお金の流れを広く理解する金融リテラシー。収益性のあるビジネスモデルをつくる上で必要とされる
(2)ビジネス環境の理解
自社の組織の構造や部署間の関係性、競合や顧客など関連他社との関わりの理解。自社のメンバーを動かしたり、他社との協業を進める上で必要とされる
(3)意思決定
手元にある情報に基づいて適切な判断をする能力や、未来が不確実であることを前提に様々な状況に対応できる能力。想定外のイベントが起きても、事業を継続させるために必要とされる
要するに、収益性のあるビジネスを立ち上げ、継続するのに必要とされる能力がビジネスセンスで、経営者に求められる能力とも共通しています。逆に言うと、収益性の高い事業を継続することに成功させている企業の取り組みは、ビジネスセンスを磨く上で参考になると考えられます。
ビジネスセンスを磨くのに最も有効なのは恐らく実際に会社を経営することですが、会社員でもビジネスセンスを磨く方法はいくつかあります。例えば、以下の方法が知られています。
一部の職種の方は、これらの方法を自然に実践しています。例えば営業部の方は顧客と接することで顧客ニーズを理解しています。また、企画部の方は収益性の高い新規事業を企画することが求められるため、ビジネスセンスを磨く機会に恵まれています。
一方、技術者の方は、若手の頃は専門知識の獲得や開発に追われており、上記の活動に時間を割くことは難しいと思います。ただ、管理者になって技術の収益化が求められる立場になると、ビジネスセンスが無いと成果を出すのは困難になります。
急にビジネスセンスを身につけるのは難しいので、まずはビジネスセンスのある企業の思考回路を学ぶところから始めるのがオススメです。次項で、技術の収益化に成功している企業の事例を紹介します。
時価総額ランキングで日本3位の企業であるキーエンスは、センサや3Dスキャナなど企業向け(BtoB)の製品を販売するメーカーです。同社は営業利益率が約50%と圧倒的に高い企業としても知られており、「収益性の高いビジネスを継続する企業」のお手本と言えます。
キーエンスの営業利益率が高い理由は単純で、顧客に提供する「価値(バリュー)」が高いことです。上図の「バリューチェーン」は、キーエンスが顧客に価値を提供するまでの流れを示しています。顧客への販売やアフターサービスの段階で、営業メンバーが顧客と直接コミュニケーションを取り、その結果を開発にフィードバックしています。
つまり、「お客さんはここで困っていて、それを解決できる商品を開発すれば値段が高くてもお金を払うよ」という情報を事前につかみ、狙いを定めて製品開発を進める戦略です。このような戦略を取る企業では、技術者は以下の点を意識する必要があります。
技術的な「高度さ」や「面白さ」にこだわり過ぎず、顧客ベースの開発を進められるようになることがビジネスセンスの高い技術者になる上で重要と考えられます。
※以下の記事では、キーエンスとオムロンの戦略を比較分析しています。
一方で、「うちは何年もかけて高度な技術を開発してきたので、今さら顧客のニーズをベースにした開発には切り替えられない」という企業もたくさんあると思います。その場合、自社の独自技術に高い付加価値を感じてくれる顧客を見つけるマーケティング活動が必要になります。
上記のマーケティング活動は技術マーケティングと呼ばれ、ナノインプリント関連スタートアップのSCIVAXの事例が知られています。ナノインプリントは、上図のように型を対象物に押し付けて微細なパターンを形成する技術です。
SCIVAXが2004年に設立された当初は、ナノインプリントの用途として半導体チップやディスプレイを想定していました。しかし、顧客ニーズと技術がマッチせず、2006年に戦略の見直しを迫られました。
そこでSCIVAXのメンバーは、顧客ニーズをあらためて把握するため、特許情報を分析し、「ナノインプリントに高い価値を感じてくれる可能性のある顧客」を探索しました。結果、「LEDの輝度を上げたい部品メーカー」や「立体的に細胞を培養できる構造をつくりたい医療系メーカー」を抽出し、投資を得ることに成功しています。細胞培養の事業は、2016年に材料メーカーのJSRに買収されています。
この事例には、「特許分析スキル」という一般的なビジネスセンスとは別の要因も含まれています。ただ、「顧客が高い価値を感じる用途を探す」という点で、キーエンスの事例とも共通しています。
要するに、ビジネスセンスを磨く上で重要なのは、「買い手である顧客の視点で考えること」と言えます。当たり前のことではありますが、技術開発に熱中すると見失いがちな視点です。
