3行まとめ
Data CloudとAgentforceへの集中投資でR&D効率が劇的に向上
FY2025のR&D投資は54.9億ドル(対売上高比14.5%)に達し、過去最高のフリーキャッシュフローを創出。Data CloudのARRは前年比120%増の9億ドル、Agentforce契約数は5,000件超と急成長している。
特許4,918件・査定率84.35%の高品質ポートフォリオでAI領域を強化
全世界で4,918件の特許を保有し、米国での査定率は84.35%と極めて高水準。近年はAI関連(G06N)出願が急増し、Zero Copy技術やEinstein Trust Layerで競合への参入障壁を構築している。
Informatica・Own Company買収で「データ要塞化」と自律型企業への進化を加速
Informatica買収(約190億ドル規模)でデータプラットフォーマーへ変貌し、Own Company買収でデータ保護機能を内包。今後は複数AIエージェントが協調するマルチエージェント・オーケストレーションの実現を目指す。
この記事の内容
2025会計年度(FY2025)において、Salesforce(以下、同社)は売上高379億ドルを達成し、過去最高となる営業キャッシュフローと営業利益率を記録しました。この財務的成功の背後には、従来のSaaS(Software as a Service)モデルから、データとAIの消費量に基づく新たな収益モデルへの構造転換が存在します。同社のR&D(研究開発)投資は、FY2025において54.9億ドルに達し、対売上高比率で14.5%を計上しています。この投資額は前年比で12.0%の増加を示しており、FY2024における一時的な投資抑制(-2.9%)から、再び積極的な拡大フェーズへと転換したことを明確に示しています 1。
特筆すべきは、このR&D投資が従来のCRM機能の線形的な拡張ではなく、「Data Cloud」および「Agentforce」という二つの戦略的ピボットに集中投下されている点です。特にData Cloudは、年間経常収益(ARR)が前年比120%増の9億ドルに達しており、全製品群の中で最速の成長率を記録しています。これは、同社の知財戦略が「データの蓄積・統合技術(Data Federation)」と「自律型エージェント技術(Autonomous Agents)」に焦点を当て、それが顧客のデータ消費量増大と直接連動する収益エンジンとして機能していることを証明しています。また、FY2025第4四半期だけでAgentforceの契約数が5,000件を超え、そのうち3,000件以上がData Cloudとのセット導入であった事実は、技術シナジーがクロスセルを加速させ、顧客単価(ARPU)の向上に寄与していることを示唆しています 2。
同社の知財戦略は、単なる技術的優位性の確保にとどまらず、財務体質の強化に直結しています。具体的には、「Zero Copy」技術によるデータ統合の効率化が、顧客のストレージコスト削減とリアルタイム処理への需要を喚起し、結果としてSalesforceプラットフォーム上でのコンピュート消費を増大させています。R&D対売上高比率がFY2021の16.9%からFY2025の14.5%へと低下しているにもかかわらず、過去最高のフリーキャッシュフローを創出している点は、技術投資のROI(投資対効果)が劇的に向上していることを意味します。これは、開発された知財が「実験室の成果」から「高収益な商用プロダクト」へと完全に移行し、規模の経済が働き始めたことを示しています 1。
同社が現在、全社運命を懸けて推進している技術領域は、「自律型AIエージェント(Autonomous AI Agents)」と、それを支える「ハイパースケール・データ基盤(Hyperscale Data Foundation)」の二軸です。2024年から2025年にかけての最大の変化は、AIのアプローチを「人間の支援(Copilot)」から「業務の代行(Agent)」へと根本的にシフトさせた点にあります。この転換を象徴するのが「Agentforce」プラットフォームであり、これは従来のルールベースのチャットボットとは異なり、AIが自律的に計画を立案し、推論し、行動する能力を持っています 4。
この自律化を実現するための核心技術として、同社は「Atlas推論エンジン(Atlas Reasoning Engine)」を開発しました。このエンジンは、ユーザーの抽象的な指示を具体的なタスクに分解し、CRM内のデータやワークフローを動的に呼び出すことで、人間が介入することなく複雑な業務プロセス(例:返品処理、営業リードの選別、サプライチェーン調整)を完遂させます。さらに、Airkit.aiの買収により獲得したローコード技術を統合した「Agentforce Builder」の提供により、高度なプログラミングスキルを持たないビジネスユーザーでも、自然言語での指示によってカスタムエージェントを開発・展開できる環境を整備しました。これにより、同社はAIの「利用」だけでなく「開発の大衆化」をリードするポジションを確立しようとしています 4。
