3行まとめ
1300億円の大型契約とシェア30%超への布石
独Vitesco社との間で1,300億円以上の長期供給パートナーシップを締結し、知財を梃子にSiC市場でシェア30%以上の獲得を狙うIP戦略を推進しています。
トレンチMOSFET特許の急増と法的リスク対応
MaxPower社との仲裁リスクに対抗するため、2022年以降に特許出願を加速させ、2024年には公開件数が534件に達する強固な特許網を構築しています。
競合STマイクロを取り込むフレネミー戦略
垂直統合型(IDM)の強みを活かし、競合であるSTマイクロ社と最低2億3000万ドルのウェハ供給契約を結ぶなど、敵を顧客化するフレネミー戦略を実行しています。
この記事の内容
当レポートは、ローム株式会社(以下、ローム)の知的財産(IP)戦略について、一次情報および公開データの分析に基づき、その全体像、核心的戦略、および潜在的リスクを網羅的に評価するものです。
ロームの知的財産戦略は、単なる法的権利の保護に留まらず、同社の企業目的と経営戦略の根幹を成すものとして位置づけられています。その基本方針は、同社の歴史的DNA、経営計画における知財の定義、そして過去の熾烈な特許紛争の経験から形成されていると見られます。
ロームは「われわれは、つねに品質を第一とする」「良い商品を国の内外へ永続かつ大量に供給し、文化の進歩向上に貢献することを目的とする」という企業目的を掲げています²。この「品質第一」主義は、必然的に研究開発(R&D)への強いコミットメントに繋がり、その成果物である知的財産の重視へと直結しています。この企業DNAは、研究開発本部での基礎技術確立と特許取得を経て、2010年に世界で初めてSiC(シリコンカーバイド)を半導体材料として用いたMOSトランジスタの量産に成功するという形で結実しました²。このSiC MOSFETは、従来のSi(シリコン)半導体に比べ、電力損失を大幅に削減できる革新的なパワーデバイスであり、以降のロームの知財戦略の絶対的な中核となっています。
ロームの公式Webサイトでは、「知的財産」は「サステナビリティ」カテゴリ内の「事業活動の基盤」として明確に定義されています¹³。これは、ロームが知的財産を、単なるR&D部門の成果物や法務部門の防衛ツールとしてではなく、事業の継続と持続的な価値創造の根幹を成す不可欠な経営リソースとして認識していることの証左です。この方針は、同社のIR資料(統合報告書)においても具体的に示されています。
『ロームグループ 統合報告書 2024』で開示された概念図は、ロームの知財戦略が経営戦略とダイナミックに連動している様子を明確に示しています¹。この図によれば、「知財戦略の策定・進捗管理」部門は、経営層から「中期計画」の方向性指示を受け、外部環境として「技術分野」の動向や「競合」の情報をインプットします。これらSOT(Strategy-Organization-Technology)の情報を統合して策定された知財戦略は、「発明奨励と強化(インセンティブ付与)」や「知財戦略の共有」を通じてR&Dの現場へとフィードバックされます。このサイクルは、経営目標とR&Dの現場が密接に連携し、経営戦略上「勝つべき」領域にR&Dリソースを集中させるための、極めて能動的なガバナンス・システムが機能していることを示しています。
また、『ROHM Integrated Report 2025』においても、IDM(垂直統合型デバイスメーカー)特集やロームの価値創造プロセスが中心的なテーマとして据えられています¹⁴。ロームの競争優位の源泉は、材料(ウェハ)からデバイス製造、モジュール化に至るまでの各工程を自社で完結できるIDMモデルにあり、その各工程を保護し、他社の参入を阻む障壁こそが、ロームの保有する知的財産ポートフォリオであると推察されます。
ロームの現在の洗練された知財戦略は、過去の厳しい経験、特に2000年代初頭の青色LEDを巡る特許紛争から得た教訓に基づいている可能性があります。当時ロームは、日亜化学工業や米Cree社との間で、米国国際貿易委員会(ITC)への提訴を含む、激しい特許紛争をグローバルに展開していました¹⁵。2000年12月には、ロームが米Cree社との技術提携を背景に、日亜化学工業をITCに特許侵害で提訴するという攻撃的な動きも見せています¹⁵。
