3行まとめ
経営戦略と無形資産の融合による高収益な事業基盤の構築
新中期経営計画「Rebuild & Evolve」のもと、知財戦略を中核に位置づけ、事業利益率13.5%やROE10%の達成を目指しており、知財によって保護されたデジタルピアノで48%のグローバルシェアを獲得しています。
知財ポートフォリオの最適化とグローバルでの厳格な権利防衛
特許等の保有件数を戦略的に最適化する一方で、中国市場における模倣品業者への刑事判決やデジタル楽器の著作権侵害訴訟における勝訴など、自社の無形資産を厳格に防衛しています。
首都圏の新拠点整備を通じた次世代イノベーションの加速
「技術×感性」を融合した価値創造を加速させるため、首都圏に「横浜シンフォステージ」と「Yamaha Sound Crossing Shibuya」という2つの共創拠点を新設し、実践的なイノベーション・エコシステムを稼働させています。
この記事の内容
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発行体 |
文書名/ページ名 |
発行日/公開日 |
種別 |
URL |
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ヤマハ株式会社 |
臨時報告書 |
2024/09/03 |
法定開示 |
https://disclosure2dl.edinet-fsa.go.jp/searchdocument/pdf/S100UBDZ.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
統合報告書2025 |
2025/02/06 (参照日) |
統合報告書 |
https://www.yamaha.com/ja/ir/library/publications/pdf/an-2025_print.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
統合報告書2025(英語版) |
2025/02/06 (参照日) |
統合報告書 |
https://www.yamaha.com/en/ir/library/publications/pdf/an-2025e-view.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
統合報告書2024(英語版) |
2024/02/06 (参照日) |
統合報告書 |
https://www.yamaha.com/en/ir/library/publications/pdf/an-2024e.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
サステナビリティレポート2025 |
2025/02/06 (参照日) |
公式IR |
https://www.yamaha.com/ja/sustainability/download/pdf/sr_2025_ja.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
サステナビリティレポート2025(英語版) |
2025/02/06 (参照日) |
公式IR |
https://www.yamaha.com/en/sustainability/download/pdf/sr_2025_en.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
2026年3月期 第3四半期決算短信〔IFRS〕(連結) |
2026/02/04 |
決算短信 |
https://www.yamaha.com/ja/ir/library/flash-report/pdf/2026q3_tanshin_yamaha.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
2025年3月期業績資料 |
2025/05/08 |
決算説明資料 |
https://www.yamaha.com/ja/ir/library/presentations/pdf/performanceoutline25-4q.pdf |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(PAアナログミキサー模倣品 刑事判決) |
2025/06/13 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(PAアナログミキサー模倣品 民事訴訟) |
2024/01/29 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(横浜シンフォステージ竣工) |
2024/04/16 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(R&D拠点整備) |
2023/12/22 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(Yamaha Sound Crossing Shibuya) |
2024/11/14 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(ブランドショップ 横浜シンフォステージ) |