データ統合の領域では、「Data Cloud」が技術的なバックボーンとなっています。ここで重要なのが、SnowflakeやDatabricks、AWS、Google Cloudといった外部データプラットフォームとの連携を可能にする「Zero Copy(ゼロ・コピー)」アーキテクチャです。従来、企業はサイロ化したデータを統合するために、高コストで時間のかかるETL(抽出・変換・ロード)処理を行う必要がありましたが、SalesforceのZero Copy技術は、データを物理的に移動させることなく、メタデータレベルでの仮想統合を実現しました。これにより、ペタバイト級の外部データに対してリアルタイムでアクセスし、それをAgentforceの推論材料として即座に利用可能にする「データ・フェデレーション」の環境が整いました。この技術は、同社が保持する特許ポートフォリオの中でも戦略的に極めて重要な位置を占めており、競合他社に対する高い参入障壁(Moat)を構築しています 7。
Salesforceの特許ポートフォリオは、量的な拡大だけでなく、質的な転換期を迎えています。2024年から2025年にかけてのデータにおいて、同社は全世界で4,918件の特許を保有し、そのうち4,224件がアクティブな権利として維持されています。特筆すべきは、米国特許商標庁(USPTO)における特許査定率(Grant Rate)が84.35%という極めて高い水準にあることです。これは、同社の出願戦略が、広範で曖昧な権利主張ではなく、技術的に洗練され、新規性と進歩性が明確な発明に厳選されていることを示唆しています 10。
特許分類(CPCコード)の分析からは、同社の技術的アイデンティティの変化が読み取れます。かつて同社の特許出願は「G06Q(ビジネス手法・管理システム)」や「G06F(電気的デジタルデータ処理)」が支配的でしたが、近年は「G06N(特定の計算モデルに基づくコンピュータシステム、即ちAI・ニューラルネットワーク)」関連の出願が急増しています。具体的には、AIモデルのトレーニング手法そのものではなく、「マルチテナント環境下でのAIモデルの安全な適用」「プロンプトエンジニアリングにおける動的コンテキスト注入(Dynamic Grounding)」「個人情報の自動マスキング処理」といった、エンタープライズAIの実装とガバナンスに関する技術に特許網が張り巡らされています 12。
また、同社の特許ポートフォリオは、他社からの引用(Forward Citations)が極めて多いことでも知られています。特に、マルチテナント・データベース・アーキテクチャに関する基本特許(US7730478B2など)は、IBM、Microsoft、SAPといった巨大テック企業から数百件規模で引用されており、クラウドコンピューティング業界全体の技術基盤として機能していることがわかります。さらに、最近の出願では、AIが生成したコードやコンテンツに対する信頼性を担保する「Trust Layer」関連の技術が重点的に保護されており、これが将来的なAI関連訴訟に対する防御壁としても機能することが期待されています 10。
Microsoft、Oracle、Adobeといった巨大競合との比較において、Salesforceの技術的優位性は「メタデータ駆動型アーキテクチャ」と「統合されたTrust Layer」の二点に集約されます。MicrosoftがOpenAIとの提携により汎用LLM(大規模言語モデル)の能力に依存し、Office製品群を通じた「個人の生産性向上」に主眼を置いているのに対し、Salesforceは「構造化データ(CRMデータ)」と「非構造化データ(Data Cloud)」を深く結合させ、ビジネスプロセスそのものを自律化する点に強みがあります。汎用LLMはハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを抱えていますが、Salesforceは「Einstein Trust Layer」を通じて、回答の根拠となるデータを厳密に制御し、企業利用に耐えうる信頼性を提供しています 16。
一方で、技術的な課題も明確です。最大の課題は、基盤モデル(Foundation Model)の開発において、外部ベンダー(OpenAI, Anthropic等)への依存度が依然として高い点です。同社は「モデル中立(Model Agnostic)」戦略を掲げ、顧客が自由にモデルを選択できる環境を提供していますが、最先端の推論能力やマルチモーダル機能においては、自社開発モデル(xGen等)よりもパートナー企業の技術革新に依存せざるを得ない状況です。また、Oracleが自社のクラウドインフラ(OCI)とデータベース技術を垂直統合し、ハードウェアレベルからの最適化を進めているのに対し、SalesforceはAWSやAzureといったパブリッククラウド上で稼働する「Hyperforce」アーキテクチャを採用しており、インフラコストのコントロールやマージン構造において、Oracleと比較して不利になる可能性があります 18。
今後のR&D投資は、「Agentic Enterprise(エージェント型企業)」の実現に向けたフルスタックの技術開発に集中します。短期的には、2025年末までに「Agentforce」のエコシステムを拡大し、サードパーティ開発者が独自の自律エージェントを構築・配布・収益化できる「Agentforce Partner Network」の整備が進められます。また、買収したTenyxの技術を統合し、音声インターフェースを通じた完全自律型のカスタマーサポート機能の実装が急ピッチで進められています 22。