この青色LED時代の熾烈な「特許戦争」は、ロームにとって、知的財産が市場でのシェア争いにおいていかに強力な武器(攻撃)となり、また同時に事業継続を脅かす脅威(防御)となり得るかを実地で学ぶ機会となったはずです。SiCパワー半導体市場において、ロームは2010年に「世界初」の量産化²を達成し、青色LED時代の「追随・競争」フェーズとは異なる「先駆者(パイオニア)」としての地位を確立しました。この先駆者としてのポジションを、単なる技術的優位に終わらせず、永続的な市場シェアに転換するために、青色LED時代に学んだIPの戦略的活用(特許網の構築、アライアンスによる囲い込み、法的リスクの管理)を、SiC戦略において意図的かつ体系的に実行しているものと考えられます。
当章の参考資料
ロームの知的財産戦略は、経営トップのコミットメントのもと、全社的なガバナンス体制に組み込まれています。その体制は、経営計画とR&Dの現場をダイレクトに結びつけるフィードバックループと、中核技術の保護(クローズド戦略)と応用分野の拡大(オープン戦略)を使い分ける二面性の戦略によって特徴づけられます。
『統合報告書 2024』に示された知財ガバナンスの体制図は、その能動的な運用を示しています¹。この体制の中核を成すのは「知財戦略の策定・進捗管理」機能であり、これは単独で存在するのではなく、「中期計画」「技術分野」「競合」という3つの主要な情報源からのインプットを受けて機能します。経営層が策定する「中期計画」の方向性が、知財戦略の最上位の指針(方策の方向性指示)となり、知財部門は「競合」の動向分析と「技術分野」のトレンド(情報展開)を統合し、具体的な知財戦略(基本方針、ポジション、重点分野など)を策定します。
この戦略サイクルにおいて特筆すべきは、R&Dの現場(発明者)への強力なフィードバックループです。策定された知財戦略は、「知財戦略の共有」を通じてR&D部門に浸透するだけでなく、「発明奨励と強化(インセンティブ付与)」という具体的な施策によって実行が担保されます¹。この「インセンティブ付与」は、単なる発明後の報奨金制度に留まらず、経営陣が「中期計画」と「競合」分析に基づいて定めた「重点分野」での発明(出願)を特に奨励する、戦略的なリソース配分ツールとして機能していると推察されます。これにより、R&D部門は自律的に活動しつつも、その発明のベクトルは全社的な経営目標(例:特定の競合他社に対する優位性の確立、次世代EV市場でのシェア獲得)へと強力に誘導されます。
この強固な内部統制(クローズド戦略)の一方で、ロームは応用分野やエコシステムの拡大においては、対照的な「オープン戦略」を併用しています。その象徴が、ローム京都駅前ビルに設置されたオープンイノベーション空間「OPEN SOLUTIONS LAB」です¹⁶。この施設は、京都におけるハードウェアやIoT(Internet of Things)分野でのオープンイノベーションを促進する場として機能しており¹⁶、ロームの技術や製品を活用した新しいソリューションの共創を目指しています。
この「クローズド」と「オープン」の使い分けは、ロームの知財戦略における明確な二面性を示しています。
この二面性は、一見すると矛盾しているように見えますが、全体としては「カミソリと替刃」のビジネスモデルに類似した、極めて合理的な戦略であると分析されます。すなわち、アプリケーション層(カミソリ)をオープンイノベーションによって拡大・普及させることで、そのアプリケーションの基盤(プラットフォーム)で必須となる中核部品(替刃)、すなわちローム製の高付加価値なSiCデバイス(クローズドIP)の採用を促し、エコシステム全体の成長と、その中でのロームのシェア向上の両立を図っているものと推察されます。この戦略的使い分けにより、ロームは自社の技術的優位性を最大限に市場価値へと転換しようとしているのです。
当章の参考資料
ロームの知財戦略の核心は、同社が「世界初」の量産化²に成功し、現在も最大の技術的優位性を持つと自負するSiCパワー半導体、とりわけ「トレンチゲート型SiC MOSFET」の技術領域に集中的に投下されています。近年の特許出願動向は、この中核技術をさらに深化させ、競合の追随を許さない強固な「特許網(パテント・シケット)」を構築しようとする明確な意図を示しています。
