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三菱電機の知財戦略:事業変革とサステナビリティ経営を駆動する無形資産ポートフォリオの深層分析

3行まとめ

「事業変革・KPI主導型」の知財戦略で経営と一体化

[知財を「重要な経営資源」と位置づけ、事業・研究開発・知財の「三位一体」戦略によりイノベーティブカンパニーへの変革を強力に推進している。]

KPI管理でポートフォリオのデジタル変革を加速

[全特許出願に占めるAI比率を2024年度に15%(2020年度の4%から増加)へと引き上げる目標を達成し、今後は「質」の向上フェーズに移行する。]

知財を開放する「Open Technology Bank」で共創を推進

[自社特許を外部にライセンス提供する「Open Technology Bank」を設立し、異業種パートナーとの連携による新規事業創出(RaaSなど)を実現している。]

エグゼクティブサマリ

 

本レポートは、三菱電機株式会社(以下、三菱電機)の知的財産(以下、知財)戦略について、一次情報を基に網羅的かつ多角的な分析を行うものである。同社は知財を単なる防御的ツールではなく、事業変革、サステナビリティ経営、そして共創エコシステム構築を能動的に推進するための「重要な経営資源」と位置づけている¹。本分析により、以下の12の主要な論点が明らかとなった。

  • 経営資源としての明確な位置づけ: 知財は、事業・研究開発戦略と不可分一体の経営の中核要素として定義され、全社的な意思決定に深く関与している¹⁻²
  • 「三位一体」戦略の推進: 事業戦略、研究開発戦略、知的財産・標準化戦略を連携させ、事業のフロントローディングや市場のルール形成に積極的に関与する方針を掲げている²⁻⁴⁰
  • サステナビリティ経営との連動: 知財活動は、マテリアリティ(重要課題)の解決に貢献するものとされ、特に共創エコシステムの構築を通じて社会課題解決を目指す先進的なアプローチを採用している²
  • KPIによるポートフォリオ変革: 「イノベーティブカンパニー」への変革を加速するため、特許出願における「ソリューション比率」や「AI比率」に具体的な数値目標(KPI)を設定し、事業ポートフォリオの転換を誘導・可視化している²⁻ᵇ¹
  • 「コンポーネント×デジタル」の両輪成長: 伝統的な強みであるコンポーネント技術の知財を維持・強化しつつ、デジタル・ソリューション分野の知財を拡大する「両輪成長」を目指す²
  • ハイブリッド型グローバル組織体制: 本社統括部門と事業部門配下の現場知財部門が連携し、さらに海外拠点の駐在員が現地での権利行使を担うことで、戦略の一貫性と現場の即応性を両立させている²⁻⁵
  • オープンイノベーションの具現化: 知財起点での共創プログラム「Open Technology Bank」を設立し、自社特許を外部パートナーにライセンス提供することで、異業種との連携による新規事業創出を実現している¹⁻⁴⁻⁶
  • 積極的な標準化活動: 国際標準化活動へ戦略的に関与し、標準必須特許(SEP)の取得を推進することで、技術的優位性の確保とライセンス収益の獲得を目指している⁴⁰⁻⁸³
  • 断固たるブランド保護: グローバルな監視体制を構築し、特に新興国市場における模倣品・偽ブランド品に対しては、刑事摘発を含む断固たる措置を講じ、ブランド価値の維持に努めている⁵⁹⁻⁶¹
  • 競合とは異なる戦略的ポジショニング: 日立製作所の「社会価値・協創主導型」やシーメンスの「経済価値・資産主導型」戦略に対し、三菱電機は「事業変革・KPI主導型」と位置づけられ、具体的な事業ポートフォリオ転換の実行プロセスを重視している。
  • 顕在化する知財リスク: 第三者との特許侵害訴訟は、事業差し止めや賠償金支払いといった直接的な財務リスクとして顕在化しており、攻守両面での高度なリスクマネジメントが求められる⁶⁰⁻⁶²
  • 国内政策との高い親和性: 政府の「知的財産推進計画2025」が掲げるAI、国際標準、無形資産投資の重視といった方針は、同社の現行戦略と軌を一にしており、今後の事業展開において追い風となる可能性がある⁶⁹⁻⁷²

 

背景と基本方針

 

三菱電機グループの知的財産戦略は、単に発明を保護し、他社の模倣を防ぐという伝統的な役割を超え、企業全体の持続的成長と変革を牽引する能動的なドライバーとして位置づけられている。その根底には、知財を「現在、将来にわたる重要な経営資源」と捉える確固たる認識が存在する¹⁻⁵。この基本認識は、同社の知財活動が単なる研究開発部門の事後的な手続きではなく、経営戦略そのものと不可分に結びついていることを示している。

同社の戦略の核心をなすのが、事業戦略、研究開発戦略、そして知的財産・標準化戦略を一体として推進する「三位一体」のアプローチである²⁻⁴⁰。これは、研究開発の初期段階から知財の視点を取り入れる「フロントローディング」を可能にし、将来の事業展開を見据えた強固な権利の取得を促進する²。さらに重要なのは、標準化活動を知財戦略と明確に連携させている点である。これにより、自社の技術が業界標準となるよう働きかけ、市場におけるルール形成に積極的に関与することで、事業を有利なポジションで展開することを目指している²。このアプローチは、知財戦略が受け身の「防御」から、市場環境を自ら創造する「攻撃」へとその役割を拡張していることを示している。