長期的には、量子コンピューティング(Quantum Computing)とサステナビリティ(Net Zero)が重要な投資領域となります。量子技術に関しては、IBM等のパートナーと連携し、将来的な暗号解読リスクへの対応(耐量子暗号)や、複雑な最適化問題への適用に向けた基礎研究が継続されています。サステナビリティ領域では、「Net Zero Cloud」にAI予測機能を実装し、サプライチェーン全体の炭素排出量を自動算定・削減提案する自律システムの開発が進められています。これらのロードマップは、Salesforceが単なるCRMベンダーから、企業のあらゆる意思決定とアクションを司る「自律型オペレーティングシステム」へと進化することを目指していることを示しています 24。
SalesforceのR&D投資戦略は、過去5年間で劇的な変貌を遂げました。以下の定量データは、同社が「成長重視」から「利益とイノベーションのバランス重視」へと舵を切り、その中でAIへの集中投資を行っている実態を浮き彫りにします。
表1:Salesforce R&D投資額および対売上高比率の推移(FY2021-FY2025)
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会計年度 (Fiscal Year) |
期間終了日 |
R&D費用 (十億ドル) |
売上高 (十億ドル) |
対売上高比率 (%) |
前年比増減率 (R&D) |
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FY2025 |
2025-01-31 |
$5.493 B |
$37.895 B |
14.5% |
+12.0% |
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FY2024 |
2024-01-31 |
$4.906 B |
$34.857 B |
14.1% |
-2.9% |
|
FY2023 |
2023-01-31 |
$5.055 B |
$31.352 B |
16.1% |
+13.2% |
|
FY2022 |
2022-01-31 |
$4.465 B |
$26.492 B |
16.9% |
+24.1% |
|
FY2021 |
2021-01-31 |
$3.598 B |
$21.252 B |
16.9% |
+30.1% |
データテーブルの詳細解説と戦略的意図
この5年間の推移には、明確な戦略的転換点が存在します。FY2021からFY2022にかけては、R&D費用が年率20-30%で増加しており、これはCOVID-19パンデミック下のデジタル需要に対応するための全方位的な機能拡張期でした。対売上高比率が約17%で推移していたことからも、利益率よりもシェア拡大と機能開発を優先していたことが読み取れます。
しかし、FY2024においてR&D費用は前年比マイナス2.9%を記録し、対売上高比率も14.1%まで低下しました。これは、2023年初頭に実施された大規模な組織再編、レイオフ、および投資ポートフォリオの見直しによるものです。経営陣は「規律ある成長(Disciplined Growth)」を掲げ、非効率なプロジェクトを削減しました。
そしてFY2025、R&D投資は再び+12.0%の増加に転じ、過去最高の54.9億ドルに達しました。しかし、対売上高比率は14.5%と、かつての17%台には戻っていません。これは、投資の対象が「人海戦術的な機能開発」から、「AIインフラとデータ基盤(Data Cloud/Agentforce)」という、より資本集約的かつスケーラブルな領域に集中したことを意味します。売上が成長する一方でR&D比率がコントロールされている現状は、同社の開発体制が効率化され、AI関連の知財開発が収益貢献フェーズに入ったことを示唆しています。特に、Data CloudのARRが120%成長している事実は、このR&D投資が極めて高い効率でリターンを生んでいる証拠と言えます 1。
経営層の発言は、同社が直面している技術的パラダイムシフトに対する強い危機感と、それに対する確信に満ちたビジョンを示しています。
Marc Benioff, Chair & CEO (FY2025 Statement):
"Salesforce just delivered the strongest year in our history... But this is more than a financial milestone — it's a moment of transformation. In just a few months, we've seen our addressable market grow from hundreds of billions to a multi-trillion-dollar opportunity. Why? Because we're pioneering a new kind of workforce—a new model for business — with the launch of Agentforce, the first digital labor platform for enterprises. This is not just a technology shift — it's a revolution in how work gets done." 3