2023/08/29 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
ニュースリリース(Clarivate Top 100 選出) |
2024/03/12 |
公式ニュース |
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ヤマハ株式会社 |
研究開発拠点紹介ページ |
2026/02/06 (参照日) |
公式ページ |
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IPO |
2024 Top 300 Patent Owners List |
2025/01/15 |
調査レポート |
https://ipo.org/wp-content/uploads/2025/01/2024-Top-300-Patent-Owners-List.pdf |
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案件名 |
Announcement |
Effective (Event) |
Completion / Closing |
Start |
状態ラベル |
根拠 |
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横浜シンフォステージ 建設工事 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
2024年3月末 |
2021年4月 |
完了 |
10 |
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首都圏における新価値創造(R&D)拠点整備方針 |
2023年12月22日 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
計画 |
11 |
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PAアナログミキサー模倣品 民事訴訟(中国) |
2024年01月29日 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
完了 |
7 |
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Clarivate Top 100 グローバル・イノベーター2024 選出 |
2024年03月12日 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
完了 |
5 |
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横浜シンフォステージ 開業 |
2024年04月16日 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
2024年5月9日 |
稼働 |
10 |
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ヤマハ発動機株式会社の株式売却に伴う特別利益計上 |
2024年09月03日 |
調査範囲内では確認できず |
2024年09月02日 |
調査範囲内では確認できず |
完了 |
13 |
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Yamaha Sound Crossing Shibuya 施設オープン |
2024年11月14日 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
2024年11月15日 |
稼働 |
9 |
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新中期経営計画「Rebuild & Evolve」の適用 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
2025年4月1日 |
稼働 |
1 |
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PAアナログミキサー模倣品 刑事判決確定(中国) |
2025年06月13日 |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
調査範囲内では確認できず |
完了 |
6 |
本セクションでは、一次情報に基づくヤマハ株式会社の研究開発等に関する組織および拠点の現況を整理する。
公式ページにおいて、先端技術の探求を目的として定義されている研究領域および先端技術分野は以下の通りである。これらは「人」「モノ」「人とモノを結ぶ」の3つの研究領域内に配置されている。
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分野名(公式表記) |
根拠ページ名 |
URL |
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AI・機械学習 |
研究開発拠点紹介ページ |
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音楽情報処理・信号処理 |