ロームのSiC技術に関する近年の特許出願を分析すると、その焦点が「トレンチMOSFET」の継続的な性能向上と信頼性確保にあることがわかります。例えば、2024年1月に公開された米国特許出願(US20240006518A1)は、トレンチ型SiC MOSFETの具体的な半導体デバイス構造に関するものであり¹⁷、2013年に出願された特許(US20130285069A1)では、トレンチ側壁のチャネルモビリティを$90 cm^2/Vs$以上に高める技術や、特定の結晶面を利用するアイデアが開示されています¹⁸。これらは、SiCデバイスの性能(低オン抵抗)と信頼性に直結する根幹技術です。
さらに注目すべきは、ロームがデバイス構造そのものだけでなく、その「量産プロセス」と「信頼性評価」に関わる技術まで、幅広くIPで保護しようとしている点です。例えば、SiC MOSFETの電流-電圧特性の測定方法(US10908204B2¹⁹、US11474145B2²⁰)や、ゲート酸化膜の劣化指標を決定する方法(US11474145B2²⁰)に関する特許群は、ロームがIDMとして、研究室レベルの技術ではなく、高品質な製品を安定的に大量生産(IDM)するために不可欠な周辺技術までを、競合他社が容易に模倣できないようIPで固めていることを示唆しています。
このロームの戦略的動向は、外部の技術アナリストからも明確に観測されています。特許分析ファームKnowMade社の2024年SiC特許ランドスケープ分析(Scribd上で言及)によれば、ロームはSiCトレンチMOSFETの分野で既に確固たるIPプレーヤーであったにもかかわらず、「2022年以降、特許出願を著しく加速させている」と指摘されています³。この加速は、特にトレンチ構造の底部(トレンチボトム)においてゲート酸化膜を高電界から効率的に保護するデバイス構造の設計に集中しているとされています³。これはSiCトレンチMOSFETにおける最も重要な技術課題の一つであり、ロームがこの領域で競合他社に対する決定的な優位性を確立するため、意図的に特許網を積み増している(パテント・シケットの構築)と分析されます。
この「加速」は、日本の特許データベース(IP Force)の定量データによっても裏付けられています。ロームの公開特許出願件数(筆頭出願人)は、2021年の411件²¹から2022年は318件²¹(または319件²²)へと一時的に落ち込みましたが、2023年には414件²²と回復し、2024年(2025年9月22日時点のデータ)には534件²²へと急増しています。2022年以降の特許出願が「加速」しているというKnowMadeの分析³と、2024年に出願公開件数が急増しているという定量データ²²は、高い整合性を示しています。
この「2022年以降の特許出願の加速」は、単なるR&Dの成果という側面だけではなく、ロームが直面している重大な法的リスク(後述)に対する戦略的対応である可能性が極めて高いと推察されます。
ロームは2020年9月、SiCトレンチMOSFET技術に関するライセンスを供与していたMaxPower Semiconductorに対し、ロームのSiC MOSFETがMaxPowerの4件の米国特許を侵害していないとする確認判決(DJ)を求めて提訴しました⁸。しかし、2021年2月4日、米連邦カリフォルニア州北部地裁はロームの訴えを棄却し、ロームとMaxPower間の技術使用許諾契約(TLA)に基づき、ロームUSA(子会社)も仲裁に拘束されるとして、仲裁を命じる判断を下しました⁸ ⁹。
この一連の時系列は、ロームの知財戦略を読み解く上で極めて重要です。
このタイミングの一致は偶然とは考えにくく、2022年以降の特許出願の加速は、以下の二重の戦略的意図に基づいた、高度な法的・技術的防衛策であると強く推察されます。
第一に、「デザイン・アラウンド(回避設計)」技術のIP化です。万が一、仲裁でMaxPowerの特許に依存している(侵害している)との不利な判断が下された場合に備え、その特許技術を使用しない代替的な新技術(デザイン・アラウンド)を早急に開発・特許化し、事業継続リスクをヘッジする動きです。
第二に、「対抗特許(カウンター・アセット)」の戦略的積み増しです。仲裁や、その後のクロスライセンス交渉において、ローム側も「自社が保有するこれらの最新特許(2022年以降の出願群)をMaxPower(あるいは他の競合)が侵害している」と主張できる材料を意図的に増やすことです。これにより、ロームが支払うべきロイヤルティ(ライセンス料)を相殺、あるいは減額させ、交渉を有利に進めるための強力な「交渉カード」を構築していると考えられます。
