電動の「シーグライダー」は水上で離着陸できる水上飛行機の一種で、米国のスタートアップ「Regent Craft」が実用化をリードしています。
本記事では、既存の水上飛行機と比較してシーグライダーがどう進化していて、どのような用途で使われるか、といった基本情報を解説します。後半では、特許情報から読み解いたRegent Craftのコア技術に加え、米国国防総省の研究開発部門「DARPA」による水上飛行機の開発動向を紹介します。
※海上ではなく水中を潜水する探査機をシーグライダーと呼ぶ場合もありますが、本記事では水上飛行機の一種としてシーグライダーを取り上げます
この記事の内容
水上飛行機CL-415の外観(Wikipediaの写真に赤字部を追記して作成)
まず、従来の水上飛行機(Seaplane、水上機とも呼ばれる)について簡単に説明します。
水上飛行機の定義は「水上で離着陸できる動力付きの航空機」です(Cambridge Dictionaryのseaplaneの項参照)。日本で良く知られた例として、ジブリ映画の『紅の豚』で登場した飛行機は水上飛行機の一種で、劇中でも海上で離着陸するシーンがあります。
現在でも利用されている水上飛行機として、カナダのCanadair社が開発した「CL-415」が知られています。上図のように、左右の翼にはプロペラとフロート(浮き)が搭載されており、プロペラは化石燃料を使ったエンジンで駆動します。用途として、森林火災などの消火活動や、災害救助、物資の運搬などが知られています。
ただ、水上飛行機はフロートなど水上に適した構造を持つぶん、飛行のエネルギー効率は低く、一般的な飛行機に比べると普及していません。そこをブレークスルーする技術として登場したのが、Regent Craftが開発したシーグライダーです。
電動シーグライダーの構造(Regent Craftの特許 US11420738B1 の図に追記して作成)
Regent Craftの特許から読み解いたシーグライダーの構造を、上図に整理しました。外観は既存の水上飛行機に似ており、左右の翼にフロートが搭載されている点も同様です。
既存の水上飛行機との最も大きな違いは、左右の翼に搭載されたプロペラに「電動モーター」が使われている点です。また、プロペラの数が多く、翼の周囲を移動する空気のスピードを上げることができます。電動モーターは小型で構造もシンプルなので、このような設計を採用することが可能です。
機体の中央には「水中翼」と呼ばれるユニットが搭載されており、機体の安定化などの機能を持ちます(詳細は後半で解説)。
※電動モーターを多数搭載する設計は、「空飛ぶクルマ」と呼ばれるeVTOLでも使われています。以下の記事で詳しく解説しています。
【図解】空飛ぶクルマ「eVTOL」とは? ~ヘリコプターとの違いと現状の課題、デンソー・ハネウェルなどメーカーによる実用化の最前線
Regent Craftのホームページによると、同社のシーグライダーには以下のメリットがあります。
上記の強みを生かし、Regent Craftは離島への旅行などの「旅客」や、郵便物の配送などの「物流」にシーグライダーを活用する計画を進めています。すでにJALやヤマトHDなどから500機を超える受注を獲得しており、2025年頃の実用化を目指しています。旅客機としては、12名の乗客を乗せることができるようです。
また、2023年3月のリリースによると、Regent Craftは米国の軍需・航空宇宙産業メーカーであるロッキード・マーティンからも出資を受けており、防衛などの用途でも普及が進みそうです。
Regent Craftのシーグライダーの飛行モード(同社の特許出願 US20220382300A1 の図に赤字部を追記して作成)
続いて、Regent Craftのシーグライダーの飛行技術を解説します。同社のシーグライダーは上図に示したようにいくつかの飛行モードを使い分けています。以下、順に説明します。
① 水上で船体が浮遊したモード
②水中翼モード
③低空飛行モード
Regent Craftの技術の特徴は、②の「水中翼モード」があることです。海が荒れていても、水中翼が水面と機体の距離を適度に保つ役割を果たし、安定した飛行が可能です。離島などに旅行する際は、「海が荒れていて船が欠航するトラブル」が頻繁に起こりますが、Regent Craftの水中翼はこの課題を解決しています。
また、③の低空飛行モードでは、地面効果を利用することで通常の航空機よりもエネルギー効率の高い飛行が可能です。シーグライダーが他の電動航空機よりもエネルギー効率が高い理由がここにあります。
地面効果はこれまでの水上飛行機でも利用されており、新しい技術ではありませんが、電動モーターや水中翼など新しい技術との組み合わせにより、大きな付加価値を生み出しています。
DARPAののリバティ・リフターのイメージ(出典:DARPAホームページ)
Regent Craft以外の企業や研究機関も、新たな水上飛行機の開発を開始しています。
アメリカ国防総省の研究機関であるDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)の「リバティ・リフター(Liberty Lifter)」は、2022年に始まった水上飛行機の開発プロジェクトです。開発予定の水上飛行機は、上図のように、戦車を搭載することもできる巨大な機体をもっています。先述の「地面効果」を利用することで、高速かつ低コストな海上輸送の実現を目指しています。
