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テスラのバッテリー開発戦略

テスラのEVバッテリー開発戦略 ~次世代バッテリー4680の仕様と特許分析から見えるトヨタとの戦略の違い

発明塾セミナー:電動化・自動運転普及に向けてデンソー・ボッシュはどう事業を変革するか?

本記事では、テスラの電気自動車(EV)に使われるバッテリー(リチウムイオン電池)の特徴と開発戦略を解説します。

まず、新型バッテリーセル(※)「4680」の仕様を現行の「2170」と比較して解説した後、今後の増産計画について情報を整理します。次に、テスラの特許情報を元に、同社のバッテリー開発戦略を詳しく分析します。トヨタとの考え方の違いも含めて考察するので、ぜひご一読ください。

※バッテリーセル:バッテリーのユニットに含まれる個々の電池

<参考:Tesla, Inc基本情報>
ティッカーシンボル:TSLA
創立年:2003年
ウェブサイト:https://www.tesla.com/

※トヨタ全固体電池の製造プロセスは以下の記事で解説しています。

【図解】全固体電池の課題と製造工程をトヨタ特許から読み解く

テスラの新型EVバッテリーセル「4680」の仕様・メリットと増産計画

テスラのEVに搭載されたバッテリーパックの構造

テスラのバッテリーパックの構造(テスラのプレゼン資料の図に追記して作成)

テスラのバッテリーパックの構造(テスラのプレゼン資料の図に追記して作成)


テスラは
2020年9月に開催した「バッテリー・デー」というイベントで、新型バッテリーセルの「4680」を発表しています。数字の意味は、「1個のセルのサイズ」で、「直径46㎜・高さ80㎜」を示しています。現行品の2170(直径21㎜・高さ70㎜)と比較すると大型で、容量が大きい仕様になっています。

バッテリーは上図に示したように、「バッテリーパック」と呼ばれるユニットの中に大量に並べられます。4680は容量が大きく、並べる数が少なくて済むので、バッテリーパックの中の構造がシンプルになり、製造コストが下げられます。

現行バッテリー2170と比較した新型バッテリー4680のメリット

テスラのバッテリー仕様比較

テスラのバッテリー仕様比較
(※写真はWikipediaより。容量データはecolithiumbattery.comの記事より。バッテリーパック中のセル数のデータは2022年9月のDRIVE記事より)


バッテリーを搭載するユニットの構造が把握できたので、それぞれのバッテリーセルの仕様を詳しく見ていきます。上図に概要を整理しました。

現時点では、テスラの「モデルY」という車種の中で、米国テキサス州の工場で生産されているモデルのみに新型バッテリーセルの4680が搭載されています。先述の通り、4680は現行の2170よりサイズが大きく、重さ・容量ともに5倍くらいあります。バッテリーパックの中に含まれるセルの総重量を見ると、いずれも約300㎏で、トータルの容量も大きな差は無さそうです。

一方、テスラのプレゼン資料によると、4680は充電時間を大幅に短縮できるメリットがあります。詳細なデータは公表されていませんが、2020年10月のInsideEVの記事によると、「バッテリーを10%から80%まで充電する時間」を「25分から15分に短縮できる」という試算もあるようです。

以上の情報を踏まえると、4680は以下2点のメリットを備える新型バッテリーと言えそうです。

  • バッテリーパックに並べるバッテリーの数を減らせるので、製造コストが下がる
  • 充電時間を短縮できる

※テスラよりも圧倒的に性能の高いバッテリー開発に挑むトヨタの戦略については以下の記事で解説しています。

トヨタ全固体電池開発の本気度を特許から分析 ~2023年発表の方針と実用化・量産化に向けた開発状況

新型バッテリー4680の増産計画

現時点では、4680は米国のテキサス州やネバダ州の工場で生産されています。2023年1月のLcS Tesla News & Blogsの記事によると、ネバダ州における4680の生産増強のために約36億ドルの投資が行われています。この投資により、年間約200万台の乗用車に必要なバッテリーセルを生産できる製造ラインがつくられる計画のようです。