研究開発拠点紹介ページ |
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感性工学 |
研究開発拠点紹介ページ |
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シミュレーション・計測 |
研究開発拠点紹介ページ |
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音響デバイス・素材 |
研究開発拠点紹介ページ |
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ヒューマンインターフェイス |
研究開発拠点紹介ページ |
研究開発機能およびブランド発信機能を担うサテライト施設等として、公式開示資料で確認できる主要施設は以下の通りである。
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施設名(公式表記) |
根拠ページ名 |
URL |
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イノベーションセンター |
研究開発拠点紹介ページ |
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Yamaha Sound Crossing Shibuya |
ニュースリリース(Yamaha Sound Crossing Shibuya) |
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LAB(Yamaha Sound Crossing Shibuya内) |
ニュースリリース(Yamaha Sound Crossing Shibuya) |
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LOUNGE(Yamaha Sound Crossing Shibuya内) |
ニュースリリース(Yamaha Sound Crossing Shibuya) |
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横浜シンフォステージ(YOKOHAMA SYMPHOSTAGE®) |
ニュースリリース(横浜シンフォステージ竣工) |
ヤマハ株式会社は、競争が激化するグローバル市場において持続可能な競争優位性を確立するための根幹として、目に見えない資産の戦略的蓄積と活用に経営資源を集中させている。同社が発行する「統合報告書2025」によれば、知的財産は人材、ブランド、およびデザインと並んで、中長期的な成長に欠かせない「無形資産」として明確に定義されている。この方針は、単に発明や意匠を特許庁等の行政機関に出願・登録する形式的な手続きの枠を超え、企業の価値創造プロセス全体を牽引する中核的な機能として知財部門が機能していることを示唆する。同社の事業構造は、伝統的なアコースティック楽器の設計・製造から、高度な電子制御を伴う音響機器の開発、さらに音楽・音響を通じた体験価値の提供に至るまで極めて広範に及んでおり、各プロセスにおいて「技術×感性」を融合させることが同社の最大の強みとされている。この強みを毀損することなく、グローバル市場において楽器事業のシェアNo.1という強固なポジションを維持・発展させるため、無形資産の保護と強化が事業戦略の根底に据えられている1。
さらに、前中期経営計画である「Make Waves 2.0」の実行期間を通じて、同社は特許ポートフォリオの開発プロセスに関する抜本的な改革を推進してきたことが「統合報告書2024(英語版)」等において確認できる。このプロセス改革は、単なる出願件数の拡大を目的としたものではなく、自社のコア技術が事業ポートフォリオのどこに位置づけられ、いかにして競合他社に対する強固な参入障壁を構築するかという、戦略的かつ質的な最適化を企図したものであると推察される。経営陣の強力なコミットメントのもとで実行されたこれらの取り組みは、2025年4月より始動した新中期経営計画へとシームレスに引き継がれ、次なる企業価値向上のフェーズにおける重要な推進力として機能している2。
同社は、経営環境の急激な変化や市場構造の転換に機敏に対応するため、2025年4月1日を開始日とする新たな中期経営計画「Rebuild & Evolve」(対象期間:2025年4月~2028年3月)を策定・適用した。「統合報告書2025」によれば、本計画の主眼は「強固な事業基盤の再構築」と「未来を創る挑戦」の二本柱に置かれている。この目標を財務的成果として具現化するため、同社は事業利益率13.5%(目標)、売上3年CAGR(年平均成長率)5%(目標)、総還元性向50%以上(目標)、そして資本効率の指標であるROE(自己資本利益率)10%(目標)という野心的なKPIを設定している。これらの数値は、単なるコスト削減や価格転嫁に依存するのではなく、高付加価値製品の継続的な投入や、ソフトウェア・AI技術を組み込んだ新たなソリューションの提供を通じたトップラインの引き上げと、利益率の抜本的な改善を同時に達成する意図を示している1。