当章の参考資料
ロームは、前章で分析した強力なSiC技術ポートフォリオを、単に「保有」するだけでなく、それを戦略的な「梃子(てこ)」として活用し、具体的な事業成果(市場シェア)に転換するエコシステム戦略を巧みに実行しています。その戦略は、主要顧客をIPで強固に囲い込む「アライアンス戦略」と、競合他社を顧客としても取り込む「フレネミー戦略」という、二つの側面から成り立っています。
IP活用(1):顧客の囲い込み(Vitesco Technologiesとのアライアンス)
ロームのIP戦略が事業成果に直結した最も顕著な成功例は、ドイツの自動車部品大手Vitesco Technologies(ヴィテスコ・テクノロジーズ、旧コンチネンタル・パワートレイン部門)とのパートナーシップです。この関係は、IP(技術)を起点とした「デザイン・イン」がいかに巨大なビジネスに発展するかを如実に示しています。
IP活用(2):競合への供給(STMicroelectronicsとのフレネミー戦略)
ロームの知財・事業戦略のもう一つの側面は、IDM(垂直統合型デバイスメーカー)としての強みを最大限に活かした、競合他社との「フレネミー(Friend + Enemy)」戦略です。ロームは、SiCデバイス市場における主要な競合相手の一社であるSTMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス、以下STMicro)に対し、自社グループ(ドイツの子会社SiCrystal)を通じてSiC基板(ウェハ)を供給しています。
この一連の動きは、ロームがIDM体制を駆使して実行する、極めて高度な戦略的ポジショニングを示しています。
このフレネミー戦略により、ロームは二重の利益を得ていると推察されます。(a) STMicroがデバイス市場で事業を拡大(=ロームにとっては競合の成功)すればするほど、ローム(SiCrystal)からのウェハ調達量も増え、ロームの上流部門の収益が潤う。(b) 競合のサプライチェーンの重要な一部(150mmウェハ)を握ることで、市場の需給バランスや競合の生産動向に関する情報を得ると同時に、将来的な各種交渉(例:クロスライセンス)において戦略的なレバレッジ(交渉力)を確保することができます。
ロームの知財戦略は、Vitescoとのアライアンスのように「閉じて囲い込む」側面と、STMicroとの関係のように「競合すら取り込む」側面を併せ持っており、IDMとしての垂直統合の強みを最大限に活用していると言えます。
当章の参考資料
ロームの知財戦略は、強力な特許ポートフォリオを背景にした攻撃的な市場獲得戦略(Vitesco)と、IDM体制を活かしたフレネミー戦略(STMicro)が際立っていますが、その一方で、ライセンス戦略の受動性と、その根幹技術を巡る重大な法的紛争という、二つの大きな課題を抱えています。特に後者は、ロームのSiC戦略全体のアキレス腱(脆弱性)となる可能性があります。
ライセンスアウト戦略(限定的・受動的)
ロームの知財戦略は、基本的に「自社製品の販売・デザイン・イン」による市場シェア獲得を目的としており、IP(特許権)そのものを第三者に積極的にライセンスアウト(実施許諾)してロイヤルティ収入を得るビジネスモデルは、少なくとも中核技術においては採用していないと見られます。
その姿勢は、ロームが設計者向けに提供する「SPICE MODEL」の使用許諾条件(免責条項)にも表れています。ロームは、シミュレーション目的でのSPICEモデルの使用(非独占的、譲渡不能)は許諾するものの、その条項の中で「特許権その他の知的財産権(第三者のものも含みます)について実施権を許諾致しません」と明確に釘を刺しています²⁸。これは、技術情報の提供は(製品の採用を促すために)行うものの、その背景にある中核的な特許権の実施権は厳格に留保するという、典型的な「クローズドIP戦略」の現れです。
ライセンスイン戦略と法的リスク(MaxPower訴訟)