この声明で注目すべきは、「TAM(獲得可能な最大市場規模)」の再定義です。Benioff氏は、従来のCRMソフトウェア市場(数千億ドル)ではなく、人間の労働市場そのものを代替・拡張する「デジタル労働力市場(数兆ドル)」をターゲットに据えました。これは、技術開発のゴールが「ツールの提供」から「労働力の提供」へと昇華したことを意味します。
Financial Leadership Context (CFO Perspective):
"CFOs are rapidly shifting their approach to AI strategy... moving from cautious spenders to strategic investors who are betting on AI not just for cost-cutting but as a crucial engine for long-term revenue growth.... With AI agents, we're not merely transforming business models; we're fundamentally reshaping the entire scope of the CFO function." 28
CFOの発言からは、AI投資がもはやIT部門の予算ではなく、経営戦略そのものとして扱われている現状がわかります。これは、顧客企業においても同様の変化が起きており、Salesforceが提供する技術が「コストセンター」から「レベニューセンター」へと位置づけを変えるための重要なレバレッジとなっています。
Salesforceの技術スタックは、AI、データ、信頼、インフラの4層構造で構成され、それぞれが独自の特許技術で保護されています。
表2:重点技術領域と主要機能・知財要素
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技術領域 |
製品・機能名 |
戦略的機能とビジネス貢献 |
関連する知財・技術要素 |
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自律型AI |
Agentforce (旧Einstein Copilot) |
自然言語指示に基づき、計画・推論・実行を行う自律エージェント。人間を介さず業務を完遂。従量課金の基盤。 |
Atlas Reasoning Engine: ユーザー意図を解析し、複数ステップのタスクを動的に設計・実行する独自推論エンジン。 4 |
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開発環境 |
Agentforce Builder |
ローコードで自律エージェントを構築・テストする統合環境。Airkit.aiの技術を統合。 |
Vibe-building: 自然言語プロンプトから即座にエージェントのプロトタイプを生成する技術。 29 |
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データ基盤 |
Data Cloud (旧Genie) |
企業データを統合し、リアルタイムでAIに供給するレイクハウス。サイロ化を解消。 |
Zero Copy Architecture: 外部DB(Snowflake等)に対し、物理コピーなしでメタデータ連携する仮想化技術。 7 |
|
信頼・安全 |
Einstein Trust Layer |
生成AI利用時のデータ保護、ハルシネーション防止を行う中間層。 |
Dynamic Grounding: CRMデータを動的にプロンプトへ注入し、回答精度を担保。Toxicity Detection: 有害コンテンツ検知。 16 |
|
インフラ |
Hyperforce |
パブリッククラウド上でSalesforceを稼働させるクラウドネイティブ基盤。データレジデンシー対応。 |
External Key Management (EKM): 顧客独自の暗号化鍵(BYOK)を利用可能にするセキュリティ技術。AWS KMS等と連携。 30 |
データテーブルの詳細解説:技術的シナジーの深化
このポートフォリオの真価は、各要素の密接な統合にあります。例えば、「Atlas Reasoning Engine」は単独では機能せず、「Data Cloud」から供給されるリアルタイムのコンテキスト情報があって初めて正確な推論が可能になります。そして、そのデータアクセスは「Zero Copy」技術によって遅延なく行われ、「Einstein Trust Layer」によって安全性が担保されます。この一連の流れ(Data → Trust → Reasoning → Action)がシームレスに統合されている点が、断片的なツールを組み合わせる必要がある競合他社との決定的な差別化要因です。また、Agentforce BuilderにおけるAirkit.ai技術の統合は、AIエージェントの開発時間を劇的に短縮し、エコシステムの拡大速度を加速させる触媒として機能しています 29。
