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AIは歴史学習に向かない? 〜論文が示す「文脈力」と「批判的思考」の重要性〜

AIは歴史学習に向かない? 〜論文が示す「文脈力」と「批判的思考」の重要性〜

AIの便利さともの足りなさ。それは子どもの学習にも起こる?

みなさんは、会議や講演、文書などの要約にAIを活用されていますか? かなり時間短縮につながって便利ですよね。

ただ、私がよく経験するのが、講演や会議の生の声の記録の失敗です。例えば大事だと思っていた発言部分や、その人らしい言い回し、背景にある文脈などが削除されていて、均一化された重みのないまとめになってしまうことがあります。うまくまとまってはいるけど、なにかもの足りないんですね。みなさんはそんな経験ないでしょうか。(もちろんそうなってしまうのは、プロンプトによるところも大きいとは思いますが)。

 

こうしたAIの特性や現状から、子どものAI活用学習に置き換えた時、もしかすると、まだ現時点のAIでは活用に向いていない教科とか学習があるのではないかと、ちょっとした疑問を持ちました。

同時に思い浮かんだのが、国語や歴史。AIを活用したことによって文脈や人物像の背景など、何か大切なものが隠れたままになるのではないか、と。

そこで、論文を探してみたところ、歴史教育におけるAI利用について懐疑的・批判的な視点を持ったものがいくつか出てきました。今回はその中の一つ「Rethinking History Education in the Age of AIをご紹介します。

この論文は、タイトル通り「AI時代における歴史教育の再考」について論じているものです。生成AIの急速な普及により、「歴史教育は不要になるのではないか」という懸念が広がっていることについて、その考え方を否定し、AIの能力と歴史教育の本質の両方を述べた上で、むしろAI時代にこそ歴史教育の価値が高まると主張しています。

 

なぜAIは歴史が苦手なのか 〜最新研究が示す4つの限界

まず、AIの限界について以下のように書いています。

 AI、特に大規模言語モデル(LLMs)は、もっともらしい物語を生成できるが、経験的正確性(empirical accuracy)、解釈の深さ、文脈的感受性といった歴史学に不可欠な資質を欠いている。現在のAIシステムは、真の理解ではなく統計的パターンマッチングに依存しており、しばしば虚偽の情報や、組み込まれたバイアスを反映した脱文脈化された内容を生成する。

  1. 因果関係の推論ができない
    AIはパターンに基づいた記述や予測は得意だが、根本的な因果メカニズムを説明することはできない。

  2.  二重の脱文脈化
    AIシステムは、処理する資料の歴史的文脈と、データの文脈の両方を失いがちである。これにより、歴史的資料が本質的な文脈を剥奪された状態で提示される可能性がある。

  3.  出典の捏造(ハルシネーション)
    AIは確率的なテキスト生成器であるため、引用を求められた際に、もっともらしく聞こえる架空の出典を捏造する可能性がある。

  4.  権威の虚飾: (中身はないのに見た目だけが立派な状態
    AIによって生成されたコンテンツは、学術的な文章を模倣した権威的なトーンを帯びるが、本来の専門知識が持つ説明責任や事実の根拠を欠いている。

 

上記の中で、「二重の脱文脈化」についてわかりやすく説明すると、AIは歴史資料の文脈(時代・文化背景・意図)の複雑さを理解できず、単純化したり歪曲する可能性があること。そしてもう一つ、膨大なテキストを集約する中で、信頼できる元の情報源の区別などが失われる可能性がある、ということで、歴史的文脈とデータ文脈の両方を失う可能性がある、ということです。

また、ハルシネーション(もっともらしい嘘をつくこと)については、「私がAIにマリア・ヘルトフ暴動に関する歴史的資料を生成するように促したところ、引用が捏造されていることを見つけて、この問題を実証した」と著者自身の経験も書かれていました。

著者は、当コラムでも以前ご紹介したMITの研究論文を引用し、「AIに思考を委ねすぎると、批判的思考が低下し、判断力が弱まるという課題があるからこそ、歴史教育は以前にも増して重要になるし、歴史的リテラシーが必要だ」と述べています。

 

AIでは代替できない歴史教育の価値とは

著者は「歴史的教育の価値」を次のように書いています。

歴史教育は、複雑な情報環境をナビゲートするために不可欠なスキルを育む。
歴史的思考は、情報源の内容だけでなく、その起源、目的、作成された条件を吟味するために、ソーシング、確証、文脈化といった特定の方法を採用する。歴史的探求は、解釈主義的な基盤に基づいており、証拠に基づいて過去の人々の信念、動機、行動を彼ら自身の参照枠を通して理解しようとする「共感的再構築」を必要とする。歴史的な資料と関わることは、単なる事実内容の解読ではなく、現在の読者と歴史的資料の間の「地平の融合」を必要とする能動的かつ解釈的なプロセスである。
歴史を読むことは、自己の前提に挑戦し、判断を深めるための道徳的かつ知的な実践でもある。

