半導体の市場規模はここ数年で急速に拡大し、技術革新が進んでいます。ただ、一口に「半導体」といっても様々なタイプのデバイスが含まれ、製造プロセスも大きく異なります。
本記事では、技術革新が進む半導体製造プロセスのの2大トレンドとして、大量のデータを処理する「IC(Integrated Circuit;集積回路)」の微細化と、電力供給を制御する「パワー半導体」の性能向上(ワイドバンドギャップ化)を取り上げます。それぞれの用途からチップの製造工程まで、ポイントを絞って解説するので、全体像を理解したい方はぜひご参照ください。
この記事の内容
上図にICとパワー半導体の用途を整理しました。
ICは「集積回路」の名前が示すように、1つのチップの中に大量の回路が詰め込まれており、スマートフォンやPCのロジック回路など、大量の情報を処理するチップで使われます。
コンピュータの演算は「1か0か」の2進法で計算されますが、回路上は「電気のONとOFFの切り替え」により「1と0の切り替え」を行います。求められる処理能力がどんどん上がっているため、「電気的なON/OFFの切り替えができる半導体素子」を億単位のオーダーで詰め込む必要があり、「回路の微細化」や「加工精度の限界への挑戦」が最大のテーマとなります。近年の代表例はアップルのiPhoneに搭載されるメインチップで、2021年9月の日経クロステックの記事によると、iPhone13シリーズに搭載されたA15チップには約150億個もの半導体素子(トランジスタ)が実装されています。
一方、パワー半導体の役割は「電力(electric power)の変換」であり、例えば「交流の電源」を「直流」に変換することや、電圧を上下させることが含まれます。図に示したように、電気自動車の充電やモーターの作動、発電や送電などの分野で、「使いやすい形に電力を変換するプロセス」全般にパワー半導体が使われています。
複雑な計算は求められないので、基本的には1チップに1~10素子くらいのシンプルな構造ですが、大きな電流や電圧がかかる条件で使われるため「耐久性」や「安定性」が求められます。過酷な条件でも漏電せずに安定して動作する上で重要なパラメータが「バンドギャップ(禁制帯:電子が存在することができない領域)」で、材料のバンドギャップが広いほど漏電しにくく、小サイズでも耐久性の高いチップがつくれます。
電気自動車など、比較的狭いスペースで大きな電流・電圧の制御が求められる用途が増えているため、小さくても高い性能が出る「ワイドバンドギャップ半導体」の開発が加速しています。
※最先端のICチップはTSMCでないとつくれない、という圧倒的な立場を確立したTSMCの戦略については、以下の記事で解説しています。
続いて、微細化とワイドバンドギャップ化の最先端に位置する半導体の内部構造を上図に示しました。
先述のiPhoneのチップなどで使われている構造がFinFET (Fin Field-Effect Transistor;フィン型電界効果トランジスタ)です。幅の細い「フィン(Fin)」と呼ばれる構造の中央に交差する形でゲート電極が形成されており、ゲート電極を介してフィンの中央部の「ゲート」に電圧をかけるとフィンに電流が流れます。
ゲートへの電圧のON/OFFにより電流のON/OFFを制御できるため、先述の「1と0の切り替え」が可能になります。細いフィンをナノメートル単位のピッチで大量に並べることができるため、小サイズのチップに大量の素子を詰め込むことができます。
一方、電気自動車のモーターへの電源供給などで使われるパワー半導体に使われる構造が「SiCトレンチMOSFET」です。SiCとは「Silicon Carbide(シリコンカーバイド)」の略で、通常のシリコンの代わりにパワー半導体の基板に使われる材料の名称です。
SiCの方がシリコンよりもバンドギャップが10倍ほど広く、熱などへの耐久性も高いため、小さくても壊れにくいパワー半導体を製造できます。SiCトレンチMOSFETは、SiCのウェハーに「トレンチ」と呼ばれる溝を掘り、その中にゲートを埋め込む構造をとります。
ゲートに電圧をかけると電流が流れる点でFinFETと同様ですが、大きく異なるのが電流の流れる方向です。FinFETはチップの平面上に並んだ細い「フィン」に少量の電流が流れるのに対し、SiCトレンチMOSFETではチップ上下方向の「面」全体に電流が流れるので、大電流を流すことが可能です。
(水平方向に電流を流すパワー半導体もありますが、微細なロジック回路より大きな電流を流す点では共通しています)
最先端の半導体でも、用途によって設計の考え方が大きく異なることがわかります。
※SiCパワー半導体については、以下の記事で詳しく解説しています。
【詳説】SiC(シリコンカーバイド)次世代パワー半導体のトップメーカー比較分析 ~電気自動車(EV)市場拡大に向けた技術・特許戦略とは?