この戦略的思考は、同社が掲げるサステナビリティ経営の実現と密接に結びついている。知財活動は、同社が特定したマテリアリティ(重要課題)、すなわち「持続可能な地球環境の実現」「安心・安全・快適な社会の実現」「あらゆる人の尊重」に直接的に貢献するものとして推進されている²。特に注目すべきは、個々の企業努力だけでは解決が困難な大規模な社会課題に対し、「共創の仕組みが必須」との認識のもと、複数の事業者が連携するエコシステムの構築を目指している点である²。このエコシステム内において、各社の役割に応じた知財を確保し、それらを円滑に活用するためのルールを形成していくという方針は、知財を社会課題解決のための協調領域ツールとして活用しようとする先進的な姿勢の表れと言える。

これらすべての活動が目指す最終的なゴールは、「サステナビリティ経営を実現するイノベーティブカンパニーへの変革」である²。知財部門は、事業、マーケティング、営業、研究開発といった企業活動の根幹を下支えすることを通じて、この壮大な企業変革を実現するための触媒としての役割を担っている。かつては、事業の発展に伴い、プロパテント政策への転換といった外部環境の変化に対応する形で知財への取り組みが強化されてきた経緯があるが³、現在では、知財戦略が企業全体のアイデンティティ変革を内側から駆動する、よりプロアクティブで未来志向の役割へと進化していることが明確に見て取れる。この進化は、三菱電機の知財部門が単なる管理組織ではなく、経営の中核を担う戦略部門として機能していることの証左である。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/index.html
  2. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  3. https://www.mesw.co.jp/technology/archives/techlib-mss_22_08.html
  4. https://yorozuipsc.com/uploads/1/3/2/5/132566344/357a1d6a9d6412b33fb2.pdf
  5. https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/pdf/2021/0402.pdf

 

全体像と組織体制

 

三菱電機の知財戦略を実効的に推進するため、同社は戦略の一貫性と現場の即応性を両立させる、精緻に設計された組織体制を構築している。この体制は、全社的な戦略を統括する本社部門と、各事業の最前線で知財を創出・管理する現場部門が有機的に連携するハイブリッド型組織構造を特徴としている²

組織の中核を担うのは、社長直轄の全社管理部門に属する本社の知的財産部門である。これにより、知財戦略が経営トップの意思と直結し、全社横断的な重要テーマを強力に推進することが可能となっている。具体的には、この本社部門は主に二つの組織から構成される。一つは「知的財産渉外部」であり、約30名の人員を擁し、特許訴訟、渉外活動、商標管理、ライセンス契約といった、企業の外部との折衝や権利の活用・防御に関わる高度な専門業務を担当する。もう一つは「知的財産センター」で、約90名の人員が所属し、特許の出願から権利化までのプロセス管理や、係争案件における技術的なサポートを担う中核的な実務部隊である

知的財産センターはさらに、「特許企画部」「特許・意匠技術部」「特許技術推進部」「特許業務管理部」の4つの部に細分化されており、戦略立案から技術評価、出願実務、そして管理業務まで、知財ライフサイクルの各段階に対応する専門機能が整備されていることがうかがえる

この本社組織に加え、各製作所、研究所、そして関係会社にもそれぞれ知的財産部門が配置されている²。これらの現場部門は、日々の研究開発活動や事業活動から生まれる発明を的確に捉え、権利化へと繋げる役割を担う。三菱電機グループ全体での知財関連人員は約350名に達し、さらに先行技術調査や特許事務、知財教育などを専門に行う関連会社「株式会社エムテック」には約150名の人員が在籍している。これらの数字は、同社が知財活動に投じているリソースの規模の大きさを示している。

この組織体制の巧みさは、本社によるトップダウンの戦略的指示と、事業部門に根差したボトムアップの知財創出を両立させている点にある。例えば、本社知的財産部門は「コンポーネント×デジタル両輪の成長」という全社方針に基づき、AI関連出願比率などのKPIを設定し、全社的なポートフォリオの変革を主導する²。一方で、各製作所や研究所の現場知財部門は、コンポーネント技術の深化や、それにAIを組み込むといった現場ならではの具体的な発明を吸い上げる。この二つの流れが連携することで、全社的なDX・ソリューション化という大きな戦略的方向性を維持しつつ、現場の強みであるコンポーネント技術の知財も同時に維持・強化するという、複雑な「両輪成長」戦略の実行が可能となる。

グローバルな事業展開に対応するため、この組織体制は世界規模で拡張されている。米国(ワシントンD.C.、ロサンゼルス)、欧州(ロンドン)、中国(北京)といった主要な海外拠点には、知的財産活動を専門に担当する駐在員が配置されている²⁻⁵。彼らは、現地の法制度や市場環境に精通した専門家として、各地域での特許出願・権利化、巧妙化する模倣品への対策、そして特許訴訟への対応といった最前線の業務を担う。海外売上比率の増加に合わせて特許保有数における海外比率を高めるという方針²は、このようなグローバルな組織体制によって支えられている。さらに、国際標準化活動においても、欧州拠点をハブとし、今後は他地域にもその活動を拡大していく方針が示されており²、グローバルなルール形成への影響力拡大を目指す同社の強い意志が組織体制にも反映されている。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  2. https://yorozuipsc.com/uploads/1/3/2/5/132566344/357a1d6a9d6412b33fb2.pdf

 

詳細分析

 

三菱電機の知財戦略は、抽象的な方針に留まらず、技術ポートフォリオの転換、共創エコシステムの構築、そしてグローバルな権利行使という三つの具体的な切り口を通じて、事業戦略と深く連動しながら展開されている。

 