Salesforceの特許戦略は、AI時代におけるプラットフォームの支配権確立に向けて、出願分野の大規模なシフトを行っています。
表3:Salesforce 特許ポートフォリオ概況(2024-2025)
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指標 |
数値/データ |
備考 |
|
保有特許総数 |
4,918件 (Active: 4,224件) |
世界全体での累計数。特許ファミリー数は2,717件。 10 |
|
米国特許査定率 |
84.35% |
米国特許商標庁(USPTO)における高い登録率。質の高い明細書作成を示唆。 10 |
|
主要特許分類 (CPC) |
G06F (データ処理), H04L (伝送), G06N (AI), G06Q (ビジネス手法) |
G06FとH04Lが依然として多いが、G06N(AI)関連の成長率が著しい。 11 |
|
重要特許例 |
US7730478B2 (マルチテナントDB) |
663件以上の被引用数を誇る基本特許。Boadin, Oracle等が引用。 10 |
詳細解説:CPCコードのシフトとAI知財の強化
特許データの分析において最も注目すべきトレンドは、技術分類(CPC)の変化です。これまでのSalesforceの知財の中核は「G06Q(ビジネス・メソッド)」や「G06F(データベース構造)」にあり、SaaSモデルやマルチテナント・アーキテクチャの権利化に注力していました。しかし、2024年から2025年にかけてのトレンドでは、「G06N(ニューラルネットワーク・機械学習)」や「G06F 40(自然言語処理)」といったAI関連技術への出願シフトが鮮明です。
特に、AIモデルそのもの(アルゴリズム)だけでなく、「AIを企業システムに統合するためのミドルウェア技術」に関する特許が増加しています。例えば、AIモデルへの入力データを動的に匿名化する技術(Data Masking)や、複数のAIエージェント間でコンテキストを共有・維持する技術などがこれに該当します。また、US7730478B2のような基本特許が、IBMやMicrosoftといった競合他社から多数引用されている事実は、同社の技術が業界標準としての地位を確立していることを示しており、クロスライセンス交渉などにおいても強力なカードとなります 10。
知財は、同社の収益モデル変革のドライバーとして機能しています。
Salesforceは、自社開発の限界を補完し、タイム・トゥ・マーケットを短縮するために、戦略的なM&Aとパートナーシップを加速させています。2024年から2025年にかけての動きは、明らかに「データセキュリティ」と「AIエージェント機能」の強化に集中しています。
表4:主要な戦略的買収と投資(2023-2025)
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対象企業 |
完了/発表時期 |
事業領域 |
戦略的統合・狙い |
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Own Company |
2024年11月18日完了 |
データ保護・バックアップ |
買収額約19億ドル。SaaSデータのバックアップ・リカバリ機能をプラットフォームにネイティブ統合。Data Cloudの信頼性とレジリエンスを担保し、他社へのデータ流出を防ぐ。 34 |
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Informatica |
2025年11月18日完了 |
データ統合・ETL |
データ管理の巨人を買収し、Data Cloudへのデータ取り込み能力を飛躍的に向上。エンタープライズ全体のデータハブとしての地位を盤石化。 37 |
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Tenyx |
2024年9月合意 |
音声AIエージェント |
自然で人間的な音声対話技術を獲得。「Service Cloud Voice」および「Agentforce」に統合し、電話対応の完全自律化を実現。レイテンシーの低い音声AI体験を提供。 22 |
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Spiff |
2024年2月1日完了 |
インセンティブ報酬管理 |
複雑な営業コミッション計算を自動化。「Sales Cloud」の機能として統合し、AIによる営業パフォーマンス分析と動機付けを強化。 39 |
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Airkit.ai |
2023年10月16日完了 |
ローコード・エージェント |