ロームのライセンスアウト戦略が受動的である一方、ライセンスイン(第三者からの技術導入)に関しては、その主力事業の根幹を揺るがしかねない重大な法的紛争が進行中です。それが、高性能パワー半導体製品の供給事業者であるMaxPower Semiconductor, Inc.(以下、MaxPower)とのSiCトレンチMOSFET技術を巡る紛争です。
この紛争の経緯と分析は、ロームの知財戦略における最大の脆弱性を理解する上で不可欠です。
前章で指摘した「2022年以降のトレンチMOSFET特許の著しい加速」³ ²²は、この2021年2月の法的手続き上の敗北という「時限爆弾」が起動したことを受けての、必死の防衛策(回避設計と対抗特許の構築)であると考えるのが、最も合理的な解釈であると言えます。
当章の参考資料
SiCパワー半導体市場は、ローム、Infineon Technologies(インフィニオン)、STMicroelectronics(STマイクロ)、Wolfspeed(ウルフスピード)の主要4社による寡占状態が続いており²⁴ ²⁹、各社はそれぞれ異なる強みとIP戦略(知的財産戦略)を展開しています。ロームの戦略的立ち位置を明確化するため、これらの主要競合および中国勢の動向と比較分析します。
ローム(Rohm)
ロームの戦略は「トレンチ技術の深掘り」と「IDM体制を活かしたアライアンスおよびフレネミー戦略」に集約されます。
Infineon Technologies(インフィニオン)
Infineonの戦略は「SiCとGaNのデュアル戦略」および「製造コストと供給安定性の追求」が特徴です。
STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)
STMicroの戦略は「25年にわたるR&D蓄積」と「積極的な垂直統合(内製化)」にあります。
Wolfspeed(ウルフスピード)
WolfspeedはSiC市場の「パイオニア」であり、その巨大なIPポートフォリオの動向が市場全体のリスク要因となっています。
中国企業
中国勢は「国内市場の保護とキャッチアップ」を最優先しています。
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比較項目 |
ローム (Rohm) |
インフィニオン (Infineon) |
STマイクロ (STMicro) |
ウルフスピード (Wolfspeed) |
中国勢 |
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中核SiCデバイス技術 |
トレンチMOSFET(高品質・先行)³ |
トレンチMOSFET(高効率・コスト重視)¹⁰ |
プレーナ/トレンチ(広範なR&D)²⁵ |
プレーナ/トレンチ(広範な基盤IP)³¹ ³² |
トレンチ/プレーナ(急速なキャッチアップ)³³ |
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基板戦略 (IDM) |
IDM(SiCrystal保有)⁷。**競合への外販(フレネミー戦略)**を実行⁷。 |
マルチソース(6社以上から調達)¹⁰。内製化も推進。 |
IDM強化(2024年 40%内製化目標)²⁵ ²⁶。ロームからも調達⁷。 |
IDM(パイオニア)³⁰ ³¹ |
内製化/調達(国内エコシステム構築)³³ |
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200mmウェハ移行 |
150mmが主体(STMicroへの供給も150mm)⁷。200mmは競合比で遅れの可能性。 |
積極推進(Villach, Kulim)¹⁰。3年以内に移行完了計画¹⁰。 |
積極推進(Soitecと200mmで提携)¹¹。 |
積極推進(200mm工場) |
積極推進(国内で過剰供給との指摘も³³) |
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GaN技術へのIP投資 |
限定的(SiCに集中) |
極めて強力(350超の特許ファミリー)¹⁰。デュアル戦略。 |
一定の投資(SiC優先) |
限定的(SiCに集中) |
一定の投資 |
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IPポートフォリオの特徴 |
加速中(2022年以降、トレンチに集中)³ ²²。 |
SiC(製造プロセス)¹⁰とGaN¹⁰の両方に強み。 |