技術領域とポートフォリオ戦略

 

三菱電機の技術的基盤は、「快適な暮らしに貢献する制御技術」「ものづくりを支えるコンポーネント技術」「DXを実現する情報技術」という3つの広範な技術領域と、その下に位置づけられる9つのコア技術によって構成されている¹。この強固な技術基盤を背景に、同社は全世界で約6万件に及ぶ特許ポートフォリオを構築しており、そのうち50%以上をコンポーネント関連特許が占めている¹⁻ᵇ¹。これは、パワーエレクトロニクスやモータ技術といった、同社の伝統的な強みを如実に反映した構成である。

しかし、近年の戦略の最大の特色は、この強固な基盤の上に、未来の成長に向けた意図的なポートフォリオの変革を断行している点にある。同社が目指す「イノベーティブカンパニーへの変革」には、「コンポーネント×デジタル両輪の成長」が不可欠であるとの認識のもと、ビジネスモデルの変革に合わせてAIおよびソリューション関連の知的財産を拡大強化する方針を明確に打ち出している²

この戦略的ピボットを単なる掛け声で終わらせないために、同社は具体的かつ測定可能なKPI(重要業績評価指標)を導入している。これは、同社の知財戦略がデータドリブンで管理されていることを示す重要な特徴である。

  • ソリューション比率: 全特許出願件数に占めるソリューション関連出願の比率を、2025年度までに高める目標を掲げている。この目標値については、公式ウェブサイトの知財戦略ページでは「30%」と記載されている²一方で、統合報告書2025では「20%」とされており、情報源によって差異が見られるᵇ¹。これは、目標設定時期の違いや、集計対象となる「ソリューション」の定義が異なる可能性を示唆しており、戦略の進捗を評価する上で注視すべき点である。2020年度の活動開始前の比率が12%であったことから、いずれの目標値も野心的なものであることに変わりはないᵇ¹
  • AI比率: 全特許出願件数に占めるAI関連出願の比率について、「15%以上を継続する」という目標を設定している²2020年度の4%から2024年度には15%へと大幅に増加し、既に目標を達成しているᵇ¹。これを受け、今後は単なる量の拡大ではなく、発明の「質を高めていく」方針へとフェーズを移行させている²⁻ᵇ¹

このKPIドリブンなアプローチは、研究開発部門や事業部門に対して、どの領域にリソースを重点的に配分すべきかという明確な指針を与える。これにより、全社的な戦略転換のペースを管理し、その進捗を客観的に測定することが可能となる。これは、知財ポートフォリオの改革を通じて、事業ポートフォリオ全体の改革を誘導・加速させるという、高度な経営手法であると言える。

こうした戦略的な取り組みの成果は、外部の評価にも表れている。例えば、競争の激しいパワー半導体モジュール分野において、同社は特許総合力ランキングで国内1位と評価されており⁶⁶、コンポーネント技術における圧倒的な知財基盤が客観的に示されている。この強固なコンポーネント技術の知財を維持・強化しつつ、その上でAIやデジタル技術の知財を積み重ねていくことが、同社の「両輪成長」戦略の要諦である。

 

共創エコシステムと収益モデル

 

三菱電機の知財戦略は、権利を独占し、他社を排除するというクローズドな側面に留まらない。むしろ、保有する膨大な知財を積極的に外部に開放し、パートナーシップを構築することで新たな価値を創出する、オープンイノベーションへの強い意志が明確に示されている。その象徴的な取り組みが、知財起点の共創プログラム「Open Technology Bank」である¹⁻⁴

Open Technology Bank」は、同社が保有する約6万件の特許の中から、特定の技術シーズをウェブサイト上で公開し、外部の企業やスタートアップにライセンスとして提供する仕組みである¹⁻⁶。これは、自社だけでは事業化に至らなかった、いわば「眠っている特許」を、新たな視点や技術を持つパートナーとの「掛け算」によって蘇らせ、多様化する社会課題の解決や新規事業の創出に繋げることを目的としている¹。この取り組みは、知財部門が従来のバックオフィス業務から脱却し、事業開発の最前線(フロントライン)へと役割を拡大していることを示している

このプログラムは、具体的な成果を生み出し始めている。例えば、同社独自の防汚コーティング技術に関する特許を、青森県の株式会社小倉内装へ技術供与し、高機能コーティング剤「Hi NANOGIA coat」として製品化・事業化に至ったケースがある⁶⁸。また、これまで三菱電機グループが手掛けてこなかったプラスチック資源循環に関する新事業「RaaSResource as a Service)」の立ち上げにも成功しており⁶⁵、異業種やスタートアップとの連携が、既存事業の枠を超えた新たなビジネス領域を開拓する原動力となっていることがわかる。

一方で、オープンな共創戦略と並行して、技術標準の形成に深く関与し、そこから生まれるライセンス収入を通じて収益を確保する戦略も推進している。同社は、事業戦略・研究開発戦略と連動する形で国際標準化活動を重視し、標準規格に準拠した製品を製造・販売する際に必須となる「標準必須特許(Standard Essential Patents, SEP)」の取得を戦略的に進めている⁴⁰⁻⁸⁴

その実績は、デジタルテレビ関連のパテントプールで議長を務めたり、欧州最大のパテントプール運営者であるシズベル(Sisvel)のライセンスプログラムに深く関与したりしてきた経歴からも明らかである⁸³。このような活動を通じて、通信技術や映像圧縮技術などの分野で業界標準の形成に影響力を行使し、自社技術の優位性を確保すると同時に、公正、合理的かつ非差別的(FRAND)な条件でのライセンス供与を通じて、安定的な収益源を確保していると推察される。