現在の「Agentforce Builder」の基盤技術。プログラミング不要で自律エージェントを作成できるUI/UXを提供し、エージェント開発の民主化を推進。 6 |
詳細解説:InformaticaとOwn Companyによる「データ要塞化」
特筆すべきは、InformaticaとOwn Companyという、データ管理領域における二つの大型買収です。Informaticaの買収(2025年11月完了)は、Salesforceが単なるアプリケーションベンダーから、企業の全データを司る「データ・プラットフォーマー」へと変貌を遂げたことを決定づける出来事です。Informaticaの強力なETL/ELT技術とコネクタ群を取り込むことで、Data Cloudはあらゆるレガシーシステムやオンプレミスデータベースともシームレスに接続可能となります。一方、Own Companyの買収は、統合されたデータの「保護」を担います。バックアップ、リカバリ、アーカイブ機能をプラットフォームに内包することで、顧客はサードパーティ製品に頼ることなく、Salesforce単体でデータのライフサイクル管理を完結できるようになりました。これらは、顧客データをSalesforceエコシステム内に深く固定化(Lock-in)し、競合への離脱を防ぐ「知財要塞」として機能します 37。
M&Aによる内製化と並行して、Salesforceは「オープン」なエコシステム戦略も推進しています。
AIの普及に伴い、著作権や特許に関する法的リスクが顕在化しています。Salesforceは現在、いくつかの重要な係争に直面しています。
これらの法的リスクに対抗するため、Salesforceは技術的な防御策として「Einstein Trust Layer」を強化しています。
Salesforceの市場優位性と課題を明確にするため、主要競合(Microsoft, Oracle, Adobe)との比較分析を行います。
表5:主要競合他社とのR&D・財務・戦略比較(FY2024-2025)
|
企業名 |
CRM市場シェア |
R&D対売上比率 |
AI・知財戦略の特徴とSalesforceとの差異 |
|
Salesforce |
20.7% (1位) |
14.5% |
Metadata & Context First: 「Data Cloud」に統合された顧客データを武器に、ビジネス文脈を理解した自律エージェントを提供。強みはデータの「意味」を理解するメタデータ層。R&D効率は向上傾向。 1 |
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Microsoft |
5.9% (2位) |
12.0% |
Copilot & Productivity: OpenAIの汎用LLM能力とOffice製品群の圧倒的普及率が武器。CRM単体ではなく「業務全体のAI化」を推進。R&D絶対額(約330億ドル)はSalesforceの6倍以上で、基礎モデル開発力で圧倒。 19 |
|
Oracle |
4.4% (3位) |
10.6% |
Full Stack Vertical: IaaS(OCI)からSaaSまでを垂直統合。データベース技術を核に、医療や金融など特定業界向けの特化型AIに強み。インフラコストの安さが武器。 19 |
|
Adobe |
3.4% (4位) |
18.3% |
Creative Intelligence: 画像生成AI「Firefly」を自社開発し、著作権問題をクリアにした「商用利用可能なAI」を提供。R&D比率が高いのは、モデル自社開発コストが嵩んでいるため。 19 |
詳細解説:戦略的ポジショニングの相違
Salesforceの最大の強みは、CRM市場における圧倒的なシェア(Microsoftの約4倍)と、そこに蓄積された「顧客データ」の重力(Data Gravity)です。Microsoftは汎用的な生産性向上(メール作成、会議要約)に強みを持つのに対し、Salesforceは「商談の成約」「顧客サポートの完結」といった、企業の収益活動に直結するプロセスの自律化に特化しています。
技術的な差別化要因として、Salesforceは「メタデータ駆動型アーキテクチャ」を掲げています。これは、データの構造や関係性(コンテキスト)をAIに正確に伝える技術であり、単なるテキスト処理に依存する競合他社のアプローチと比較して、ハルシネーションを抑制し、業務システムとしての信頼性を高める効果があります。一方で、MicrosoftやAdobeが自社または独占的なパートナーシップで基礎モデル(Foundation Model)を保有しているのに対し、Salesforceはモデル開発を外部に依存する「モデル中立」戦略を採っています。これは、最新モデルを柔軟に取り入れられる反面、モデル利用料(APIコスト)が原価を圧迫するリスクや、AIの根幹技術を他社に握られる戦略的脆弱性を孕んでいます 18。
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本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。
情報の性質
ご利用にあたって
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