この記事の内容
ICT先進国であるフィンランドが、学校でデジタル教科書を廃止して紙の教科書を復活させる動きが見られ、近年メディアでも取り上げられています。(「むしばまれる若者『知』が沈むとき デジタル教育の危機:日経電子版2026年3月17日などをご参照)
そのフィンランドがなぜ今、教科書を紙に戻し始めているのかというと、学力低下の一因がデジタル化にあるのではないかと問題視されたためです。
フィンランドと言えば、2000年代初頭では国際的な学習到達度調査(PISA)で世界一位を取り、教育大国と言われていた国ですが、その後2009年あたりを境にPISAのスコアも順位も低下しはじめ、2022年には読解力14位、数学20位、科学9位になっています。(The GlobalEconomyサイト内「Finland PISA reading scores」などをご参照ください)
学力は教育法から経済、健康状態まで因果関係が複雑に絡むものなので、学力低下の原因も特定しづらいと言われています。しかしそのような中で、「デジタル教科書」がクローズアップされたわけです。
はたして本当にデジタル化が一因なのでしょうか。デジタルと紙では子どもの学習においてどんな差が生まれたり、違いがあるのでしょうか。
この疑問に答えるヒントとして、同じ北欧のノルウェーで検証研究した論文「Assessing children’s reading comprehension on paper and screen:A mode-effect study」(紙媒体と画面媒体における子どもの読解力評価:モード効果の研究)がありましたので、ご紹介します。
同論文は、10歳児1,139名に読解力がデジタル画面と紙媒体でどのように異なるかを調査・研究したものです。
研究方法は以下のように行われました。
〈実験内容〉
同じ生徒が紙とデジタルの両方のテストを受け、メディアの違いによる効果を直接比較。どちらを先に受けるかはランダム割り当て、順序の影響を統制した。
〈テスト内容〉
物語や説明文などの文章とそれに関する記述式および選択式の問題で構成(90分)。デジタルと紙の問題の難易度は同等。デジタル版はスクロール操作を伴う形式。マウスやキーボードを使用。
とてもシンプルな方法ですね。また、研究チームはこの実験の前に3つの仮説を立てています。
〈仮説〉
・ 仮説1:平均的に、デジタルよりも紙での読解スコアの方が高い。
・ 仮説2:紙とデジタルの成績の差は、読解スキルのレベルに相関し、成績が低い生徒ほどデジタルでのテストで不利になる。
・ 仮説3:性別による差があり、男子の方がコンピューターに慣れているため、デジタル化の影響を(女子よりも)受けにくい。
補足説明すると、仮説1の紙の方が成績が高い、という根拠は「これまで大学生や成人を対象とした先行研究があり、これまでの研究でも、紙の方が画面より理解度が高い傾向が一貫して示されていたため」だと述べています。
仮説2の学力の低い生徒がデジタルで不利になる、という理由は「10歳という年齢が読解力の形成期であり、読解力が高い生徒であれば、メディアの違いに関わらず蓄積されたスキルを生かして理解できる」という考えからと述べています。
そして、仮説3の男子の方がデジタルで有利というのは、一般的にデジタル機器が得意で、興味もあるのは男子だから、との推測です。
この仮説を検証することで、紙とデジタルの差だけではなく、どのような生徒がデジタルの影響を強く受けるのかを明らかにしようとしました。
分析の結果は以下です。
仮説1(紙の優位性)の検証 → 支持
全体として、デジタルテストのスコアは紙のテストよりも有意に低いことが分かった
・生徒の30.5%が紙のテストでより高いパフォーマンスを発揮したのに対し、画面で高いパフォーマンスを見せたのは13.6%に留まった
・約半数の生徒(53%)は両方のメディアで同等の結果だったが、全体的な平均では紙が勝っていた
仮説2(成績レベル別)の検証 → 否定
当初は「読解力が低い子ほどデジタルで苦労する」と予測されていたが、実際には成績上位グループにおいて、紙とデジタルのスコア差が最も大きく現れた。つまり、高い読解力を持つ生徒ほど、デジタル化による負の影響を強く受けていた。
仮説3(性別による差)の検証 → 否定
男子がデジタルに強いという証拠は見つからず、むしろ成績上位の女子がデジタルテストで最も不利になるという結果が出た。
紙の方が成績がよいという先行研究や仮説通りの結果の中で、成績上位の子どもほど差が大きい点が非常に興味深いですね。
先行研究と同様に、全体として子どもたちもデジタルと紙では紙の方が読解力のスコアが高くなるという結果でした。
では、なぜデジタルだと読解力が落ちるのでしょう。研究では以下に示すいくつかの要因を挙げています。
浅い読みの習慣に関して、論文の中で、著者は、先行研究でデバイスの使用頻度と読解力の向上には相関が見られない、あるいは負の関連が示されていることも述べています。よくデバイスを使う子どもほど、日常的に軽く読み飛ばすような使い方が癖になっているということなのでしょう。
そして、デジタルでも十分理解していると思い込んでしまう傾向など、子どもは、画面と紙の読解戦略を使い分けるために必要なメタ認知スキルを十分に備えていない可能性が考察されています。
最後に著者は教育への提言と結論を次のように記しています。
〈教育的示唆〉
〈結論〉
10歳という読解力が発達段階にある時期において、「紙での読解」は依然として「画面での読解」よりも優れた成果をもたらす。デジタル機器に囲まれて育つ「デジタルネイティブ」であっても、画面上で深い理解を伴う読解を行うのは容易ではない。デジタル化を推進する一方で、教育の現場では紙の書籍が果たす役割を再評価し、子どもたちが深い思考と理解を伴う読解力を養える環境を維持することが求められる。
以上が論文の概要です。
大規模な実験ですので信頼性の高い研究だと思います。
また、実験結果についての「なぜデジタルだと読解力が落ちるのか」という考察部分は、個人的な実感とも一致する結果でした。紙で読むと空間認識による記憶が残るので、読み直したい箇所にすぐに戻れる感覚があります。
ただ、この論文で著者は子どもたちにとって読解力には紙の方が優れていると言っていますが、決してデジタルを否定しているわけではありません。「紙とデジタルの違いを理解する教育(メタ認知の育成)」や、「紙とデジタルの使い分け」、そして「画面上集中して読む指導」の重要性を主張しています。
例えば、デジタルデバイスは、インターネットでの情報検索や、具体的で短期的な学習目標の達成には有用であることも述べています。
冒頭で記述したフィンランドの、紙の教科書に回帰する動きもすべての教科に対してではありません。最も紙に戻っているのは国語の特に長文読解や小説。また、低学年ほど紙に戻し、書き取りや基礎計算を紙にして、認知負荷や記憶の観点からノートや手書きを重視しているようです。
一方で調べ学習やプレゼンテーションなどはデジタルが維持されているようです。
デジタルはこれからも欠かせない存在です。子どもの発達段階に応じた、使い分け、使い方、そして教育が大事ということですね。
◾️タイトル:Assessing children's reading comprehension on paper and screen: A mode-effect study◾️著者:Hildegunn Støle、Anne Mangen、Knut Schwippert ◾️掲載誌:Computers & Education Volume 151◾️発行年:2020年◾️DOI:https://doi.org/10.1016/j.compedu.2020.103861
文:鈴木素子
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