このように、三菱電機は「Open Technology Bank」によるオープンな共創と、SEP戦略による標準化・収益化という、性質の異なる二つのアプローチを巧みに組み合わせることで、知的財産の価値を多角的に最大化する収益モデルを構築している。

 

グローバル展開と権利行使

 

三菱電機の事業がグローバルに拡大するのに伴い、その知財戦略もまた、国境を越えた広範かつ強固なものへと進化している。その基本方針は、海外売上比率の増加に連動させる形で、戦略的に海外出願を増加させ、グローバル視点で強力な特許網を構築することにある²

この方針の成果は、客観的な数値となって表れている。世界知的所有権機関(WIPO)が発表する国際特許出願(PCT出願)件数ランキングにおいて、同社は常に世界のトップクラスに位置しており、2023年には世界第4位、日本企業としては第1⁶⁴2024年発表(2023年実績)でも世界第7位、日本企業第1位を維持している⁴¹⁻⁶⁵。これは、主要な事業展開国・地域において、先行的に知財の「砦」を築き、事業の自由度を確保し、競合他社の参入を牽制するという明確な意図の表れである。

しかし、同社のグローバル戦略は、単なる出願件数の拡大に留まらない。取得した権利を断固として行使し、ブランド価値と事業利益を守り抜くという、極めて積極的な姿勢が際立っている。特に、ブランドイメージを毀損し、顧客の安全を脅かす偽ブランド品・模倣品の撲滅には、並々ならぬリソースを投入している。

海外の知的財産担当組織が中心となり、現地の法制度や商慣習に応じて、迅速かつ効果的な対策を講じるグローバル体制が構築されている⁶¹。そのアプローチは、末端の販売業者を摘発するだけでなく、サプライチェーンを遡って製造元や供給網全体を把握し、根本的な解決を目指すことを基本方針としている⁶¹

その実行力は、数々の具体的な事例によって裏付けられている。

  • 中国: ECサイトで多数の偽ブランド品を販売していた業者を特定し、上流の製造業者2社と共に刑事摘発。約6,000台の偽造PLC(プログラマブルロジックコントローラ)を押収し、主犯格4名を逮捕に追い込んだ⁵⁹
  • インドネシア: 模倣品の圧縮機を販売していた業者に対し、販売停止と在庫処分を求める警告状を送付し、侵害行為を認めさせ、再発防止を約する誓約書を受領した⁵⁹
  • タイ: 偽ブランド品のNFB(配線用遮断器)や電磁開閉器を販売していた業者に対し、公安当局を通じて摘発を行い、約3,000台を押収した⁵⁹

これらの事例は、同社が知的財産権の侵害に対して、警告、行政摘発、刑事摘発、民事訴訟といったあらゆる法的手段を駆使して厳正に対処していることを示している。

一方で、知財を巡る係争は、常に有利な結果をもたらすわけではない。第三者からの権利主張に対応することも、グローバル企業にとっての重要な課題である。ジェイテクト株式会社との電動パワーステアリング装置に関する特許侵害訴訟では、2022年に知的財産高等裁判所が三菱電機の侵害を認定し、損害賠償金の支払いを命じる判決を下している⁶⁰。また、レーザ加工機を巡る株式会社アマダとの訴訟では、最終的に和解に至ったものの、アマダ側が特別損失として和解金4億円を計上したと公表されており⁶²、三菱電機にとっても相応の負担があったことが推察される。

これらの事例は、知的財産が事業を守る盾であると同時に、時として経営に直接的な打撃を与えるリスクにもなり得ることを示している。三菱電機は、積極的な権利行使による「攻め」の戦略と、訴訟リスクに対応する「守り」の戦略を両立させながら、複雑で厳しいグローバルな知財環境を乗り切っている。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/index.html
  2. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  3. https://www.techno-producer.com/column/company-ip-department/
  4. https://www.sbbit.jp/article/cont1/121512
  5. https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/pdf/2021/0402.pdf
  6. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  7. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/management/case/index.html
  8. https://www.jtekt.co.jp/news/2022/000266.html
  9. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/management/index.html
  10. https://www.ipaj.org/bulletin/pdfs/JIPAJ17-2PDF/17-2_p049-066.pdf
  11. https://www.automation-news.jp/2024/03/80384/
  12. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  13. https://www.patentresult.co.jp/ranking/total/power_m.html
  14. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000274.000120285.html
  15. https://www.businesswire.com/news/home/20250212080347/ja
  16. http://www.jipa.or.jp/kaiin/katsudou/houkoku/bukaihoukoku/2012/01_3_katsuyo.pdf
    https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/

 

競合比較

 

三菱電機の知財戦略の独自性と有効性を客観的に評価するためには、同業他社との比較分析が不可欠である。本章では、国内最大の競合である日立製作所と、グローバル市場における強力なライバルであるドイツのシーメンス(Siemens)を取り上げ、各社の知財戦略を比較検討することで、三菱電機の戦略的ポジショニングを明らかにする。