また、新たな製造拠点の立ち上げも進められています。2023年6月のLcS Tesla News & Blogsの記事によると、テスラはカリフォルニア州にある2万平方メートルの製造施設を4680の生産に使用する計画を立てています。

ちなみに、カリフォルニアの施設は半導体製造装置のトップメーカーであるアプライド・マテリアルズが半導体製造拠点として使用する予定でしたが、同社はその計画を断念しています。

特許から読み解くテスラのバッテリー開発戦略とトヨタとの違い

テスラのバッテリー関連特許の出願内容とトヨタとの開発戦略の違い

テスラのCPCトップ10(LENS.ORGで調査)

テスラのCPCトップ10(LENS.ORGで調査)


まず、テスラが主にどんな分野で特許を出しているかを確認するため、共通特許分類(CPC分類)の区分ごとの出願件数ランキングを上のグラフに示しました。

バッテリー関連では、冷却方法や、EVに搭載するためのバッテリーシステムに関する出願が上位を占めています。つまり、テスラは「バッテリーそのものを開発する」よりも、「EVに搭載するためのバッテリーシステムを開発する」ことにフォーカスしているようです。例えばテスラが2014年に出願した特許 US9761919B2 では、バッテリーパックにダクトを通して冷却するシステムが記載されています。

ちなみに、トヨタの記事で解説した最先端バッテリーの「全固体電池」のCPC分類「H01M10/0562」におけるテスラの出願を調べたところ、該当なし(0件)でした。全固体電池のように、新規性の高い技術を開発する考えはないようです。

以上の分析結果から、テスラのバッテリー開発の目標は、トヨタのように「最先端・最高性能のバッテリーを開発すること」ではなく、「既存のリチウムイオン電池を使って、EVに使えるバッテリーシステムを早くつくること」であると考えられます。バッテリー開発の動向を見るだけでも、テスラとトヨタの戦略の違いがわかります。

※テスラの特許戦略の全体像については以下の記事で解説しています。

テスラの特許と知財戦略を調べてみた

テスラの特許に記載されたバッテリーパックの冷却機構

テスラのバッテリーパックの冷却機構(JP6490088B2の図に追記して作成)

テスラのバッテリーパックの冷却機構(JP6490088B2の図に追記して作成)


続いて、テスラの特許に記載されたバッテリーパックの具体的な構造を見ていきます。

日本で登録された特許の JP6490088B2「ヒートパイプ熱処理部を有するエネルギー貯蔵システム」には、バッテリーパックの冷却機構が記載されています。上図のように、大量に並んだバッテリーセルに接するようにL字型のヒートパイプが配置されています。ヒートパイプは液体冷却などを行うパーツと連結されており、バッテリーセルの熱を吸収して放熱します。

簡単に言うと「大量に電池をつなげてクルマを走らせるくらいの電力をつくる。大電流を流すと熱が発生するので、冷却して何とかする」という構造なので、かなり単純で大雑把な設計です。ただ、「今ある技術で早く実用化する」という観点では優れた設計と言えます。

この設計を見ると、テスラがEV市場で先行できたのは「優れた技術を持っていた」からではなく、むしろ技術の高度さを追わずに「割り切ることができた」からではないかと考えられます。バッテリーパックという1つのユニットの設計からも、その企業の思考回路の一端が読み取れます。

テスラの次世代バッテリーがつくるEVの今後

以上、テスラのEVバッテリーについて、新型バッテリー「4680」の特徴・メリットと増産計画を紹介した後、特許情報分析を元にテスラの開発戦略を読み解きました。

テスラは「EV市場」という新たな市場を立ち上げるのに成功した企業で、「EV技術のリーダー」というイメージがあります。ただ、実際のバッテリーパックの設計を詳しく見ると、「EVの技術力」よりは「EVの実用化を早く実現する」ことにフォーカスし、成功した企業であることが見えてきました。リソースが限られた中で、新規事業を成功させる戦略として参考になります。

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畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。その経験を会社の仕事にも活かし、「起業家向け発明塾」では起業に向けた発明の創出と実用化・事業化を支援している。

あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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