まず、FinFETの製造プロセスの一部として、フィン部分の形成プロセスを図示しました。
以下の流れでフィンを形成します。
①シリコン膜の上面に感光材であるレジストの膜を形成
②回路パターンに合わせて光を照射する「露光」プロセスでレジストの一部を変化させ、
光の当たった部分(または当たらなかった部分)のレジストを除去し、パターン形成
③プラズマを使ったエッチング(削る工程)などにより、シリコン層を除去。
レジストが保護マスクになって下の部分が残り、フィン構造ができる
フィンの製造プロセス自体は10年以上前から確立されていますが、近年は「EUV(極紫外線)露光」と呼ばれる技術が確立され、フィンの幅や間隔がどんどん微細化しています。プロセスの変化に伴う製造上の課題も生じており、例えばTSMCの特許US10510538B2では、EUV照射によりウェハー上の材料の特性が変化してしまう課題を防止するための処理方法が記載されています。
※EUV露光技術で圧倒的なシェアを持つASMLについて、以下の記事で詳しく解説しています。
続いて、SiCトレンチMOSFETの製造プロセスの概要を図示しました。以下の流れでトレンチとゲートを形成します。
①SiCウェハーを準備。底面の「n+基板」と呼ばれる層と、上部の「n‐層」と呼ばれる層が形成されている
②不純物イオン注入によりウェハー上面にpベース層、p+層、n+層を形成
(ここで1600~1800℃の高温をかけ、不純物を活性化させる)
③プラズマを使ったエッチングによりトレンチ(溝)を形成
④熱酸化などによりトレンチの内側に絶縁性がある酸化膜を形成
⑤CVD法(基板の表面に特定の材料を堆積させる方法)により、不純物を含むシリコンをトレンチ内に堆積し、ゲートを形成
⑥ゲートの上面に絶縁膜を形成し、ゲートを4方向から絶縁
(この後、上下に電流を流すための電極を形成する)
※半導体には「n層(n領域)」と「p層(p領域)」と呼ばれるエリアがあり、前者には不純物としてリン(P)イオンや窒素(N)イオンが、後者には不純物としてアルミニウム(Al)イオンなどが注入されます。不純物の濃度が高いエリアに(+)が、低いエリアに(-)がつくので、エリアごとに「n+層」「n-層」などの呼び名がついています。
原理の詳細は割愛しますが、これらのエリアを適切に形成することで、目的とする半導体の電気的な特性が得られます。
SiCトレンチMOSFETは、SiCを使うことでバンドギャップを広げるだけでなく、ゲートを埋め込む構造により、チップ内の電界により生じる抵抗を下げる(電力ロスを下げる)ことに成功しています。パワー半導体でも微細化のニーズは高まっていますが、どちらかというと「耐久性の向上」や「電力ロスの低減」にフォーカスした進化が進んでいます。
また、SiCは注入した不純物の活性化にシリコンよりも高温(前記②の1600~1800℃)が必要になるなど、「材料の取り扱いに関するノウハウ」が求められる点も、SiCパワー半導体の特徴です。本記事では割愛しますが、SiCと同様にバンドギャップの広いGaN(窒化ガリウム)も材料の扱いの点で制約が多く、SiCに比べて普及が遅れています。
一方、パワー半導体はマイクロメートル単位の加工がほとんどで、ナノメートル単位の加工が求められるFinFETに比べて加工精度のハードルが低いこともポイントです。最新設備を使わなくても製造できるため、パワー半導体は比較的低コストで参入できるビジネス領域と言えます。
例えば日本企業のロームは、電子部品の製造ノウハウを活かして2000年頃からSiCを使ったパワー半導体の製造に参入しています。現在は世界でも高いシェアを持っており、2022年6月のエコノミストOnlineの記事によると、同社のSiCパワー半導体における世界シェアは14%で、インフィニオン、WolfSpeedに次ぐ世界3位となっています。
ロームは特許出願も積極的に行っており、例えば2018年に出願されたJP2020525223Aはパワー半導体のチップを密集しても十分な放熱性が得られる構造について記載されており、各国で出願されているだけでなく、日本と米国で分割出願されています。また、明細書の長さが400ページ近くあり、多面的な権利を取るために様々なアイデアを記載しています。
勝てる領域を絞り込み、デバイス開発と特許網の構築を入念に進める戦略として参考になります。
※ロームの特許から読み取った最新のデバイスの構造については、イノベーション四季報2022年冬号で具体的に解説しています。
以上、半導体製造プロセス進化の2大トレンドとして、ICの微細化と、パワー半導体のワイドバンドギャップ化について、それぞれの背景と具体的な製造プロセスを解説しました。
ICの微細化は「加工精度の限界への挑戦」がテーマになる分野ですが、パワー半導体は「耐久性」や「電力ロスの低減」などがテーマになること、チップの設計や加工方法も大きく異なることがご理解頂けたのではないかと思います。
メタバースやIoTの進化によるデータ通信量の増加や、脱炭素に向けてロスの少ない電力供給システムが求められることを背景に、今後もICとパワー半導体の技術革新が続きそうです。FinFETの次に来るGAAの製造プロセスや、ロームのSiCパワー半導体の構造はイノベーション四季報2022年冬号で具体的に解説しているので、ぜひご活用下さい。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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