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全固体電池実用化の最前線

全固体電池の実用化における課題と対策 ~コスト・安全性・環境規制など多面的に分析

電解質に固体材料を使う「全固体電池」は、従来よりも軽量かつ容量の高いバッテリーとして期待が集まっています。電気自動車(EV)向けの全固体電池では日本企業が実用化をリードしており、特にトヨタと出光興産の共同開発が話題になっています(2023年10月のトヨタリリース参照)。ただし、安全性や環境への配慮の観点でまだまだ課題は残されています。

本記事では、全固体電池の市場見通しと現状の開発状況について簡単に紹介した後、実用化における課題と対策を整理します。製造コストの削減や欧州電池規制への対応など、具体的な観点で情報を整理するので、全固体電池市場への参入を検討されている方は是非ご参照ください。

全固体電池の実用化の概況 ~市場見通し、開発状況

全固体電池の実用化による市場成長の見通し

まず、全固体電池の市場成長に関する見通しについて、市場予測レポートを元に整理します。

富士経済の2022年のプレスリリースでは、全固体市場について以下の内容が記載されています。

  • 2022年に60億円程度の全固体電池市場は、2040年には500倍以上の3兆8千億円程度に成長することが予測される
  • トヨタが開発する硫化物系の全固体電池のEVへの搭載が2030年までに進み、2040年に向けて急速な市場拡大が期待される
リチウムイオンバッテリー市場と全固体電池市場の成長ロードマップ(Fraunhofer ISIの資料の図を一部抜粋し、説明を追記して作成)

リチウムイオンバッテリー市場と全固体電池市場の成長ロードマップ(Fraunhofer ISIの資料の図を一部抜粋し、説明を追記して作成)


また、バッテリーの生産能力(電力供給の容量)ベースでの予測も知られています。ドイツの研究機関である
Fraunhofer ISIが作成した全固体電池ロードマップでは、全固体電池のタイプごとの市場成長が以下のように予測されています(上図参照)。

  • 酸化物系の全固体電池の年間生産能力は2025年には年間で0~1GWh(※)、2035年には10~20GWh になることが予想される
  • 硫化物系の全固体電池は2021年時点では市場に出ていないが、2025年には0~5 GWh、2035年に20~50GWh になることが予想される
  • ポリマー系の全固体電池は実用化で先行しており、2025年までに2~15GWh、2035年までに10~50GWh になることが予想される

上記を合計すると、2030年には全固体電池トータルで40~120GWh の市場規模に成長することが見込まれます。リチウムイオンバッテリー市場は1~6TWh(1000~6000GWh)に成長することが見込まれており、全体の数%を全固体電池が占める計算になります。

2030年の時点ではバッテリー市場全体に与える影響は限定的ですが、全固体電池の市場は着実に成長することが期待できそうです。

※GWh(ギガワットアワー):電力量の単位で、1GWhは10億ワットの電力を1時間使用した電力量を示す。環境省の2020年度の調査によると、1世帯が1年間に消費したエネルギーは、全国平均で4258kWh(0.004258 GWh)

トヨタ全固体電池の実用化に向けたブレークスルー

上記の通り、様々なタイプの全固体電池について実用化が進んでいます。特にEV向けの全固体電池ではトヨタが開発をリードしており、2023年10月のリリースで2027~2028年に実用化する目標を発表しています。

実用化に向けた重要なブレークスルーとして、例えば以下が知られています。

これらのブレークスルーにより、充電・放電の高速化など重要なマイルストーンが達成されています。

ただ、量産化とバリューチェーン構築においては、まだ多くの課題が残されています。後半では、トヨタが開発する硫化物系の全固体電池にフォーカスし、実用化に向けた課題と対策を解説します。

全固体電池の実用化における安全・環境規制関連の課題と対策

全固体電池の実用化における製造コストの課題と対策

新規材料を使う全固体電池は量産プロセスが確立されておらず、現時点では従来のバッテリーよりも大きな製造コストがかかります。科学技術振興機構 (JST)の2020年の資料によると、硫化物系の全固体電池の製造コストは従来のバッテリーより4~25倍高いと試算されています。

製造コストが上がる大きな理由として、以下が記載されています。

  • 固体電解質の価格が高く、使用量も多いため、材料コストが大きくなる
  • 固体電解質の製造に有毒な硫化水素ガスを使用する。また、製造された固体電解質も、水分と反応して硫化水素ガスを発生するリスクがあるため、製造環境を厳しく制御するための設備コストがかかる

トヨタは、上記の課題の解決につながる取り組みとして、出光興産とのアライアンスを進めています。出光は固体電解質の中間原料である「硫化リチウム」のバリューチェーンを押さえています。また、固体電解質の製造技術も持っており、低コストな製造プロセスを構築することが期待できます。