※技術マーケティングについては以下の記事で詳しく解説しています。
以上、ビジネスセンスについて、そもそもの定義と、センスを磨く方法、センスを磨く上で技術者が抱える課題と、その解決の手がかりになるキーエンスとSCIVAXの事例を紹介しました。最後にご紹介した事例は、弊社代表の楠浦が前職のSCIVAXでCTOを務めていた際に体験した内容を元に記載しています。技術者として実績を積んだ方が、次のステップに進むための参考になれば幸いです。
弊社・TechnoProducerでは、代表の楠浦が自身の失敗と成功体験を踏まえて構築したノウハウをベースに、顧客企業の新規事業創出を支援するサービス「企業内発明塾®」を提供しています。最後に少し説明した「特許情報の分析」を上手く活用することで、具体的なビジネスにつながる新規事業を創出できるのが特徴です。すでにナノテク・医療・ヘルスケア・半導体・モビリティ・ITなどあらゆる分野の事業創出で実績を積んでいます。
無料のサービス紹介資料をお申込みいただきますと、楠浦による説明動画もご視聴いただけます。ご興味のある方は是非お申込みください。また、技術分野ごとの分析レポートやセミナーも多数提供しております。商品リリース情報は無料メールマガジンで紹介しているので、最新情報を入手したい方はぜひご活用下さい。
★セミナー動画リリースのご案内
発明塾®動画セミナー:事業転換のための新規事業マーケティング™
~ 既存市場がなくなっても生き残れる事業の生み出し方を富士フイルム・出光興産の事例から解説!
2024年7月26日(金)に開催したセミナーを収録した動画セミナーです。
単なる新商品ではなく「会社の新たな柱となる新規事業」をつくりたい方に向けて、新規事業ならではのマーケティングの進め方を、具体的な企業の事例を元に解説するセミナーです!
技術マーケティングの中でも特にハードルの高い「新規事業マーケティング」にフォーカスします。特に参考になる企業としてフィルム事業の衰退を乗り越えた富士フイルムと、全固体電池開発で石油依存からの脱却を進める出光興産の事例を紹介し、事業創出のプロセスを明らかにします。現状を打破したい方は是非ご活用ください!
★本記事と関連した弊社サービス
①企業内発明塾®
「既存事業の強みを生かした新規事業の創出」を支援するサービスです。技術マーケティングのプロである楠浦の直接支援により、BtoC、BtoBを問わず、あなたの会社の強みを生かした新規事業の企画を生み出せます。
例えば「ガソリン車の部品技術の新用途を医療・介護分野で創出」・「スマートフォン向けの材料の新用途を食品分野で創出」など、次々に成果が出ています。
➁無料メールマガジン「e発明塾通信」
材料、医療、エネルギー、保険など幅広い業界の企業が取り組む、スジの良い新規事業をわかりやすく解説しています。半導体関連の技術に関する情報も多数発信しています。
「各企業がどんな未来に向かって進んでいるか」を具体例で理解できるので、新規事業のアイデアを出したい技術者の方だけでなく、優れた企業を見極めたい投資家の方にもご利用いただいております。週2回配信で最新情報をお届けしています。ぜひご活用ください。
③【新規事業・起業・投資の羅針盤 イノベーション四季報™】
イノベーションには「流れ」がありますが、「感覚」では捉えられません。
実際の企業の分析結果を元に「具体的な事例」を読み解いた最新情報を、今後を見通す「羅針盤」として4半期ごとに提供します。創刊号ではGAFAMの分析に正面から取り組みました。巨大企業の戦略を読み解き、その先を攻略したい方はぜひ!
★弊社書籍の紹介
弊社の新規事業創出に関するノウハウ・考え方を解説した書籍『新規事業を量産する知財戦略』を絶賛発売中です!新規事業や知財戦略の考え方と、実際に特許になる発明がどう生まれるかを詳しく解説しています。
※KindleはPCやスマートフォンでも閲覧可能です。ツールをお持ちでない方は以下、ご参照ください。
Windows用 Mac用 iPhone, iPad用 Android用
◇本コラムの内容にご興味をお持ちいただけましたら、関連する幅広い情報を盛り込んだ弊社の新刊書籍もぜひチェックしてみてください。本書籍特設サイトはこちら
畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略
ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。
・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略