これらの目標を支える現在の事業ポートフォリオの構成状況を明確にするため、以下のテーブルに2025年3月期における主要な財務実績および市場シェア等のデータを示す。
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指標(一次情報の表記名) |
数値・単位 |
対象期間 |
区分 |
出典 |
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売上収益 |
462,100百万円(=4,621億円) |
2025年3月期 |
実績 |
2025年3月期業績資料 |
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事業利益 |
36,700百万円(=367億円) |
2025年3月期 |
実績 |
2025年3月期業績資料 / 統合報告書2025 |
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楽器事業 セグメント別売上 |
296,100百万円(=2,961億円) |
2025年3月期 |
実績 |
2025年3月期業績資料 |
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音響機器事業 セグメント別売上 |
147,800百万円(=1,478億円) |
2025年3月期 |
実績 |
2025年3月期業績資料 |
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その他の事業 セグメント別売上 |
18,200百万円(=182億円) |
2025年3月期 |
実績 |
統合報告書2025 |
|
ピアノ グローバルシェア(金額ベース) |
39% |
2025年3月期 |
実績 |
統合報告書2025 |
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デジタルピアノ グローバルシェア(金額ベース) |
48% |
2025年3月期 |
実績 |
統合報告書2025 |
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ポータブルキーボード グローバルシェア(金額ベース) |
48% |
2025年3月期 |
実績 |
統合報告書2025 |
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管楽器 グローバルシェア(金額ベース) |
32% |
2025年3月期 |
実績 |
統合報告書2025 |
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楽器全体 グローバルシェア(金額ベース) |
26% |
2025年3月期 |
実績 |
統合報告書2025 |
このデータが示す通り、楽器事業が全社売上の過半(構成比64.1%)を占めており、特にデジタルピアノやポータブルキーボードにおいて48%という極めて高いグローバルシェアを獲得している。この圧倒的な市場占有率は、単なる製造能力や販売網の強さだけでなく、音響信号処理や鍵盤のアクション機構といった中核技術が、特許権や意匠権といった知的財産によって強固に保護され、他社の追随を許さない技術的障壁として機能している結果であると分析できる1。
As-of 2026/02/20において参照可能な最新の法定開示情報に基づき、同社の直近の業績推移と財務状態を検証する。2026年2月4日に提出された「2026年3月期 第3四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」(代表執行役社長 山浦 敦)によれば、当第3四半期の連結累計期間(2025年4月1日~2025年12月31日)における売上収益は341,014百万円(=3,410.14億円、実績)、事業利益は25,135百万円(=251.35億円、実績)、営業利益は24,403百万円(=244.03億円、実績)、そして親会社の所有者に帰属する四半期利益は20,189百万円(=201.89億円、実績)として報告されている。特筆すべき財務上の変動要因として、2024年9月3日に提出された臨時報告書に記載の通り、同社はヤマハ発動機株式会社が実施する普通株式の売出しに売出人の一社として参加し、保有する同社普通株式の一部を売却する決定を行った。当社から引受人への売却価格が2024年9月2日に決定されたことに伴い、2025年3月期の個別決算において投資有価証券売却益20,467百万円(=204.67億円、実績)を特別利益として計上する方針が示されていた。このような保有資産の流動化は、研究開発や知財創出といった将来の成長資金を確保するための戦略的な資本アロケーションの一環として解釈できる。ただし、これら各期のイノベーション投資の直接的指標となる研究開発費に関する厳密な当期実績額・計画額については、{2026/02/20}時点で、有報(直近FY)・決算短信(直近4四半期)・統合報告書(直近版)・公式IR/公式ニュース(直近24ヶ月)を確認した範囲では、当該情報を一次情報として特定できない(調査範囲内では確認できず)13。
同社のグローバル戦略を強固に下支えする知的財産ポートフォリオは、国際的な競争環境の変化に即応する形で継続的な最適化が図られている。「統合報告書2024(英語版)」の開示に基づき、2024年3月31日時点における同社の権利保有状況を概観すると、極めて多岐にわたる無形資産が維持管理されていたことが確認できる。