広範・25年の蓄積²⁵。垂直統合をサポート。 |
巨大・基盤IP(1500件超の登録特許)³¹。 |
爆発的増加(量)。ただし国内出願が95%超³³。 |
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直近の戦略的脅威/動向 |
MaxPowerとの法的紛争(仲裁)⁸ ⁹。 |
安定。 |
ウェハの外部依存(対ローム)⁷。 |
**Chapter 11(経営再建)**¹²。IPポートフォリオの流動化リスク。 |
ウェハの過剰供給と価格競争³³。 |
当章の参考資料
ロームの知財戦略は、SiCパワー半導体市場において強力なポジションを築きつつありますが、その戦略の遂行には短期、中期、長期にわたる複数の重大なリスクと課題が存在します。特に短期リスクは、事業継続性に直結する可能性があります。
短期リスク(顕在化):MaxPowerとの仲裁と法的脆弱性
ロームの知財戦略における最大かつ最も差し迫ったリスクは、MaxPower Semiconductorとの法的紛争です⁸ ⁹。これは、同社の主力製品であるSiCトレンチMOSFETの根幹技術に関するライセンス紛争であり、すでに仲裁手続きに移行しています。
このリスクの深刻さは、単なる金銭的なものではありません。
中期リスク(技術・市場):200mm移行の遅れと中国の価格競争
中期的なリスクは、製造コストと市場価格に関するものです。
長期リスク(代替技術・IP流動化):GaNの台頭とWolfspeedのIP
長期的なリスクは、技術のパラダイムシフトと、IP市場そのものの変動性にあります。
当章の参考資料
ロームの知財戦略が直面するリスクは重大ですが、その一方で、同社の戦略がターゲットとする市場環境は、かつてないほどの強力な追い風を受けています。EV(電気自動車)化と高電圧化(800Vシステム)という世界的なメガトレンドは、ロームがIPを集中投下するSiCパワー半導体の需要を爆発的に押し上げており、ロームの戦略は、この巨大な波に的確に接続されています。
強力な市場の追い風(EV/800Vシステムへの移行)
ロームの知財戦略の核心である高耐圧・低損失のSiCパワー半導体は、現代の最大の技術革新の一つである「自動車の電動化」と「脱炭素化」に不可欠なキーテクノロジーです⁶。
特に、EVの性能を飛躍的に向上させる「800Vシステム」への移行(従来の400Vシステムから高電圧化)は、ロームの技術的優位性が最も活きる領域です。800Vのような高電圧システムでは、従来のSi(シリコン)デバイスでは電力損失が大きすぎ、SiCの「絶縁破壊電界強度がSiの10倍」「バンドギャップが3倍」「放熱特性に優れる」といった特性⁶が必須となります。
Vitescoとの共同プレスリリース(2023年6月)でも、「特に800Vのような高電圧では、SiCインバーターはSiモデルよりもさらに高効率です」⁶と明記されており、ロームの技術がこの800V市場に最適であることが強調されています。800V化のメリットは、インバーターの効率向上(=航続距離の伸長)やバッテリーサイズの削減⁶だけでなく、「満充電にかかる時間(充電時間)が少なくすむ」⁶という、消費者の利便性に直結する急速充電の実現にあります。
世界中の自動車メーカーがこの800V化と急速充電対応を競う中で、その心臓部であるインバーターに不可欠なSiCパワーデバイスの需要は、今後数年間にわたり急速に拡大し続けることが確実視されています。Yole Développement(市場分析会社)の予測(2022年時点)では、SiCパワーデバイス市場は2021年の10億ドル超から、年平均成長率(CAGR)34%で成長し、2027年には60億ドル超に達するとされています²⁴。ロームの知財戦略は、この急成長市場の、最も付加価値の高い領域(800V)をターゲットに設定していると言えます。
市場シェア30%目標の実現性(デザイン・イン戦略)
このような強力な市場の追い風を受け、ローム経営陣(当時CFO)がVitescoとの提携拡大の際に言及した「市場シェア30%以上獲得も期待できる」⁶という目標は、極めて野心的ながら、その戦略(IP-to-Shareモデル)は自動車産業の特性と合致しており、高い実現可能性を秘めています。