以下の比較表は、各社の知財戦略における思想、ポートフォリオ管理、重点領域、そして外部連携モデルの違いをまとめたものである。

比較項目

三菱電機

日立製作所

シーメンス(Siemens

戦略思想/コンセプト

事業変革の駆動:知財を「イノベーティブカンパニー」への変革を支える経営資源と位置づける¹⁻²

IP for Society:知財を社会課題解決に活用し、社会価値・環境価値・経済価値の向上を目指す⁴⁷

価値志向のIPマネジメント:知財を測定可能な経済的リターンを生む有形の「事業資産」として捉える⁵¹⁻⁵²

ポートフォリオ管理哲学

KPIによる量的管理AI・ソリューション関連出願比率に具体的な数値目標を設定し、ポートフォリオの戦略的転換を管理・推進する²⁻ᵇ¹

価値・影響力重視:発明を「影響力」「成功率」「地理的投資」などでスコア付けし、ポートフォリオを構築する⁴⁵

「量より質」の徹底:事業目標と完全に整合した高品質な特許に集中し、低価値資産は積極的に整理(プルーニング)する⁵¹⁻⁵⁴

重点技術領域

コンポーネント技術(パワー半導体、FA等)とデジタル技術AIIoT、セキュリティ)の両輪¹⁻²

Lumada事業関連:デジタルソリューション、データ分析、AI、環境技術(グリーンイノベーション)⁴⁴⁻⁴⁷

インダストリアルAIスマートインフラデジタルヘルスケアサステナブルエネルギーなど、デジタル化とサステナビリティが中核⁵¹⁻⁵⁵

オープンイノベーションモデル

Open Technology Bank:自社保有特許を外部パートナーにライセンス提供し、新規事業を共創する¹⁻⁴⁻⁶

顧客協創モデルLumadaを基盤に、顧客やパートナーと一体で課題解決に取り組み、その過程で生まれる知財を管理・活用する⁴³⁻⁴⁴

戦略的ライセンス供与:自社事業領域外の産業に対して、保有特許を積極的にライセンスし、新たな収益源を確保する⁵⁵

標準化/SEPへの姿勢

積極的関与:国際標準化活動を重視し、SEPの取得を推進。パテントプール活動にも深く関与⁴⁰⁻⁸³

積極的関与:社会インフラやデジタル分野での標準化活動へ参画し、ルール形成を主導⁴⁴

戦略的活用:通信(5Gなど)やインダストリー4.0関連の標準化に深く関与し、SEPを競争優位性とライセンス収益の源泉として活用。

この比較から、各社の知財戦略における思想とアプローチの根本的な違いが浮かび上がる。

日立製作所の戦略は、「IP for Society」というコンセプトに象徴されるように、社会課題解決や顧客との協創といった「大義」や「ビジョン」を戦略の最上位に置く「社会価値・協創主導型」であると言える⁴⁷⁻ᵇ¹⁰Lumada事業を核として、顧客と共に価値を創造するプロセスそのものを重視し、知財はその関係性を円滑にし、成果を共有・保護するためのツールとして位置づけられている⁴³⁻⁴⁴

一方、シーメンスの戦略は、より直接的かつ経済合理的である。「価値志向のIPマネジメント(Value-Oriented IP Management)」を掲げ、すべての知財活動が収益向上、コスト削減、市場ポジション強化といった具体的な事業価値にどう貢献するかを厳しく問う⁵¹⁻⁵²。知財を金融資産と同様の「有形の事業資産」とみなし、その価値を最大化しようとする「経済価値・資産主導型」のアプローチを徹底している⁵⁴

これら両社に対し、三菱電機の知財戦略は、その中間に位置するユニークなポジショニングを占めている。その核心は、「イノベーティブカンパニーへの変革」という明確な社内目標の達成であり、そのための手段として知財戦略が構築されている²。戦略の進捗と有効性を測定するために、「ソリューション比率」や「AI比率」といった具体的なKPIが設定され、ポートフォリオが管理されている²⁻ᵇ¹。これは、日立のような外部に向けたビジョンや、シーメンスのような純粋な資産価値の最大化よりも、自社の事業ポートフォリオを計画通りに転換させるという「実行プロセス」そのものを重視するアプローチである。

したがって、三菱電機の戦略は「事業変革・KPI主導型」と特徴づけることができる。このアプローチは、伝統的な強みを持つ巨大企業が、デジタル化という大きな構造変化に対応し、着実に自己変革を遂げるための、現実的かつ実践的な戦略的選択であると評価できる。日立のビジョン主導型、シーメンスの資産主導型とは異なるこのアプローチこそが、三菱電機の知財戦略の独自性を形成している。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/index.html
  2. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  3. https://www.techno-producer.com/column/company-ip-department/
  4. https://www.sbbit.jp/article/cont1/121512
  5. https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/pdf/2021/0402.pdf
  6. https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/company/sustainability/governance/intellectual.html
  7. https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2022/12/1205/20221205_03_ip_presentation_ja.pdf
  8. https://www.hitachi.co.jp/information/info/20250331.html
  9. http://fdn-ip.or.jp/files/ipjournal/vol19/IPJ19_18_28.pdf
  10. https://ipbusinessacademy.org/lean-ip-how-siemens-uses-strategic-and-value-oriented-ip-management-to-drive-growth
  11. https://ipbusinessacademy.org/lean-ip-how-siemens-uses-strategic-and-value-oriented-ip-management-to-drive-growth#:~:text=Siemens'%20IP%20strategy%20rests%20on,R%26D%2C%20and%20active%20portfolio%20design.
  12. https://www.raconteur.net/sponsored/how-siemens-transformed-its-approach-to-ip-for-the-digital-age
  13. https://www.siemens-energy.com/global/en/home/company/intellectual-property.html
  14. https://www.businesswire.com/news/home/20250212080347/ja
    https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/
    b10. https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2022/12/1205/20221205_03_ip_presentation_ja.pdf

 

リスク・課題

 