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知的財産権の種類(一次情報の表記名) |
領域 |
保有件数 |
対象期間 |
区分 |
出典 |
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Patents(特許) |
Japan(日本) |
2,744件 |
2024年3月31日時点 |
実績 |
統合報告書2024(英語版) |
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Patents(特許) |
Overseas(海外) |
8,667件 |
2024年3月31日時点 |
実績 |
統合報告書2024(英語版) |
|
Design Rights(意匠権) |
Japan(日本) |
569件 |
2024年3月31日時点 |
実績 |
統合報告書2024(英語版) |
|
Design Rights(意匠権) |
Overseas(海外) |
1,044件 |
2024年3月31日時点 |
実績 |
統合報告書2024(英語版) |
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Trademarks(商標権) |
Japan(日本) |
2,035件 |
2024年3月31日時点 |
実績 |
統合報告書2024(英語版) |
|
Trademarks(商標権) |
Overseas(海外) |
2,630件 |
2024年3月31日時点 |
実績 |
統合報告書2024(英語版) |
海外における権利件数が国内を大きく上回っている事実は、同社がグローバル市場における事業展開を前提とし、各国の多様な法的枠組みに適合した保護網の構築に多大な投資を行っていることを明確に示している4。
一方で、その翌年度にあたる「サステナビリティレポート2025(英語版)」における2025年3月31日時点のデータ開示を参照すると、ポートフォリオの構成数値に顕著な変化が確認される。同資料によれば、日本国内において保有する特許および実用新案(patents and utility models for practical use)の合計件数は2,012件(実績)と記載されている。同時に、米国、欧州、中国等の主要市場を中心とする海外での保有件数は2,635件(実績)であり、これを合算したグローバル全体での保有件数は4,676件(実績)として報告されている。この2024年3月末時点(特許合計11,411件相当)から2025年3月末時点(特許・実用新案合計4,676件)にかけての保有件数の劇的な変動は、過去の出願群の権利満了に伴う自然減に留まるものではない。これは、新中期経営計画の策定に伴う事業ポートフォリオの見直しや、技術的な陳腐化が生じた休眠特許の放棄、あるいは維持コストと事業的価値のバランスを厳格に評価した上での意図的な権利の取捨選択(ポートフォリオの最適化)、または集計対象の定義変更が実行された可能性を強く示唆している。この規模の件数であっても、同社はデザインを製品の差異化における重要な要素と位置づけており、適切な保護体制を維持している3。
同社が保有する知的財産ポートフォリオの価値は、自社による自己評価にとどまらず、外部の客観的指標によっても高く評価されている。2024年3月12日付のニュースリリースにおいて、同社は世界の革新的な企業トップ100を選出する「Clarivate Top 100 グローバル・イノベーター2024」に選定されたことを発表した。この選定は、特許データの分析を通じて、対象企業の技術開発がどれだけ革新的であり、かつグローバル市場において影響力を持っているかを評価するものである。特許の保有件数という量的な指標だけでなく、他社からの引用頻度に示される影響力、特許査定率に表れる成功率、そして世界主要市場での権利化の広がりという質的な側面が総合的に評価された結果である。これは、同社の研究開発投資が単なる技術的興味の追求に終わらず、実際に市場で高い価値を生み出し、他者の技術開発にも影響を与えるような強力な無形資産へと変換されていることを裏付ける重要なエビデンスとして機能している5。
同社は、自社の研究開発投資の結実である知的財産を不当に侵害する行為に対して、国際的な法域を越えて極めて厳格かつ断固とした措置を講じている。特に、市場規模が巨大でありながら模倣品のリスクが恒常的に存在する中国市場においては、長年にわたり多角的な防衛戦略を展開してきた。その代表的な事例として、PA(Public Address)アナログミキサーの模倣品問題に関する一連の法的措置が挙げられる。2024年1月29日付のニュースリリースにおいて、同社は中国におけるPAアナログミキサーの模倣品生産および販売業者に対する民事訴訟を提起し、勝訴した事実を発表した。この民事上の救済措置による損害賠償の獲得や製造・販売の差し止めは、第一段階の対応として重要な意味を持つが、同社はそれにとどまらず、悪質な侵害行為の根絶に向けたさらなる追求を行っている7。
