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1人1台PCで学力は上がるのか? 〜ペルーの10年追跡調査が示す“教育に本当に必要なもの”〜

1人1台PCで学力は上がるのか? 〜ペルーの10年追跡調査が示す“教育に本当に必要なもの”〜

テクノロジーは学力を本当に高めてきたのか?

日本でPCやインターネットが普及したのは1990年代後半〜2000年代初頭。これをきっかけに仕事や学問、生活といったあらゆることが便利になったり、さまざまな変化が起こりました。実際にその変化を肌で感じていた人も多いことと思います。情報技術の歴史における重要な革命期でしたね。

 テクノロジーの恩恵は、当然?学力の向上にも繋がっているはずだと思うのですが、30年間で子どもたちの学力は上がっているのかなど、気になるところです。

 

ここで、日本ではありませんが、ペルーの農村部の小学校で1人1台PCが貸与された生徒と、貸与されなかった生徒たちが、長期的に学業や進学などにどのような影響を与えたかを検証した研究論文があるので、ご紹介します。
論文タイトルは「LAPTOPS IN THE LONG RUN:EVIDENCE FROM THE ONE LAPTOP PER CHILD PROGRAM IN RURAL PERU」(長期的なノートパソコン:ペルー農村部における「子ども1人1台ノートパソコン」プログラムの事例)です。

 

ペルー農村部531校、10年にわたる「1人1台PC」実験

この研究の対象は、PCを貸与した小学校296校と貸与していない小学校235校、合わせて531校の生徒。 
「1人1台パソコン」プログラムが、学力や進学などで役に立ったのかを2009年から2019年の10年間追跡した研究です。
ちなみに、貸与されたPCはXOラップトップという、電子書籍や教育アプリが入ったもので、子どもたちは家に持ち帰ることもOKです。

この実験、「実験前は、どちらの生徒も個人PC所有はほぼなし。また、10年間の期間中、貸与されていない学校の生徒たちの、個人PC所有やインターネット活用もあまり増えていなかった」と書いてあります。

また「実験校は、実験前に数学や読解の学力の差もなかった学校を選んだ」ということです。

 

学力も進学率も、ほとんど変わらなかった

さて、結論です。どんなことがわかったのかは以下の通りです。

 調査の主な結果(約10年間にわたる影響)

  1. 学業成績について
  • 長期間にわたり調査した結果、このプログラムは、生徒たちの学力テストの成績(国語や算数など)に大きなプラスの影響を与えなかった。
  • 小学校の成績についても、中学校の成績についても、目立った改善は見られなかった。
  1. 進級・卒業について
  • 生徒が小学校や中学校を卒業する確率や、大学に入学する確率についても、はっきりとしたプラスの影響は見られなかった。
  • むしろ、毎年の進級率を見ると、わずかながらマイナスの影響があったという証拠がいくつか見つかった。これは、留年が増えた可能性を示唆している。(特に3年生と4年生で集中している)
  1. 影響が出なかった理由(なぜ成績が上がらなかったのか)
  •  生徒たちは、XOラップトップの使い方(デジタルスキル)を大幅に向上させ、家でラップトップを使う機会も増えた。
  • しかし、読解力や論理的思考力といった一般的な認知能力(例えば、レイヴン色彩推理検査、言語流暢性テストなど)は改善しなかった。
  • また、先生の側にも問題があった。先生たちはXOラップトップの利用に関する研修を一部受けたが、先生自身のデジタルスキルは向上せず授業中で技術を教育目的に利用することは限定的だった。
  • 例えば、教師が授業中にコンピューターを使用する時間は、PCを貸与していない学校より週に0.8時間多くなったに過ぎなかった。

 

つまり、学力が上がったか、小学校や中学を卒業できたか、大学に進学できたかといった長期的な影響があったかどうか残念ながらどれをとってもこのプログラムが良い影響を与えたという証拠は見つからなかったということですね。

少し補足説明すると、「デジタルスキルを大幅に向上し、家でも使う機会も増えた」という結果についてはとてもポジティブな面です。ただそれもあまり学業成績には結びつかなかった、と書いています。

 

ハードウェアは特効薬ではない 〜鍵を握るのは「教師」と「使い方」

結論として著者は次のように書いています。

長期的な学業成績や教育達成度にプラスの影響が見られなかったのは、学校において学術的な目的でのXOラップトップの採用が限定的であったこと、および生徒の中間的なアウトカム(認知スキルなど)への影響がデジタルスキルを超えて小さかったことに起因する可能性がある。
この結果は、十分な指導的サポートなしに生徒にコンピューターを提供するプログラムは、学業成績への影響を制限し、生徒の学年進級に負の影響をもたらす可能性があることを示唆している。

 

つまり、子どもにPCを与えただけでは、学力が伸びることはなく、そこには教師のPCスキルと十分な指導とサポートが必要だ、何よりも教師への徹底したサポートが大事なんだ、と言っているわけですね。
ハードウェアは特効薬ではない。ハードウェアを配っただけでは魔法はおきない、ということですね。

 

AI時代の教育に、この10年の実験をどう生かすか

以上が論文の内容です。

世界的に見てももこんなに大規模かつ長期間の追跡調査はなかなかなさそうです。しかも、パソコンがなかった地域だからこそできた調査であり、かなり信頼性の高い研究のように思いました。

著者の結論に書かれた「十分なサポートなしに技術(PC)を渡すことは効果がないどころか、むしろマイナスの影響さえ与えかねない」という考察は、未来の教育を考える人すべての人への警告にも思います。

このタブレットPCの話は、現在の子どもたちのAI活用に当てはまるのではないでしょうか。
子どもたちはタブレットと同様、AIも利用し始めれば勝手に大人よりも早く習得してしまうほどです。でも、だからといって学習スキルが伸びるとはは限りません。ですからAIに関しても、どのように教育に取り入れれば効果的かを指導側が理解した上で、適切に使うことが重要だと改めて思いました。
私たちは、この10年間の実験が教えてくれた教訓を未来に生かさなければいけないのかもしれません。

 

◾️論文タイトル:Laptops in the Long Run: Evidence from the One Laptop per Child Program in Rural Peru.  ◾️著者:Santiago Cueto、Diether W. BeuermannJulian CristiaOfer MalamudFrancisco Pardo  ◾️発行日:202511月  ◾️ DOI 10.3386/w34495

 

この記事のまとめ

  1. PCやインターネットの普及は社会を便利にしたが、それが学力向上に直結するとは限らない。
  2. ペルー農村部の小学校531校で行われた「1人1台PC」政策を10年間追跡した大規模研究がある。
  3. その結果、学力、進級、卒業、大学進学のいずれにも明確なプラス効果は確認されなかった。
  4. 生徒のデジタルスキルは向上したが、読解力や論理的思考力といった認知能力は伸びなかった。
  5. 教師のICTスキルや授業での活用が限定的で、PCが学習に十分生かされなかったことが要因と考えられる。
  6. 技術は特効薬ではなく、AI時代の教育でも「使い方」と「指導・支援の設計」が決定的に重要である。

文:鈴木素子

 

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