三菱電機の知財戦略は、事業変革を力強く推進する一方で、その複雑性と先進性ゆえに、短期・中期・長期にわたる多様なリスクと課題を内包している。これらのリスクを的確に認識し、管理することが、戦略の持続的な成功にとって不可欠である。

 

短期的なリスク・課題

 

短期的に最も直接的な影響を及ぼすのは、訴訟・係争リスクと模倣品問題である。グローバル市場での事業拡大は、第三者の知的財産権と接触する機会を必然的に増加させる。ジェイテクトとの特許侵害訴訟において、知的財産高等裁判所が三菱電機の侵害を認定し、損害賠償を命じた事例⁶⁰は、知財リスクが事業活動の差し止めや多額の金銭的損失といった形で現実化し得ることを示している。アマダとの訴訟が最終的に和解に至ったケース⁶²も含め、これらの係争は、訴訟対応に要する経営資源(時間、費用、人材)の負担が大きいだけでなく、企業の評判にも影響を及ぼす可能性がある。

同時に、ブランド価値の毀損リスクも深刻である。特に、中国や東南アジアなどの新興国市場における模倣品・偽ブランド品の流通は、後を絶たない。同社は刑事摘発を含む断固たる措置を講じているが⁵⁹⁻⁶¹、これらの活動は継続的な監視と対策コストを必要とする。悪質な模倣品が市場に出回ることは、単に売上機会を逸するだけでなく、製品の信頼性を低下させ、長年かけて築き上げてきた「三菱電機」ブランドそのものを傷つける直接的な脅威となる。

 

中期的なリスク・課題

 

中期的な視点では、自ら設定した戦略目標の達成に関するリスクが浮上する。同社は、事業ポートフォリオの変革を牽引するために、特許出願における「ソリューション比率」や「AI比率」といった野心的なKPIを設定している²⁻ᵇ¹。これらの目標が計画通りに達成できない場合、それは単なる数値目標の未達に留まらず、同社が目指すビジネスモデルの変革、すなわち「イノベーティブカンパニー」への移行が停滞していることを示す危険なシグナルとなり得る。伝統的なコンポーネント中心の組織文化や開発プロセスから、ソリューション志向への転換を、知財創出のレベルで実現できるかどうかが問われる。

また、主力事業分野における技術競争の激化も大きな課題である。パワー半導体やFAシステムといった同社の収益の柱となる事業は、国内外の競合他社が巨額の研究開発投資を行い、知財出願を強化している激戦区である⁶⁴⁻⁶⁷。現在、パワー半導体モジュール分野で特許総合力1位の評価を得ている⁶⁶としても、その優位性を維持するためには、競合を上回るペースでの継続的な研究開発投資と、それを効果的に権利化する知財ポートフォリオ戦略が不可欠であり、常にプレッシャーに晒されることになる。

 

長期的なリスク・課題

 

長期的に見ると、より構造的で予測困難なリスクが顕在化する。第一に、米中間の技術覇権争いに代表される地政学的リスクの高まりである。特定国での知財保護制度の運用が政治的な影響を受けたり、技術移転に関する規制が強化されたりする可能性は否定できない。サプライチェーンの分断や、特定国での権利行使が困難になるといった事態は、グローバルに事業を展開する同社にとって深刻な脅威となり得る。

第二に、技術の陳腐化と破壊的イノベーションのリスクである。現在、価値が高いと評価されている約6万件の特許ポートフォリオも、AI、量子技術、あるいはまだ見ぬ新たな技術といった破壊的イノベーションの登場によって、その一部が急速に価値を失う可能性がある。将来の技術動向を的確に予測し、ポートフォリオを継続的に見直し、不要な特許を整理・放棄(プルーニング)する能力と、新たな技術潮流をいち早く捉えて知財を確保する俊敏性が、長期的な競争力を左右する。

最後に、AIが生成した発明の取り扱いなど、法制度が未だ追いついていない領域における法的な不確実性である。生成AIが発明プロセスに深く関与するようになった場合、誰が「発明者」として認定されるのか、どのような形で権利保護がなされるのかといった論点は、世界的に議論が始まったばかりである⁷⁰⁻⁷³。このような新たな法的課題に適切に対応できなければ、将来の重要な発明を権利として確保できなくなるリスクが存在する。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  2. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/management/case/index.html
  3. https://www.jtekt.co.jp/news/2022/000266.html
  4. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/management/index.html
  5. https://www.ipaj.org/bulletin/pdfs/JIPAJ17-2PDF/17-2_p049-066.pdf
  6. https://www.automation-news.jp/2024/03/80384/
  7. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
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  9. https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/needs_2020_powersemiconductor.pdf
  10. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku_gaiyo.pdf
  11. https://chizaioen.com/chizaikeikaku2025/
  12. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku.pdf
  13. https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/pdf/026_04_00.pdf
    https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/

 

今後の展望

 

三菱電機の知財戦略の将来は、日本政府の政策動向、加速する技術革新、そして変化し続ける市場環境という三つの外部要因と、同社の内部戦略がいかに相互作用していくかによって形作られる。これらの動向を的確に捉え、戦略を柔軟に進化させることが、今後の持続的成長の鍵となる。

 

国内政策との連携強化

 

日本政府が20246月に決定した「知的財産推進計画2025」は、三菱電機の知財戦略にとって強力な追い風となる可能性がある⁶⁹⁻⁷⁰。この計画は、日本の産業競争力を強化するため、知財を核とした国家戦略を提示しており、その重点項目は三菱電機の取り組みと高い親和性を持っている。