2025年6月13日付の発表では、同製品の模倣品製造・販売・物流に組織的に関与していた業者3社に対して、刑事判決が確定したことが報告された。単なる経済的な制裁である民事訴訟から、国家権力による処罰を伴う刑事事件としての立件・有罪確定へと至ったこの一連の流れは、自社のブランド価値や製品の安全性・信頼性を損なう行為を決して容認しないという同社の強硬な姿勢を内外に広く周知するものである。模倣品は同社の収益機会を奪うだけでなく、粗悪な品質によってヤマハブランドに対する顧客の信頼を著しく毀損するリスクを孕んでいる。したがって、刑事摘発をも辞さないこの徹底した権利行使は、単なる法的対応を超えたブランド防衛戦略の核心であり、将来の潜在的な侵害行為に対する強力な抑止力として機能するものである6。
特許や商標といった伝統的な産業財産権の保護に加え、同社はデジタルデータの著作権保護という現代的な課題にも果敢に挑戦し、重要な法的判断を引き出している。「統合報告書2024(英語版)」によれば、同社は中国の楽器メーカーであるMedeli Electronics Co., Ltd.に対して著作権侵害訴訟を提起した。この訴訟の核心は、同社が開発したポータブルキーボードやデジタルピアノにプリセットされている自動伴奏機能の制御データ群、すなわち「スタイルデータ(style data)」が、同社の許諾なくMedeli社によって無断で複製され、同社の製品に組み込まれて販売されていたという点にある。裁判所はこのスタイルデータが著作物として法的に保護されるべき対象であると認め、同社の主張を支持する判決を下した。デジタル楽器において、演奏の質や表現の多様性を決定づけるスタイルデータは、ハードウェアの音源チップと同等以上に重要な競争力の源泉である。この判決は、中国の司法がデジタル楽器特有のソフトウェア的資産の著作権性を認めた画期的な事例であり、国内外の多数のメディアで広く報道されたことにより、類似のデータ不正利用に対する極めて有効な防衛策および抑止効果を生み出したことが確認できる4。
同社は自社の知的財産を適正に保護すると同時に他者の権利も尊重する方針を堅持している。グローバルベースでの音楽ライセンス取得体制を強化するとともに、生成AI(Generative AI)等の新たな技術がもたらすビジネスへの影響や法規制の動向にも注視している。さらに、社内における知的財産リテラシーの向上を図るための教育コンテンツやセミナーを提供しており、法務・知財部門だけでなく全社的な権利意識の底上げを図っている4。
新たな価値創造の源泉となる技術を生み出すため、同社は研究開発体制を大幅に刷新し、人間中心のイノベーションを加速させるための基盤整備を実行している。同社の研究開発部門は「人」「モノ」「人とモノを結ぶ」という3つの主要な研究領域を包括的ビジョンとして設定している。この抽象的なビジョンを具体的な技術開発に落とし込むため、その下部構造として「AI・機械学習」「音楽情報処理・信号処理」「感性工学」「シミュレーション・計測」「音響デバイス・素材」「ヒューマンインターフェイス」という6つの先端技術分野を配置している。これらの分野において、音声トリガーによってバスドラムの演奏を可能にする「VXD」技術や、膨大な音楽知識を学習させた「楽譜AI技術」など、伝統的な楽器製造のクラフトマンシップと最先端テクノロジーを高度に融合させた研究が進展している。「技術×感性」という独自の価値創造モデルは、単に音を鳴らす機械を作るのではなく、音・音楽の愉しみ方を広げる体験価値そのものを設計するプロセスへと昇華されている1。
これらの高度な技術開発を閉鎖的な実験室にとどめず、顧客やクリエイターとの共創を通じて市場に適合させるため、同社は2023年12月22日に、首都圏の二つの新ランドマークにブランド発信と新価値創造(R&D)の拠点を整備する計画を発表した。その一つが、横浜・みなとみらい地区に建設された「横浜シンフォステージ(YOKOHAMA SYMPHOSTAGE®)」である。本施設は2021年4月から株式会社大林組等によって建設工事が進められ、2024年3月末に竣工、同年5月9日に複数店舗の開業を迎えた。本拠点には演奏計測システムや試奏用防音室等が完備されており、演奏や立体音響、ヒトの感性といった人間の体験に深く関わる技術のR&D対象分野として整備されている。この施設の開設に伴い、既存の拠点であった「ヤマハミュージック 横浜店」や「ミュージックアベニュー横浜」等は2024年春に閉鎖(予定として公表)され、機能の集約と高度化が図られた。横浜シンフォステージは、1階にブランド体験エリアとピアノショールーム、2階に楽器体験エリアやライブスペース、3階に大人の音楽教室等を配置しており、顧客の生の声や演奏データを直接的にR&Dプロセスへとフィードバックする実証実験の場として機能している10。
横浜拠点に続き、情報と文化の発信地である渋谷地区においては、「Shibuya Sakura Stage」内に『Yamaha Sound Crossing Shibuya』(ヤマハサウンドクロッシング渋谷)を2024年11月15日にオープンさせた(2024年11月14日発表)。この施設は、一般の顧客がブランドの世界観を自由に体感できる体験施設「LAB」(SAKURAサイド3階)と、一般には非公開とされる研究開発のサテライト施設「LOUNGE」(SAKURAタワー8階)という二つの機能で構成されている。「LOUNGE」には、プロアーティストの仕事部屋をイメージした応接室・防音室が備えられており、各部屋をデジタルネットワークで繋ぐことで、音出しをしながらの会議やレコーディング、ラフセッションが可能な環境が構築されている。これらの首都圏における戦略的拠点の整備は、従来の静岡県浜松市を中心とする開発体制を補完し、国内外の多様なミュージシャン、クリエイター、そしてテクノロジー企業との物理的な接点を劇的に増加させるものである。これにより、市場の最前線における微細なニーズの変化や音楽の新たなトレンドをリアルタイムで捕捉し、それを即座にAI技術や音響信号処理技術等の研究開発へフィードバックするという、極めて機動的かつ実践的なイノベーション・エコシステムが稼働している9。
