この記事の内容
みなさんは、会議や講演、文書などの要約にAIを活用されていますか? かなり時間短縮につながって便利ですよね。
ただ、私がよく経験するのが、講演や会議の生の声の記録の失敗です。例えば大事だと思っていた発言部分や、その人らしい言い回し、背景にある文脈などが削除されていて、均一化された重みのないまとめになってしまうことがあります。うまくまとまってはいるけど、なにかもの足りないんですね。みなさんはそんな経験ないでしょうか。(もちろんそうなってしまうのは、プロンプトによるところも大きいとは思いますが)。
こうしたAIの特性や現状から、子どものAI活用学習に置き換えた時、もしかすると、まだ現時点のAIでは活用に向いていない教科とか学習があるのではないかと、ちょっとした疑問を持ちました。
同時に思い浮かんだのが、国語や歴史。AIを活用したことによって文脈や人物像の背景など、何か大切なものが隠れたままになるのではないか、と。
そこで、論文を探してみたところ、歴史教育におけるAI利用について懐疑的・批判的な視点を持ったものがいくつか出てきました。今回はその中の一つ「Rethinking History Education in the Age of AI」をご紹介します。
この論文は、タイトル通り「AI時代における歴史教育の再考」について論じているものです。生成AIの急速な普及により、「歴史教育は不要になるのではないか」という懸念が広がっていることについて、その考え方を否定し、AIの能力と歴史教育の本質の両方を述べた上で、むしろAI時代にこそ歴史教育の価値が高まると主張しています。
まず、AIの限界について以下のように書いています。
AI、特に大規模言語モデル(LLMs)は、もっともらしい物語を生成できるが、経験的正確性(empirical accuracy)、解釈の深さ、文脈的感受性といった歴史学に不可欠な資質を欠いている。現在のAIシステムは、真の理解ではなく統計的パターンマッチングに依存しており、しばしば虚偽の情報や、組み込まれたバイアスを反映した脱文脈化された内容を生成する。
上記の中で、「二重の脱文脈化」についてわかりやすく説明すると、AIは歴史資料の文脈(時代・文化背景・意図)の複雑さを理解できず、単純化したり歪曲する可能性があること。そしてもう一つ、膨大なテキストを集約する中で、信頼できる元の情報源の区別などが失われる可能性がある、ということで、歴史的文脈とデータ文脈の両方を失う可能性がある、ということです。
また、ハルシネーション(もっともらしい嘘をつくこと)については、「私がAIにマリア・ヘルトフ暴動に関する歴史的資料を生成するように促したところ、引用が捏造されていることを見つけて、この問題を実証した」と著者自身の経験も書かれていました。
著者は、当コラムでも以前ご紹介したMITの研究論文を引用し、「AIに思考を委ねすぎると、批判的思考が低下し、判断力が弱まるという課題があるからこそ、歴史教育は以前にも増して重要になるし、歴史的リテラシーが必要だ」と述べています。
著者は「歴史的教育の価値」を次のように書いています。
歴史教育は、複雑な情報環境をナビゲートするために不可欠なスキルを育む。
歴史的思考は、情報源の内容だけでなく、その起源、目的、作成された条件を吟味するために、ソーシング、確証、文脈化といった特定の方法を採用する。歴史的探求は、解釈主義的な基盤に基づいており、証拠に基づいて過去の人々の信念、動機、行動を彼ら自身の参照枠を通して理解しようとする「共感的再構築」を必要とする。歴史的な資料と関わることは、単なる事実内容の解読ではなく、現在の読者と歴史的資料の間の「地平の融合」を必要とする能動的かつ解釈的なプロセスである。
歴史を読むことは、自己の前提に挑戦し、判断を深めるための道徳的かつ知的な実践でもある。
上記をわかりやすくまとめると、以下のようになります。
歴史的教育の価値とは
このように、AIが「何が起こったか」を単にパターンに基づいて提示するのに対し、歴史教育は「なぜ、どのように、誰によって」情報が作られ、「人間的な意味」が何であったかを深く理解し、「批判的に判断する」という、AIには代替できない能力を学生に提供するものだ。
ここが著者の本丸かもしれません。なぜ歴史教育がAI時代にむしろ重要なのかという理由がここにありますね。
最後にAI時代における歴史教育への提案と、結論を以下のように書いています。
そして、著者は結論として、次のように締め括っています
「AIは強力だが、文脈理解・価値判断・共感的理解は持たない。歴史教育は、これら人間固有の力を育てる学問である。したがって、歴史教育はAIの発展によって価値を失うどころか、より必要性を増す」
いかがでしたか?
以前のコラムで紹介した、マイクロソフト発表の「AIに代替されやすい職業ランキング」でも歴史家は2位となっていましたが、この論文を読むと、著者の主張もわかる気がしました。(ただしこの論文は現状のAIシステムについて述べているので未来はわかりません)
たしかに、歴史は「解釈の学問」とも言われていますね。歴史資料を読むことは、単に知識を得る行為ではなく、「過去の人々の思考を再現する」といった深い解釈行為でもある、とどこかに書いてあった覚えがあります。
現代の情報社会を生き抜くために不可欠な批判的・人間的なスキルを育成するという歴史教育は、まさにAI時代にこそ必要なスキルが詰まっている学問なのかもしれません。
◾️論文タイトル:Rethinking History Education in the Age of AI ◾️著者:Mathew Lim ◾️掲載誌:HSSE Online ◾️発行日:2025年8月1日
この記事のまとめ
文:鈴木素子
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