  • AIと知的財産権: 計画では、AI利用発明の発明者の定義を明確化するなど、AI時代の新たな知財ルール整備が掲げられている⁷⁰⁻⁷³AI関連出願の「質」を重視するフェーズに入った三菱電機にとって、ルールが明確化されることは、より戦略的な出願を後押しする要因となる。
  • 新たな国際標準戦略: 計画は、環境・エネルギー、デジタル・AI、モビリティといった戦略領域を選定し、官民一体での国際標準化活動の推進を打ち出している⁶⁹⁻⁷⁰。これは、以前から国際標準化活動に積極的に関与してきた三菱電機の戦略と完全に一致しており、政府の支援を受けながら、さらなる影響力拡大を図る好機となる。
  • 知財・無形資産への投資による価値創造: 計画は、企業に対し、知財・無形資産の価値を可視化し、投資家などへ戦略的に発信することを強く推奨している⁷²⁻⁷⁷。知財を「重要な経営資源」と位置づける三菱電機は、この流れをリードする立場にあり、自社の知財活動の価値を企業価値評価に結びつけることで、資本市場からの評価向上も期待できる。

これらの政策動向は、三菱電機がこれまで進めてきた戦略の正当性を裏付けるものであり、今後はこれらの政策を最大限に活用し、自社の競争力強化に繋げていくことが展望される。

 

技術トレンドへの戦略的対応

 

今後の技術トレンド、特に生成AIの急速な進化は、知財戦略のあり方を根本から変える可能性がある。三菱電機が掲げるAI関連出願の「質を高める」という方針²⁻ᵇ¹は、この変化に対応するための重要な布石である。今後は、単にAIを応用した発明の件数を増やすだけでなく、より根源的な領域での知財確保が焦点となるだろう。例えば、特定の産業ドメイン(FA、ビル管理、自動車機器など)に特化した基盤モデルや、その学習データ、あるいはAIの信頼性や説明可能性を担保する技術に関する特許など、競争優位の源泉となり得る中核的なAI技術の知財ポートフォリオをいかに構築できるかが問われる。

また、DXの深化は、あらゆる機器がネットワークに接続され、データを生成する世界を加速させる。これにより、個々の製品の機能に関する特許だけでなく、製品群から得られるデータを解析し、新たな価値(予兆保全、最適制御など)を生み出すビジネスモデルそのものを保護する、いわゆるビジネスモデル特許の重要性が飛躍的に高まる。同社のデジタル基盤「Serendie」から得られるデータを活用した価値創出ᵇ¹は、まさにこの流れを捉えるものであり、この領域での知財創出が今後の成長を大きく左右すると予測される。

 

市場動向との接続と新たな機会

 

グローバル市場におけるサステナビリティへの要求の高まりは、三菱電機の知財戦略にとって大きな事業機会をもたらす。同社がマテリアリティ(重要課題)として掲げる「持続可能な地球環境の実現」に貢献する技術²、例えば、パワー半導体による省エネルギー化技術や、再生可能エネルギーの安定供給に資する制御技術などは、市場価値がますます増大していく。これらの分野で強固な知財ポートフォリオを構築・活用することは、社会貢献と事業成長を両立させる「トレード・オン」¹¹の実現に直結する。

さらに、「Open Technology Bank」に代表される共創戦略は、予測不能な市場の変化に対応するための柔軟性とスピードを獲得する上で、ますます重要になる¹⁻⁴。自社だけでは開拓が難しいニッチな市場や、異業種の知見が必要となる新たなソリューション領域に対して、外部のパートナーが持つアイデアや技術を知財を通じて取り込むことで、機動的に事業機会を捉えることが可能になる。今後は、この共創の輪を国内だけでなくグローバルに広げ、世界中のスタートアップや研究機関を巻き込んだエコシステムを構築できるかが、新たな成長のフロンティアを切り拓く上での試金石となるだろう。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/index.html
  2. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/hoshin/index.html
  3. https://www.techno-producer.com/column/company-ip-department/
  4. https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20241226/20241225544701.pdf
  5. https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2025/1016_12.html
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  7. https://chizaioen.com/chizaikeikaku2025/
  8. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku.pdf
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  10. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou2.pdf
    https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/

 

戦略的示唆

 

本レポートの分析結果は、三菱電機の経営層、研究開発部門、そして事業部門に対し、知的財産をさらに戦略的に活用し、企業価値を最大化するための具体的なアクション候補を提示するものである。

 

経営層への示唆

 

  1. 知財価値の可視化とIRへの戦略的活用: 現在、同社は知財を「重要な経営資源」と位置づけているが、その価値が資本市場に十分に伝わっているとは言い難い。今後は、KPIの達成状況に加え、保有する知財ポートフォリオが将来のキャッシュフロー創出にどう貢献するか、あるいは競合に対する参入障壁としてどの程度の価値を持つかといった点を、より定量的に分析・評価するモデルを構築することが望まれる。その分析結果を統合報告書や決算説明会資料で積極的に開示することにより、投資家との対話を深化させ、PBR(株価純資産倍率)などの企業価値評価の向上に繋げることが可能となる。これは、政府の「知的財産推進計画2025」が促す知財・無形資産ガバナンスの方向性とも完全に一致する⁷²⁻⁷⁷
  2. M&Aにおける知財デューデリジェンスの高度化: 同社は事業ポートフォリオ戦略の一環として、M&Aなどの積極的な投資をスピーディーに実行する方針を示している¹¹。この戦略を成功させるためには、買収対象企業の知財ポートフォリオを評価する「IPデューデリジェンス」の精度を飛躍的に高める必要がある。単に保有特許の件数や有効性を確認するだけでなく、それが自社のミッシングパーツ(欠けている技術要素)を補完するものか、将来の事業展開において自由度を確保(Freedom to Operate)できるか、あるいは予期せぬ知財紛争のリスクを抱えていないかといった点を、事業戦略と一体で深く評価する体制を強化すべきである。

