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AI時代に問われる「分かりやすさ」と学びの関係 〜流暢さが生む“学びの錯覚”を検証した研究〜

流暢な説明は本当に「わかりやすい」のか? 予備校講師のエピソードから考える

最近、東進ハイスクールの講師・林修先生が自身の授業の体験談として語った以下の話がSNSで取り上げられて話題になっていました。

ある日、林先生は数学の授業の準備が全然できていませんでした。
焦った挙句「問題でハマった時のリカバリーをどうするか分かってない人が多いみたいだから、今回はそれを実践でやってみるよ」ということにして、初見でたくさんの難問に臨んだそうです。そして実際、本当に先生は途中で引っかかり、ミスからリカバリーをして正解に戻していくという授業になったそうです。
苦し紛れで行なった授業でしたが、驚いたことに「またやってください」という声が多く、実は生徒から評判がよかったそうです。(出典:YouTubeチャンネル「東進TV」林修先生から高校生への特別メッセージ~「逆算の哲学」その2より)


この話、「分かる!」と共感を覚えた人もいると思います。
生徒にとっては、流暢な授業や美しい模範解答よりも、正解に至るまでの先生の思考回路を知るこのリアルが、問題を解く上での一番参考になるのだと思います。

 

このエピソードは20年以上前の話だそうです。ですが、これって今の時代に改めて必要な視点かもしれません。

 今は、勉強で解き方や答えがわからなければすぐにAIに聞く、という子どもが増えていますよね。AIに聞けば、おそらく美しい模範回答、流暢に正解まで一番の近道で辿り着く解き方を教えてもらえ、効率よく学べることと思います。
ただ、本当に理解しているのかどうか、わかった気になっていないのかが気になるところです。人間・AIにかかわらず、正解への近道のような教えというのは、本当に学習効果があるのでしょうか。

 
そこで今回、その疑問に一つの答えを出してくれた論文がありましたのでご紹介します「Appearances Can Be Deceiving: Instructor Fluency Increases Perceptions of Learning Without Increasing Actual Learning」(見た目は当てにならない(欺くことがある):講師の流暢さは、実際の学習を増やすことなく、学習の認識を高める)です。

この論文は、講師の話が流暢かどうかで学習の手応えと実際の学習成果に差が出るか、を実験検証したものです。リアルな思考回路を見せるのがよいかどうかという検証の方はなく、「話の流暢さ」に対してのみのものです。
また、10年前の論文ですが、人から教わる学習とAI活用学習のどちらにおいても、参考になりそうです。

 

流暢 vs 非流暢:話し方だけ変えて大学生を比較した実験

調査方法は、まずアメリカの大学生に対し以下のよう同じ内容の短いビデオ講義を、同じ講師が2パターンの条件で行なった、と書いています。

  1. 流暢な講師
    講師は直立し、アイコンタクトを維持し、メモを見ずに流暢に話し、関連するジェスチャーを行った(準備万端で構成がしっかりしている話し方)

  2. 非流暢な講師 
    講師は演壇にかがみ込み、メモを読み上げ、アイコンタクトを維持せず、話すのをためらいながら(口ごもりながら)読み進め、メモを何度もめくった(準備不足で、構成が乱れた話し方)


つまり、話が上手な講義(動画)を受ける人と、話が下手な講義(動画)を受ける人の2つに分けて行ったということですね。ちなみに、講義内容は「三毛猫はなぜメスが多いのか」でした。

この実験は、その後、自分がどれだけ内容を理解できたかと思うか、といった自己評価(メタ認知認識)や講師の評価などと、その後のテストによる実際の学習効果などを測定しました。

 

「流暢さの幻想」──スムーズな説明が“わかった気”をつくり出す理由

実験検証でわかったことは以下です。

  1. 学生の「気分」と「講師の評価」は大きく変わった
  •  学習の自信(予測):
    スラスラ話す「流暢な講師」の動画を見た学生は、自分たちがその内容を「たくさん覚えられるだろう」と強く予測した。
  • 講師への評価:
    学生は、「流暢な講師」を「準備ができている」「知識豊富だ」「わかりやすくて効果的だ」と、すべての面で「非流暢な先生」よりも非常に高く評価した。
  • 学習した感覚:
    学生は、「流暢な講師」からの方が「よりよく学習できた気がする」と感じた。