現代の企業経営において不可欠となっているサステナビリティ(持続可能性)の視点は、同社の知的財産戦略および技術開発戦略の隅々にまで浸透している。「サステナビリティレポート2025」によれば、同社は事業を通じた社会課題の解決を果たすため、環境、社会、文化、人材の各領域においてマテリアリティ(重要課題)を特定している。具体的なサステナビリティ活動の成果として、環境(E)分野においては、楽器の主たる原材料である木材の保護と持続可能な調達に向けた「おとの森活動」が推進されている。
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環境・サステナビリティKPI(一次情報の表記名) |
数値・単位 |
対象期間 |
区分 |
出典 |
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持続可能性に配慮した木材使用率 |
80% |
2025年開示 |
実績 |
サステナビリティレポート2025 |
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タンザニアにおける苗木植栽・保全 |
2万本/年 |
2025年開示 |
計画/実績 |
サステナビリティレポート2025 |
この活動の一環として、タンザニアにおける年間2万本の苗木植栽・保全や、北海道におけるアカエゾマツを活用した楽器の製作といった施策が実行されており、同社の持続可能性に配慮した木材使用率は80%(実績)に達している。これらの環境対応は、単なる材料調達の制約ではなく、代替素材の開発や木材利用効率を極限まで高めるための新たな音響シミュレーション技術・加工技術の開発を促進し、結果として新たな知的財産の創出に寄与している12。
知的財産の保護・活用方針は、独立した法務的課題としてではなく、「社会(S)」および「文化」という広範なESGの枠組みの中で論じられている。知財活動は、自社の事業価値を防御し中長期的な企業価値向上を支える基盤としてだけでなく、「音楽文化の普及・発展に資する製品・サービス・活動」という同社の存在意義そのものを保護し、増幅させるメカニズムとして機能している。
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社会・文化KPI(一次情報の表記名) |
数値・単位 |
対象期間 |
区分 |
出典 |
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サプライヤー実地監査 |
60社 |
2025年開示 |
実績 |
サステナビリティレポート2025 |
|
社会課題関連取り組み数 |
20件 |
2025年開示 |
実績 |
サステナビリティレポート2025 |
|
Community Building with Music(開催回数) |
1.2万回 |
2025年開示 |
実績 |
サステナビリティレポート2025 |
|
スクールプロジェクト累計児童数 |
700万人 |
2025年開示 |
実績 |
サステナビリティレポート2025 |
社会(S)分野では、バリューチェーン全体における人権尊重を担保するため、サプライヤー60社に対する実地監査(実績)が実施された。さらに文化分野においては、音楽を通じて人と人がつながる場を創出する活動(Community Building with Music)が1.2万回(実績)開催され、次世代の音楽教育を支援するスクールプロジェクトにおいては累計参加児童数が700万人(実績)に達するなど、極めて広範な社会的インパクトを創出している。これらの推進状況は、サステナビリティ委員会の下部組織として設置された「社会・文化貢献部会」が主導的に担っており、経営レベルでの緻密なガバナンスが効いていることが示されている。さらに、持続的かつ社会的な価値向上への全社的な取り組みを一層強化するため、2023年3月期からは役員報酬(譲渡制限付株式報酬)の評価指標(経営目標)にマテリアリティに基づくサステナビリティ目標が組み込まれており、知財戦略を含む社会的責任の遂行が経営陣のインセンティブと直接的に連動する制度設計がなされている。ヤマハの知財戦略は排他的な技術の独占を目的とするだけでなく、テクノロジーと感性の融合を通じて文化の多様性を守り、社会全体の持続可能性を高めるためのオープンで公益的な側面を強く内包した、次世代型の戦略的アプローチとして確立していると結論づけられる12。
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情報の性質
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