自動車産業は、一度採用された部品(特にプラットフォームの基幹部品)が、その車種のモデルライフサイクル(通常5年〜7年)にわたって継続的に採用され続けるという「デザイン・イン」の特性が非常に強い産業です。
ロームの戦略は、まさにこの特性を突いています。
このVitescoとの成功モデル⁵ ⁶を、他のティア1(例:Bosch, Denso, Magnaなど)や、内製化を進める自動車OEM(例:Tesla, BYD)に対しても水平展開できるかどうかが、市場シェア30%超⁶という目標達成の鍵となります。
展望
ロームの知財戦略は、技術的優位性(IP)を、市場(EV/800V)の需要と、ビジネスモデル(ティア1との長期契約)に完璧に結びつける、非常に洗練されたものです。
今後の展望は、この強力な成長エンジン(IP-to-Shareモデル)のアクセルを踏み続ける一方で、最大の短期リスクであるMaxPowerとの仲裁⁸ ⁹を(例えば、2022年以降に積み増した対抗特許³ ²²を駆使して)いかに有利な条件(=利益率を毀損しない、あるいは事業継続を脅かさないレベル)で早期に解決できるかにかかっています。
この短期の法的リスクを乗り越え、中期の200mm移行¹⁰ ¹¹への設備投資判断を誤らなければ、ロームの知財戦略は、EV化という巨大な産業変革の波に乗り、市場シェアを飛躍的に高める強力な原動力として機能し続けると推察されます。
当章の参考資料
本分析に基づき、ロームがSiCパワー半導体市場における主導権を確立し、持続的な成長を達成するために、経営、研究開発/知財、および事業化の各観点から推奨される戦略的示唆(アクション候補)を以下に提言します。
経営層への示唆
研究開発(R&D)/ 知財部門への示唆
事業開発 / 法務部門への示唆
当章の参考資料
ロームの知財戦略は、2010年にSiC MOSFETの「世界初」量産化²に成功した「先行者利益」を、永続的な「市場シェア(30%超目標⁶)」という競争優位に転換させるため、極めて攻撃的かつ体系的に設計・実行されています。
その戦略は、(1) SiCトレンチMOSFET技術³へのIP集中投下、(2) VitescoとのIPを起点とした「共同開発+長期供給」による顧客の囲い込み⁴ ⁵、(3) IDM体制(SiCrystal)を活かし、競合(STMicro)にすらウェハを供給する「フレネミー戦略」⁷、という3つの柱で構成されています。これらは、EV化と800Vシステム⁶という巨大な市場トレンドと完全に連動しており、Vitescoとの1,300億円規模の契約⁵や、STMicroとの供給契約拡大⁷という形で、すでに大きな成果を上げています。
しかし、本分析の結果、この野心的な戦略の土台には、一つの重大な「法的リスク」が存在することが明らかになりました。それは、ロームの主力技術であるSiCトレンチMOSFETの根幹が、MaxPower Semiconductorとの技術使用許諾契約(TLA)⁸に依存しているのではないかという紛争であり、ロームはこの紛争を仲裁の場で争うことを余儀なくされています⁹。
2021年のこの法的手続き上の敗北⁹と、2022年以降に観測されるトレンチMOSFET特許の「著しい加速」³ ²²との時系列的な一致は、ロームがこの最大の経営リスクに対し、全社を挙げて(回避設計と対抗特許の構築という)防衛策を講じていることを強く示唆しています。
ロームの経営陣は、この短期の法的リスクを最小限に抑えつつ、中期の技術的課題(200mm移行¹⁰ ¹¹)への投資判断を的確に行い、長期の市場変動(GaN¹⁰やWolfspeedのIP流動化¹²)に備えるという、極めて難易度の高い舵取りを迫られています。ロームの知財戦略が、この「アキレス腱」を乗り越え、強力な成長エンジンとして機能し続けることができるか、その仲裁の行方と特許戦略の進展が、今後の同社の命運を左右すると言っても過言ではありません。
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本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。
情報の性質
ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。
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