 

研究開発部門への示唆

 

  1. IPランドスケープの戦略的活用による研究開発テーマの最適化: IPランドスケープ(特許情報解析)を、単なる競合の動向調査ツールとしてではなく、研究開発の最上流工程であるテーマ設定段階で戦略的に活用することが推奨される。競合他社の出願が集中する「レッドオーシャン」を避け、まだ手つかずの技術領域である「ホワイトスペース」や、異分野技術の融合によって新たな価値が生まれる可能性のある「クロスポイント」を体系的に特定する。これにより、限られた研究開発リソースを、真に競争優位性を築ける領域に集中投下し、投資対効果を最大化することが可能となる。
  2. 事業戦略と連動したオープン/クローズ戦略の精緻化: すべての技術成果を特許出願することが最適解とは限らない。競争優位の源泉となる中核技術は、あえて特許出願せずに営業秘密(ノウハウ)として厳重に管理し、模倣を困難にする「クローズ戦略」が有効な場合がある。一方で、エコシステムを形成し、業界標準を構築するためには、関連技術を「Open Technology Bank」などを通じて積極的に公開・ライセンスする「オープン戦略」が求められる。どの技術をオープンにし、どの技術をクローズにするか、そしてどの技術を特許で独占排他権を確保するか。この切り分けを、個々の発明の性質だけでなく、それが属する事業のライフサイクルや市場でのポジションといった事業戦略に基づいて、より精緻に判断していく必要がある。

 

事業部門への示唆

 

  1. 知財を起点としたプロアクティブな事業開発: 「Open Technology Bank」を、単に外部からの問い合わせを待つライセンス提供の窓口として捉えるのではなく、事業部門が自ら積極的に活用するべきである¹⁻⁴。公開されている技術シーズをフックに、これまで接点のなかった異業種の企業やスタートアップにアプローチし、新たな顧客ニーズや事業モデルを共同で探索・創造するプラットフォームとして活用することが期待される。知財部門と事業開発部門が一体となり、知財を起点としたプロアクティブな事業開発を推進すべきである。
  2. 事業ライフサイクル全体を通じた知財意識の浸透: 知財の重要性は、製品開発段階に限定されない。マーケティング段階では、ブランド価値を守るための商標管理や模倣品対策が重要となる。販売・アフターサービス段階では、機器の稼働から得られるデータの利用権や、それを用いた新たなサービスの提供に関する知財(ビジネスモデル特許など)が収益の鍵を握る。事業部門は、製品の企画から開発、製造、販売、保守、そして廃棄に至るまでのライフサイクル全体にわたって知財の視点を取り入れることで、収益機会の最大化と事業リスクの最小化を両立させることが求められる。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.mitsubishielectric.co.jp/corporate/chiteki/index.html
  2. https://www.techno-producer.com/column/company-ip-department/
  3. https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20241226/20241225544701.pdf
  4. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku.pdf
  5. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou2.pdf

 

総括

 

本分析を通じて、三菱電機の知的財産戦略が、単なる発明保護や権利行使という伝統的な枠組みを大きく超え、企業全体の変革を駆動する多角的かつ動的な経営機能へと進化していることが明らかになった。その戦略は、少なくとも三つの重要な役割を同時に果たしている。

第一に、知財は事業ポートフォリオ変革の推進力である。AI・ソリューション関連出願比率という具体的なKPIを設定し、その進捗を全社で追跡することにより、知財ポートフォリオの変革を通じて、コンポーネント中心の事業構造からソリューション提供型への移行を実質的に誘導・管理している。これは、知財を経営の羅針盤およびペースメーカーとして活用する高度な戦略である。

第二に、知財はオープンイノベーションによるエコシステム構築の核である。「Open Technology Bank」という仕組みを通じて、自社の知財を外部に開放し、異業種やスタートアップとの連携を促進することで、自前主義では到達し得ない新たな事業領域を切り拓いている。これは、知財を独占のための「壁」としてだけでなく、協創を促す「橋」として活用する、先進的なアプローチの表れである。

第三に、知財はグローバル市場におけるブランド価値と競争力を守るための武器である。世界トップクラスの国際特許出願網を構築して事業の自由度を確保する一方で、模倣品に対しては刑事摘発も辞さない断固たる姿勢で臨み、ブランドという無形資産の毀損を徹底して防いでいる。この攻守にわたる強固な姿勢が、グローバルな事業展開の基盤を支えている。

結論として、三菱電機の知財戦略は、同社が直面するデジタル化、グローバル化、そしてサステナビリティという時代の要請に対応し、「イノベーティブカンパニー」へと自らを変革していくための、不可欠な戦略的資産である。経営層から研究開発、事業部門に至るまで、この多面的な知財戦略の重要性を深く理解し、全社一丸となって実行し続けることが、今後の持続的な企業価値向上に向けた最も重要な意思決定への含意と言えるだろう。

 

参考資料リスト(全体)

 

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【本レポートについて】

本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。

情報の性質

  • 公開特許情報、企業発表等の公開データに基づく分析です
  • 2025年10月時点の情報に基づきます
  • 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
  • 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます

ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。

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