2023年2月のリリースによると、DARPAはリバティ・リフターの開発に2つのチームを選出しています。1つ目はエネルギー・防衛などの事業を手がける米国企業のGeneral Atomicsのチームで、胴体部分が2つある幅の広い機体を検討しています。2つ目はボーイングの研究子会社であるAurora Flight Sciencesのチームで、胴体が1つの一般的な水上飛行機に近い機体を検討しています。2024年半ばから詳細な設計とデモンストレーションが行われる予定です。
Regent Craftのシーグライダーが「12人乗り」なのに対し、リバティー・リフターは「100トン以上の重量物」を輸送できる巨大な水上飛行機で、サイズは全く違います。ただ、地面効果を利用して効率的に輸送する点は共通しており、いずれも海上輸送のプロセスを革新する存在になりそうです。
以上、水上飛行機の最前線として、Regent Craftのシーグライダーの仕組みを中心に解説しました。「飛行機を使った海上輸送」はあまり知られていないので、まだ参入している企業は少数ですが、「実は高効率かつ高速な輸送手段」として今後注目が集まりそうです。
今回ご紹介した内容は、弊社の無料メールマガジンで代表の楠浦がお送りした内容の一部を抜粋し、再編集したものです。メルマガではより幅広い情報や、技術的に踏み込んだ内容をご紹介しております。
また、弊社の調査レポート「イノベーション四季報」では、テーマごとのイノベーション情報を総括した資料を提供しています。海上輸送の脱炭素化に関する企業の動向などを盛り込んだレポートも後日リリース予定です。
コラムや調査レポートのリリース情報もメルマガで毎週お伝えしているので、最新情報を入手する無料ツールとして是非ご活用ください。
★セミナー動画リリースのご案内
発明塾®動画セミナー:電動化・自動運転普及に向けてデンソー・ボッシュはどう事業を変革するか? ~成長戦略を特許・IRから比較分析~
2024年6月21日(金)に開催したセミナーを収録した動画セミナーです。
電気自動車への転換や自動運転技術の普及に向けたデンソーとボッシュの戦略を特許・IR情報を元に比較分析するセミナーです!
電動化による内燃機関からの脱却や、トヨタ依存からの脱却に向けた事業転換を急速に進めているデンソーと、人工知能の技術開発などによる事業転換を加速させているボッシュ。両社の戦略を、既存技術を市場に適合させ、新たな用途や需要を創出する戦略「技術マーケティング」の第一人者である弊社代表の楠浦が、「事業転換のキーパーソン」のレベルまで掘り下げて詳しく解説します。自動車業界の構造変革に乗り遅れたくない方は是非ご活用ください!
★本記事と関連した弊社サービス
①無料メールマガジン「e発明塾通信」
材料、医療、エネルギー、保険など幅広い業界の企業が取り組む、スジの良い新規事業をわかりやすく解説しています。半導体関連の技術に関する情報も多数発信しています。
「各企業がどんな未来に向かって進んでいるか」を具体例で理解できるので、新規事業のアイデアを出したい技術者の方だけでなく、優れた企業を見極めたい投資家の方にもご利用いただいております。週2回配信で最新情報をお届けしています。ぜひご活用ください。
②電動モビリティの最先端 ~「陸・海・空」の電動化をリードする企業の戦略を徹底分析~「【イノベーション四季報™・2023年夏・秋合併号】
内燃エンジンの時代が終わりを迎え、モビリティの電動化が車だけではなく海上・航空分野でも急速に進んでいます。
本調査レポートでは、トヨタ・テスラを始め、海上輸送を革新するシーグライダーや、
デンソーも取り組む最先端の電動航空機「eVTOL」など最新の電動モビリティ情報をまとめて解説します。
電動化シフトをチャンスとして自社の成長につなげたい方は、ぜひご活用ください!
★弊社書籍の紹介
弊社の新規事業創出に関するノウハウ・考え方を解説した書籍『新規事業を量産する知財戦略』を絶賛発売中です!新規事業や知財戦略の考え方と、実際に特許になる発明がどう生まれるかを詳しく解説しています。
※KindleはPCやスマートフォンでも閲覧可能です。ツールをお持ちでない方は以下、ご参照ください。
Windows用 Mac用 iPhone, iPad用 Android用
畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。その経験を会社の仕事にも活かし、「起業家向け発明塾」では起業に向けた発明の創出と実用化・事業化を支援している。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
IT / 半導体 / 脱炭素 / スマートホーム / メタバース / モビリティ / 医療 / ヘルスケア / フードテック / 航空宇宙 / スマートコンストラクション / 両利きの経営 / 知財戦略 / 知識創造理論 / アライアンス戦略
ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。
・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略