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「バカなる」戦略を使いこなす~良い戦略は「バカな」と「なるほど」の交差点

2023.8.21

「バカなる」とは、「バカな」と「なるほど」を組み合わせた言葉で、神戸大学名誉教授で経営学者の吉原秀樹教授が、著書『「バカな」と「なるほど」』で提唱された考え方です。
この考え方を上手く用いることで、とても斬新で「他社がまねできない」アイデアや戦略を生み出すことができます。

弊社TechnoProducer株式会社の新規事業創出支援サービス「企業内発明塾®」でも、この考え方を用いて、事業戦略を検討することがよくあります。

事業戦略だけでなく、知財戦略や日々の知財活動を含む企業活動の様々な側面に活用できる非常にユニークな考え方ですので、多くの方に知っていただきたいと思い、紹介することにしました。
是非、最後まで読んでくださいね。

「バカなる」は「賢者の盲点」~一見「バカな」、実は「なるほど」

「バカなる」とは、ひとことで言うと「一見 “バカな” と思えるんだけど、実は ” なるほど ” 」という意味です。常識外れで、非合理的に思えるけれど、実は非常に合理的で効果的、そういう感じですね。

実はこの「バカなる」は、ベストセラー経営書の「ストーリーとしての競争戦略」(楠木健)の着想のきっかけになったと、著者の楠木教授が仰っています。実際、著書では、以下のような図とともに、優れた企業の戦略が模倣困難である理由の一つに、「因果関係が不明瞭」であることをあげています。

「ストーリーとしての競争戦略」(楠木健)より、著者作成

「ストーリーとしての競争戦略」(楠木健)より、著者作成

そこだけを見ると「非合理的」で「バカな」と思ってしまうけど、実は全体としては「合理的」で、あとで結果が出て種明かしをされると「なるほど」になる、ということですね。だから、パッと見たときに、それがどういう結果になるかわからない。「因果関係が不明瞭」とは、そういうことですね。結果が予測できないので、誰も模倣できない(したいと思わない)が、結果が出た頃には勝負はついている。そういう戦略が「バカなる」であり「賢者の盲点」です。

楠木教授は著書の中で、「部分の非合理を全体の合理に転化する」のように表現しています。また、「肉を切らせて骨を断つ」とも表現しているので、「奇襲」のような「意外性」のある戦略をイメージしてもよいでしょう。必ず勝てる奇襲、という感じでしょうか。ちなみに企業内発明塾では「死角」を突く、と教えています。

すべてを合理的に考えると、誰もが同じ結論になってしまうため、そのまま戦っても勝てない。したがって、一見、非合理的(ばかな)な打ち手で競合が模倣できないようにするしか、勝つ方法はない。そういう考え方ですね。まさに「賢者の盲点」ですね。

「バカなる」の事例~書籍『「バカな」と「なるほど」』で紹介されている事例から

「バカなる」の例として、書籍『「バカな」と「なるほど」』で紹介されている事例を2つ、手短にエッセンスを紹介しておきます。

1つ目は、パソコンや携帯電話に使われるプリント配線基板の素材である「銅張積層板」メーカーとして大成功した、利昌工業の事例です。銅張積層板とは、ガラス繊維などの基材に樹脂を含浸させたシートの両面に銅箔を貼り付けたものです。銅箔の部分が配線になるわけですね。
利昌工業は、売り上げ138億円(昭和60年4月期)の中堅企業ですが、住友ベークライトや日立化成などの大手企業が既に事業を行っている銅張積層板に事業参入します。大企業とまともに勝負する戦略ですね。中堅企業の戦略の定石は「ニッチ戦略」とされますので、まさに「バカな」ですね。しかし、先行する大手企業は、ひとつの製品として銅張積層板に取り組んでいたにすぎず、全社をあげて取り組んでいるわけではない、と見抜いた当時の利昌工業の社長は、この分野に全社の総力を挙げて進出し、大成功します。「大企業と正面衝突」という、一見「バカな」な戦略に見えて、実は、「大企業と言えども、やっているのはごく一部の人で、さほど投資もしていない」と見抜いた利昌工業の社長にとっては、「なるほど」な戦略だったわけですね。

2つ目は、「ラノリン」という化粧品や医薬の原料に用いられる素材のメーカとして成功した、吉川製油の事例です。実は吉川製油の多角化戦略は、「一社独占の成熟業界」に参入する、というものでした。吉川史郎社長(当時)曰く、一社独占にあぐらをかいており、製品改良を怠っており顧客満足度も低い、特許技術も古く、特許の壁を越えられる可能性が高い、とのこと。つまり、「油断」を突く戦略なわけですね。非常に面白いですし、「知財」の観点からは、「(成熟している)自社事業をどう守るか」でも参考になる事例です。