※出光興産の戦略については以下の記事で詳しく解説しています。

出光興産の全固体電池戦略 ~強みを生かした新規事業創出の戦略を特許から分析

全固体電池の実用化における安全性の課題と対策

全固体電池を世界中で販売する上で、各国の安全規制の課題があり、特に欧州では規制が厳しくなっています。2023年7月12日版の EU電池規制(Regulation(EU)2023/1542)では、安全性評価の項目として例えば以下の内容が記載されています。

  • 急激な温度変化にさらされた際に生じるバッテリーの変化
  • バッテリーに外部短絡・過充電・過放電、内部短絡など電気的なトラブルが生じた際に、爆発や火災などの危険な状況が発生するリスク
  • バッテリーが特定の条件にさらされた場合に、有害ガスの放出につながる可能性があるため、そのリスクを適切に考慮する

前項で解説したように、硫化物系の固体電解質は水と反応して有毒な硫化水素を発生するリスクがあります。トヨタは硫化水素のリスクを低減する技術も開発しており、例えばJP2011113803Aでは、アルカリ性物質などを用いて硫化水素ガスを吸着・無害化するための技術が記載されています。

また、出光も、2006年に硫化水素ガスをトラップする電池セルの構造に関する特許出願を行っています(JP2008103245A参照)。開発の初期段階から、硫化水素のリスクを考慮していたことが分かります。

全固体電池のリサイクルに関する課題と対策

バッテリーの固体材料に関するCPC「H01M10/0562」と電池リサイクルに関するCPC「Y02W30/84」の両方に含まれる特許出願件数 (特許分析ツール LENS.ORGで2000年以降の出願を分析。2024/03/21時点の結果)

バッテリーの固体材料に関するCPC「H01M10/0562」と電池リサイクルに関するCPC「Y02W30/84」の両方に含まれる特許出願件数
(特許分析ツール LENS.ORGで2000年以降の出願を分析。2024/03/21時点の結果)


また、近年はバッテリーを使用した後のリサイクルについても規制が厳しくなっています。例えば先述の
EU電池規制(Regulation(EU)2023/1542)では、「2025年末までにリチウムベースの電池の平均重量で65%のリサイクル率」を達成することが求められています。全固体電池についても、リサイクル工程も含めた厳しい管理が求められることが予想されます。

全固体電池のリサイクルに関する技術開発について、大枠の動向を把握するため、「固体電解質」と「電池リサイクル」の両方に関連した特許出願の件数を確認しました(上図参照)。出願件数は伸びていますが、件数は年に20件程度で、全固体電池のリサイクル技術が成熟するのはまだまだこれからのようです(※)。

件数は多くありませんが、トヨタも関連特許を出願しています。例えば2019年に出願された JP7070468B2 では、固体電解質と正極活物質を分離し、回収できる技術が記載されています。

※2024/03/21時点の分析結果。全固体電池のリサイクルに関する特許出願を網羅した件数ではないので、あくまで参考値。ただし、上記調査の時点で電池リサイクルに関する「Y02W30/84」区分の出願は2万3千件以上あることを考慮すると、全固体電池のリサイクルにフォーカスした徹底的な特許出願は行われていないことが推測される

全固体電池の仕様の標準化に向けて

全固体電池について、上記の安全対策やリサイクルの技術を確立した企業は、業界標準の決定においても有利なポジションを獲得することが予想されます。ただ、冒頭で記載した通り、硫化物系の全固体電池はまだ本格的に市場が立ち上がる前の段階で、仕様の標準化が進むのはしばらく先になると考えられます。

現行のリチウムイオンバッテリーについては、性能試験や安全要件について日本提案の規格が採用されています(2019年2月のJARI Research Journal 参照)。EV向けの全固体電池の標準化でも、トヨタなどの日本企業がリードすることが期待されます。

全固体電池市場に参入し、実用化を加速させたい方へ

以上、全固体電池の実用化の現状と今後の課題・対策について、硫化物系の全固体電池を中心に解説しました。

後半で紹介したように、リサイクルなどの観点で多くの課題が残されています。様々な企業の新規参入により、課題が早く解決されることを期待しております。

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畑田 康司

畑田康司

TechnoProducer株式会社シニアリサーチャー
大阪大学大学院工学研究科 招へい教員
半導体装置の設備エンジニアとして台湾駐在、米国企業との共同開発などを経験した後、スタートアップでの事業開発を経て現職。個人発明家として「未解決の社会課題を解決する発明」を創出し、実用化・事業化する活動にも取り組んでおり、企業のアイデアコンテストでの受賞経験あり。その経験を会社の仕事にも活かし、「起業家向け発明塾」では起業に向けた発明の創出と実用化・事業化を支援している。

あらゆる業界の企業や新技術を徹底的に掘り下げたレポートの作成に定評があり、「テーマ別 深掘りコラム」と「イノベーション四季報」の執筆を担当。分野を問わずに使える発明塾の手法を駆使し、一例として以下のテーマで複数のレポートを出している。
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