 

上記をわかりやすくまとめると、以下のようになります。

歴史的教育の価値とは

  1. 批判的情報処理能力(疑う力)
    AIが見せかけの権威で生成する情報や、偏見が組み込まれたコンテンツに対し、情報源の出所、目的、偏りを徹底的に調べ、真実かどうかを判断する力。

  2. 深い解釈と人間的理解(共感する力)
    単なる事実の暗記ではなく、過去の人々の意図や動機を、その時代の背景の中で深く理解し、自分自身の視点と過去の視点を融合させる能力。

  3. 倫理的・知的成長(自己を振り返る力)
    批判的思考や深い共感を通じて、自己の前提に挑戦し、デジタル技術やAIが強化しがちな思考の偏り(エコーチェンバー)を打ち破る。不確実な未来のための明らかに人間的な判断力を養う。

このように、AIが「何が起こったか」を単にパターンに基づいて提示するのに対し、歴史教育は「なぜ、どのように、誰によって」情報が作られ、「人間的な意味」が何であったかを深く理解し、「批判的に判断する」という、AIには代替できない能力を学生に提供するものだ。

 

ここが著者の本丸かもしれません。なぜ歴史教育がAI時代にむしろ重要なのかという理由がここにありますね。

 

AI時代の歴史教育への提案 

最後にAI時代における歴史教育への提案と、結論を以下のように書いています。

  1. AI生成コンテンツとの批判的読解
    AIの回答を一次資料と比較する、例えばAIが生成した“歴史上の人物のAIキャラクター”に生徒が質問し、その誤りを史料で指摘する。

  2. 史料読解にAIを補助的に使う
    AIは用語解説や、関連資料の提示などに使える。だだし解釈は人間が行う必要がある。など

  3. 歴史探究にAIリテラシーを組み込む
    例えば生徒がAIに過剰に依存しないように、初稿はAIを使わず書く。またはAIによる引用生成は禁止すべきにする。など

  4. 史料研究と歴史的思考の再検討
    試験対策中心の「型にはまった史料読解」から脱却し、意味の解釈、文脈理解、視点の違い、歴史の哲学を教師自身が再学習する必要もある。

 

そして、著者は結論として、次のように締め括っています
「AIは強力だが、文脈理解・価値判断・共感的理解は持たない。歴史教育は、これら人間固有の力を育てる学問である。したがって、歴史教育はAIの発展によって価値を失うどころか、より必要性を増す」

 

AIが進化するほど歴史教育が必要になる

いかがでしたか?
以前のコラムで紹介した、マイクロソフト発表の「AIに代替されやすい職業ランキング」でも歴史家は位となっていましたが、この論文を読むと、著者の主張もわかる気がしました。(ただしこの論文は現状のAIシステムについて述べているので未来はわかりません)

たしかに、歴史は「解釈の学問」とも言われていますね。歴史資料を読むことは、単に知識を得る行為ではなく、「過去の人々の思考を再現する」といった深い解釈行為でもある、とどこかに書いてあった覚えがあります。

現代の情報社会を生き抜くために不可欠な批判的・人間的なスキルを育成するという歴史教育は、まさにAI時代にこそ必要なスキルが詰まっている学問なのかもしれません。

 

◾️論文タイトル:Rethinking History Education in the Age of AI ◾️著者:Mathew Lim ◾️掲載誌:HSSE Online ◾️発行日:2025年8月1日

 

​​この記事のまとめ

  • AIは便利だが文脈や意図を削ぎ落としてしまい、歴史学習に必要な深い理解を代替できないことを研究者が指摘している。
  • 研究ではAIが因果推論の不足・文脈の喪失・出典捏造・権威の虚飾といった歴史分野での4つの限界を抱えることが示されている。
  • 歴史教育は、情報源を疑い深く読み解く批判的思考を育て、AIにはない「文脈理解」や「共感的再構築」を学ぶ場である。
  • AI時代の歴史教育では、AI生成物の誤り検証や補助的活用、AIリテラシーの育成が新しい学びとして求められる。
  • AIが進化するほど、人間の判断力・価値判断・倫理的理解を育む歴史教育の重要性はむしろ増す。

文:鈴木素子


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