「バカなる」の事例~発明塾で紹介している「キーエンス」の経営戦略

「バカなる」に該当すると楠浦が考えている事例を、新規事業創出支援サービス「企業内発明塾®」でもいくつか紹介し、新規事業戦略や知財戦略検討のヒントにしてもらっています。
ここでは、その中から事例を1つ紹介します。

皆さんは「アマゾンやアップルが、サプライヤーへの支払いを遅らせて、現金を確保している」というような記事を、見たことがあるでしょうか。入金よりも支払いを遅らせれば、長い期間、手元に現金が滞留しますので、運転資金が少なくて済むので、経営として楽ができるわけですね。これも、少し前までは「意外な」戦略として語られてきました。ある種の「バカなる」戦略かもしれません。

しかし、キーエンスは、これと「真逆」を行って高収益を達成している、ある種日本らしい「バカなる」戦略のダントツ企業です。アマゾンやアップルの「真逆」をやって、彼ら同様に圧倒的に儲かっているということは、正解は一つではない、ということですね。これは非常に参考になります。でも、一体なぜそんなことが成り立つのでしょうか。

キーエンスは、顧客からの支払い期日に余裕を持たせるとともに、サプライヤー(例:製造委託先)への支払いを早めています。つまり、「支払いを早くして、入金を遅らせている」わけですね。これにより、「顧客との信頼関係」「サプライヤーとの信頼関係」を高めているわけです。
顧客との信頼関係があるので、ニーズをつかみやすい。現場にも行きやすいですよね。そして、サプライヤーとの信頼関係があるので、価格交渉力もさることながら、例えばコストダウンのためのいろいろな工夫や、納期に関するお願いもやりやすい。ココが重要なポイントです。要するに「損して得取れ」になっているんですね。無理は言うわ、金払いは悪いわ、だと全く相手にされなくなりますからね(笑)。

現場に入り込んで、顧客ニーズを的確につかみ取り、それをリーズナブルなコストで作る。ニーズを的確につかんでいるので、製品は高く売れる。これがキーエンスのビジネスモデルです。キーエンスの営業利益率はおおよそ40%程度ですが、この「圧倒的な利益率」の秘訣は、「支払いを早くして、入金を遅らせている」ことなわけです。これまさに「バカなる」ですよね。アマゾンやアップルも「意外」な秘密と捉えられていた時期があり、そういう意味では「バカなる」なビジネスモデルなのかもしれませんので、それと比較すると、なおさら「バカなる」が際立ちますよね。製造業の目指す「バカなる」戦略として、非常に参考になるので、いつも紹介しています。

「バカなる」は、異分野や海外事例に学べばよい

ここまで、「バカなる」、つまり、「一見 “バカな” と思えるんだけど、実は ” なるほど ” 」な企業戦略や事業戦略について、基本的な考え方と事例を紹介しました。
常識外れで、非合理的に思えるけれど、実は非常に合理的で効果的な事業戦略や企業戦略を考えようということです。
確かに、そういう戦略がうまく思いつけば、とっても魅力的ですよね。しかし、「そう簡単に思いつかない」から、常識はずれな戦略だ、とも言えます。そういう常識外れな戦略を、どう発想するのか。ここに「トレードオフ」がありそうですね。

書籍『「バカな」と「なるほど」』では、「バカなる」な戦略を発想するための明確な手法について、「答えを見ながら答案を書く」という表現を用いています。どういうことかと言うと、「外国」「異分野」の事例をお手本にせよ、ということなんですね。
実際、取りあげられている事例において、経営者は「お手本があった」「外国の例を参考にした」と言っています。外に目を向けることが、「バカなる」戦略を発想する要諦だとして、「同じ分野の人とは付き合わないようにしています」という経営者の言葉も引用されています。

また、「常識外れ」な戦略というと、「奇襲戦法」のようなものではないかという印象を持たれる方も多いかもしれません。そうなると、一度手の内がばれると、繰り返し使えないモノになりますね。
確かにそういう側面もあるかもしれません。しかし、常に「外国」「異分野」に目を光らせ、その分野にとっては「バカなる」な戦略を発想する。あるいは、自社の「バカなる」な戦略が通用する業界へ多角化していく。そのように考えれば、心配するほどのことはないのかもしれません。事例を見る限り、絶大な効果が見込める戦略だと思われますので、ぜひ、取り組んでみたいですね。

参考資料

本記事に関連する資料を挙げておきます。

【書籍】

吉原英樹(2014). 「バカな」と「なるほど」 PHP研究所
楠木健(2010). ストーリーとしての競争戦略 東洋経済新報社

アマゾンやアップルの経営戦略、事業戦略を知りたい方は、「新規事業・起業・投資の羅針盤 イノベーション四季報™ 【2022年夏号】GAFAMのイノベーション戦略」を参照ください。

楠浦 拝

 

 

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