半導体製造プロセスのトレンドを解説した記事では、集積回路(IC)とパワー半導体の違いと、具体的なパッケージの構造や製造方法を解説しました。
本記事では、次世代パワー半導体の主役として注目されているSiC(シリコンカーバイド)パワー半導体のトップメーカーとしてインフィニオン、STMicroelectronics(以下、STマイクロ)、ローム、Wolfspeed(旧Cree)の4社を取り上げ、技術戦略や特許戦略を比較します。
SiCパワー半導体の市場と技術の全体像をつかみたい方はぜひご参照ください。
この記事の内容
SiCはシリコン(Si)と炭素(C)で構成されており、シリコンより耐久性が高く、漏電しにくいパワー半導体をつくる材料として注目されています。2022年4月のsemiconductor Todayの記事によると、SiCパワー半導体の市場ではインフィニオン、STマイクロ、ローム、Wolfspeedが売上規模でTop4になっており、本記事ではこれら4社のビジネスと技術を掘り下げます。
まず、4社の収益構造をグラフで確認し、各社のビジネスにおけるSiCパワー半導体の位置づけを把握します。以下に概要を整理します。
①インフィニオンは組み込み制御などの製品も手掛けているが、SiCを含むパワー半導体からの収益が57%を占め、ビジネスの中心になっている(用途として自動車、発電、IoTなど)
②STマイクロはMEMSやマイクロコントローラなど3つのセグメントを持つが、SiCパワー半導体は主に自動車とディスクリート(Automotive and Dscreate Group ; ADG)のセグメントに含まれる
③ロームはLSIと半導体素子のセグメントが収益の中心で、SiCパワー半導体は「半導体素子」のセグメントに含まれる
④Wolfspeedはパワー半導体専門の企業で、自動車や発電、通信システムなどの分野で使われるSiCパワー半導体を製造
(ちなみに同社は1980年代からSiC半導体の開発に取り組んでおり、SiC半導体開発のパイオニア)
※Wolfspeedの前身であるCreeは、LEDなどの照明も手掛けていたが、2021年3月にLED事業をSMART Global Holdingsに売却し、社名をWolfspeedに変更(2021年3月のBusinessWire記事参照)
グラフには示していませんが、各社に共通するのが「SiCパワー半導体の収益が急増していること」で、SiCパワー半導体を含むカテゴリーの売上は4社とも前年度比29〜42%増と高い伸び率を示しています。SiCパワー半導体の市場全体が成長していることがわかります。
半導体製造プロセスの記事で解説したように、パワー半導体は発電や通信など様々な用途で使われますが、SiCパワー半導体の用途として特に注目が集まっているのが「電気自動車(EV)」です。SiC半導体は小サイズでも高い性能と耐久性が出せるため、「なるべく軽量でコンパクトな車のユニットをつくりたい」というEVメーカーのニーズに合っています。
EVに使われるはSiCパワー半導体の代表例が、バッテリー(直流電源)からタイヤを動かす交流モーターに電力供給を行う際に使われるインバーターで、図のようにモーター付近に搭載され、直流から交流への電力変換を行います。
EVメーカーとして最も注目を集めているのがテスラですが、2022年7月の日経クロステックの記事によると、テスラのEVであるModel3(2017年より出荷開始)のインバーターにはSTマイクロのSiCパワー半導体(プレーナ型MOSFETと呼ばれる構造のもの)が搭載されており、EV分野ではSTマイクロが先行しました。
一方、インフィニオンやロームは、STマイクロのプレーナ型MOSFETよりも電力ロスの少ない「トレンチ型MOSFET」と呼ばれる構造のパワー半導体を開発し、追い上げています。2022年11月のロイターの記事によると、インフィニオンは自動車大手のステランティスにEV向けのSiCパワー半導体を供給する覚書を締結しています。また、2022年12月のMONOistの記事によると、日立AstemoがEV用インバーターにロームのSiC‐MOSFETを採用しており、2025年から供給が開始されるようです。
また、Wolfspeedは2023年1月のニュースリリースで、メルセデスベンツのEV向けにSiCパワー半導体を供給することを発表しており、4社とも着実にEV向けの販路を拡大していることがわかります。
※トレンチ型パワーMOSFETの詳細については以下の記事で解説しています。
半導体製造プロセスの記事でも触れましたが、パワー半導体は携帯電話などに使われるICチップほど緻密な構造はもたないため、「微細加工」のハードルは低く、製造ノウハウでポイントになるのは「SiCウェハーの製造方法」の部分になります。
また、ウェハーの加工プロセスで差別化するのが難しいため、新型チップを開発した際は、その設計思想を特許で守ることが重要になります。
以下、SiCウェハー製造と特許戦略に関する各社の動向を解説します。
一般的な半導体で使われるシリコン(Si)は加熱すると溶けて液体になり、液体中でシリコンの結晶(インゴット)を形成できますが、SiCは加熱しても溶けず、気体になる(昇華する)性質をもつため、大きなインゴットをつくることが困難です。そのため、シリコンウェハーが直径12インチ(約300㎜)程度で製造されているのに対し、SiCウェハーは一般的に直径6インチ(約150㎜)で製造されています。
各社がより大サイズのウェハー製造技術を開発していますが、この分野ではWolfspeedが先行しており、2022年4月のニュースリリースによると、同社は米国の製造施設で8インチ(約200㎜)ウェハーの生産を開始しています。
一方、SiCはシリコンよりも硬いため、ワイヤーでインゴットを切断するプロセスで材料のロスが大きいことも課題になっています。
インフィニオンはこの課題を解決する技術をもつ新興企業のSiltectra(シルテクトラ)を2018年に買収しています。シルテクトラの「Cold Split」と呼ばれる技術は、インゴットにレーザーを照射し亀裂を生じさせると同時に、冷却により熱による歪みを防止することで、表層を剥離させ、ウェハーを製造することができます(詳細はシルテクトラの特許JP6748144B2を参照)。
また、ロームやSTマイクロもSiCウェハー関連の企業を買収し、独自の製造ライン構築を進めており、高品質・低コストでウェハーを調達するための競争が今後も加速しそうです。
(各社の買収情報の詳細は、イノベーション四季報2022年冬号でまとめて報告しています)
SiCパワー半導体パッケージの構造に関しては、特にインフィニオンとロームが積極的に出願を行っています。
例えばインフィニオンの特許JP6433539B2「トレンチゲート構造を有するワイドバンドギャップ半導体素子」では、複数のトレンチ構造が並ぶパワー半導体の構造が記載されています。また、ロームの特許JP7071499B2「半導体装置」では、高集積でも放熱性に優れたパッケージの構造について記載されています。
上記2つの特許の被引用を見ると、それぞれインフィニオンとロームの出願が並んでおり、両社がパッケージの設計思想を複数の特許で多面的に保護しようとしていることがわかります。
ここまで、SiCパワー半導体のトップメーカー4社について、その収益構造とEV関連の動向、ウェハー製造技術の開発、パッケージの設計思想を保護する特許戦略について解説しました。
用途としてEVを取り上げましたが、太陽電池などの発電や、電力効率のよいデータセンターなど、脱炭素化に向けて更に市場が拡大する分野でSiCパワー半導体の需要が増加しています。また、本記事で取り上げた欧米や日本企業だけでなく、中国企業も次々にSiCパワー半導体ビジネスに参入しています。イノベーション四季報2022年冬号で各社の動向を整理したリストを提供しているので、まとまった情報が欲しい方はぜひご利用ください。
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畑田康司
TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。
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