 

  1. 実際の「テストの点数」は全く変わらなかった
  • 実際の学習(テスト結果)
    しかし、約10分後のテストで実際にどれだけ内容を覚えていたか(点数)は、「流暢な講師」を見たグループも「非流暢な先生」を見たグループも、まったく差がなかった。
  • 過信:
    「流暢な講師」を見た学生たちは「覚えられるはずだ」という自信(予測)が、実際の点数を大きく上回っており、過信の度合いが大きくなっていた。

 

つまり、簡単に言ってしまえば、学生から見ると、すべての評価で流暢な先生の方の評価が高く、講義としては流暢な先生の方がいいに決まっているけど、だからといって必ずしも自分が思っているほど理解できているわけではない、ということですね。

 

本当の学びは「聞いて理解した」ではなく「説明できるか」で測る

著者は、実験結果が示す一番大切なメッセージとして以下のように書いています。

この研究の主な結論は、講師の流暢さが、学生の自己の学習に対する認識や講師の有効性に関する評価を大きく高めるが、実際に学習される情報量を増やすことにはつながらないという点である。

  1. 流暢さは誤解を招く要因となる
    専門家(講師)は、難しいことを容易に見せることがあるが、初心者の学生は、自身の学習を評価するために、講師の流暢さという最も目立つ手掛かりに頼りがちであり、これが誤解を招く可能性がある。
  2. 評価の基盤
    学生による自身の学習の認識(メタ認知的な判断、JOL)や講師評価は、講義の流暢さに少なくとも部分的に基づいており、実際の学習効果とは相関しない可能性がある。
  3. 実用的な示唆
    学生は、講師が情報をどれだけ容易に説明したかに基づいて、自身の知識を評価することについて慎重になるべきである。学生が自分自身に問いかけるべき質問は、「他の人が説明したときに明確に理解できたか」ではなく、私がそれを明確に説明できるか?」であるべきである。

と書いています。

簡単にまとめると、著者は、プロは難しいことを簡単なことのように話します。でも「わかりやすさ」という見た目の手掛かりだけで「自分が本当にわかっているか」を判断すると、誤解を招く可能性がある。だから本当に理解したかどうかは、それを「ちゃんと人に説明できるか」を一つの評価基準にするべきだ、と言っているんですね。

 

AIが上手に説明してくれる時代だからこそ、学び方のリテラシーが必要

いかがでしたか。私は、学生時代やこれまでの経験から、なんとなく体験として思っていたことが検証された、という感じです。このことは、時代に関係のない不変の心理のようなものではないでしょうか。

流暢な講義は、今はAIも代替してくれるので、子どもたちの聞く機会も増えていると思います。
子どもがAIを利用すること自体がダメというのではなく、ただ聞くだけで満足しないことや、なぜこうなるのか、例えば数学ならどうして自分が考えた式ややり方じゃダメなのかを、納得するまで聞くことが大事なのかもしれません。
ここも使い方、教え方のAIリテラシーが大事ですね。

◾️論文タイトル:Appearances can bedeceiving: Instructor fluency increases perceptions of learning withoutincreasing actual learning ◾️著者:Shana K. Carpenter、Miko M. Wilford、Nate Kornell、Kellie M. Mullaney ◾️掲載誌:Psychonomic Bulletin & Review ◾️発行日:2013年5月4日◾️DOI:10.3758/s13423-013-0442-z 


​​この記事のまとめ

・ 流暢な説明は「わかった気」にさせるが、理解そのものを高めるとは限らない。
・ 講師の話し方は、学習者の自己評価を大きくゆがめる可能性がある。
・ 実験では、説明が上手でも下手でもテストの点数に差は出なかった。
・本当に理解したかどうかは「説明できるか」が判断基準になる。
・ AI時代は流暢な模範解答に頼りすぎず、理解プロセスを自分で確かめる姿勢が必要。
・AI活用には「使い方のリテラシー」と「学びのメタ認知」がますます重要になる。

文・鈴木素子

 

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